五等分の花嫁 三玖√   作:おとぎの

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#6 二乃だけが生き残った。

 普通の健全な男子高校生なら羨ましがる状況なのだろう。

 美少女五人に対しての家庭教師。もし風太郎に友達がいてこのことを相談したのなら、十中八九嫉妬の目を向けられ、「贅沢野郎、死ね」と言われるに違いない。

 だが現実は美味しいことばかりではないのだ。

 

 約一時間前に、二乃を除く五つ子たちと勉強を開始した風太郎は周りの惨状を見て絶望する。

 現実は美味しくないし、そう上手くもいかない。

 

 一花は眠り。

 二乃は引きこもり。

 三玖は死んだ(ように眠って)。

 四葉は脱獄。

 五月はカロリー不足で動けず。

 

 想像を絶する勉強嫌いだと言うことがわかった。

 リビングに残っている三玖と五月は揺すっても起きないので、仕方なく先程のテストを見直す。

 高校二年の二学期でこの惨状。彼女たちは気付いてはいないだろうが、一刻の猶予も残されていないと言ってもいい。

 

 持参したノートに誰がどの問題を正解したか、または間違ったかを記入する。

 正直意味は無いかもしれないが、近い未来に上から下まで丸で埋まってくれることを祈り、小さなことから始めていくことにした。

 

 それから十分程経っただろうか。

 五人分のの記入が終わり、腕をグッと伸ばしていたその時、上にある部屋のうちの一つが、ゆっくりと開いた。

 ガチャリという音は広いリビングにはよく響き、風太郎は顔をそちらに向ける。

 ドアの隙間から警戒したように除いている特徴的な髪飾りは……二乃だ。

 

「あら、家庭教師やってる割には寂しいリビングねぇ」

 

 二乃は机に突っ伏す三玖と五月を見ると、満足そうな顔で手すりに体重を乗せた。

 

「あんだけ家庭教師やるって気合い入れて、この様……馬鹿なの?」

「二十点に馬鹿と言われるとは心外だな」

「なっ……! 今はテスト関係ないでしょ!」

「ああ関係ないな。……だがこうしてる間にもやれることはあるんだ」

 

 風太郎は視線を二乃からノートとテストに戻し、再びシャーペンを持つ。

 

「だから、やる気ない奴は部屋でツムツムでもやってろ。一人で。この後四葉が帰ってきたらまた勉強は再開するからな……四人でな!」

 

 馬鹿め! 馬鹿はお前だ馬鹿め! 

 

 そう……馬鹿過ぎて三回も言ってしまうほどの馬鹿だ。

 他人とコミュニケーションを取らないとはいえ、国語平均偏差値七十四の俺に口論で勝てるとでも思ったか? 

 そして華麗な(自称)誘導テクニック! 

 今の冷静な俺の言葉を聞いた二乃はこう思うだろう。

 

 あれ、全然焦ってない──と! 

 

 戻ってくるわけのない四葉を、あたかも買い出しに行かせてる風を装うこと。

 全然焦っておらず、あくまで冷静な俺。

 

 二つの状況を理解した二乃は、この壊滅的状況を『ただ一休みしているだけ』と受けとるに違いない。

 そして一人で部屋にいるのが寂しいのは、ドアの隙間からそっと様子を除いていた時点で察せている。

 

 フハハ! 抜かったな、二乃! 

 

 

 ……しかし。

 

 

「……ふーん」

 

 風太郎の予想に反して、いたって二乃は冷静だった。

 点数を指摘され動揺していたにも関わらず、一転、冷静な口調で相槌を返す。

 

 そのままリビングまで降りて来て、風太郎の目の前に座った。

 

「な、なんだ……勉強する気になったか?」

 

 予想外の行動に驚く風太郎。しかしやる気になったのならそれでいいと二乃に問う。

 それに対する二乃の返答は、意外なものだった。

 

 

「……嘘ついてるのがまるわかり、よ」

 

 

 俯いて隣の五月の髪を撫でながら、二乃はぽつり、とこぼす。

 

「は? 嘘なんて……」

「わかるのよ」

 

 誤魔化そうとした風太郎の言葉を遮ったその声は、弱く、しかし有無を言わせないはっきりとしたものだった。

 風太郎は思わず口をつぐむ。

 俯いた二乃の表情は、前髪に隠れて見えない。

 

「十六年も一緒に暮らしてきたのよ。……あんたには、わからないわ」

 

 それは、今までの二乃とはまるで違う雰囲気で。

 二乃の言葉の後に続いたリビングの静寂が、何故か重く感じた。

 

 十六年。

 産まれてからずっと一緒にいるからこそ、わかることがあるのだろうか。

 風太郎が何も返さないのを見ると、はぁ。とため息をついて、

 

「ほら五月、起きなさい。クッキー焼いてあげるから」

「……ふぇ、え!? ホントですか!?」

 

 先程の雰囲気とはまた一転、普段の様子で五月に声をかけた。

 

「お腹すいてるんでしょ。勉強なんてしてないで私のクッキーでも食べなさい」

 

 五月は申し訳なさそうな表情を風太に向ける。

 

「……すいません上杉さん。背に腹は変えられません……」

「……あ、ああ。文字通りだな」

 

 二乃の再び変化した雰囲気に少し驚かされたが、『クッキー』という単語に反応して飛び起きた五月に、苦笑しながら返事をする。

 

 何か、あるのだろうか。

 出会ってまだ二日目。こいつら五つ子に対してまだ分からないことが大半を占めているが、今の二乃の様子は少しおかしかった。

 

 普段他人と関わらない俺がわかる程度には。

 

 だが情報がほとんどないと言ってもいい今、考えても無駄だと判断し、頭の片隅に追いやった。

 今ある五つ子の情報といえば、極度の勉強嫌いだということ、五月が大食いだということと、五月が肉まんが好きだということ。それと新しく、五月が二乃に餌付けされてるということぐらいだ。

なんか五月ばっかりの無駄な情報でしかない。

 

 

「あ、言っとくけど、あんたに食べさせるクッキーはないから」

「お前俺のこと嫌いだろ……」

「はあ? そんなの言うまでもないでしょ」

「……そうかよ」

 

 二乃に勉強をさせるまでの道のりは、やはり長そうだ。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 勉強しなきゃいけないことくらい、アタシだってわかってる。

 

 しないより、したほうがいい。

 

 少なくとも落第して離ればなれになることはなくなる。

 けれどあの家庭教師はいらない。

 

 勉強は自分たちだけでも、落第しない範囲なら助けあってできるはずだ。きっと、今度こそ。

 

 オーブンレンジで焼かれているクッキーの様子を見ながら、二乃は風太郎の顔を思い浮かべた。

 

 三玖と気軽に話してくれているのは、正直嬉しいし、姉として喜ぶべきなのだろう。

 

 でも、心のどこかで。

 何故か三玖に関わって欲しくないと思う自分がいる。三玖がどこか楽しげにアイツと話しているのを、否定したくなる自分がいる。

 

 上っ面で特に理由もなく否定して、妹の成長すらも喜べない。

 

 

 そんな性格の悪い自分が、アタシは嫌いだ。

 

 

 自嘲を込めて、フッと小さく鼻で笑う。

 だが、あの家庭教師はいらない。

 五人の家に入って欲しくない。

 

 

 

 ……そんなの風に思ってる自分は、果たして。

 他の四人から見たら、その思いは、エゴの塊でしかないのだろうか。

 

 

「いいにおいがしてきましたね! 上杉さん!」

「お前食べ物のことになるとほんと元気になるな……」

 

キッチンの向こうから五月の元気な声と、風太郎のため息混じりの声が聞こえた。

 

 

 

 一応用意した風太郎分の飲み物に、嫌がらせで睡眠薬でも入れてやろうかと思ったが……。

 

 

「二乃の作るクッキーは、本当に美味しいんです!」

 

 

 虚しくなるだけな気がしたので、やめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうも、フィヨルドです(´・ω・`)

投稿頻度をあげるんだ……!

感想、評価ありがとうございます。
では近いうちに、また。できれば二日以内に!




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