Futures   作: 白山胡蘿蔔

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Sweetness

 レスポールが苦手だ。独特のふくよかな音色だとか、マーシャルとの相性の良さは魅力的だと思うけど、太いネックに重たいボディ。いくら音が良くても、これだけ弾きにくいとブーツを履いてダンスを踊るようなちぐはぐさを感じる。

「やっぱり苦手だなー、レスポール」

 椅子に座って、蘭から借りた赤いギターを抱えたまま呟く。

「じゃあ、借りなきゃいいんじゃない」

 怒るでも呆れるでもなく蘭が言う。そんな蘭は、感触を確かめるようにわたしのギターでパワーコードやオクターブを鳴らしている。

「弾きやすいね、モカの」

「そりゃあ、手塩にかけた大事な相棒だからね~」

「……」

「あ、蘭のことも同じくらい大事に思ってるよ~」

「はいはい」

 大学に入ってからも、Afterglowの活動は変わらずに続いている。スタジオ練習の合間。時々こうやって、互いのギターを交換するのがちょっとした気分転換になっていた。

 わたしは蘭のギターをスタンドに立てかけて、ぐっと背伸びをする。これまで試奏で色んなギターを触ってきたけど、レスポールだけは弾く気にならないな、と思った。

 

 

 大学2年。長い夏休みも終わって、後期の授業が始まった頃。

 秋が近付いていて、吹き抜ける風が気持ちいいと思ったから。

 タンデムシートに乗って、強くしがみついてくる蘭をちょっとだけからかいたくて、いつもよりスピードを出したから。

 わたしがいい加減で、無責任だったから。

 

 がしゃん、と音がした気がする。記憶には靄がかかっていて、覚えているのは擦り傷くらいしかなかった自分に、横倒しになったバイクと、ぐったり倒れ込んだ蘭の姿だけ。ヘルメット越しには表情なんてわかるはずもなくて、ましてや生きているかどうかなんて。さあっ、と血の気の引く感覚。寒くもないのに、一瞬で体温が何度も下がったような気がした。ぶるぶる震える手で携帯を取り出す。救急車って何番だっけ。どうやったらここに来てもらえるんだっけ。視界がぐるぐると回り始めて、真っ直ぐ立てなくなる。電話越しに何を話したかは、覚えていない。

 

「うわ!」

 自分の間抜けな悲鳴で目が覚めた。自室のベッド。あれから何日か経って、毎日こんな調子だ。軽傷だったわたしは念の為に、と受けた検査もすぐ終わって解放されたけど、蘭は未だに面会謝絶らしい。らしい、というのは当日に医師から説明を受けたきりだから。

 ずっと悪い夢の中にいる気分だ。全身に力が入らなくて、何も出来ない。ベッドに横たわって、逃げるように目を瞑り、意識が落ちるのを待つだけ。あんなに旺盛だった食欲もすっかりなくなっていて、一日に一食摂れればいい方だ。

 気付けば、バケツで水を被ったように全身が汗で濡れている。

(そろそろ、シャワー浴びなきゃかな…)

 それすらも億劫だ。頭の中に泥が詰まった感覚。何も考えられない。なんとなく上体を起こして、枕元の携帯を手に取る。時刻は深夜2時。Afterglowのグループチャットに、いくつか通知が来ていた。

『蘭、明日から面会できるんだってさ。何時に行こうか』

 そんな巴の呼び掛けから始まったやり取りが、お昼過ぎに集まって病院に行くという結論で終わっていたことを確認して携帯を放り投げる。事故があってから、親以外の誰とも会っていない。もちろん、巴達とも。

 会ったら何を話せばいいんだろうか。自分勝手な動機で蘭を酷い目に遭わせて、挙句に自分は軽傷で即日退院。顔を合わせた途端に殴られるかもしれない。けれど、その方がよっぽど楽だ。そんなことを延々と考えながらベッドに倒れ込んで、ぎゅっと目を閉じた。

 

 お昼過ぎ。這うようにベッドから出て、シャワーを浴びて支度を済ませてから玄関を出ると3人の姿があった。

 モカちゃんおはよう、とつぐみが言えば、もうおはようの時間でもないけどねー、とひまりが微笑む。モカはいっつも寝坊するもんな、そう言って巴は白い歯を見せて笑う。いつも通りの3人だ。…いや、違う。いつも通りになろうとしている。わたしが黙り込むのを気にも留めず、3人は努めて平静を装う。その気遣いが今は却って心に突き刺さる。悪意なんてあるはずもないのに、針の筵に座っている気持ちだ。病院までの道のりは、ひどく長く感じた。

 

 

「---号室にお見舞いの方達ですか?」

 病院。待合室のベンチで横並びになって待っていると、白衣を纏った医師に声をかけられた。

「はい、そうですけど…」

 小首を傾げながら、つぐみが答える。

「お伝えすることがあります。少し、こちらへ」

 医師は踵を返し、何歩か進んでから振り向いて手招きする。釈然としない表情のままついていく巴とつぐみ。わたしは、吐き気がするほど嫌な予感がしていた。きっと何か、取り返しのつかないことが起きている。

「モカ?」

 ひまりが、ベンチから立ち上がろうとしないわたしの顔を覗き込んでくる。

「……」

 怖い。話を聞くのが、怖い。俯いていると、膝の上で握り締めていた両手が、ふわりと温かい感覚に包まれる。顔を上げると、子供をあやすような表情で微笑むひまりと目が合った。

「…行こ?」

 わたしの両手を柔らかく包んだまま、寄り添うような声で促す。悪い予感は拭えないままだけど、どうにか立ち上がることが出来て、やっぱりママみたいだなあと改めて思った。

 

 暫く歩いて行き着いたのは人気のない廊下。陽が当たりにくい場所なのか、漂う空気はどんよりと湿気を帯びている。

「それで、話って?」

 重苦しい雰囲気の中、巴が切り出す。

「美竹さんのことです」

 医師の冷淡な台詞に、ごくりと唾を飲み込む。ひまりの左手と繋いだ右手に汗が滲む。

「容体は安定していて、命の危険もありませんが…」

 口籠る様子に全身の毛が粟立つ。嫌だ。聞きたくない。きっと、悪いことが---。

「美竹さんは、聴力を失っています」

 心臓を握り潰された気がした。頭が真っ白になる。医師が何か説明しているが、欠片も頭に入ってこない。

「あ、うあ」

 漏れた声が自分のものであることに、一瞬遅れて気付いた。吐き気がこみ上げてきて、口元を押さえる。呆然と立ち尽くす3人を見て、わたしは走り出した。ひたすらに、逃げることだけを考えて。巴がわたしを呼んだ気がしたけど、振り返らなかった。

 

「っはあ、はあ…」

 自室に戻ってすぐ、後ろ手でドアに鍵をかけた。ずり落ちるように座り込んで、荒れた呼吸を整えようとする。だけど何度も、あの瞬間がフラッシュバックする。

『美竹さんは、』

 やめて、

『聴力を失っています』

 わたしのせいだ。全部。何もかも。わたしが蘭から、奪った。

「はあ、あ……」

 心臓が、肺が、身体の芯が、ずきずきと痛む。何もかもを忘れたくて、膝を抱えて目を閉じた。

 

 どれくらいの間、座り込んでいたのだろうか。すっかり日は暮れて、部屋の窓から夕陽が差し込んでいる。夕焼け。あの時に蘭と見た景色は、きっともう二度と。

 ふと、部屋の隅に立ててある青いギターが視界に入った。よろよろと立ち上がったわたしは、藁にも縋る気持ちでそれに手を伸ばす。ストラップを肩にかけて、部屋に置いてあるアンプの電源を入れるとボリュームノブを限界まで右に回す。じいい、というノイズが走るのもお構いなしに、弦を掻き毟った。普段より何倍も大きい音が部屋中に響き渡る。耳をつんざく轟音は、胸の痛みを和らげてくれるような気がした。暫くの間、音の濁流に溺れていると、どたどたと足音がする。

「ちょっとモカ、どうしたの?!」

 ドアを開けたママと目が合った瞬間に、情けなくて涙が出てきた。

「…わたしのせいで、蘭が」

 その後は、言葉にならなかった。

 

 

 

「もかちゃん」

 幼稚園の頃。初めて名前を呼ばれた時。

「もか」

 小学校に入った辺り。ちゃん付けをしなくなった。

「モカ」

 中学に上がってから、ちょっとだけぶっきらぼうにわたしを呼ぶようになった。

「モカ!」

 ギターソロの前。心を奮い立たせる、朗らかな声。

「…モカ」

 最高の演奏をした後。じんわりと胸が温かくなるような、優しい声。

 生きているのか死んでいるのか、起きているのか眠っているのか、わからない。そんな意識の中、蘭の声だけを思い出していた。ずっとずっと、忘れないように。

 

「モカ」

 聞き覚えのある声。誰だっけ?張り付いたように閉じたままの瞼をどうにか持ち上げる。

「あー、トモちん………?」

「なんで疑問形なんだよ」

 巴は頬をかきながら苦笑する。いつの間にか部屋まで上がり込んでいたようだ。

「どしたの、急に」

「急じゃないだろ。何日連絡してないと思ってるんだ」

「………」

 結構な時間が経ったらしいけど、そんなことはどうでもよかった。

「なあ、ちょっと飯でも食いに行かないか?ひまりとつぐみも心配してるからさ」

 労わるような調子で、巴が言う。行きたいなんてこれっぽっちも思わなかったけど、断るのも気が引けるから申し出に乗ることにした。

 

 

「あのさ、モカ」

 なんとなくファミレスに入って、なんとなく食事をして、一通り食器が下げられてから。さっきまで他愛もない話をしていた巴が、急に真剣な声で名前を呼んでくる。

「……」

 わたしは応えない。何を言われるか予想がついてたから。

「蘭の、お見舞いに行かないか」

「行かない」

 遮るように即答すると、巴の眉間に皺が寄る。

「……辛いのは、わかるけど。いつまでもこのままって訳にもいかないだろ」

「わかんないよ、トモちんには」

 自暴自棄になっていたわたしは、かけられた言葉を踏み躙って、吐き捨てる。

「わたしが勝手に蘭を乗せて、勝手に事故って、あんな目に遭わせて、どんな顔で『お見舞いに来ました』なんて、言えるの」

 徐々に震える自分の声を顧みることなくまくし立てる。

「きっと恨んでる、憎んでる、だって、蘭から歌もギターも全部奪ったのは、わたし、わたしだから、」

 視界が滲む。誰の顔も見たくなくて、空っぽのテーブルに視線を落とす。心臓が早鐘を打って、呼吸が浅くなる。心が溺れるような感覚に襲われているわたしの意識を引き戻したのは、つぐみだった。

「そんなことないよ。蘭ちゃんは、絶対そんなこと思ってない」

 力強い口調に、思わず顔を上げる。ぼやけた視界の向こう、斜向かいの席。胸の前で右手を握るつぐみの姿。

「蘭ちゃんは、そんな人じゃない」

 つぐみは凛とした表情で真っ直ぐにわたしを見つめながら、言い聞かせるように言う。だけどわたしにはその言葉すら空しく聞こえて、右隣の席で心配そうな表情をしてわたしを見ているひまりの姿が、腹立たしいとすら思った。脳の血管が湧き立つのを感じながら、小さく叫ぶ。

「つぐは、蘭じゃないじゃん」

 え、と声を漏らすつぐみ。テーブルを叩く音がした。びくりとした次の瞬間、身を乗り出した巴に胸倉を掴まれる。見開かれた両目。瞳は、火が出るんじゃないかと思うくらいに烈しく燃え立っている。

「…今の、もう一回言ってみろ」

 ぎり、と歯を食いしばる音が聴こえそうだ。お望みなら、何回でも言ってやる。

「つぐは、」

「やめてよ!」

 一際大きな声の主は、ひまりだった。両手がスカートの裾を強く握り締めている。

「やめてよ、モカも、巴も………」

 消え入るような声は、やがてすすり泣きに変わる。騒ぎを聞きつけた店員が飛んでくるまでの間、4人掛けのテーブルは水を打ったように静かだった。

 

 気まずい空気から逃れるようにして自宅へ帰ると、キッチンからママの声がした。

「おかえり、モカ。晩御飯食べてきたの?」

「んー…」

「…そう。モカの分も作っておくから、食べられそうなら食べてね」

「うん」

「あ、モカ宛てに手紙が届いてたから、机に置いてあるわよ」

「手紙?」

「中身は見てないけど、懸賞か何かじゃないかしら」

 ママはそう言ったけど、応募した覚えはない。今どき手紙なんて、一体誰が書いたんだろう?

 

 自室の机の上には葉書が1枚置いてあった。楷書と行書の間くらいの崩し具合が美しい、まさに達筆というべき文字で、うちの住所が書いてある。差出人は見なくてもわかった。葉書を手に取って、裏返す。

「モカのヘタレ。腰抜け」

 その一文だけが、やはり達筆な文字で書いてあった。

「はは、」

 何故か、笑いが漏れた。とんだ意趣返しだ。

 あの日以来、久々に笑った気がする。

 

 翌日。わたしは一人で病院を訪れた。受付で部屋の番号を聞いて、病室に向かう。目的地が近付くにつれて心拍数が上がっていくのを感じるけど、行かなきゃならないと思った。

 4人部屋の右奥、ベッドの上で半身を起こして文庫本を読む姿を見つける。

「蘭、」

 言葉が出終わる瞬間に思い出した。蘭は、もう。自分のしたことの重大さを改めて思い知って、立ち尽くす。だけど、もう逃げない。ゆっくりと近付いて何歩か進んだ辺りで目が合った。蘭は手にしている本をぱたんと閉じて、ベッドテーブルの上に置く。そのまま本の横に置いてあった手帳とペンを取って、さらさらと書きこむ。

『久しぶり』

 ページをかざす蘭の表情は驚くほどいつも通りだ。まるで、何事もなかったかのように。

 わたしはベッドの傍の椅子に腰かけて、手帳を受け取る。

『ひさしぶり』

 震える手で書いた文字は、まるで小さな子供が書いたようだった。

『あんまり寝てないでしょ』

『さすがにね』

 いつもとは逆で、わたしが蘭に見透かされているみたいだ。わたしの動揺を知ってか知らずか、蘭は言葉を書き加える。

『Afterglowはどうしたの』

 綴られた言葉に、手帳を落としそうになる。どう、って。そんなの。

「っ…」

 唇を噛む。出来ないに決まってる。蘭のための場所なのに、蘭が居られない場所なんて意味がない。

『できないよ』

『出来ないって何?』

 刺々しい言葉。心なしか、その筆致すらわたしを責め立てているように感じる。蘭の顔を見るのが怖くて、手帳に視線を落とす。返す言葉もない。けど、答えなきゃいけない。

『蘭がいないAfterglowなんて、やっても意味ないよ』

 また、心臓を握り潰されるような感覚。何もかも、わたしが壊した。

 全部、全部わたしのせい。そう思って手帳に文字を書き加えようとした矢先、蘭はひったくるようにして手帳を奪って、がりがりと書き込む。

『私のせいにしないで』

『蘭のせいじゃないよ、わたしのせいで』

『確かにあの時、悪かったのはモカかもしれない。だけどそれで辞めるっていうのは、私のせいにしてる』

『でも、蘭なしで続けても、辛いだけだよ』

 手帳を手渡すと、ここまで流れるように滑らかだった蘭の手付きがぴたりと止まった。もともと静かな病室が、手帳の会話も止まって更に静まりかえる。重たい空気が肩にのしかかっている気がした。ふと手帳を見ると、ページにいくつかの滴が溢れる。その源は、蘭の両目。

「------っ」

 滲んだページを気にも留めず、蘭は文字を書き殴る。

『辛くないわけない。悲しくないわけない。だけど、皆から音楽を奪う方がもっと辛い。』

  そこまでをわたしに見せ、手の甲で涙を拭った蘭は、すっと顔を上げてわたしを見つめる。潤んだ瞳からひしひしと伝わる強い意志にたじろいでいると、蘭は病室の隅を指差す。ベッドを挟んで反対側、見慣れたギターケースが立てかけてあった。

 愕然とするわたしに、手帳に刻まれた一言が突きつけられる。

『受け取って』

 導かれるようにわたしは立ち上がって、ぐるりとベッドを回り込む。ギターケースのファスナーを恐る恐る開ける。赤い、レスポール。

 蘭が手帳に新しい言葉を紡ぐ。

『これは呪い。私のことを忘れられなくなる呪い』

『私の分も、弾いて、歌って。悪いと思ってるなら、そうやって償って。一生かけて償って』

『いつか私にも聴こえるくらい、大きな声で』

 呪い。そうか、呪いなんだ。これからわたしは、蘭にかけられた呪いの為に歌う。

『わかった』

 手帳を受け取ってそう書き込んだ途端に、胸の奥からこみ上げてくるものが抑えきれなくなった。

「蘭」

 届くはずもないのに、言葉が漏れる。

「ごめん、本当に、ごめん……!」

 縋りつくように蘭の両手を握って、何度も何度も、言葉を繰り返した。

 

 

 何日か経って、いつものスタジオ。防音扉の前でひまりが心配そうに声をかけてくる。

「ねえモカ、その…大丈夫?」

「うん」

 言い切ったけど、実際のところ心臓は騒ぐのをやめてくれない。

 ひとつ深呼吸をしてから、扉のハンドルを捻ってぐっと押し込む。見慣れたスタジオの風景が、やけに広く感じた。

「…」

 みんな黙りこくったまま、それぞれ楽器の準備に移る。

「あのさ、」

 3人の背中に向かって、わたしは話し始める。

「…ごめんなさい。つぐにもトモちんにもひーちゃんにも、酷いこと言って、心配かけて………」

 そこまで言って、頭を下げる。

「ううん、気にしないで?」

「あたしもちょっとやり過ぎたってか、知ったようなこと言い過ぎたよ。…ごめん」

「ほんとに、心配したよお…モカ、ずっと辛そうにしてるし……」

「…ありがと、みんな」

 話し終わると、室内に再び静寂が満ちる。わたしはギターケースのファスナーを開けて、ギターを取り出した。ストラップを肩にかけると、その独特の重みがずしりとのしかかる。

「モカ、それ…」

 ドラムセットの前に座る巴が、僅かに目を見開いて呆然とした様子で言う。

 ひまりとつぐみも、驚きのあまり息を呑んでいる。

呪いをかけられたんだよ、蘭に(約束したんだよ、蘭と)

 赤いレスポールを持った自分の姿がスタジオの大きな鏡に映るのを見て、我ながら似合わないなあ、と思った。

 

 

「いけるか、モカ」

 巴の問いかけに無言で頷く。ひまりとつぐみの目を順番に見る。

『私の分も、弾いて、歌って』

 瞼を閉じて蘭の言葉を反芻する。

 わたしたちの、初めて作った曲。

 いち、に、さん、し、と頭の中でカウントを取って、バッキングのフレーズを弾き始める。

 2小節後に、ひまりのベースが寄り添うように鳴り始める。簡単なフレーズのはずなのにヨレヨレなわたしを立て直そうとしてくれているのが伝わる。

 巴のシンバルとつぐみのピアノが重なるその瞬間、入れ替わりにリードのフレーズへ移る。巴のクレッシェンドに合わせて、力を溜めて解き放つ。フレットを押さえる左手がバタつく。ピックを持つ右手は頼りなくて、気を抜くとピックを取り落としそうだ。

 レスポールが苦手だ。独特のふくよかな音色だとか、マーシャルとの相性の良さは魅力的だと思うけど、太いネックに重たいボディ。いくら音が良くても、これだけ弾きにくいとブーツを履いてダンスを踊るようなちぐはぐさを感じる。その証拠に、弾き慣れたこの曲のイントロですらボロボロで、不甲斐無さに思わず苦笑するほど。

 後悔、自責、蘭への気持ち、みんなへの気持ち。色んな感情が胸につっかえて、息が詰まりそうになる。心臓の軋む音を聴いた気がする。こみ上げてくる何もかも全部を、蘭にも聴こえるような大きな声で、吐き出すように目の前のマイクにぶつけた。









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