五等分の花嫁 by Strawberry   作:はちゃメチャ

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引越しやら旅行やらで中々書く時間を確保できず

花嫁も誰にするか決めました

ゆっくり更新していきますのでどうかお付き合いください


#3 教わる

 

鐘の音が響く

一定のリズムを崩さず、心地よい音色を放つそれは、教会の上から参列者を見下ろす

 

上階のとある一室

 

タキシードを流麗に着こなし、姿見の前でネクタイを結ぶ1人の男

 

ふと窓から下を見渡すと、見知った顔が正装に身を包み

ワイングラス片手に談笑しているのが伺える

 

珍しく、心なしか落ち着きがない–––そのワケは

 

着用するタキシードが身の丈に余る高価品の為–––ではなく

 

格式張った教会の雰囲気の為–––でもなく

 

人生におけるターニングポイント、そして最大のメインイベント––結婚式

 

彼は今日、その主役を務める

 

相手との出会いは、バイト先で.......というよりは殆どその依頼者である

 

これ程までに息が落ち着かないのはいつ振りだろうか

 

などと思考を巡らせていると程なくして部屋にノック音が

 

ドアに顔を向けるよりも早く

 

「新婦様の準備が整いました」

 

短く返事をすると、足音は静かに部屋を離れる–––いよいよだ

 

もう一度姿見に自分を映す

 

今の自分を見て、「もう1人の主役」は何を思うだろうか

 

らしくない姿を見て笑うだろうか

 

それともそんな姿を褒め称えるだろうか

 

ましてや、敢えて何も言わずにいてくれるだろうか

 

そんなことを考えてるうちに足取りは軽くなった

 

扉を開け廊下に出て、最初に視界に飛び込むのは、来賓より贈呈されたアスター

 

薄紫の花びらは、濃赤を基調とした背景に対し、一際異彩を放っていた

 

ふと、ため息が口から溢れ出たのはその花の異色にではなく、数

 

成人男性が両腕を使ってやっと運べるサイズの花束が4つ–––最早感動すら覚える光景に

 

「あいつら......へへっ」

 

思い浮かべるは、今日のもう1人の主役–––いわばヒロインの影武者達といったところだろうか

 

文字通り血を分け合った大事な姉妹の晴れ舞台を祝いに来たのか、それとも傷跡でも残していくつもりだろうか

 

相変わらずの愚者加減に乾いた笑いが出てきた

 

もう会場で首を長くして待っていることだろう––今度は突然シャンパンでも投げつけてこないだろうかと些か足がまた重くなった気がする

 

アスターの花束の一つにそっと手を置く

 

きっと今日はあいつらにとっても一つのターニングポイントになるんだろう

 

己自身に決着をつける為の

 

「しっかり.....受け取った」

 

壮大な花束の一つ、そこから一本の花

 

更にそこから一枚の花びらを摘み、切り離す

 

その小指の爪程の大きさの想いの欠片は、紺のチーフと共に胸ポケットにしまわれた

 

アスター その花言葉は

 

 

「恋の勝利」

 

 

 

 

 

 

 

式会場に小走りで向かうと、固く閉ざされた扉の前に見知った後ろ姿を捉える

 

見知った–––と言えば少し語弊がある

 

髪を後ろに縛り、眩しい程の純白に身を包んだ、殆ど見知った後ろ姿

 

俺に気付くと否や

 

「遅いよ」

 

と不満を口にしながら表情はとても柔らかく、今日という日をどれだけ待ちわびていたのかを思わせる

 

「悪い悪い」

 

声色からも自分自身、相当舞い上がってるのが伺える

 

彼女のすぐ側に並び立ち、扉の前に佇む

 

周りに喧騒はなく、時計の針の進む音がやけに大きく聞こえる

 

それがやけに心地よく目を閉じ、体を聴覚だけに委ねる

 

やがて過去のある日のことがフラッシュバックする–––そんな俺を見て

 

「今」

 

「ん?」

 

ヒロインは悪戯っぽい笑みを貼り付け

 

 

「何を思い出してるか当ててあげよっか?」

 

突拍子もない割りに鋭い質問を投げかける 女の勘はこれだから侮れない

 

「何かを思い出してるのは前提なのかよ」

 

片目だけを開き、せめてもの強がりを投げ返す

 

 

「貴方と出会って何年経ったと思ってるの?それくらい顔を見れば分かるもの」

 

そう言い、アハハと無邪気に笑ってみせる

 

それに釣られ、喉を鳴らし、口角が緩む

 

けどこのままじゃ、何故か敗北感が拭えないというか言われっぱなしでは癪というか、まだまだ自分は子供なのだろう

 

「俺も当ててやろうか」

 

「え?」

 

 

多少の驚きの色を一瞬見せつつも、ヒロイン–––花嫁は直ぐに表情を戻す

 

 

「俺と同じこと......そっちも思い出してたんだろ?」

 

何年も見てきたのはお互い様であり

 

片方が分かる事はもう片方も手に取るように分かる

 

 

「当たり.......貴方が、初めて家庭教師をしてくれた日」

 

それが、パートナーというもの

 

態とらしい悔しそうな仕草を見せつつ、俺に倣い目を閉じる–––その横顔をチラリと一瞥し

 

「よくそんな昔の事を憶えてたな」

 

「昨日のことのように憶えてるよ..........あの日は特に.....だってあの日は」

 

「あぁ.....あの日俺達は––––」

 

ここで振り子は一旦動きを止め、巻き戻る

 

巻き戻るは彼らの言う、あの日に–––。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は大きく遡り

 

家庭教師として初仕事の日

 

世にも珍しい五つ子達と顔を合わせた2日後である

 

気だるげな身体を目覚ましとシャワーで起こし

 

自宅のアパートの部屋に鍵を掛け、新しい仕事場へと歩を進める事数分

 

突然の物音に反射的に歩を止める

 

物音と呼ぶには余りに自己主張の激しすぎる存在

 

音は次第にその主張を強め、真っ直ぐにこちらへ突っ込んでくる

 

その正体には薄々気付いていた

 

だが久方振りの襲撃に反応に遅延が出てしまったのは痛恨の一言

 

ほんの少し、コンマ数秒振り向き回避が間に合わなかった

 

 

「グッモーニン、イッチゴォー!」

 

「ぐほぁ!」

 

瞬間背中に鈍く思い衝撃

 

自分の身体を支えきれずにゴミ捨て場に勢いよくゴールを決められる

 

簡潔にまとめるならば、実の父親のダイナミック空中両膝蹴りが息子の背中にクリーンヒットしたのである

 

因みに今は午後の1時半である

 

咄嗟に右手のアイアンクローで珍獣の動きを封じるも背中が疼く

 

「数ヶ月ぶりの息子に何かましてくれてんだ」

 

「ぐぉぉ!降参だ息子よ......!」

 

人通りの少ない通路とはいえ、他に通行人がいないことが救いだった

 

ゴキブリのようにジタバタと暴れる奴と戯れるシーンを目撃された日には.......

 

「そんで、何の用だ?」

 

服についた汚れを手ではたき落としながら立ち上がると、珍獣の顔に俺の手のサイズの跡がくっきりと刻まれて、珍獣レベルに輪がかかる

 

「用?息子に会うのに用が必要かぁ?」

 

「ねぇんだな、じゃ行くわ」

 

見えずとも自分が今どれだけ冷めた顔をしてるか想像に難くない

 

こちとら、これから更に頭を抱えるであろう用事があるというのに

 

背を向け再び歩を進めようとするも

 

「待て待て待て!ある!あるよぅ!」

 

しかし、周り込まれてしまった

 

ゴキブリを彷彿とさせる速度と煩わしさ

 

言動がいちいち暑苦してかなわない

 

「お前今、家庭教師やってるんだろ?」

 

しかし口から出た言葉はいつもの軽口ではなく、今一番俺の脳内に棲みついてる話題であった

 

「何でそれを?」

 

「依頼者とは、腐れ縁なんでな」

 

依頼者とは、あの五つ子の父親のことを指すのだろう

 

だが言い方から察するに、親父が俺を中野さんに推薦したわけじゃなさそうだ

 

「にしても、あのチンピラ坊主が、えらく出世したもんだ」

 

態とらしく感傷に浸ったような顔を見せる目の前の髭男を尻目に、気がかりだった点を思い返す

 

あの人–––中野さんはどうやって俺のことを知った?

 

いくら好成績を出したとしても、一高校生の情報など社会人の耳に入るだろうか

 

それに俺より家庭教師に向いてる人間などいくらでもいるだろう

 

「上手くやってるのかと思っただけだ」

 

気付けば親父が顎鬚を弄りながら真っ直ぐに俺を見据え親のような事を訊いてきた

 

そういえば親だった

 

「上手くもなにも、今日が初出勤だっての」

 

前途真っ暗だが

 

「そっか.....」

 

当たり障りのない回答の後、親父は地面に視線を移し、安堵したような笑みを見せた

 

その表情がやけに印象に残った

 

普段オチャらけてる時とはまた違う年相応の男の落ち着いた笑み

 

俺はその親父から目が離せなかった

 

まるで違う人間のようで少し気味悪いが、初めて見る親の表情に多少の感動覚える自分もいた

 

いたのだが

 

「イッテェ!」

 

甲高い破裂音を立てて背中に衝撃が走る

 

またも不意打ちで背中に張り手を喰らい思わず大声が出る

 

やはりいつもの害悪親父であった

 

背中を摩り痛みを和らげてる俺を一瞬視界に捉えると

 

「美少女の生徒達に鼻伸ばしてんじゃねぇぞ〜」

 

と、右手を挙げて去っていく

 

反撃に転じる機会を失い、その背中をただ見送るしかなかった

 

「ったく、何なんだよ」

 

悪態をつきながらスマホで時計を確認すると、かなり時間を食っていた

 

時間に遅れたら、何を言われるやら

 

只でさえ数的不利だというのに

 

歩く速度を上げ、目的地に向かう最中、さっきの親父の言葉を思い出す

 

「あいつ.......どこまで知ってんだ」

 

少なくとも親父は、何も知らせてないのに俺が複数の女生徒の家庭教師をする事を知ってた

 

 

 

 

 

「偉い、5分前到着」

 

何とか時間に間に合いブルジョワマンションに着くと、律儀にも五つ子全員が待ち構えていた

 

長女の一花は小さく手を叩き最初に口を開いた

 

「5分じゃねぇ、3分前だ」

 

せめてもの抵抗にくだらない言い返しをするも、余裕のある笑みで完封される

 

「にしても、5人揃ってるとはな。5人揃えることから始めるつもりだったんだが」

 

「そりゃあ家庭教師の日だもん。ほら、入って入って」

 

完全にペースを持っていかれてる自覚を抱きつつも、今は身を任せた、流れに

 

背中を押されマンションの自動ドアを通過した後は、エレベーターで最上階に向かうのだが

 

どうしても確認を取っておかざるを得ない

 

「それで?」

 

「へっ?」

 

エレベーターから降り、部屋までの廊下を歩いてる途中

 

他の姉妹にギリギリ聞こえない声量に抑えながら、手前の五月に疑問を投げかける

 

内容は、何故あれだけ勉学を遠ざけてきた姉妹が今日に限って素直に俺を待ってたのか

 

勿論手間が省けて助かったが、裏を感じてしまうのは仕方ない

 

「そ、それは勿論、今日教えてもらうのを皆で楽しみに–––」

 

「そりゃどうも–––で、本当は?」

 

面白いくらいに取り繕うのが下手なご様子だが、この反応のおかげで抱いた違和感が気のせいでないと確信した

 

更に追及しようとしてみたものの

 

中々部屋に入ってこない俺達を待ちかねて、四女の四葉が扉を開けて俺たちを催促し、会話を中断となった

 

高校生5人、大学生1人が入ってもスペースにはまだまだ余裕がある相変わらずの豪邸っぷり

 

これでマンションの一室というのだから最早恐怖を感じる

 

五つ子達はというと部屋に着いて早々、各々が自分勝手な行動を取り始め———というわけではなく、全員テーブルを囲い準備を始めていた

 

やはり何かおかしい

 

この五つ子達は勉強アレルギーといっても差し支えない成績と学習姿勢だと思っていたが、今の光景は真逆である

 

リビングにて勉強を始めてからも違和感は続く

 

といっても、自作性の簡単な小テストをやってもらってるだけだが、全員どうも上の空である というよりは、テストより気になることがある様子に見えなくもない

 

特に——

 

 

「.......何だよ」

 

 

「......いや、何でもないわよ」

 

 

姉妹随一の長髪をツーサイドアップで縛り、蝶のような髪飾りをつけた次女–––二乃は何故かこちらをチラチラと見てくる

 

それもかなりの頻度で

 

「ペン止まってんぞ」

 

「....これ難しいですね」

 

元気が服着て歩いてるような四葉も勉強の時は表情が硬い

 

心なしか頭につけたリボンが垂れ下がってるような

 

気付けば、他の姉妹も同様にペンの動きは順調でない

 

こいつらの成績を踏まえてかなり手心を加えたつもりだったが、先が思いやられる

 

中には中学で習う問題も多少混ぜたが正答率は期待しないでおこう

 

今は他に気がかりな事がありそうなのを差し引いても

 

こいつらはひょっとして、脳味噌を五等分して産まれてきたんじゃないだろうか

 

そんなバカなことを考えていると

 

二乃が早速勉強アレルギーを発症したらしく、ペンを置き立ち上がった

 

「もう無理っ!休日なんだし、どこか出かけない?」

 

出かけねぇよ

 

休日だからこそ家庭教師に来たんだろ

 

と言おうとしたものの、声に出すのが億劫な程呆れていたのが本音である

 

その代わりに

 

「中間テスト、3週間後なんだってな」

 

五つ子達の高校のスケジュールも前もって受け取り、目を通していた

 

この高校では期末テストで二回連続赤点を取ると、進級ができない

 

今は二学期の中間前、3学期制で3学期には中間テストはないらしい

 

こいつらのことだから、中間テストはどうでもいいと考えてるんだろうが、というか少なくとも目の前のニ乃は十中八九思ってる

 

「中間から勉強を始めてりゃ、期末の時に負担が減るし、勉強する癖もつくだろ」

 

「そうかもしれないけど、3週間も前からこんな根詰めなくていいじゃない」

 

「お前ら姉妹は別だろ。このままじゃ30点も危ういんだよ」

 

一教科でも赤点を取ればイエローカード

 

それが二回連続でレッドカード

 

普通の生徒なら殆ど勉強せずとも乗り越えられるハードルのはずだが、この姉妹達は今のままでは余裕で全ハードルを踏み倒す勢いである

 

その状況を飲み込んでもらうことが最初のミッションのようだ

 

「といっても、お前らの親父さんには娘達を卒業させて欲しいとしか言われてないからな」

 

今思いつく最も合理的な方法はというと

 

「......どういう意味よ?」

 

「全員揃って、とは言われてねぇからな」

 

最悪の未来を想像させること

 

二乃は一瞬固まるも、数秒程で俺の言いたいことを理解したようだ

 

つまり何が言いたいかというと

 

「例えばの話だが、誰か1人が進級出来ずに、卒業が遅れても何の問題もねぇわけだ」

 

他の姉妹が先に進む中、1人取り残された後にモチベーションがどうなるかは今は考えないでおくが

 

殆ど脅迫に近い方法だがある程度の効果を期待して二乃の方を見ると

 

明らかに動揺していた

 

握った拳が震えて唇を噛んでいるその姿は想像範囲外だったが、嬉しい誤算だ

 

何が決定打になったのかは特定できないが、少しは自分の置かれてる状況を理解したのか

 

「わかったわよ......やるわよ」

 

先程よりも低いボリュームで短く言い、再び腰掛ける

 

だが、今の雰囲気の中では少し具合が悪いだろう

 

五つ子に20分の休憩を言い渡し、バスルームを借りた

 

鏡に映る自分の顔を見る

 

あの五つ子達程でないにしろ、成績が芳しく無かった頃

 

あの人も今の自分のように生徒に対し、焦燥感に似た何かを感じていたのだろうか

 

出会って時が経ってないとはいえ、自分が引き受けた生徒が落第する様を見て良い気分にはまずならない

 

今の自分の顔は.......どんな風に見えるだろうか

 

五つ子達の未来を危ぶんでる様に見えるか

 

悪い意味で並外れた彼女らの出来に呆れてるように見えるか

 

どちらも違った

 

あの人に出会ってなければ、自分も今の五つ子のようになっていたかもしれないという恐れと、そんな横暴な昔の自分を思い出して些少の憤りを含んだような顔だった

 

軽く顔を洗い掛けてあったハンドタオルを借り拭く

 

気分はイマイチ晴れなかった

 

リビングに戻るとベランダに立つ人影があった

 

四葉だ

 

 

悪目立ちのリボンは覚えやすいという点以外何か長所はあるんだろうか

 

心なしか暗く沈んでるように見えた

 

「どうした四葉」

 

ほんの一時間テストをやらせただけで元気っ子がここまで項垂れるとは考えにくいが

 

一応毛嫌いしてる勉強で疲れたのか問うと

 

「いえ、さっきの話なんですが」

 

 

どうやら違うらしい

 

さっきの話というと、進級の話か

 

「あぁ、大丈夫だ。しっかり今から俺と勉強していけば赤点くらいは回避できる」

 

「そっちじゃなくて、さっき黒崎さんがした1人だけ進級できずという話です」

 

「そっちか。それがどうしたか?」

 

ベランダの柵に頬杖をつき、目線だけを四葉に向ける

 

「私達が今の高校に転入した経緯は?」

 

「知ってる。確か前の学校で–––」

 

「はい、全員落第しかけて特別処置として、今の学校に転入するという形でお父さんが話をつけてくれたんです」

 

話をつけたというのは前の学校の理事長辺りにだろう

 

本当なら現実味を帯びない話だが、あの人が関わると何故か納得できてしまう

 

「でも私達は落第なんてしてないんです........私を除いて」

 

「え?」

 

突然の衝撃に頭がついていかず、四葉の方へ顔ごと向けると哀愁を帯びた笑みを浮かべていた

 

そのまま何か言葉を発することもできず、四葉が言葉を続けるのをただ待った

 

「赤点を取った私達は追試を課されたんですが......」

 

「.......お前だけ、落ちたのか?」

 

「.......そういうことなんです」

 

その後も話を聞く限り

 

そして他の4人は四葉を独りにしまいと、嫌な顔一つせず四葉についてきたと

 

中野さんに聞いた情報と大分食い違いがある

 

4人の中でも最初に行動を取ったのが、これまた意外、ニ乃であったとか

 

普段の言動からでは想像つかないといえば失礼になるだろうか、一番に姉妹のことを想ってるんだろう

 

さっきの動揺も落第そのものではなく、落第により姉妹と離れてしまうことを恐れたのだろう

 

そこで自分が知らぬ間に姉妹のトラウマを突きつけたことに気付き罪悪感を抱くも、四葉は笑って気にしなくていいと言ってくれた

 

すると四葉は不意に俺に頭を下げて

 

「もう同じ失敗は繰り返したくないんです。私達のこと、よろしくお願いします」

 

四葉にとって、4人が取った行動は救いであったと同時に重い枷にもなったはずだ

 

自分に降りかかる火の粉にはある程度耐えれるように人間はできている

 

しかし自分の不備で他人に火の粉が降り注げば、痛みは何倍にも膨れ上がる

 

自分にも似た経験がある分、尚更四葉の声の震えが感じ取れた

 

「あぁ、任しとけ」

 

敢えて短く、しかし鮮明に答える

 

過去の自分と重ね合わせて、少し動揺してることを悟られないように

 

「ありがとうこざいます、私は先にテストに戻りますね」

 

言い残し、リビングのテーブルにつきテストとの格闘を再開するものの数秒で頭を抱える四葉

 

それを見てふと自分からも笑いが溢れる

 

少しホッとした

 

あまりにひどい成績のせいで人間、いや生物として何かしらの欠陥があると思っていたが

 

存外勉強以外はまともな感性の持ち主達らしい

 

勉強以外は

 

ベランダから外を改めて見ると自分の大学がうっすら見えた

 

あの大きいようで小さい檻の中で閉じこもっていたら今自分はここにいなかった

 

あの小さい檻の中で雑用をして人の為に尽くしている気でい続けたんだろう

 

そのまま景色を眺めていると、突然視界に映る光景が変わった

 

変わったというよりは、何かにキャンパスを見る視線を阻害されている

 

目を凝らして——凝らさなくても分かっただろうが、緑色の缶だった そしてそれを掴んでいる手

 

差し出された方を見ると

 

「飲んでいいよ、あげる」

 

「.......抹茶ジュース?」

 

缶に表記されたまま読む

 

口に出して言ってみると異質感が強まる

 

この詳細不明の物体を差し出してきた本人——三女の三玖は

 

「そう、飲んでみて」

 

と、ポーカーフェイスで俺を見つめるのみ

 

普通なら「はい、ありがとう」で済むはずなんだが、物が物だ

 

受け取るのに抵抗が出るものの、飲まなきゃ逃してくれそうにないので仕方なく飲むのを覚悟する

 

三玖の視線も表情も動かず、俺が受け取った缶ジュースに固定されてる

 

缶のタブを開け、少し口に含んだのと同時に

 

「零奈って、誰のこと?」

 

静かな声なのにやけに三玖の問いかけはっきりと聞こえた

 

何もかもいきなりだった

 

聞くタイミングも、口にした事も

 

俺が余りの困惑に何も返せないでいると

 

「五月が言ってたよ、初めて会った日にそう呼ばれたって」

 

思わず口の中のものを吹き出しそうになったがギリギリ堪えた

 

どうやら五月が他の姉妹に伝えたいようだ

 

まぁ、あれだけおかしい挙動を取れば当然といえば当然だが

 

「あぁ、あの時か。只の人違いだから気にしないでくれ」

 

「人違い?」

 

「あぁ、知ってる顔に似てただけだ」

 

「そうなんだ........でも偶然かな?」

 

「何が」

 

伏し目がちに会話してた三玖だが俺の目に視線を持ってきた

 

その目がやけに焦燥感を煽った

 

姉妹の中でも何を考えてるのが予想できない無表情の三女

 

その彼女が見せるその顔は

 

「私達のお母さんも零奈って名前なんだけど」

 

警戒心と好奇心に象られてた気がする

 

「そう.......なのか.......なら、完全に人違いだ、忘れてくれ」

 

心臓がドクンと強く脈を打つ

 

平静を装い息を整え、何とか言葉を返すも、無駄だった

 

 

「うん.....そりゃそうだよ

 

 

 

 

 

 

 

お母さん、病気で5年も前に亡くなってるから

 

 

 

 

続く言葉で、俺の鼓動は更に喧しさを増したのだから

 

考えないようにしてたことを向こうから突きつけてきた瞬間だった

 

 

因みに抹茶ジュースはまずかった

飲めたもんじゃない

 

 

 

 

 

 




4話はどうしましょうね〜

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