仙石アキラ、赤神りおん、真理谷四郎、左治一馬の学生四人と、CAの大森夏奈子。以上の五人が豚、エンテロドンという名らしい怪物に襲われていたメンバーだ。
「私は十和アキコ。夏奈子のセンパイで、CAよ」
「平和島静雄。借金の取り立て屋だ」
「……闇金?」
「馬鹿言うな。うちは真っ当だ。利子だって法律の範囲内だ……」
法律の範囲内で高い方らしいがそれを承知で借りているのだから返さない方が悪い。
「んで、此奴はミイナ。こんな格好だが男だ」
「「「………え?」」」
静雄がミイナの頭にポンと手を置き紹介すると固まる五人。ミイナはそんな五人の反応が面白かったのかニヤリと笑う。
「てか何だよ静雄にーちゃん、もうバラしちまうのか?」
「ん?秘密だったのか?」
「………にーちゃんってたまに抜けてるよな。ま、良いけど。あれ見てにーちゃんの仲間のオレをどうこうしようとは思えねーだろうし」
と、ミイナが無数に転がるエンテロドンの死体を見る。1トン近くある体重にサイに匹敵する巨体。それが何匹も屍を晒し、その全てを一人で行った静雄。その光景を見て確かに彼の知り合いに手を出そうとする者は、よほどの命知らずか自殺志願者だろう。
「ま、そういうわけで石動ミイナよ。偽物だけどね。子役だった私に本物が背格好似てるから化けてみてって頼んだの」
「あ、そっか……石動ミイナって名前自体は、乗客リストにもあったけ……」
つまり本物の石動ミイナ自体はあの飛行機に乗っていた。資産家の孫娘が、だ。となると私財を叩いて捜索されるだろう。何時かは見つかるかも知れない。
「それに、幽の地位利用するみたいな言い方だが有名人の身内が行方不明だしな。マスコミ共も食いつくだろうよ」
グアム旅行は幽の提案。幽だけ先に帰り、事件に巻き込まれなかった。もしマスコミがその当たりをどうこう言ってたら会社に辞表だしてからそいつらぶち殺そう。
「有名人の身内?」
「羽島幽平って知ってるか?あれ、俺の弟。何時もマスコミが家の周りにいるしな。身内が墜落事故、とか奴らが喜びそうじゃねーか?」
「羽島幽平!?」
と、夏奈子が叫ぶ。どうやら知っているらしい。
「羽島幽平って、あのカーミラ才蔵の!?う、嘘本当ですか!?」
「おう。自慢の弟だよ………確か、グアムで撮った写真が……お、あったあった」
静雄が替えのバーテン服を入れていたバッグをゴソゴソと探し写真を見つける。楽しそうな静雄と無表情でVサインをする青年が写っていた。
「久々の兄弟での旅行だったからな。幽も楽しそうにしてたんだが、彼奴は先に仕事でかえって………責任感じてなきゃ良いんだが」
「………これ、楽しそうなの?」
「ああ、此奴のここまでの笑顔をみたのは久し振りだ」
笑顔、なのかこれ。ミイナの言葉に写真を見て楽しそうに笑う静雄曰くこの能面のような顔の男は楽しそうに笑っているらしい。え?本当に?
「やっぱりかっこいい人は家族でかっこいいんですね」
と、夏奈子がキラキラした瞳を静雄に向ける。左治、渾名はザジというらしい褐色の男がグヌヌ、と静雄を睨んでいた。
「それより移動するぞ。血の臭い嗅ぎ付けて肉食獣が来るかもしれない」
真理谷の言葉にそうだな、と移動しようとする一同。静雄はエンテロドンの死体の中から頭が潰れている個体の足をつかみ、振り回す。遠心力で死体の中の血が周囲に飛び散る。
二度、三度振れは血も止まる。
「お、おい何してんだよこんな時に」
「血抜きだ。これするしないで肉の味は結構変わるらしい」
「肉の味………え、喰うのかこれ?」
「………食わねーのか?」
「肉なんてこの島じゃ静雄お兄ちゃんが居なければ食べられないかもなのに」
「夏奈子、大丈夫よ。直ぐなれるから」
見た目はかなり気味悪い豚だったが意外と美味かった。少し筋っぽいのはジビエの特徴だろう。夏奈子とアキコは再会を喜び身を寄せ合って眠り、ミイナは木に背を預け眠る静雄の膝の上で丸くなっている。ザジとりおんも既に寝ており考え事をしている真理谷と火の番のアキラだけが起きていた。
「なあ真理谷、難しい顔してどうした?」
「………いや、バーテンダーの事が少し気になってな」
「ああ、静雄さんか………滅茶苦茶強いよなあの人。矢頼より強かったりしてな」
「……それだけか」
はぁ、と呆れたようにため息を吐く真理谷。その、解ってないな、というような態度にうろたえるアキラ。しかしあの光景を見て、強い意外にどんな感想をいだけというのか。
「あの人の強さは、どう考えても有り得ないんだよ」
「あり得ない?」
「大きければ強い。これは生物の原則だ……例えば腕が太い重量挙げ選手なんかは、太く丈夫な筋繊維を持っている。もちろんボディビルダーもな……まあ、あれは魅せる筋肉だから、重量挙げ選手の引き絞られた筋肉に負けることはあるだろうがそれでも相手と比べて少し細いぐらいだろう」
「………?」
「解らないか?つまり、バーテンダーのサイズではエンテロドンを振り回すなんて事、出来ないんだよ。というか人間が成長できる限界まで成長したって不可能だ、そこまでの力を手に入れるなんて」
「いや、でも実際………」
「振り回していたな。骨までかみ砕くはずのエンテロドンに噛まれたまま、その腕を……」
どう考えても有り得ない。メガネをクイ、と上げながら断言する。
「あり得ないっても、実際見ちまったしな」
「………可能性としてはどちらも低いが、二つある」
「二つもあるのか?」
「一つは火事場の馬鹿力とも言われる、肉体のリミッターが外れた場合」
「リミッター?」
「人は肉体の性能のおよそ60%しか発揮できないとされている。100%発揮したら、例えば本物の火事場で消防隊員が自分に倒れかかってきた柱をどけた、なんて話もある」
とはいえ、残りの40%が使用できるとしても単純計算で二倍以下。1トンのエンテロドンを振り回すなんて芸当、可能とは思えない。それに───
「そもそもリミッターというのは肉体を壊さないためについているんだ。普段運動しない奴が運動すると、筋肉痛になるだろ?あれは筋肉が切れるんだ。60%でさえそれなのに100%など、長時間扱うなど不可能だし可能だとしても全身ボロボロになるはずだ」
「じゃあ、もう一つの可能性じゃないのか?」
「……こっちは更に荒唐無稽だぞ」
そう前置きする真理谷。再びメガネのブリッジを指で押す。
「身体を支える筋肉の質、そのものが違うんだ」
「………筋肉の質?」
「そう。筋肉は太ければ強い。だから超回復で太くする」
超回復とは筋肉痛など、筋肉がちぎれた後戻ると以前より太くなると言う現象だ。太くなると、その筋繊維が出せる出力があがる。
断面積が細く、それでいて太い者より力を発揮できるとしたら、それは筋繊維がそれだけの力に耐えられるほど強靱な場合だ。
「いわゆる突然変異、それで常人より力が出せる………なんてな」
冗談めかして言ってみたが静雄の肉体は間違いなくレベルが違う。鍛えたとか、そんなレベルではない。なら突然変異なのか?と言われても首を傾げる。
突然変異で足を持った魚がより多くの虫を食べ、大きく育ち子にその特性を残してやがて両生類になる。二足で立ち物を扱う術を覚えた猿が類人猿となりやがて人に変わる。
突然変異とは生物が次の段階にいたるステップだ。もちろん失敗もあり、それはただ一世代の者となるだろう。
しかし、だ。劇的な変化はしないはずだ。生物は、自然は跳躍しない。如何に突然変異だろうとそれは人間の範疇を僅かに越える、程度の筈。静雄の力は、大きく逸脱している。それこそ、何世代にも渡り過酷な環境下に身を置かせ、数百年かけて人間という種を進化させたような………。
「ふん、まさかな……」
「よく解んねーけどさ、静雄さんが何者かなんてこの際関係ないだろ」
「………まあ、そうだな。少なくとも彼と共にいれば僕らの生存率は大きくあがるのは確かだ」
それから数日。川を見つけ、水浴びすることにした。
「行くぞミイナ」
女の方に行こうとするミイナの襟首を掴む静雄。ぶー、と膨れるミイナの抗議を無視して引っ張っていく。
「なぁに静雄お兄ちゃん私の裸みたいの~?」
「あん?ガキの裸なんて見て何が楽しいんだ?」
ほらさっさと脱げとミイナの服をはいでいく静雄。いやーん、と胸を隠すミイナをそのまま水の中に放り投げる。
「ぷは!んー…気持ちいい♪」
「水遊びだけじゃなくて体をキチンと洗えよ……」
そう言って静雄も服を脱ぐ。背が高く、筋肉質な肉体が顕わになる。確かに筋肉質だがテレビで見るボディビルダーや重量挙げ選手よりは細い。
「………でけぇ」
「ああ、190はあるからな」
「ちげぇよ、ほらあれだ………」
と、静雄の一部を指さすザジ。何処見てんだと呆れるアキラ。しかし、確かにでかい。流石大人だ……。
「静雄お兄ちゃーん!みてみて、変な生き物!」
と、ミイナがなにやら鼻の長い豚サイズの動物に乗ってやってきた。
「モエリテリウム、象の祖先だ。草食で大人しい奴だよ」
真理谷が説明してくれる。なる程、確かに象に見えなくもない。しかし耳も小さいしやはり豚の方が近いだろう。
「ねぇ静雄お兄ちゃん、これ食べれる?」
「知るか。取り敢えず首へし折って……血抜きも必要だから首とか切って………まあ肉抉れば良いか…」
「え、喰うの?」
「そりゃお前、肉食より草食の方が美味いらしいしな」
ミイナも楽しそうに乗りこなしといて普通に喰うつもりらしい。この辺りが、この島で生きた姿と肉になった姿を数日目の当たりにした者故の違いだろう。と、その時……
「アキラくーん!みんなー!大変、ちょっと来てえ!」
「り、りおん!?な、なんだ!?」
「落ち着け千石。ちょっと、って言ってたろ。緊急事態みたいだが何か危険が迫っている訳じゃなさそうだ。着替えてから行け」
慌てるアキラに真理谷が冷静になるように言う。アキラも裸で向かおうとしてた事に気づき慌てて着替えて声のした方向に向かった。静雄達も着替えて後を追う。
すると、アキコ、夏奈子、りおんの他にもう一人少女が居た。気絶しているようだ。制服からしてアキラ達の同級生だろう。
「ゆ、雪!?」
「何だ、知り合いか?」
「あ、ああ……佐久間雪、オレや真理谷のクラスメイトなんだ」
しかし、川から流木とともに流されてきて全身痣だらけ。ただ事ではないだろうとアキラが呼び掛け目を覚ました佐久間の第一声は、幸平とやらを助けてくれ。聞けばアキラの親友でクラスメイト。さらには学園の人気者で、数人の学生を纏めていたが殺人鬼に襲われたらしい。
「……………」
「どうしたの、静雄お兄ちゃん……」
「………いや」
殺人鬼の姿は誰も見ておらず、しかし何日も付け狙われる。幸平とやらは殺人鬼に襲撃され唯一生き残った。
カッパドキアのような鍾乳洞に迷い込んで、そこからまた殺人鬼が現れたらしい。迷宮のような場所まで追ってきた?
あまり考えることが得意ではないと自覚してるが馬鹿ではないと自負してる静雄には、どう考えてもその幸平が怪しかった。しかしアキラ達の前でわざわざ言うようなことではないだろう。
アキコとミイナを見れば何とも言えぬ顔をしていた。彼女達は、追いつめられた人が凶行に走った様をみた。静雄の考えた可能性も十分あり得ると思っているのだろう。
「ま、そうならねぇことを祈るしかねぇか」