このヨークシン編では、流れ的にはそのままで進行していきます(分かりませんが多分
9月1日。
3年2ヶ月ぶりに集結した、幻影旅団全メンバー。
クロロから告げられた今回の目的は、特に裏のお宝が競売されるという、『
「──オレが許す、殺せ。邪魔する奴は残らずな」
同日夜。
仮宿にしている廃墟に残ったクロロ、ヒソカ、フィンクス、ボノレノフ、パクノダ、コルトピ以外のメンバーが、マフィアが仕切る地下競売会場へと向かった。
気絶するように眠ってしまったアリシアは、この仮宿のビルの隣に建つ、同じく廃墟である建物の一室でひとり寝かされたままだった。
「品物がない?」
残りのメンバーで待機中、クロロに一本の電話がかかる。相手はウボォーギンからであった。
『──ああ。金庫の中には何一つ入っちゃいなかった』
地下競売会場を襲撃し、目的の品を手に入れようとしたところ、マフィア側が事前に競売品を持ち出していたのか、金庫の中は空っぽであったのだ。
『あまりにタイミングが良すぎる。オレ達の中に
「いないよ、そんな奴は」
クロロはそれを否定した。
「それにオレの考えじゃ、ユダは裏切り者じゃない」
金、名誉、地位。それで満足する者が、本当に旅団の中にいるのか。
『……流石に、そんな奴はいねぇな』
「だろう? ──それともう一つ。解せない点がある」
仮に密告者がいたとして、対応は実に中途半端である。A級首の旅団の情報を知っているとしても、警備が甘い。
「──オレの結論を言うと、情報提供者はいるが、その内容は具体的ではない。にも拘らず、それを信用している人物がマフィアンコミュニティーの上層部にいる」
『よく……わからねぇな。どんな情報が誰から誰へ伝わってるか、がよ。まあいい。──で、オレ達はどうすればいい?』
「競売品をどこに移したかは聞いたか?」
『ああ。だが──』
オークショニアは死ぬまで『何も知らない』としか答えなかった。
「移動場所を知ってる奴の情報は聞き出したんだろう?」
『勿論だ』
地下競売を仕切るのはマフィアンコミュニティーで、6大陸10地区を縄張りにしている大組織、通称"
この10人がこの時期にだけ一ヶ所に集まり、話し合いによって様々な指示を出す。実際動くのは"十老頭"ご自慢の実行部隊、『陰獣』。それぞれの長が組織最強の武闘派を持ち寄り結成された。
『警備にそいつらが参加してなかった事からみても、オレ達の介入は知らなかったと考えていいだろう』
「──で、競売品の移動手段には何を使った?」
『それがよぉ、陰獣の構成員がたった一人で来たそうだ』
現れた構成員は、『変更指令だ)と言って金庫の中に入った。
確かに手ぶらで入って手ぶらで出て行った筈なのに、25平方メートル位の金庫の中の競売品は、全て無くなっていたのである。
『……そいつは梟と名乗る大柄の男だ』
「シズクと同じタイプの念能力者か」
団員のシズクの能力は具現化系で、念で創った掃除機を使って色々なものを吸い込ませることが出来る能力を持っている。
『おそらくな。向こうも500人近い客が消えた事で気付いた筈だ』
敵は同じく念能力者だ。
『
「勿論だ。追って相手に適当に暴れてやれよ、そうすれば陰獣の方から姿を現わすさ」
ウボォーギンとの電話を切ったクロロは、読もうとして途中で閉じていた古書を再度開いた。
「あっと……、そうだ忘れてた♠︎」
同じ空間で待機していたヒソカが、突然思い出したかのように立ち上がった。
「今日人と会う約束をしてたんだ♦︎ 行ってもイイだろ?」
「ああ、かまわない。明日の午後6時までに戻ればな」
クロロは古書から目を離さない。
「……悪巧みか? ヒソカ」
「――勿論♥」
ヒソカはそう答えると、一人仮宿から出て行ってしまった。
「団長、あの
クロロから少し離れて座っていたパクノダは、ヒソカの去った方向に目を向けながら訊いた。
「いや、今は眠らせておけ」
「了解……」
古書から目を離さないクロロに目を移せば、彼の右の瞼がほんの僅かに動くのが見えた。それに気付いた時、パクノダの心の内側には小さな波が立っていた。
「おい、冗談か、それ?」
フィンクスが半笑いで言った。
陰獣を相手し終えた筈のメンバーから、信じられない一報が届いたからである。ウボォーギンが、マフィア側に捕らえられてしまったのだ。
「まさかあのウボォーを……、な」
全身に包帯を巻き、その上からボクサーの様なトランクスとグローブを身に付けた団員No.10、ボノレノフ=ンドンゴが呟いた。
クロロはこれに対し、フィンクスに命令を下して陰獣を全滅させたメンバーと合流させると、直ぐにウボォーギン救出に向かわせた。
そして深夜。ウボォーギンの救出は難なく成功した。だが、ウボォーギンを捕らえた張本人の姿は、そこには既に無かった。
その後のノブナガからの連絡によると、ウボォーギンはその人物と決着をつけたいが為、『集合時間までには必ず戻る』という約束のもとで単独行動に出たという。勿論、コイントスの結果の行動であった事も伝えられたのだった。
「……ん」
まだ星も出ている夜明け前。アリシアは突然に目を覚ました。
──ここは?
真っ暗ではあったが、見えなくもない。多少埃臭いこの空間は、昔ホテルの一室として使用されていたらしい形跡があった。
──わたし、もしかして寝てしまったの?
眠る前の状況が、アリシアの頭の中でフラッシュバックした。
暗い廃墟の中でヒソカと待っていると、団長と呼ばれた男を中心にして、マチを含む何人かが現れた事。
アリシアは壊れかけのベッドの上から起き上がると、部屋の中を見回した。
「ヒソカ?」
返事は無い。
「誰もいないの?」
アリシアは部屋から出ようとして、古くなったドアノブを回した。開いたドアが錆付いていたせいで、ぎいと耳障りな音を立てる。
顔だけを覗かせて見れば、ひびの入ったコンクリートむき出しの壁と床が続く、長い廊下があった。
慣れているので全く見えない事は無いが、やはり暗い。窓枠だけがかろうじて残っている窓から、月の光が薄く廊下を照らしているだけだった。
その光に導かれるように、アリシアは窓の外で輝く月と星空を見上げた。
──朝の匂いがする。
僅かな風によって漂う、夏の朝の匂いを感じて瞳を閉じる。すると左側の廊下奥から誰かの気配がして、アリシアは目を開いた。
ヒソカ、……じゃない。
暗闇の奥から現れたのは、クロロだった。
「起きたようだな」
アリシアは自分の目の前までやって来るクロロに少しだけ警戒し、不安気な眼差しを向けた。
「オレが恐いか?」
クロロの表情に変わりはない。その瞳は、いつか見たイルミの暗い闇色とはまた違った、深くて真っ暗な色をしている。
「……わか、らない」
イルミの目を見た時には、何故だか直ぐにわかった。アリシアを殺そうと、タベヨウとしているのかそうでないのかを。
けれどクロロの場合、そのどちらでもないのだ。
「わからない?」
「だ、だって、本当にわからなくて……」
アリシアはクロロの瞳に映る自分を見つめた。クロロもまた、アリシアの瞳を見つめている。
「あなたは、わたしをタベる?」
どちらとも取れる質問をしたアリシアに対し、クロロは少し間を空けてから答えた。
「……なるほど、だからわからないと言ったのか。そうだな、オレはお前を食べようとも、──殺そうとも思ってない。これなら、どうだ?」
クロロの言葉に抑揚はあまりない。けれどそれで心落ち着かせたのか、アリシアはクロロに微笑んでみせた。
──でも、やっぱりわからないの。
アリシアは口には出さず、心の中で再度思った。クロロのアリシアを見つめる瞳は、あまりにも暗くて深過ぎる。
「ねえ、そういえば──」
ふと我に返るように思い出したアリシアが、ヒソカの行方をクロロに訊こうとした次の瞬間。
クロロはアリシアを、自らの腕の中に抱き寄せたのである。
──え?
突然の事にアリシアは驚いた。
「僅かに香る、これがそうか?」
クロロの息が首筋に当たって、アリシアは妙にくすぐったく思った。そして腕の中にいれば、クロロの心音がダイレクトに伝わってくるのがわかる。
この音……。
アリシアは目を瞑り、その胸に耳を当てて聴いた。クロロの乱れの無い静かな心音を、全身で感じ取るのだ。
──ああ、なんだかとっても懐かしい。
生まれる前のお腹にいる時に感じた母の心音と、クロロの心音はとてもよく似ている。
幼い頃に母親に抱き締められた記憶を頭の中に思い浮かべ、アリシアは無意識のうちにクロロの背中に腕を回していた。
「ほう、これは凄いな」
クロロは強く発せられた甘い香りをひと嗅ぎすると、ゆっくりと腕の中のアリシアを解放した。
「名は、──確かアリシアだったな?」
アリシアも閉じていた瞳を開き、背に回していた腕を離してクロロを見上げた。
「ええ、そうよ。あなたは──だん、だん……」
「クロロだ」
「クロロ、ね。ねえクロロ、わたしあなたの心臓の音、とても大好き」
「そうか……」
──オレはお前の瞳と甘い香りが気に入った。
笑顔のアリシアから壊れた窓へと目を移したクロロは、窓から覗く明けの明星に目を細めた。
アリシアが眠っていた廃ホテルの屋上。フェンス越しから日の出前の東の方向を見つめ、パクノダは一人佇んでいた。
──団長は
クロロは感情を余り出さない。
けれどパクノダは、そんなクロロの一瞬を見逃しはしなかった。
──本当、昔から変わらないわね。
他の団員は絶対に気付かない癖のようなもの。クロロが本気で欲しがる時、右の瞼がほんの僅かに動く。
──今回の場合は、一体どうするのかしら?
欲しいモノは奪ってでも手に入れる、それが
魅夢の一族であるアリシアは、団員であるヒソカの言わば所有物。アリシアが団員のモノでなければ、クロロは躊躇せずに奪っていただろう。──でも、団員だからといって遠慮する必要はない筈だ。
「団長。ヒソカはあの、アリシアって娘を手放すと思う?」
クロロがアリシアのもとに行く前、パクノダは敢えてそう訊いていた。
「どうだろうな。今までと同じならば直ぐに飽きて手放すか、その前に殺していただろう」
その口ぶりが、パクノダは妙に気になった。
「今回は違うの?」
クロロは一拍置くと、パクノダに目を向けながら答えた。
「恐らく今のヒソカは、あの娘を手放そうとはしないし殺しもしない。──そうだな、もう自分の意思では殺す事も出来ないが正しい、か」
「どういうこと?」
「パクは魅夢の一族をよく知らないんだったな」
「ミムノイチゾクと、ヒソカがあの娘を手放せない理由は、何か関係あるのかしら?」
「……そうだ」
クロロはやおらにパクノダから背を向けた。
「いつもなら迷う事なく欲しいモノを手に入れてきた貴方が、ヒソカに対して遠慮してるとは思えない。その
「"副作用"だ」
「……副作用?」
クロロはそれだけ言うと、それ以上何も語らずにパクノダのもとから去って行ってしまった。
──副作用? 一体どういう意味なの?
クロロが言った副作用とは何の副作用なのか。だが、はっきりとわかっている事は、クロロがアリシアを欲しがっているという事実。
団長……。
パクノダは、少しアリシアを羨ましく思った。本気で欲しがる時の癖を、好きな書物にしか出さなかった筈のクロロが、アリシアには出したのだから。
──欲しいと思われるなんて、ね……。
団員の誰も気付かないクロロの表情ひとつひとつを、パクノダはずっと見てきた。
これが家族のように思って過ごしてきた大事な仲間としての感情なのか、ただの陳腐な恋愛感情なのかは、今のパクノダ自身にもわからない。
「……馬鹿馬鹿しいわね」
パクノダは、空を仰ぎ見ながら自分自身を自嘲した。
「あれが魅入られた人の末路さ」
クロロはとある廃れた村で、魅夢の一族の女に魅入られてしまったという男を見た事があった。
子供の頃に盗んだ古い書物に、【魅夢の一族】という聞いた事もない民族の名を初めて知った時から、クロロは魅夢の一族について高い関心をもっていた。
だが実際、存在はお伽話のように薄く、やがてクロロの記憶の隅に残るだけであった。
それから何年か過ぎた頃。団員との待ち合わせの場所へと向かう途中に寄った村で、ある話を耳にし、子供の頃の記憶と共に魅夢の一族の興味が蘇ったのである。
「この村の奥にはな、浮浪者が住み着いてる一角があるんだけど、なんとその中に、昔魅夢の一族の女を手にした事がある男がいるってよ」
「その話、本当?」
「へえ、兄さん、魅夢の一族をご存知で?」
「ガキの頃聞いたことがあってね。……でも、所謂お伽話だろ?」
「お伽話じゃないさ。本当に存在してたんだって。ここだけの話、何年か前に一族の最後の生き残りらしい男が、こっそり競売に出されてたんだから」
「そうなんだ。──で、さっき言ってた、手にした事のある男の話を詳しく知りたいんだけど」
その時までのクロロの心境は、半分興味範囲で半分どうでもよかった。
「その男ってのは、昔ある一帯を取り仕切ってた大地主でね、どういうルートか知らないが、当時絶滅寸前だった魅夢の一族の女を手に入れたんだ」
「何で大地主をやってた男が浮浪者に?」
「魅入られちまったからだよ」
「魅入られた?」
「見りゃあわかる」
連れて行かれた先は、浮浪者が住み着いてるという場所だった。
「ほら」
指された指の先に目を向ければ、古びた建物の隅で項垂れて座り込む、見るからに薄汚れた老人がいた。
頭はボサボサの長い白髪頭。衣服は汚れが目立ち、あちらこちらとほつれている。口は開けっ放しで涎を垂れ流し、身体は痩せ細って骨と皮だけ。とても生きているとは言い難い状態だった。
「ワシも昔、若い時に人から聞いた話なんだが、あの男は手に入れた魅夢の一族の女を大層大事にしてたそうだ」
初めは普通に愛でるだけだったのが、女を見る周囲の羨望に嫉妬し、徐々に男の様子がおかしくなったという。
「自分の側近の男が狙っていると言い出しては次々と周りの人間を殺し、誰もがその男に近付くのを恐れた。──だが、そうやって殺された男達の妻や親兄弟が恨みや怒りを募らせ、ついには村々全体で男に復讐を……と、動き出してしまったんだとよ」
元々から横暴で酷かった男の仕打ちを更に上行く非道は、ついに我慢の限界に達し、男の屋敷へと大勢で押し寄せる事態となった。
「……まずは屋敷を荒らすだろ? 警備なんかとっくに見限っていないし。粗方荒らし回った後の皆の目的は、男の命よりも大事にしていた魅夢の一族の女でね。だからその女を男の目の前で殺してやる事が、何よりの復讐だったらしい」
「……で、復讐は遂げられた?」
「ああ。男の目の前で無惨に、だとよ。男はあまりにものショックで一瞬にして廃人のようになっちまって、今のあの状態なんだとさ」
「男は殺されなかったんだね」
「殺すより生き地獄を与えたかったんだろうよ」
魅入られた男の末路を語り終え、『大昔から魅夢の一族を手にした奴らは、殆どがああなっちまうそうだ』と、ご老人は最後にそう教えてくれた。
その後、クロロは魅夢の一族について記された本などを探し出し、魅夢の一族に関わった者達の魅入られた最期を知ることが出来た。
いくつかは取り扱い説明書のようなもので、『食べる目的なら交わるな』、『死ぬと瞳の中の星が消える』など。
中には『並大抵の者が魅夢の一族を手にしてはならない』と書かれ、古い文献の一部には、『人の精神を狂わす悪魔、魔女』として処刑された事も記録されていた。
──人の精神を狂わす悪魔か、面白い。
クロロはそれらを読み続ける度に、魅夢の一族への興味を増していた。
人は何故、かくも滅んだ文明や歴史、民族に魅かれるのだろうか。
──残念、一度でもこの目で拝んでみたかった。
ある日のマチから、魅夢の一族の特徴を持つ女の存在を知らされたのは、この日から4年後の事である。