この世界のチビとハゲは強い。だがチャオズだ   作:カモミール・レッセン

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第六話:うろ覚え

「……」

 

 とある森の中。

 僕は岩に体重を預け、座禅を組んで瞑想を行っていた。

 これはカリン塔を降りてから修行に取り入れた方法だ。

 負荷と苦痛によるトレーニングが現在頭打ちと言ったところにある僕は、それ以外の方法で強さを追求するようになっていた。

 今更数十キロ程度の重りはあまり効果がなく、精神と時の部屋も重力室も利用できない現状、体力は気長に伸ばす他ない。技術は現在の地球で最高峰の師匠にもう教えることはないと言われているので、此方も気長な努力が必要だ。

 ならばフィジカルでもテクニックでもない、メンタルを鍛える他ない。そのために修行に取り入れたのが、瞑想であった。

 

 というのも、今僕が強くなるために最も効果的な方法は、恐らく超神水を飲むことだ。飲むだけで潜在能力を解放し、格段に強くなることが出来る神の薬。持てるすべての力を引き出した者には効果が無いそうだが、『チャオズ』にはまだ幾ばくかの潜在能力があることは『僕』が知っている。

 だが、その方法には大きな問題がある。それは超神水が猛毒だということだ。

 カリンさまが仰るには、超神水に打ち勝つには凄まじいまでの体力、生命力に精神力が必要らしい。だがその要求度は高い。カリン塔の頂上まで到達しうる武道家が十人以上挑んで一人残らず死んでしまったほどの毒だ。悟空が飲んで平気だったし、と軽い調子で挑戦することはありえないだろう。

 命がかかった事象で見切り発車をしてはいけない。それはカリン塔への挑戦でよくわかったことだ。

 

 さて、では超神水に挑むための体力・生命力・精神力だが、自分的には体力は申し分なしと思っている。だが後の二つ、生命力の方はちょっと自分では実感し辛いので、ならば来る日までに精神力を鍛えようというのが現在の目標だ。

 そうして僕は瞑想を日課に取り入れたわけなのだが──これが、意外な恩恵をもたらすことになった。

 

 仙人としての感覚を研ぎ澄まして瞑想を行うことで、身の周りの草木が発する微小な気……元気玉の力の源となるようなごく小さな力を捉え、取り込むことが出来るようになっていたのだ。

 その力は恐らく戦闘力にすれば小数点第何位というくらいの非常に微々たるものだが、自然の気を取り込む技術が気の扱いをより繊細なものにしてくれ、また最近では気の質そのものも穏やかで落ち着いた、燃費の良いモノに変質してきていた。

 ついでに体調も整えてくれるので健康にも良いと、瞑想は良いこと尽くめの修行法だったのだ。

 

 精神力だけではなく気の扱いをも鍛えるこのトレーニングは超能力──いや、仙人としての神通力までも鍛えてくれることだろう。

 ……カリンさまに弟子入りしたのは、正解だった。戦闘力だけではなく超自然的な感覚を身につける仙人という道は、超能力を使うチャオズにうってつけのものだったと思っている。

 

「……今日は、この辺りにしておこうか」

 

 しかし今日はどうにも心が落ち着かず、瞑想を切り上げる事になった。

 瞑想はやはり精神を落ち着けることこそが重要だ。にもかかわらず、心が落ち着けられないのは僕自信が未熟だから……というのもあるが、一番は五日前に観戦した天下一武道会のせいだろう。

 

 いやあ、アレはすごかった。今思い返しても、ニヤニヤしてくる。

 言わずとしれた国民的漫画ドラゴンボール。その主要キャラクター達が武道家として死力を尽くして戦うのだ。序盤に当たるこの時期故か、試合にはギャグ的な表現が多々見受けられたし、今現在は僕のほうが力が上だ。しかしキャラクターとしてだけではない、同じ世界を生きる武道家として憧れの悟空や亀仙人達が惜しげもなく技術を披露するというその見ごたえは、忘れていたワクワク感を思い出させてくれた。

 どうやら天下一武道会が行われるのは五年周期らしい。ならば次の天下一武道会は五年後。なんとも待ち遠しいものである──

 

「……ん? 五年?」

 

 と、そこまで考えて、ふと覚えた違和感に気が付いた。

 天下一武道会は五年ごとに行われる一大イベント。張り紙にもそう書いてあったし、浮足立った観客達の会話の中にも頻繁に五年ぶりという言葉が混じっていた。それは覚えている。

 しかし──次の天下一武道会が五年後だとすると、やはり違和感があるのだ。

 今回の天下一武道会で、悟空は自分の年齢が本当は十二歳だった、と原作にもあったやり取りを披露していた。とすると、次の天下一武道会の頃には悟空は十七歳ということになるのだろうか? 

 

 ちょっとそれは無理がある。

 

 次の天下一武道会の時には、悟空はまだ小さかったはずだ。いくら成長するときは急激だったと言っても、あの状態の悟空が十七歳ということはないだろう。

 となると、ここから次の天下一武道会までが五年ということは無いはずだ。

 現時点で僕が関わっていない出来事は正史通りに進んでいるみたいだし、きっとここから開催周期の改正かなにかがあるのだろう。

 ……いやはや、少し考えれば分かるようなことを忘れているとは失態だった。

 これはもう少しちゃんと原作のことを思い出すべきなのかもしれない。

 

「今回の天下一武道会の後ってどうするんだっけ? 確か悟空がドラゴンボールを探しにいくと……か……」

 

 こうして自分の記憶を整理し始めた僕は、記憶の中の原作ドラゴンボールのことをなぞり始め、そして凍りついた。

 大切なことを忘れていたからだ。

 ドラゴンボール集め、レッドリボン軍、ブルー将軍──そして、桃白白。

 その最中にある出来事を思い出してしまった。

 

「ボラさん!」

 

 そう、その最中、恩人であるボラさんが桃白白に殺されてしまうことを思い出したのだ。

 桃白白に殺されるといっても、その後悟空が集めたドラゴンボールで生き返れるという事はわかっている。しかし、出来ることならば死なせたくない。

 いくら生き返れるとは言ってもお世話になった人を見殺しにするのは不義理だと、そう思っていた。はずだったのに。

 

「筋斗雲っ!」

 

 急いで、相棒の名前を口にする。

 するといくらもたたない内に金色の雲がやってきた。僕は筋斗雲に飛び乗って、行き先を口にすることもなく念じる。

 

 桃白白っていつ頃来るんだ!? 天下一武道会の何日後!?

 今更考えても仕方がないことと思いつつ、絡まる思考をほどきながら僕は筋斗雲を飛ばすのだった。

 

 ◆

 

「久しぶりだなチャオズ。元気してたか?」

 

 と、めちゃくちゃに急いで向かった先には、傷こそあるものの元気そうなボラがいた。

 安堵と脱力感でズルズルと雲から落ちると、心配そうな眼をしたウパが見える。

 

「よ、良かった……その分だと無事のようですね」

 

 うわ言のように絞り出された言葉に、ウパとボラが顔を見合わせる。

 僕の知っている未来を知らなければ、その様な反応になるだろう。

 僕の知る限り、神龍はまだ呼び出されていない。夜間に呼び出されていたらわからないが、天下一武道会から今日まで、急に空が暗くなったことはない。ということは、まだボラが死んではいないということで、悟空も桃白白とは出会っていないのだろう。

 

 いやあ焦った。けど思い出せたからには目を光らせておけば安心だ。

 ……などと考える僕だが、その考えは甘かった。

 

「チャオズさん、ひょっとして誰かからボク達のことを聞いて帰ってきてくれたんですか?」

 

 ……と。

 神妙な様子のウパの言葉に、僕は固まった。

 

「へ? ……もしかして、何かあったんですか」

「数日前、桃白白という者がここへやってきた。それを聞いて来たのではないのか」

「桃白白! あ、いや……まあ、そうなんですけど……」

 

 次いで、ボラがそんなことを言ったものだから、僕は思わず声を張り上げてしまった。

 怪訝な顔をする親子に、不自然な笑顔で誤魔化す。

 おかしい。桃白白と既に会っているというのなら、なんでドラゴンボールがまだ使われていないんだ?

 

 一体何がどうなっているんだと困惑する。

 だがどうにもそもそも前提が違っていたらしい。

 

 ……変わっていたのだ。未来が。

 

「手も足も出なかった。完敗だった。孫悟空が居なければ、わたしは殺されていただろう」

 

 桃白白とは会っていた──が、ボラは殺されていなかった。

 だからドラゴンボールは使われていなかったし、ウパとボラが揃ってここにいる、というわけだった。

 一体何故? とやはり戸惑ったが、それには簡単に理由が見つけられた。

 僕の関わっていない出来事は史実通りに進んでいる──ならば、僕の関わった出来事が、ボラという存在に史実と違う未来を歩ませたのだ。

 

「おまえと鍛えていなくては、殺されていたろう。おまえにも感謝している」

 

 ここ、聖地カリンでボラと組手をしていた過去があったから、ボラもまた原作より少しだけ強くなっていたのだ。

 負けという結果は変わらなくとも、悟空が割って入るのが間に合わないほどにたやすく殺されるような、酷い負けではなかったということなのだろう。

 関わった出来事がより良い方向に進んだ──それは純粋に嬉しかった。

 

 だが、同時に危うくも思う。

 僕が積極的に関われば、未来も変わりうるということだ。

 今回はいい方向だったが、それが悪い方向に変わらないとは限らない。

 当然、出来ることならばよりよい未来を目指したいと思うが、それによって世界そのものが崩壊する可能性もある。このドラゴンボールの世界は、割と綱渡りを重ねて存続しているのだ。

 

「どうした? なにか考え事をしている」

「少し気になったことがありまして。……でも、元気でよかったです」

 

 再び筋斗雲に乗り込むと、久々の再会を理由に引き止めるウパの声がする──が、僕はまたの機会に会う約束のみをして、筋斗雲を走らせた。

 一つ、心配になったことがあったからだ。

 

 それは、使われなかったドラゴンボールの行方である。

 本来ボラを生き返らせるために使ったドラゴンボールが使われなかった場合、それが何に使われてしまうのかという心配だ。

 悟空が孫悟飯の形見である四星球を入手しているであろう現在、残りのドラゴンボールを集め続けているかはわからない。

 しかし、原作では確かピラフ一味が最後の一つを持っていた。それは同時期に彼らもドラゴンボールを集めていたからだ。

 では、その願いは? 小物らしい小物の彼らだが、世界征服なんて願いを叶えてしまったら、この世がどうなるかわからない。

 悟空は強いが、この頃の彼はやはりどこか抜けたところがある。そんなところがまた愛される主人公たる所以ではあるのだが──言い換えればそれは隙だ。出し抜かれてドラゴンボールを使われてしまう可能性は、無視できない。

 

 だったら、今回のドラゴンボールは何らかのことに消化されなければならないと、僕は思う。あるいは、たやすく揃わないように僕が一つ二つを持っておくべきではなかろうか。

 最悪の場合──今、五年早くピッコロ大魔王が復活してしまう……なんて可能性も無いとは言い切れないのだ。

 

 ここで一回消費することができれば、後は原作とさほど変わらない展開になってくれる……と、思いたい。

 何にせよ、殆どないし全て揃った状態のドラゴンボールを野放しは良くない。まずは悟空と接触する必要があるだろう。

 

「出番は天下一武道会まで取っておきたかったんだけどなあ」

 

 などとひとりごつ。

 言ってる場合でもないと、僕は意識を集中し、神通力を発動した。

 ──下界を目で見るように知ることが出来るカリンさまや神様にはまだ及ばないが、僕とて超能力を扱う仙人見習い。どこまでも見通す千里眼は無いが、大きな気を感じ取ることくらいは最早たやすい。

 今、地上で最も高い戦闘力を持っているのは悟空だろう。

 となれば……

 

「ここから少し行ったところに大きな力……間違いない、悟空だな」

 

 見つけた気に向かって、筋斗雲を全速で飛ばす。

 なんだかラディッツみたいなムーブだなと思いつつ、僕は苦笑した。戦闘力()を探って飛んでくる謎の男ってあたり。

 ラディッツ、ラディッツなあ。移動時間、ぼんやりと思い浮かべるのは悟空の兄という美味しいポジションながら、不遇を囲ったサイヤ人の姿だった。

 ゲームなんかだとたまにいい人っぽく書かれてたりした気がするが、原作での表現だけでは彼もまごうことなき悪人だ。だがそれこそあの時期だとサイヤ人としては弱いカカロットを仲間に引き入れようと、わざわざ辺境の星まで来ていたということもあり、家族を想う心はあったように思う。ゲームのいい人エピソードも、家族愛をフィーチャーしていたはずだし。

 なんというか、チャオズとは立場が違うが、ラディッツもまた不遇キャラという事もありなんとなくアイツは『惜しい』のだ。

 意外とそういう所を突けば、仲間になったりしないかなー、なんて考えた。

 

 まあ、とはいってもこの世界の未来のことはやっぱりわからない。

 とりとめもない考えを打ち切ると、僕は暇を感じて別のことを考えた。

 少し行ったところ、とはいいつつも、距離を数字に直せばそこそこあるのだ。

 ふと手持ち無沙汰になった僕が考えたのは、カリン塔で『在ったであろう』出来事のことだった。

 

「しかし、もう桃白白まで出てるのか……」

 

 苦い顔をして、僕は渋柿でも食べたように口をもごもごと動かす。

 つくづく、今回は本当にウッカリだった。

 ボラが一度桃白白と出会っているという事は、少なくとも悟空が四星球まで入手しているということだろう。

 天下一武道会からまだ五日だぞ? あれだけワクワクギッシリの大冒険がたった五日の間の出来事だったなんて、信じられるかという話だ。

 ……まあ、それは言い訳だな。二度とこんな事が起きないよう、記憶の発掘もちゃんとしていかなければならないだろう。ウッカリで済まない事が起きてからでは遅い。

 

 

 なんて思っているとようやく目当ての人が見えてきた。

 この『地上』で感じ取れる一番大きな気の正体は、やっぱり悟空だった。

 たやすく感じて取れるほど大きな戦闘力を持ってくれていたのはありがたい。

 

 筋斗雲で近づいていくと、どうやら向こうも僕の存在に気が付いたようだ。

 何やら笑顔でいる悟空の前に降り立つ。

 

「やっぱり! 筋斗雲だ! おまえも亀仙人のじっちゃんにもらったのかっ!?」

 

 僕と彼とは一度会っている──が、悟空からは恐らくちゃんと顔も見たことがないだろう。最初に話題に上がるのは再会ではなく、同じく乗り物としている筋斗雲のことだった。

 それは同好の士と出会ったときのような、何気ない言葉だったろう。

 

 ──けれど、僕にはこの一言は何よりも重要な一言だった。

 原作で、チャオズは悟空と喋ったことがないのだ。いや、問いかけられた質問に対して「へへっ」と笑い返した事はある。だがそれは界王様を通じて届けられた言葉に対しての反応だ。その笑い声も、悟空に伝わっているかはわからない。

 チャオズは、原作において悟空とマトモな会話をしたことがない。そんな原作では不遇を極めた様な『チャオズ』だからこそ、初めて悟空と交わすこの一言は『僕』にとってかけがえのないものとなる。

 

「いいや、僕の筋斗雲はカリンさまからもらったものだよ。……それよりも、少し話があるんだけど、いいかな」

 

 憧れの主人公を前に、破裂しそうな心臓を心で押さえつけて、僕は努めて冷静にそう告げる。

 予定とは違ってしまったが、これはこれでよい。

 

 『このドラゴンボール』において今、この瞬間に『チャオズ』が登場したのだ。

 そのファーストコンタクトは悟空と同じ筋斗雲に乗り、語りかけてくるというもの。

 ……うん、中々ミステリアスなんじゃないだろうか。原作とは違うチャオズが、始まった瞬間。それは、僕なりには満足の行く代物となった。

 




現在の戦闘力

チャオズ:181
ボラ:90
孫悟空:???

悟空はカリン塔での修行を終えている。
原作ボラの戦闘力はこの時点で70程度と仮定。

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