食料になりそうな肉をとって戻ってきた静雄。なにやら女子達が集まっていた。
「よお、どうした?」
「うひゃあ!?し、静雄さん、何で……」
「何でって、穫ってきた肉の調理はお前等に任せてるだろ。バラスのは俺の仕事だが」
何を今更、と首を傾げる静雄。女子達はなにやら紙を持っている。
「そ、そういえば静雄さんって、彼女居るんですか?」
と、以前アルゲンタビスから救われた松下が尋ねてきた。
「何だ、いきなり?彼女ねぇ……いないな。弟も彼女出来たし、それを自慢してくる奴も居るし、まあ、羨ましいとは思うんだがな」
とはいえキレやすい自分にそういうのが中々出来るとは思えないが、と笑う静雄。好きなタイプはいるのかと真実が聞いていくる。
「別に容姿とかにはこだわりねぇな。性格が合わなきゃやってけねぇだろうし……だから、まあ、俺がもし暴れちまっても抑えようとしてくれたり、そばで話聞いてくれる奴が良いな。後は、年上?」
「と、年上ですか……」
「あー、そういう意味だと俺の好みのタイプってセルティだったんだな」
「セルティ?」
「知り合いの女だよ。ま、だちの恋人だから手は出さねーけどな」
懐かしそうに笑う静雄。そのセルティとやらが好みのタイプなのか、しかし、暴れそうになった静雄を止めようとするなんて、その人本当に人間なのだろうか?
「ところでその紙は?」
「え?あ、その………だ、男子達が人気投票してましてね!?女子でもやろうって事になって……静雄さんは、この中でつき合うとしたら誰が良いですか、なんて………」
数名が興味深そうに見てくる中静雄は顎に手を当て考える。つき合う、と来たか。そりゃ確かに彼女は欲しい。しかし今この中で、となると……
「……あー、良く解んねーな」
「ええー!?良いじゃないですか、教えてくださいよぉ」
「隠さないで、ね?お願いしますよぉ」
「あー………じゃあ、アキコ」
「え?わ、私ですか!?」
きゃー!と黄色い悲鳴が飛び交う。が、理由を聞くとそれも収まる。
この中では一番つきあいが長いから、それだけのようだ。
翌日。人気投票なんてやったからか、少し妙な空気を感じる。
ザジと夏奈子は目の下に隈が出来ている。大方ザジが告白してフられた、と言ったところだろう。雪も目が赤いのは、女子達の人気投票で何かあったな。
「やった!みたみた!?今、新記録!14回!」
と、ミイナがピョンピョン跳ねる。どうやら水切りをしていたらしい。懐かしいな、と微笑む静雄。
「お兄ちゃんもほら」
「水切りか……最近ぜんぜんやってねぇけど………」
ヒュ!と空気を切り裂く音、ドパァン!と水面が爆発する音。ザァァァ、と雨のように降り注ぐ水滴とともに、今夜のご飯になりそうな魚が落ちてきた。
「ん?なんだこれ」
「これ、ヤゴじゃない?」
魚に混じって変な虫が落ちていた。ミイナはその姿を見てトンボの幼虫であるヤゴを連想するが、これが幼虫だとしたら成虫のトンボは小さな鼠ぐらいなら捕食しそうなサイズである。
そして実際でかかった。真理谷曰わくメガネウラ。60センチはあるトンボの登場に怯える真夜をはじめとした女子達。静雄が捕まえて川に向かって放り投げると落ち着いた。
そのまましばらく進んでいると人間が残したと思わしき積まれた石を見つける。それも複数。その石塔を追っていくと、巨大樹の森に着いた。中は暗く、夜になれば完全なる闇に包まそうだ。今夜は森の前でキャンプする事になった。
「……………?」
なんか視線を感じたような、気のせいだろうか?取り敢えず火に魚を入れる。後は焼きあがるのを待つのみ。一度に焼ける量には限りがあるから、順番だ。調理をするにはもっと薪が必要とキャンプから離れすぎずに行動する。
「きゃああああ!!」
「────!?」
聞こえてきた悲鳴に静雄は顔を上げる。何か獣でもでたか、とすぐに走り出せば同じく悲鳴を聞いて向かっていたアキラ達と合流する。
悲鳴が聞こえた場所に行けば、りおんが倒れていた。そのりおん曰く夏奈子がけむくじゃらの森の獣にさらわれたらしい。
すぐに助けにいこうと言い出すアキラ。真理谷は何やら考え込んでいた。
後を追うのは簡単だった。足跡があるからだ。
しかし、だいぶ深くまで入ったはずだが未だ見つからない。見つかったのは僅かな血痕の着いたジャケットだけだ。火も弱くなってきた。新しい松明に火を移そうとして、消えてしまった。周囲が闇に包まれる。
「そこだぁ!」
「ウゴアァ!?」
ズン!と何かが降ってくると同時に音の方向に蹴りを放つ静雄。浅い、とっさのことでうまく力が入らなかった、と舌打ちする静雄だが相手はふつうに吹っ飛ばされている。
「彼奴よ!私達を襲ったのは!」
「そうか」
襲ってきた理由が食う為なのか縄張りを守ろうとしてなのかは解らないが、少なくとも、敵だ。静雄が駆け出すと大きな影は何かを掴み上に飛ぶ。反対の手で枝に捕まり身体を持ち上げると枝の上に乗り、静雄の拳は木の幹を砕く。
「────!?」
メキメキと音を立て倒れかける木は他の木と枝同士が絡み合い斜めになるだけですむ。しかし、影は動揺したのか地面に落ちる。静雄が追撃しようとすれば腕を振るってくる。
「バカが!静雄さんにゃワニの牙も刺さらねーぞ!」
「───っ!いや、静雄さん、よけろ!」
ザジがしゃあ!と叫び、しかし真理谷が慌てて避けるように言う。ゴガッ!と鈍い音が響き、静雄が僅かに後ずさる。その額から血が流れる。
「え───」
「岩だ!彼奴、岩を持っている!それも、攻撃力があがるよう尖った方を向けて」
「───ゴフ」
再び岩を構える影。しかし、その岩は亀裂が走りボロリと砕ける。
「石頭なんだよ、悪かったな」
そーいうもんだい?と思った真理谷だったがまあ、静雄だし、と納得するしかない。
「───ホァ───ホアォォォオオオッ!!」
「あ?何だぁ……」
影は突然叫ぶ。静雄が訝しみながら様子を窺っているうちに、真理谷達も闇に目が慣れ始め襲撃者の正体が分かる。
ギガントピテクス。最大級の類人猿だ。パンダとの縄張り争いに敗れ絶滅した高い知能を持つ獣。
「───!?」
と、不意に何かが飛んできて静雄に当たる。ベチャリと湿ったそれは、あまりの臭さに静雄が顔をしかめた。
「ホホウ!ホウ!」
「新手?こいつ等、群か!」
「────てめぇ」
動物の糞は縄張りを主張する目印にもなるため、とても臭いことがある。それはたとえば鼻の良い動物に投げつけて追い払うことにも使えたりする。
「俺の服に、弟がくれた大事な服に、クソ投げつけやがったなぁ!」
「フゴ!?」
が、今回ばかりは完全に悪手だ。慌てて木の上に上り枝から枝から枝を伝い逃げようとするが静雄はそれ以上の機動力を持って追い付き、その首をねじ切る。いや、正確にはねじ切ろうとした。飛んできた漬け物石サイズの石が足に当たりバランスを崩し地面に落ちる。その石をつかんでぶん投げるが大木を一本へ込ませるだけで、ギガントピテクス達を逃がしてしまう。
「まちやがれ!ぶっ殺してやらぁ!」
「今のうちに大森を探すぞ!静雄さんが相手してくれているはずだ!」
「お、おう!」
ギガントピテクス達は混乱していた。可笑しい。こんな筈ではなかった。
彼らは人間を知っている。夜目が利かず、個体個体はとても弱い。何らかの方法で自分達が苦しむことになる煙を発生させるがそれは彼等の持つ光る何かが必要なはず。
だから、それが消えてから襲いかかった。だから、平気なはずだ。勝てるはずだ。はず、だった。
後ろを振り向く。森の、それも木の上は自分たちのテリトリー。だというのに、自分達と遜色ない、どころか少しずつ追い付いてくるのだから自分達より速く移動している。
捕まれば、どうなる?あんな小さいのに、自分をぶっ飛ばすほどの力と今までどんな相手も倒してきた武器を逆に破壊するだけの硬さもある。
しかし、なまじ知能があるから思う。何かの間違いでは?自分達は、一度力で勝っているのだから。
「────ウゴオォォ!」
木の枝をへし折り、バットのように振るう。彼等の膂力ならば今回の相手程度のサイズなら、この太さの枝の一撃で──
枝を砕いて掌が伸びてくる。頭をガシリと掴まれ、握りつぶされる。
「ホェ──ヒュラララァァァ!ヒュロアアア!」
すぐに子供だけでも逃げるように合図を出す。後は、目の前の仲間の頭を握りつぶした奴をどうするか、だ。森に入ってきた。狙いは縄張り?なら、縄張りから逃げれば追ってこないか?いや、自分なら縄張りを奪い返しにこないように殺す。
「フゴフゴ───フゥ、ガオアアアッ!!」
自分が両手でもてるサイズの岩を持ち上げ、振り下ろす。その岩を砕き迫る拳が、最後にみた光景だった。
頭に一際大きなこぶが着いていた自分にクソ投げてきた個体はぶっ殺した。漸く落ち着いた静雄は悪いことしたな、と頭のつぶれた死体を見る。
こいつも、ただ縄張りを守ろうとしただけなのだろう。ウンコ投げて弟がくれた服を汚したのはマジで許せないが、まあそもそも襲ってきたのは向こうが先だ。いきるために戦うのは仕方のないことだ。
「………………」
「「───!!」」
残りの二匹に視線を向ければビクッと震える。戦意はすでに失われている。わざわざ戦う必要はないだろう。
静雄が背を向ければ、おそるおそる後ずさり、静雄が振り向かないのを確認すると一目散に逃げ出した。少なくとも、あの二匹のギガントピテクス達が人間を襲うことは今後決してないだろう。
ちなみに夏奈子は無事だった。彼女の他に捕まっていたらしい桐野というアキラ達の同級生も。彼女を見て引目という男子生徒が狼狽えるという一幕もあった。
「ふぅむ、やはり戻らんか?あの猿、是非とも調べたいのだよ。ひょっとしたらヒマラヤに住むと言われる雪男かもしれんだろう?」
「そ、そんなこと言ったって、殺されるだけですよ」
ガスマスクを被り白衣を着た不審者の言葉に前髪で顔の上半分を隠した太り気味の少年が呆れたように言う。
「静雄君が居ればなぁ……あんな猿、素手で頭握りつぶしたり首を引っこ抜いたりするんだろうが」
「そんな人間居るわけないじゃん。良い年してバカみたい」
と、スケッチブックを抱えた少女が言う。
「何を言うか、実際記憶を失う前の君は見たことがあるのだろう?でなければあんな絵描くはずがない」
「骨格が解れば筋肉の付き方も解る。筋肉の付き方が解れば出せる力も想像できる。あのサイズのあの骨格で、電柱を振り回せるわけない」
「やれやれ、君の脳を是非研究したいところだが、まだまだ子供のくせに見たことがある動物を基準に考えるようでは所詮子供だ……石動氏もこんな子供のために図鑑を作るとは」
「……………」
子供扱いされ無表情ながら不機嫌そうな気配を放つ少女にガスマスクの不審者はやれやれと肩をすくめる。
「この世界には吸血鬼やデュラハン、そしてそれらを人でありながらしのぐ超人は、確かに存在するのだよ」