魅夢の一族   作:あまてら

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〜少女ト奇術師〜
三日月がワラウ


 

 

 振り向いた先にいたのは、赤茶の髪をオールバックにし、左目の下に涙型の、右目の下に星型のペイントを。服装も相まって、絵本で見たピエロみたいな男だった。

「あ、あ……」

 あなたは誰? そう言いたのに、震えて言葉が上手く出てこない。

「戻る途中で偶然キミらがこの場所に入って行く所見てね♣︎ なんかさ、今夜は興奮して眠れそうになくて、後を付けたんだよ。そしたらさぁ……♥」

 台詞の語尾にまるでハートやらの記号を付けたように喋る男は、愉快そうに唇の両端を弓の形に上げて、もういなくなってしまった男達と違う不気味な笑みで語り出した。

「さっきの奴ら、まるで風船のようだったね♦︎」

「ふ、ふう……せん?」

「キミがやった念能力だよ」

「ネンノウリョク……?」

 初めて耳にした言葉である。

「わからずに使ったの? ……もしかして初めて使ったのかな? うーん♦︎」

 顎に手を当てながら考えつつ、少し間を置いた男は目線を上からアリシアへと戻した。

「……まぁ、良いや♠︎ 面白いもの見せてもらったし♦︎」

 目を細め、じりじりと歩み寄って来る。それにびくりと震えたアリシアも、怯えながら男から後退りをした。

 ──危ない。

 理由はわからない。初めて会ったこの男に、本能がそう告げている。

「……あ」

 逃げようとしたのに。離れていた男はいつの間にか目の前まで近付いていて、気付いた時には男の片手で首を掴まれており、宙吊りの状態に持ち上げられていたのである。

「ぐ、……あ、あ」

 ぐぐぐと、男の掴む手に力が入る。

「くっくっくっ……♥ 血に塗れた女の子を殺すのも、この高ぶる興奮を抑える薬になってくれるかな?」

 絞められた苦しさにアリシアが顔を歪ませれば、男は益々狂喜した。

「……やっぱダメだ。余計に興奮しちゃう♥」

 今、一体何が起こっているのか。全てに頭が追い付けていない。あの男達は何処へ行ってしまったのだろうか。何故、自分が血だらけなのか。

 ──このヒトは誰? 風船って、ネンノウリョクって何? 母様、わたしどうなってしまうの?

 心の中で呟いた言葉が伝わったのか、それとも偶然なのか。『キミは死ぬんだよ♠︎』男は告げる。

──シヌ? ……わたし、死ぬの?

 そう思った時、アリシアの目から自然と一筋の涙が流れる。その滴は、男の頬にぽたりぽたりと、まるで雨の雫の様に降り落ちた。

「泣いてるのかい? さぞ苦しくて辛いだろうね♠︎ ん? キミの瞳ってさぁ」

 ──ラピスラズリだ。まるで今の夜空の星みたいに綺麗だね。男はアリシアの眼をジッと見つめながら妖しく口角を上げると、掴んでいたその手を離した。

 放されたアリシアは再び地面へと倒れ込み、苦しみから解放されて激しく咳き込んだ。

「ぐっ、はぁ……っ、はあっ……!」

 アリシアは一生懸命に息をすると、這いつくばってこの男から逃げる為に必死に身体を動かした。

「ご──めんなさい、……さまっ」

 ──夢なら良いのに。

 これが悪い夢ならどれ程良いか。酸欠でくらくらとする視界。逃げようと身体を必死に引きずり、薄れていく意識の中でふと見上げた先には、星空を背にした三日月が笑っていた。

 

 

 誰かに頬を撫でられる。

 母親が、幼いアリシアを撫でてくれたあの日々の様に。優しく、そっと。

 ──今までの出来事は全て夢だったのね。

 目が覚めれば、きっとあの悪夢から解放される。いつもと変わらない、静かな毎日が待っている。そう信じて、アリシアはゆっくりと瞼を開いた。

 悪夢は終わり──。

 目を開けて最初に見た天井は、アリシアの知った天井ではなかった。

 がばりと上半身を起こして周りを確認をしてみたが、やはり此処はアリシアの家ではない。

「……ここ、どこ?」

 豪華な装飾で飾られた部屋。キングサイズより広く、とても柔らかな良い匂いのする白いベッドの上で再度周りを見渡し、この一室がベッドルームであることが伺えた。

「まだ夢を見ているのかしら……?」

 目覚めたばかりでぼうっとするアリシアが、何となく自分の身体に視線を向ければ、何故か服を着てはおらず、全裸のままである事に気付いた。

「何で、裸なの?」

 着ていた服はどうしたのだろうかと、ベッドの下を確認するが落ちてはいない。仕方ないとアリシアは、ベッドのシーツで身体を包む。

 ──そうよ、きっとまだ夢を見ているんだわ。

 自分に言い聞かせながら、そろりとベッドから降りてみる。

「夢なのにヒトはいないのね」

 夢の中にならいつも人はいると思ったのに。少しだけ残念に思いつつ、出入り口であろう閉められたドアノブに手をかけようとしたその時だった。

「おはよう♦︎」

「ひぃあ!」

 背後から右の耳元で囁く様に聴こえた声に驚いたアリシアは、情けない声を上げて振り返った。

「酷いなあ~♠︎ まるで化け物にでも遭遇しちゃったみたいに驚くなんて♦︎」

「あ、あ、あ」

「びっくりして声も出ない?」

 腰を抜かしてその場にペたりと座ったアリシアが凝視するのは、別の夢で会ったと思った、ピエロみたいな男である。

「ゆ、ゆ、ゆ」

「幽霊でもなければ夢でもない♣︎ 今キミの目の前にいるボクは、確かな現実さっ♠︎」

 そう言って、アリシアの目線に合わさるように男はしゃがんだ。

  ──現実。母親との約束を破り、初めて接触したヒトにタベラレそうになったり、首を絞められて死んでしまいそうになったあの悪夢が、まさか現実であったのか。

 アリシアは、何かに頭を殴られたような衝撃を受けた。

「い……嫌!!」

 認める事が出来ない現実から逃避したくなったアリシアは、声を上げてベッドの上に駆け上がると、シーツの中に包まってガタガタと震え出した。

 ────恐い!

 シーツに包まって膝を抱えていれば、ベッドがぎしりと音を立てる。

 そして次の瞬間には、包まっていたシーツはあっという間に剥がされて、気付けばベッドに押し倒される様な体勢になっていた。

 驚いて顔を上げれば、自分の上に覆い被さる張本人と目が合った。

「まだまだ寝たりないのかい?」

 奇しい笑みを崩すことなく上にいる男は、驚きと不安な表情でジッと見つめたアリシアに、『そんな綺麗な瞳で見つめられちゃったら、興奮するんだけど♥』と、舌なめずりをして見せた。

 その舌なめずりがあの男達を彷彿とさせ、アリシアは顔を青くして目をぎゅっと瞑りながら身を縮こませた。

「わ、わたしをタベナイで! きっと美味しくないわ!」

 そう叫ぶように云ったアリシアに、男は一瞬だけ、頭にはてなを浮かべる。

「……それって、比喩的な意味かな?」

「ひゆ? わたし、タベラレテしまうのでしょう?」

 ゆっくり目を開けてもう一度男を見つめたアリシアは、首を左右に振った。

「タベラレるのは、いや……!」

 もしかして男自身が思っている事と、アリシアの言葉の意味が違うのでは……と気付いた男は、『そっちの"食べられたくない"ね♦︎』と鋭い目を細め、アリシアの上からゆっくりと離れた。

「安心しなよ、ボクは人を食べる趣味は持ち合わせてない♠︎」

「……本当?」

 男が『ああ』と答えると、それを聞いて安堵したらしいアリシアは、一気に緊張を解いた。

「それにしても……♦︎」

 ちらりと、アリシアの今の状態を見やる。大抵なら初対面での全裸の自分を恥ずかしがるものだが、アリシアは裸の自分を恥ずかしがる様子はない。半身を起こし、膝を抱えて肌寒そうにしているだけだ。

 てっきり恥じらうかと思ったのに……♣︎

 それはそれで良いかもねと、男は寝室から一度出ると、何やら白い箱を三箱抱えて戻って来た。

「そのままの格好でもボクは充分にかまわないんだけど……♠︎ コレ、着なよ」

 そう言って、男はアリシアに箱を渡した。

「え?」

 きょとんと不思議そうに男を見つめて『プレゼント?』と、訊ねる。

「そうだね。キミが着ていた服は捨てちゃったし、仕方ないから適当に買ってきたんだよ♦︎」

「……わ、わたしの為に?」

 アリシアは大きな瞳をより大きくさせると、先程までの怯えた顔は何処へと思わんばかりの、キラキラとした明るい笑みを浮かべた。

「母様以外から貰うプレゼントなんて、初めて……!」

 顔を紅潮させ、大事にそうに受け取った箱を抱きしめるアリシア。その姿を見つめていた男は、何処から急に漂って来た甘い匂いに、ふと気付いた。

 甘い匂い──?

 何処から匂うのだろうかと、男は不思議に思って辺りを見回してみる。

「まあ素敵!」

 アリシアが箱から出した服は、ゴシック調の黒いミニのワンピースに白いエプロン。ボーダーのニーソックスと黒のストラップシューズだ。

「気に入ったかい?」

 アリシアの喜ぶ姿に今度は気を取られ、男は匂いの事など今はどうでも良くなっていた。

「とっても!」

 アリシアは小さな子供のようにはしゃぎながら、恥ずかしがったり変に気にする事なく男の前でそれに着替えた。

「ピッタリだわ」

 まるで誂えたように、服はアリシアの体に良く馴染む。

「これも付けてごらん」

 新たに渡された頭に付ける黒いリボンを装着し、アリシアはクルクルとその場で回って見せた。

「とっても良く似合ってるよ♠︎」

「嬉しい……」

 まるで、とある物語に出てくる少女の格好みたいだ。アリシアは純粋に嬉しそうである。

「あ、そうだ♠︎ キミの名前をまだ聞いてなかった♦︎ ボクはヒソカ。キミは?」

「わたしはアリシアよ」

「良い名前だね♠︎ ……ところでさ、アリシア。キミ、あんな所に一人で一体何やってたんだい?」

 話を切り出された質問に、アリシアはうーんと考えるように唸った。

「このへんに住んで?」

「いいえ」

「じゃあ何処から?」

 続けていた笑顔は、一瞬にして暗く曇り始める。

「……森にいたの、わたし」

「森?」

 アリシアはこくりと頷いた。

「とても静かな場所よ」

「一人で?」

「小さい頃は母様と一緒だったわ。でも、死んでしまったからずっとわたしひとりなのよ」

 そう言って、落ち込んだ表情を見せていたのも束の間。アリシアはヒソカに顔を向けると、再び明るい笑顔に戻った。

「ずっとひとりだったの。母様以外のヒトなんて見たこともなかった。絵本でしか知らなかったヒト、お話をしてみたかったの。そう! 今こういうのが会話なんでしょう? ああ、嬉しい!」

 興奮覚めやらぬといった感じなのだろうか。アリシアは感激のあまりに早口になっていた。

「初めはどうしようかと思ったの。母様との約束を破って森から出てしまったし、タベラレテシマウのが恐かったし。だけど……」

 ヒソカの両手をぎゅっと包むように、優しく握り締める。

「親切なあなたにお会い出来て、本当に良かった。ありがとう」

 アリシアから天真爛漫な笑みを向けられて、ヒソカは思った。

 ──この()は馬鹿か?

「……ねえアリシア。キミさ、ボクに首を絞められて殺されそうになったんだよ?」

「ええ。とても驚いたし恐かった」

「じゃあ──」

「でもあなたはわたしをタベなかったし、素敵なプレゼントもくれたし、会話もしてくれてるわ」

 初めに見せていた怯えた表情は、すっかり消えた様子である。キラキラと瞳を輝かせ、嬉しそうに笑顔を自分に向ける目の前のアリシア。

 殺されそうになった相手に対して、こうも無防備に警戒を解くのだろうか?

「ボクがキミを殺さなかったのは、ただの気まぐれだよ♣︎ キミなんて、あっという間に……」

 ヒソカはいつの間にか出した一枚のトランプカードをアリシアの首元へと当て、『やれちゃうんだ♥』と唇を剃り返すような笑いをして言った。

 ──さあ、ボクに怯えた顔を見せてごらん♦︎

 しかし、期待は裏切られるのである。

「それ、一体どこから出したの?」

 怯えることはなく、逆にトランプの方に注目したアリシアは、まるで余興を楽しんでいるかのようだった。

「次は何を出すの?」

 

 

 ヒソカは、なんとか順を追ってアリシアの経緯を聞き出せた。初めはただの頭が弱いだけの娘だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 母親が生きていた幼い時までの知識しかないだけで、実際に読み込みは早かった。

 

 ──くくく、面白い玩具を見つけたよ♥

 ただの中身のない娘なら適当に遊んで殺すつもりであったヒソカは、目の前にいるアリシアを妖しく見つめながら、あの夜の出来事を思い出していた。

 あの夜にアリシアが使った能力。数人の男達が一瞬で宙に浮かび、風船の様に膨らんだかと思うと、直ぐにパァンと弾け割れた。割れた男達の血は まるで雨の如くアリシアに降り注がれ、なんともグロテクスで、なんともエロティック。

 あの光景に体中が震え出し、楽しくて興奮した事も思い出したヒソカは、自身の下半身を熱く滾らせながらニタリと不気味に笑うのだった。

「どうしたの、ヒソカ?」

 

「アリシア、ボクと友達になろう?」

 

 

 

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