魅夢の一族   作:あまてら

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さよならはトツゼンに

 

 

 

 

「鎖野郎に攫われた?」

 待機組として仮宿に残っていたフランクリンに、シャルナークから思いも寄らぬ連絡が入った。

「団長が攫われたって、どういう事だよ?」

 横に座るボノレノフと、ヒソカの隣で本を読んでいたアリシアは、『団長』に反応してフランクリンを見た。

「ベーチタクルホテルで何があったんだ?」

『実はさぁ──』

 シャルナーク達がホテルに到着する前、既にクロロは攫われた後だった。

『オレも軽くしか話の流れは聞いてないけど……』

 別行動で動いたパクノダらによって、鎖使いの顔と名前の情報を得たクロロ達は、後から呼び寄せたフィンクスやフェイタン、シャルナークと合流する為に、ベーチタクルホテルのロビーで待っていたという。

『あの子供達もなんか途中で捕まえてて……』

「そいつら、何でまた捕まったんだ?」

『オレ達に懸けれた賞金目当てで、団長達を尾行してたんだって』

 小さな溜め息をシャルナークは吐いた。

『ある意味捕まえてて良かったよ。あの2人、鎖野郎と繋がりがあるみたい』

 クロロが攫われる数分前の事──。

「あんた達に懸けられてた賞金が取り消しになった事、知らなかっただけだよ」

「その結果、また尾行に失敗したのか? こりねぇな。だがこれも何かの縁ってやつよ。オレ達は惹かれ合う運命ってわけだ」

 ゴンやキルアにまた会えた事を喜ぶノブナガは、改めてクロロに二人を薦めていた。

 顔も見たくないと、目を瞑るゴンとキルア。クロロはそんな二人を見据え、ひとり何かを考えた後に、もう一度パクノダに能力を使って調べさせようとした。

「何を訊く?」

「何を、隠してる? かだ」

 パクノダが触れようとすると、『無駄だね』とキルアが言った。キルアは、パクノダの能力を知っているという態度だった。

「オレ達は何も隠してないし、何も知らない。仮に何かを知ってても……!」

「やればわかること。黙りなさい」

 パクノダはキルアの顎を掴み上げた。

「もし知ってても、別の事考えて頭の中読ませないもんね!」

 今度はゴンの顎を掴み上げる。

「何か……、勘違いしてるわね」

 パクノダが引き出すのは、記憶の底の(もっと)も純粋な原記憶であった。

「あんた達が創り出したイメージを読むわけじゃない」

 パクノダの質問で対象者の記憶を刺激すると、池に石を投げた時の様に、記憶の底で沈殿した泥が舞うのだ。

「それが原記憶。加工されてない記憶。私はそれをすくい取る──偽証は、不可能よ」

 苦しさに顔を歪める二人を見つめながら、パクノダは質問した。

「何を──隠してるの?」

 その時である。突然、視界が闇に包まれた。

 ──否、消えた?

 ロビーの照明が、全て消えてしまったのである。瞬きの間、パクノダが自身の左腕の骨が折られる音に意識を戻すと、今度は顎を蹴り上げられた。

 ──右の奴が抜けた!?

 念糸で二人でを捕まえていたマチは、右側にいた筈のキルアが、念の糸から抜け出たのに気付いた。

 見えない────!

 右の横腹を蹴られ、マチはその場から体勢を崩す。

 (こいつ)は放さない。左側のゴンは、まだ糸から逃れてはいない。マチは左手を振り上げ、念糸で繋がれたゴンを頭上高く飛ばすと、前方から来る殺気を感じ取った。

「捕まえた」

 ガードしたマチの心臓辺りを手刀で突こうとしたキルアの手は、ギリギリ手前の筋肉によって止められてしまった。

 マチはその手を抜けなくさせ、キルアが逃げれないように全力で抱き締める。

「殺気を出せばこっちも構える。闇に乗じた意味がないね。刺すなら首だよ。ま、ガードしたけど」

 完全に身動きの取れなくなったキルアを助けようと動いたゴンも、成すすべなくノブナガに捕まった。──その時、ノブナガの横を何かが通り、後ろの柱に刺さる。

「団長は……?」

 暗闇に目が慣れ、シズクは気付いた。クロロの姿がない事に。

 停電したその隙をつかれ、混乱に乗じてクロロは攫われたのだ。

『──で、オレ達が着いた』

 ノブナガの横を通った何かは、紙切れが巻かれたナイフだった。その紙には、『二人の記憶、話せば殺す』と書かれていた。

『パクやマチは負傷してたし、八人で団長を追うとしたら、団長のケータイを使って鎖野郎が電話をかけてきたんだ』

 鎖野郎こと、名をクラピカという人物は、従わなければ即座にクロロを殺すと言い、三つの指示を出してきた。

 一つ目は『追跡するな』。二つ目『人質の二人に危害を加えるな』、三つ目は『パクノダという女に代われ』だった。

 パクノダに代わった後、次はノブナガに交代。パクノダ以外は全員アジトに戻り、人質と一緒に十人常に同じ場所にいる事を指示され、またパクノダに代わった。

『フェイタンがその内容を盗み聴きしようと試みてたけど、出来なくてね』

「何でだ?」

『鎖野郎の仲間には嘘を見破る奴がいるらしい。オレ達が小細工しようものなら、団長は死ぬ』

 シャルナークは『一旦七人で戻るから』と告げると、そのまま電話を切った。

「十人揃ってねーと、団長が死ぬ……か。人質を連絡係に使うとはな」

 なんて頭の良い野郎だと、フランクリンは思った。

「クロロ、大丈夫なのかしら……?」

 アリシアは、ガラスが割れた窓から見える外を見つめながら、クロロを心配するように言った。

 その隣ではヒソカが携帯電話を取り出し、また誰かへとメールを打っていた。その表情は誰にも見られずこっそりと。気味悪くほくそ笑む。

 雨脚が強まる中、暗闇の中の仮宿内に僅かな物音が響く。

「……誰かいるな」

 団員とは違う人の気配を感じ取ったフランクリンは、ボノレノフとヒソカ、アリシアも連れて仮宿内を調べに動いた。そして、待機していた建物の隣の廃ホテルに入ろうとした時である。

 前を行くフランクリンとボノレノフの後ろを、少し離れて歩いていたアリシアの左耳に、ヒソカが優しく唇を落としたのだ。

 声は出さなかったが、突然何なのだろうとアリシアが見上げれば、愉しそうに口角を上げたままのヒソカは、辺りを調べているフランクリンやボノレノフの前を一人歩いて行った。

「オイ、気を付けろよ」

「大丈夫だよ……♣︎」

 先を行ったヒソカが扉の開いていた部屋に入った。──すると突然、後方から音がした。フランクリンとボノレノフは音のした方へと反射的に振り返る。

 そこにいたのは、紅い振袖の着物を着た子供だった。その子供は、此方を少し振り向くや否や、窓から外へと逃げるように飛び降りて行った。

「……あれも奴等の仲間か?」

 走り去る子供を窓から顔を出して見ていたボノレノフが、『追うか?』と訊けば、フランクリンは『全員揃うのを待とう』と返した。

 物音の正体がわかった後は、また元の場所に戻り、七人の帰りを再び待った。

「今度はヒソカも心配でしょ?」

 斜め後ろに座ったヒソカに振り向いて、アリシアが訊いた。

「それは勿論だよ」

 アリシアの声に反応するまで地面を見つめていたヒソカは、視線をアリシアへと移して答えた。

 ──あれ?

 アリシアはヒソカと目を合わせながら、微妙な違和感を感じていた。目の前の男はヒソカである筈なのに、ヒソカではない気がしたのだ。

「どうしたんだい?」

 見つめたまま黙るアリシアにヒソカが声をかける。その瞳は、夜に溶けてしまいそうな程の、暗い闇色をしていた。

「あなた──」

 アリシアが何かを言いかけた時である。

 七人が仮宿に戻って来たのだ。

「ノブナガ、どうしたんだ?」

 気絶しているノブナガを抱えたフィンクスを見て、ボノレノフが言った。

「色々あってね」

 フィンクスの代わりにシャルナークが答えた。床に寝かされたノブナガを見るフランクリンは、戻って来た団員達の雰囲気から、すんなりと仮宿に戻って来たわけではないなと推測する。

 今はただ、鎖使いからの連絡を待つしかないが、クロロやパクノダがいないこの場の空気は、何とも言えず最悪なものである。

 時間が経った。誰も何も語らず沈黙が続いたせいで、やけに長くも感じられた。

 すると、鎖使いからの『条件はパクノダに伝えた』という連絡があった後、仮宿にパクノダが漸くしてから戻って来た。

「のめると思ってるのか、そんな条件をよ」

 目つきの悪い目を更に悪くして、フィンクスがパクノダを睨んだ。鎖使いの出した人質交換の条件は、0時までに、パクノダ一人がゴンとキルアを連れて来る事だった。

「場所を言え、パクノダ。ガキ二人を殺して、鎖野郎を殺りに行く」

「どうしても?」

 パクノダ側にいたマチがフィンクスに言った。

「どうしてもだ。言わないなら行かせるわけにはいかねぇ」

「絶対に場所は言わないし、二人を連れて戻るのは私だけよ」

 邪魔しないでと返したパクノダに、フィンクスは眉間の皺を深めた。

「邪魔? そりゃどっちの話だよコラ!」

「行きなよパクノダ。ここはあたし達が止める」

「とめる? なめてるか?」

 パクノダの前に立つマチを見て、フェイタンが言う。

「本気かよ、理解出来ねぇぜ。お前ら頭どうかしちまったのか?」

 パクノダの前を庇うように立つ、マチとコルトピを睨むのはフィンクスとフェイタンだ。

「おそらく、ワタシ達着く前に、全員鎖野郎にやられてるね。こいつら操作されてるよ。これ以上は時間の無駄ね。ワタシが吐かせる」

 対立し、睨み合う五人の様子をじっと見ていたゴンは堪えきれずに、フィンクスとフェイタンを見つめながら口を開いた。

「本当にわからないの?」

 パクノダが、何故団員に何も話さず戻ろうとしているのか。何故マチがフィンクスやフェイタンを止めようとしているのか。

 それは操られているからと、本当にそう思っているのかと、ゴンは二人に問うた。

「お前達の団長を助けたいからに決まってるだろ? 仲間を取り戻したいって気持ちが、そんなに理解出来ない事なのか!!」

「黙ってろガキが!」

 助かりたくて必死か。フィンクスが言うと、ゴンは自分を縛っていた頑丈な鎖を千切り壊し、立ち上がった。

 そんなゴンを見ながら『やれやれ』と、キルアも鎖を壊している。

「自分の為に言ってるんじゃない。取り消せ!」

 今にもゴンに対して攻撃を仕掛けそうなフェイタンを手で制し、フィンクスはゴンの言葉を拒否すると、『文句あるなら来いよ、一歩でも動いたらその首をへし折る』と告げた。

「んじゃヤダね! 誰が動くもんか!」

 ゴンはフィンクスに向けて舌を出した。

「クラピカはお前達と違う! たとえ相手が憎い仇だって、感情に焼かれて容赦無しに殺したりはしないし、約束を交わしたのなら一方的にそれを破ったりもしない!」

 更にゴンは続ける。

 それは直接会ったパクノダ自身がわかっている筈。条件通りにすればクロロは必ず戻って来ると。

「いい加減にしろよてめぇ。勝手な事ゴチャゴチャ吹きやがって」

「フィンクス」

 収まりつかなくなる現状を止めようと、フランクリンが名を呼んだ。

「もうやめろ。パクノダを行かせてやれ」

「な……、お前ェまで何を!」

 フランクリンは、自分達にとって最悪のケースをシャルナークに質問した。

「団長は既に死んでて、ヒソカ、パクノダ、マチ、コルトピ、シズク、ノブナガが鎖野郎に操作されてる。鎖野郎の所在は結局知れず、この二人にもまんまと逃げられる……かな?」

 その答えに、フランクリンは『それが間違っている』と指摘した。

 最悪なのは、団員全員がやられて旅団(クモ)が死ぬ事であると。

「それに比べりゃあ、お前が言ったケースなんざ屁みてぇなもんだ。違うか?」

「そりゃ、そうだね」

「理由はどうあれ、お前ぇらどっちも団長に依り過ぎだぞ」

 結果、致命的に旅団が崩壊でもすれば、それが一番クロロに対する裏切りであると、フランクリンは言う。

「頭冷やせ。ガキとパクノダを行かせて、もしも団長が戻らなかったら、そん時は操作されてる奴全員ぶっ殺して、旅団再生だ。簡単な事だろうが?」

 それに対しマチは、『それで良い、それで気が済むならね』と答える。すると、フランクリンの言葉に押し黙っていたフィンクスのポケットの中の携帯電話が鳴った。

「もしも──」

『人質の二人に代われ』

 鎖使いことクラピカからだった。クラピカはゴンに全員いる事を確認させると、再びフィンクスに代わらせた。

 そして、フィンクスの出した答えは──。

「……追わなくて良いのか?」

 パクノダがゴンとキルアを連れて仮宿を出た後、フランクリンが言った。

 フィンクスは結局、条件をのんだのである。

「今からなら鎖野郎がオレ達の動向を調べる術は無くなったぜ?」

「うるせぇ。追おうとすりゃ、またお前らが止めるだろうが」

 取り敢えずは様子見だ。全てはクロロが戻るか戻らないかで決めれば良い。フィンクスは自分にそう言い聞かせながら、今はただ、この仮宿で大人しく待っている事を選んだのだった。

「これで団長が戻って来なかったら、てめぇもぶっ殺す」

 リンゴーン空港。

 待ち合わせの場所に到着したパクノダが見上げるのは、一機の飛行船。そこへ何者かがやって来た。

「ヒソカ……!?」

 気付いたパクノダは驚いた。何故ヒソカがこの場所に来たのか。

 ヒソカは仮宿に影武者を置き、パクノダを付けていたのだ。目的はただ一つ。クロロと()りたいだけである。クラピカと携帯電話で会話しながら、ヒソカは飛行船に自分も乗せるように言った。断れば、『ゴンとキルアを殺す』と脅しながら。

 勿論嘘である。だがクラピカは、それを嘘か真かを見抜く余裕も無い。結果、クラピカはヒソカをパクノダと同じ飛行船に乗船させた。

 暫く飛行船で移動し、人質交換の場所へと到着。この地に雨は降ってはいなかった。

 岩群ばかりの草木も生えていない峡谷にそびえ立つ、崖の一部に降り立った両者は、端と端に人質を置いて立った。

 人質であるゴンとキルアが何もされていない事を確認したクラピカが、『交換開始だ』と告げると、両者の人質はそれぞれに仲間の元へと歩き出した。

「ゴン! キルア!」

「クラピカ!」

 解放され、再会に喜ぶゴンとキルア達。反対にパクノダは、戻って来たクロロと互いに目も合わさず、語らず、乗って来た飛行船へひとり乗船した。

 そして一機を残し、もう一機の船はゆっくりと飛び去って行く。

 顔の左側に殴られた痕が真新しいクロロの視線は、雲の多い星空へと飛ぶ飛行船にあった。

「──ずっと待っていたよ、この時を♥」

 声に目を移せば、喜びを顔にみなぎらせているヒソカがいた。

「さあ、闘ろう♥」

 この時をどれ程待ち望んだ事か。

「ボクが入団したのは……いや、入ったと見せかけたのは──」

 ヒソカは、最初からクロロと闘う目的の為に前4番を倒し、三年程前に新しい4番として幻影旅団へ偽装入団した。

「──まさにこの瞬間(とき)の為♥」

 服を脱ぎ捨て上半身を裸にしたヒソカの背中には、旅団のメンバーである証の、団員ナンバーが入った12本足の蜘蛛の入れ墨があった。

「もうこんなモノは、必要ない♦︎」

 自身の能力である薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)で貼り付けていた入れ墨を剥がして捨てると、それは吹かれる風に流れていった。

「これでもう仲間割れじゃないから、遠慮なく闘れるだろ?」

 その様を見つめながらクロロは、短い沈黙の後にひとり可笑しそうに鼻で笑った。

「なるほど。団員じゃないなら話せるな。オレは、お前とは戦えない──というより、戦うに値しないと言っておくか」

 クロロがパクノダやヒソカの前でも沈黙していたのには、理由(わけ)があった。

「くくく……♣︎ それってボクへの挑発? それとも時間を稼いで、その間にボクの念能力を盗もうってワケ?」

 決して挑発ではない。クロロは真実を述べている。

鎖野郎(ヤツ)にジャッジメントチェーンなる鎖を心臓に刺されて、オレはもう、念能力を全く使えないんだ」

 クロロは、クラピカの念能力により能力を使えなくなっただけではなく、旅団員との会話の一切も禁じられていた。それに抗い破ってしまうと、刺さった念の鎖が心臓を握り潰してしまうのである。鎖使いを上手いこと利用し、クロロとの闘いを実現させようとしていたヒソカには、まさかの誤算だった。

「冗談でもなくて?」

「そんなお前を目の前に、ここまで来て冗談だと思うか?」

 二人の間に、静かな風が通り抜けていく。

 ──楽しみにしてた闘い(デート)だったのに……残念なんだけど♣︎

 酷く萎えてしまったヒソカは、オーラを放つのも止め、つまらなそうに溜め息を吐いた。

「ヒソカ──」

「何? もう用は無いよ♣︎」

 興味なさ気に返すヒソカは、クロロの横を通って飛行船に乗り込もうとしていた。

 飛行船に背を向けたままのクロロはふと、アリシアの顔を頭の中で過ぎらせ、夜空の星に目を向けた。

「……船は二人で出てくれ、オレは船には乗らない」

 その言葉を最後にそれ以上は何も語らず、空から遠い東の方向へと目を写したクロロの表情には、静かな笑みがあった。

「どうやって抜け出したの?」

 クロロを残して出発した飛行船の中で、パクノダがヒソカに気になっていた事を訊いた。

「変身の得意な友達がいてね♣︎」

 ヒソカは携帯電話を取り出して、その相手にメールを送ろうとしている。

「安心しなよ♦︎ 少なくとも団長(クロロ)がボクに殺される事はなくなった♠︎」

 どういう意味なのかと言いたげな表情をしたパクノダに、ヒソカはこう言った。

「壊れた玩具に興味はないんでね♣︎」

 ほぼ同時刻、仮宿にて。

「──ねえ、わたしわかったの」

 携帯電話に目をやる偽物の隣にぴたりとくっ付いたアリシアは、内緒話をするように耳元で話しかけた。

「目を見て思い出したわ」

 今までずっと考えていて、やっとわかったらしいアリシアの表情は、とても嬉々としている。

「あなた──、イルミでしょ?」

 男の闇の眼は、携帯電話からアリシアへとゆっくり移り捉える。

 その瞬間。アリシアの首筋に男の手刀が当てられ、アリシアは男にもたれかかるように気を失った。

 ぐったりとした状態のアリシアを抱き抱え、立ち上がった影武者が待機場から出ようとした時、『どこいくね?』と背中を睨みながら、フェイタンが呼び止める。

「隣の屋上。1日に1回は外の空気に当てないとさぁ、彼女弱って死にかけちゃうんだよね」

 振り向きもせずに答える影武者に、フィンクスはシャルナークの方を向いて、『そうなのか?』と訊いた。

「え? ……そんな特徴あったかなぁ?」

「オイ、嘘ついてんじゃねーぞ」

「他は知らないけど彼女はそうなんだよ。つまらない嘘ついても楽しくないし、彼女が死んじゃったらどうしてくれるの?」

 その返しに苛立ったフィンクスの舌打ちが響く。

「屋上くらい行かせとけよ。ミムノイチゾクに死なれたら団長に何言われるかわかんねーぞ」

 未だ気絶したままのノブナガの横で、フランクリンが溜息交じりに言った。

「今は余計な行動されちゃあ面倒なんだよ。おいヒソカ、さっさと行ってさっさと戻って来い」

「……はいはい」

 ──意外にすんなりと上手く出れたなあ。

 団員達はこの男を偽物であると疑いもせず、アリシアを連れ出る為に即興で設定した嘘にも、男を訝しく見ていたマチでさえも、深くは追求してこなかった。

 今はあんな状況だったし、もっと面倒事になるかと思ったけど……。

 クロロの事で皆余裕が無かったのだろうか。斯くなる上は強行突破であったが、無駄に動かずに済んで良かったと、影武者は一応に屋上を目指して階段を歩いて行く。

 ──こんな面倒までやらされるとはね。

 抱えたアリシアを見やり、変装を解きながら歩けば、男の長い黒髪がさらりと揺れる。

 ──後で追加料金も請求しよっと。

 打たれる雨は気にしない。アリシアを抱き抱えたまま屋上から更に隣へと飛び移り、ヒソカから影武者依頼を受けた男、イルミは、旅団(クモ)の仮宿から静かに走り去って行った。

 

 

 

「──これから戻るわ。ええ、団長は解放された」

 再びリンゴーン空港へと戻って来た。仮宿で待つ仲間に連絡をいれたパクノダは、ヒソカと共に飛行船から降りた。

「それじゃ、ボクはここで……」

 雨降る空港で別れようとしていたヒソカは、言い忘れた事を思い出して立ち止まった。

「実はボクの本当の占いでは……」

「本当の? どういうこと?」

「予言を改ざんしたんだ♦︎ 旅団をヨークシンに留めておき、団長と闘う為にね♠︎ まさか団長があんな事になるとは思わなかったし♣︎」

 パクノダはそれについて何も返さず、ただじっと黙っていた。

 ヒソカの本当の占いでは、クロロとの対決はおそらく火曜日の筈で、しかも退団する時にはもう、団員は半分になっている筈であったのだ。

「運命は少しずつだけど、ズレてきているね♦︎」

 最後に『さよなら♠︎』と告げたヒソカは、踵を返して行った。

 ヒソカと別れ、雨の中を物思いに耽りながら一人仮宿に戻ったパクノダは、クロロのいない団員達の前に、銃を握り締めて立った。

「団長は?」

 フィンクスだ。

「此処には来れない」

「あ? ふざけろよパクノダ。きっちり説明しろ!」

「ええ……」

「返答次第じゃ覚悟しろよ」

 パクノダは銃に能力の弾を込める。"記憶弾(メモリーボム)"。と言う、最近までクロロしか知らず、ヨークシンでノブナガやコルトピに初めて使った。

 読み取った記憶が込もった記憶弾(メモリーボム)を銃で他人に撃てば、その記憶を植え付ける事が出来る。──ただし、一度に撃てる弾は6発までである。

「大丈夫、そのかわり──」

 幻影旅団結成時のメンバーの名を呼んだパクノダの表情はやけに穏やかで、その奥には後悔の無い覚悟があった。

「信じて、受け止めてくれる?」

 私の記憶、私の想い、全て込める……!!

 仮宿に6発の銃声が鳴り響いた。

 全ては走馬灯に消える。最期に思い浮かべるのは、あの日のクロロの姿だった。

「パクノダ!」

 パクノダはゆっくりと地面に倒れ、シズクが駆け寄った時にはもう、事切れていた。

 パクノダはクロロと同じく、クラピカの能力を心臓に受けていたのだ。死ぬとわかって敢えて掟を破り、仲間やクロロへの想いと、話せなかった記憶(情報)を伝える事をパクノダは最後に選択したのであった。

 

 

 

 

 

 

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