魅夢の一族   作:あまてら

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ホシゾラに願いを

 

 

 

「おばあちゃん、ミムノイチゾクはもう存在しないの?」

 ある日の姉弟二人は、暖炉の前のソファに座る祖母の前に腰を下ろして質問をした。

「どうだろうねぇ。あたしら"混ざり者"でさえ、こうやって人里離れた場所で静かに暮らしているんだ、"純血者"はもっともっと生き辛い筈だからね」

「私、"純血者"に会ってみたいな」

 先日、13歳の誕生日を迎えたばかりの姉が言った。

「会ってどうするんだい?」

「ただ会ってみたいのよ」

 5歳下の弟は、あぐらをかきながら生意気そうに『それだけ?』と姉に言葉を投げた。

「だって、私たちだってほんの少しだけだけど、ミムノイチゾクの血が流れているのよ? お話や絵じゃなくて、実際に会ってみたいじゃない。私の中のほんの少しの血が、"純血者"を求めてるんだわ。きっと」

 祖母はその言葉に目を細め、姉の頬を優しく撫でた。

「あたしもね、小さい頃にひいおばあさんに聞かされて『会いたい』と思ったもんさ。お前達は特にそう思うのかもしれないねぇ」

 姉の右目と弟の両目の星空の瞳が、祖母からお互いへと移った。

「僕はそうでもないよ」

 弟はそう返しながら、姉から先に目を逸らした。

「そんな事言って、勝手に入っちゃいけない部屋に、一人でこっそりとご先祖様の絵を見に行ってるのを知らないと思ったの?」

「え、ちょっ……!」

 顔を恥ずかしそうに赤くさせた弟をからかう様に、姉の顔はとても楽し気だった。

 

 

 

「留守なのかしら?」

 約束通り、次の日の朝にハールの家を訪ねたアリシアは、玄関のドアの前で暫く佇んでいた。

 何故なら、いくら中に呼びかけても呼び鈴を押しても、ハールは一向に出てこないからだ。

 ──どうしよう。

 このまま出て来るまで待つべきか、ホテルに戻るかを考えた結果。アリシアはドアノブに手をかけてみる。『もしかしたら開くかも』と。

 ──開いてる。

 試しに開けようとしたドアは、すんなりと開いた。どうやらハールは鍵を閉めていなかったらしい。

「お邪魔します……」

 リビングの電気は点いておらず、中は窓も締め切られていて薄暗く、未だ埃臭い。

「ハール、いないの?」

 一体何処へと思いながら、奥の部屋の扉に目を向けた。もしかしたらアトリエにいるのかもしれない。

「ハール?」

 扉を開けて顔を覗かせると、室の隅で作業をするハールの姿が目に入った。

「ふぃぎゅあを作っているの?」

 側まで近寄って声をかけるも、ハールからの応答は無い。

「ハール?」

 ハールは真剣にフィギュアを作っている様子で、アリシアの声にも反応しないくらい、一心不乱であった。

 ──どうしよう?

 手持ち無沙汰で暫くその部屋をうろうろとして待っていたが、いくら待ってもハールはアリシアに気付きもしない。

 そうだ──。

 不意に何かを思い立ったアリシアは、作業室から隣のリビングへと戻った。

「こんなんじゃ息も出来ないわよね」

 物が散乱したリビングを見回し、アリシアはハールに声をかけた。

「ハール、わたしここを片付けているから」

 ハールからの返事は無い。だが返事を待たずして、アリシアは早速行動に移した。

 それから数時間後である。

 ひと段落ついたハールは手を休めると、椅子から立ち上がった。

 ──久しぶりに集中したなぁ。

 その場で背伸びをして『何か飲むか』とリビングに入った瞬間、ハールは驚いた。

「な、何で……?」

 リビングが綺麗に片付けられていたのだ。

 随分と使っていなかったテーブルには埃一つ無く、足の踏み場もなかった筈の床もピカピカだ。

 誰が掃除を……?

 一体誰がと思っていると、近くで規則正しい寝息が聞こえてきた。

「あ!!」

 アリシアがひとり、ソファにもたれるようにして眠っているではないか。ハールはまたも驚いて、焦りながら『しまった』と声を上げた。

 フィギュア作成に集中するあまり、アリシアに頼んでいた事をすっかりと忘れてしまっていたのである。

 ──もしかして、片付けたのはアリシアか?

 この様子を察し、ハールはアリシアを起こそうとした──が。

「は!」

 ソファにもたれて眠るアリシアの姿にピンと閃いたハールは、慌てて作業部屋に戻りスケッチブックを持って来た。それは、その姿を素描する為である。

「……よし、描けた」

 描き終えると同時、我に返ったハールは『何やってんだ』と、自分に対して呆れた溜息を漏らした。

「おい、……アリシア、起きてくれ」

 軽く肩を揺さぶると、アリシアはゆっくりと目を覚まし、小さな欠伸を漏らす。

「ハール……? ふぃぎゅあは、終わったの?」

「ひと段落は、な。ところで、この部屋を片付けてくれたんだな」

「ええ。時間も沢山あったし、片付けながら待っていようって思ったの。ちゃんとあなたには伝えたわ、『片付けているから』って」

 アリシアは隅を指差し、「捨てて良いかわからない紙や本はあっち」とも伝えた。

 確かにその隅には、書類やら本類が積み重ねられている。

「今日は本当にすまない! 自分で頼んでおきながら……」

 昔から集中すると周りが見えなくなる癖を説明し、ハールは頭を下げて謝った。

「気にしてないわ。それにお掃除するの嫌いじゃないの。だから顔を上げて」

 顔を上げ、長い前髪の隙間からアリシアを見れば、とても楽しそう微笑む表情が目に入った──と、同時。窓の外が暗い事ハールは気付いた。

「もう日が暮れたのか!」

「そうみたい」

「あぁ、しまった。まさかこんな時間になるとは……」

 ハールは一応、予定を立てていたらしい。だが、時刻は夜の8時を過ぎている。

「腹は減っていないか? 飯を食いに行こう。何も食べてないだろう? 何か食べたいものあるか?」

「うーん……」

「そうだった。食欲は殆ど無いんだったな」

 昔祖母から聞いていた話を思い出した。

 ──なら、林檎か何かの果物でも。

 アリシアが食べれそうな物を考えていると、その当人がポツリと一言。

「"ばーがー"を食べたいわ」

 アリシアが食べ物で頭に思い浮かべるのは、木の実や野菜と果物以外に、ゴンとキルアと一緒に食べたハンバーガーだ。

 ハールは少し驚いていた。まさか"バーガー"を食べたいと言うなんて、思いもよらなかったからである。

「ハンバーガー? そんなもんが食べたいのか?」

「わたし、"ばーがー"がいい」

 それから30分後。アリシアとハールの2人は、街に唯一あるバーガーショップへと向かい、お望み通りの"バーガー"を食べた。

 その店からの帰り道、アリシアの足は自然と港へと進んでいた。

「戻らなくて良いのか? 世話をしてくれている『友人』が待っているんだろ?」

 送るついでだったハールは、夜空を見ながら前を歩くアリシアに付いて、後ろから声をかけた。

「平気よ。それにまだ戻って来ないと思うの」

 アリシアは足を止め、星空を見つめて言った。

「そうか」

 同じく足を止めたハールも、夜空の星へと目を向けた。

 ──星なんて、久しく見てなかったなぁ。

 今宵の星は一段と美しく、光輝いて見える。

「ひとりでさみしくはないか?」

 唐突なハールの質問に、アリシアは『さみしい?』と訊き返した。

「魅夢の一族の"純血者"は、恐らくあんただけ。ひとりではさみしいだろ?」

「さみしい、ってよくわからない」

 少し唸るように考えてから、アリシアは答えた。

「でも最近ね、ひとりでいるのは退屈だったりするの。これが『さみしい』って事?」

 アリシアには、『さみしい』という概念が、やや欠落しているようだった。

「上手く説明出来ないが、誰かに会いたいとか、そういう僅かなものが『さみしい』になるんじゃないだろうか」

「あ、だったら多分あるわ」

「これが正解かは知らんぞ」

「ねえハール」

 星からハールへと真っ直ぐに目を向けて、アリシアは言う。

「ハールは、さみしいと思った事、ある?」

 星空と同じ瞳同士が見つめ合った。

 二人が黙った静かな夜の港には、波の音だけ。

「俺は……」

 ハールはアリシアを見つめたまま、一体自分は何を言おうとしているのかと戸惑っていた。

「ガキの頃は、そう思った事もあったさ。今はひとりが長過ぎて、あんたに訊かれるまで忘れていたよ」

 ハールは少しの間を空けて、懐かしい感情思い出すように返した。

「さっきハールが言ったみたいに、『誰かに会いたい』って、さみしく思った事があったのね」

「まあな──さて、散歩はお終いだ。そろそろ帰った方が良いぞ。夜は冷えるからな」

「ええ」

 ホテルに到着するまでの短い間、ハールから言われた『今日のモデル代は小切手じゃなく、振り込んでおいたから』に、アリシアは首を傾げた。

「わたし今日、モデルをしたかしら?」

「あ、ああ、それは……」

 ハールは気まずそうに、そして申し訳なさそうにして、アリシアがソファで寝ている姿を素描した事を弁解したのだった。

 翌日もアリシアはハールの家を訪ねていた。昨日と同じく、フィギュア作成に夢中だったハールは迎えには出ず、またも鍵は開いたままである。

 締め切られた窓を開け、風通しを良くしたアリシアは、アトリエを覗いてハールの様子を伺った。

 ──聴こえないわよね。

 没頭するハールの背中を見つめ、そう思いながらも一応、『こっちにわたしいるから』と声をかけておくと、アリシアはリビングのソファに座って本を読みながら待った。

「……また夢中になっていた。本当にすまない」

 5時間程経った頃、アトリエの入り口から申し訳なさそうにハールが現れた。

「1体目が完成したんだ」

「え! 見せて!」

 こちらも本には夢中だったが、自分がモデルになったフィギュアが完成したと聴いて、アリシアは急いでアトリエの中へと入った。

「これが、わたし?」

 30㎝程の大きさのフィギュアは、初日に素描された、紅茶を飲んでいる姿の自分である。

 それは全てにおいて繊細な作りで再現されており、まるで、もう一人の小さな自分のようだった。

「こうやって椅子に座らせれば、ほら」

「まあ! 一緒だわ!」

 アンティーク風の小さなチェアーに座らされたフィギュアを見つめながら、嬉しそうにアリシアは微笑んだ。

 ──あら?

「ねぇハール」

 何故か今になって気付いた事がある。

 ハールが作ったガラスケースの中のフィギュアや、この完成された自分の姿のフィギュアには、オーラが纏っているではないか。

 物にオーラを込めるのは、「(てん)」という技だ。以前アリシアは、ヒソカからそう教わっていたのを思い出していた。

「あなたのフィギュアにオーラが見えるのだけど、念が使えるの?」

「一応は、な……って、まさかあんた、見えるのか?」

「ええ。一応そうみたい」

「そうか……」

 修行次第では誰でも使える念能力。しかし、使いこなすには難しい。

 凝を使いこなせるという事は、それなりに修行を積んでいるのかと、ハールはアリシアを意外に思っていた。

「初めから使えてるのもあったの。だから教わった技も『覚えが早い』って褒められたわ」

「へえ。念の師匠ってか?」

「ししょう? うーん、親切なお友達のヒソカよ」

「ヒソカ?」

 その名前には、どこか聞き覚えがあった。

「あんたの世話をしてくれている気前の良い『友人』とヒソカって奴は、もしかして同一人物か?」

「ええ」

 名前までは知らなかった『友人』の名を初めて知ったハールは、どこかで聞いた事のある名前だと思いながらも、それが誰だったかまでは思い出せなかった。

「しかし、意外だった。あんたが念を使えるとは……」

「わたし、弱そう?」

 アリシアは眉尻を下げながら、真横にいるハールに迫る勢いだった。

「そ、そりゃあ見た目はか弱そうだしな……」

「どうやったら弱く見られないかしら?」

「別に見た目なんて気にするな。一見普通の少女だと思って侮ったら、実は見た目とは違って最強に強く、痛い目に合った……という事もあるぞ」

 ハールは、頭の中で思い出を振り返りながら言った。

「そういう人に会ったことあるの?」

「昔な。ちょっとばかり腕っぷしが強くて調子にノッてた頃、腕試しのつもりでハンター試験ってのを受けに行ったんだ」

 周りを蹴散らしながら難なく最終試験まで進んだ時、最後の試験官として現れたのが、その人物だった。

「ただのガキかと思って舐めてたんだが、違ってね」

「どうなったの?」

「勿論コテンパンにやられたさ」

 数少ない受験生が脱落していく中、ハールは一人、意地でも諦めはしなかった。

「強かったよ、何もかも。でも、俺はラッキーな事に試験に合格した。『顔はイケてないけど、その諦めの無さは評価してあげる』ってよ。その後も色々あって世話になってな、今の自分があるのは、その人のおかげでもある」

「素敵な出会いだったのね」

「それはどうだか……。話は少しズレちまったが、見た目だけの強さにこだわらなくていい。あんたに強いて言うなら、基礎体力を磨くとか、スタミナをつけるとかだな」

 ──きそたいりょく? すたみな?

 頭の上で、知らない言葉にハテナを浮かべつつ、アリシアは『何をするの?』と質問を投げた。

「歩いたり走ったり、泳いだりだとか色々ある」

「それをすれば、つけるのね。わたし、きそたいりょくつけたい。どうしたら良いかしら?」

「走り慣れてないなら、先ずは散歩程度から始めれば良い。この周辺は道も悪くないし、なんなら俺が付いて教える」

「ハールが教えてくれるの?」

「"ついで"だ。俺も体が鈍ってきてるからな」

 こうしてアリシアは、フィギュアのモデルから突如として思い立った基礎体力をつける為、ハールと共に周辺を散歩するところから始めるのだった。

 

 

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