五等分の花嫁 三玖√   作:おとぎの

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#7 風太郎はオーストラリアドルを知っている。

 んっ……。

 

 捉えようによっては艶かしくも聞こえる音を漏らしながら、三玖は上半身を起こした。あまりの目映さに手の甲で目を擦る。

 

 トントントン、と小気味の良い音がどこからか聞こえてくる。

 

 ……。

 

 自分が寝ていたソファーを、ボーッとしながら見ていると、ふと頭に疑問が浮んだ。

 

 私、なんでこんなところで寝てたんだっけ……。

 

 両手をソファーにつき、体を捻って音の聞こえるキッチンの方を見ると、そこにはエプロンを着けた二乃が立っていた。二乃はリビングに背を向けているので、三玖には背中しか見えていないのだが、何をしているのかは音とリビングに漂ってくる匂いでわかる。

 

 体の捻りを元に戻し、自分のスマホを探そうとテーブルの上を見ると、そこには散乱している筆記用具とプリントがあった。

 

 あれ? なんで……普段勉強なんてしないのに……っ! 

 

 徐々に働き始めた頭を傾げ、そしてついに思い出した。はっとして辺りを見る。

 

 リビングには私だけ。キッチンに二乃はいるけど……フータローがいない! 

 ……私、寝ちゃったんだ……。

 

 頭の中を『なんで』がぐるぐると回り続ける。

 時計を見ると、針は七時五十分を指していた。

 なにが『パソコンの中身は見ないで壊してね』だ。寝る前の私を殴りたい。

 

「あら三玖、起きてたのね」

 

 頭を抱えどうしようかと俯いていると、前方から声がした。顔を上げると、エプロンをつけたままの二乃がソファーに座りながら、テレビのリモコンを手にしている。どうやら料理は一段落したらしい。

 

「もう少しで晩御飯ができるから──」

「フータローは!?」

 

 二乃の言葉を遮り、ソファーから身を乗り出すようにして聞く。

 

「……あいつなら一時間前くらいに帰ったわよ」

 

 二乃は、すぐに風太郎のことを聞く三玖に若干の不満を覚える。

 二乃自身、それが検討違いな感情だとは理解しているものの、風太郎を否定している自分を否定することはできなかった。

 

「そ、そっか……明日謝らなきゃ……」

「別にいいでしょ……あんなヤツ」

「でも……」

 

 思わず突き放すように言ってしまった二乃は、しかし、ガックリと肩を落としてる三玖を見て何を思ったのか言葉を足す。

 

「別に怒ってなかったわよ」

「え? そうなの?」

「ええ……あんたはネガティブ過ぎんのよ。そんなこといちいち気にしてたらキリがないわ」

 

 明日も来るらしいし……来んなって言ってやったのに、と。

 

「そっか……」

 

 その言葉を聞いた三玖は、深く息を吐き出し、体を脱力させてソファーにあすけた。

 二乃が何かのバラエティー番組を見ている横で、そのまましばらく天井を眺めていると、ガチャリとドアの開く音がした。

 そちらに視線をやると、開いたのは右から二番目の部屋。

 

「あ、三玖起きてたんですね! 肉まん食べます?」

 

 四葉は部屋から出て三玖を見つけると、右手に持った紙袋を高々と掲げた。

 

 なんでまた肉まん? 今日何個目?

 

 疑問に思ってると、それを二乃が察したのか説明してくれる。

 

「勉強してる途中で四葉外に出たんでしょ? その時に五月だけじゃなくて、みんなの分も買ってきたのよ」

 

 そういわれてみると、確かに四葉は途中でいなくなっていた……気がする。よく覚えていないが、(もちろん勉強の内容も)どうやら逃げ出した訳ではなかったらしい。

 

「大変だったんですよ。みんなが寝ちゃったあと、五月と二人で勉強だったので、すごーく厳して……」

 

 成る程。五月は勉強に必要なカロリー(?)を肉まんを食べ続けることによって補給したと。

 これから勉強していくなら五月の体重は大変なことになるわね。と二乃が思う一方で、それを聞いた三玖は再び焦っていた。

 

 二人はしっかり勉強していた。

 私は他の四人のように()()()を持っているわけではない。

 なにも持ってない自分が勉強の一つすらできないなんて、ましてや寝てしまうなんて……四葉と五月は起きていたのに。

 フータローが怒っているかとは関係ない、私自身の問題。

 

 二乃の言う通り、明日からしっかりしなきゃ。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「はあ、はあ……ギリギリセーフ、か」

 

 走っていることでかいた汗で、じっとりとワイシャツが肌に張り付く。

 起きる時間が二十分も遅れてしまった。

 家庭教師と自分の勉強の両立がこんなに厳しいとは、少し侮っていたかもしれない。

 

 落第寸前の五つ子にどのように教えるのが良いのか。

 風太郎は給料が高いなら必要経費だと、なけなしの金をはたいて家庭教師の入門書のようなものを買って一通り読んでみはしたが……いまいちピンと来なかった。

 家庭教師として致命的な気はするが……なんで分からないのかが分からないことが一番の課題だろう。

 

 校門が見えたので携帯の時計を確認すると、時刻は八時二十分。朝のホームルームまで余裕があるので、風太郎は走るのをやめた。

 

 と、その時。真横を車が通り抜け、汗で湿った体をひんやりとした風が撫でる。

 その車は徐々に減速していき、校門の前で止まった。

 

「おおっ、みたこともない外国の車だ」

 

 黒塗りで縦に長く、貧乏人である風太郎でさえ一目見ただけで高級な車だと分かった。おそらくリムジンというやつだろう。

 

「かっけぇ……百万(オーストラリアドル)くらいしそうだな」

 

 明らかにこの学校とは不釣り合いな車に目を奪われていると、静かにドアが開いた。

 

「あ、フータロー……」

「なんだ、お前らか」

 

 出てきた人物―三玖を見て、なるほどと納得する。あんな豪華なマンションに住んでいるんだ。リムジンを所有していてもおかしくないかもしれない。

 三玖に続いて続々と五つ子達が出てくる。

 

「あ、上杉さんです!」

「ふあぁ……おはよ、風太郎君」

「なんであんたがいんのよ」

「おふぁひょうほさいます」

「五月は口になんか入れたまま喋るな」

 

 相変わらずの五月の食欲には驚かされると言うか呆れるというか……女子としてどうなのか以前に、体重とか大丈夫なのか? 

 風太郎は密かにそう思うが、決して口に出したりしない。

 少し前にらいはをおんぶしたときに、『重っ』と呟いてしまったが最後、三日も口を聞いてくれなかった。

 さらに俺と親父の食事がいつもにましてや質素になるという怒りっぷり。

 そんなことがあったので、良好な関係を築けそうな今、余計なことは言わない方がいいだろう。

 

「お前ら昨日あんまりできなかったんだから、今日はしっかりやるからな」

 

 風太郎の言葉に、三玖がビクリと肩を震わせる。

 

「朝から勉強のことばっかりじゃ女の子にモテないよ?」

「結構だ……で、昨日のテストの問題は復習したよな? 今日それもう一回やるからな」

 

 しかし……風太郎の言葉を聞くやいなや、五つ子全員が目を反らした。

 あんな点数を取ったんだ。復習くらいやるだろう。

 そう思っていたのが間違いだった。

 

「……問一、厳島の戦いで毛利元就が破った武将を答えよ」

「「「「……」」」」

 

 無言! 

 一番最初の問題すらやってないのか……。まあ、なんとなく予想はしてはいたが……。

 

「ふ、フータロー……」

「ん? なんだ?」

 

 少し落胆していると、三玖が側に来た。

 

「そ、その……えっと……」

「ん? どうした?」

「·····やっぱりなんでもない!」

 

 そう言うと校舎の方に走って行ってしまった。追いかけっこと勘違いしたのか知らないが、なぜか四葉も三玖を追っていく。

 なんだったんだ……? 

 

「俺、なんかやらかしたっけ?」

「それが女の子なんだよ。風太郎君」

「はぁ?」

 

 後ろでリムジンが発車した音がする。

 風太郎は三玖が何を言いたかったのかは分からなかったが、後で教室で聞けばいいと思い、教室に向かった。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 風太郎より早く教室についた三玖は、一枚の手紙を風太郎の机の中に忍ばせた。




1オーストラリアドル=65〜70円

どうも、フィヨルドです(´・ω・`)
遅くなってほんとすいません。
#7をもって、ついに前置き終了。次回からお楽しみに。
こっから書きたかったことがやっと書ける!
高評価してくれた人、感想くれた人、ありがとう!
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