モデルを引き受けたフィギュア3体が、遂に完成を迎えた。
専用サイトにて作品を出品するや否や、入札の嵐に凄まじい競り合いが開始されると、3体の作品の値はそれぞれ億まで上昇し、最終的に一人の人物によって全ての作品が落札された。
「もう、本当に『ふぃぎゅあ』は作らないの?」
「作らない。最後だと決めたからな、この3体で。最後にして最高傑作だ!」
ハールは何かの荷が下りたらしい。今までとは違う、スッキリとした穏やかな笑みを浮かべている。決断に後悔は無い。そんな面持ちだった。
小さな分身であるかのような3体を見つめながら、アリシアは心の中で願った。落札をした人が、どうかハールの作品を永遠に大事にしてくれる人でありますように、と。
ゾルディック家の次男であるミルキ=ゾルディックは、コレクションにしている様々なフィギュアやゲームに囲まれた薄暗い自室でひとり、競り落としたフィギュアを嬉々と見つめては、満足そうに肥満体による荒い呼吸を漏らしていた。
「可愛い……なぁ」
溜息代わりに出たのは、コフー音。
目の前に並べて出した、3体のフィギュア達の完成度の高さよ。瞳を輝かせたミルキが一人の世界に浸っていると、突然、ぎいと音を立てて部屋のドアが開かれた。
「オイ! 誰が勝手にドア開けて良いって──」
些細な幸せの時を邪魔するなと、吠えかかったミルキは唖然として、たらりと額から冷や汗を流した。
「あ、ノックするの忘れてた。ゴメンゴメン」
「い、イル兄……! 帰って来てたんだ……」
「うん、今さっきね。ただいま」
ドアを開けて入って来たのは、ミルキの兄。ゾルディック家の長男、イルミだ。
ミルキは少し引き攣らせた笑顔で『おかえりなさい』と言うと、デスクの上に並べていたフィギュアをさり気なく箱に仕舞おうとした。
「また、買ったんだね」
ミルキが背後に隠そうとするのを止めるように、イルミはフィギュアを指す。
「う、うん。凄く欲しかったフィギュアなんだ」
イルミにはさり気なくが通用しない。ミルキは再度、デスクの上にフィギュアを並べる。
「ミルは相変わらず人形が好きだなぁ」
フィギュアの目線に合わせて背を屈めたイルミが、3体のフィギュアをそれぞれ見つめながら言えば、黒くて長い艶のある髪がさらりと肩から流れる。
「そういえばイル兄、なんか用があるんじゃないの?」
いつもは興味なんて示してこなかったのに。フィギュアを見つめる兄の姿を珍しく思いながら、ミルキは問いかける。
「用が無きゃ、──弟の部屋に入っちゃ行けないかい?」
するとイルミは、フィギュアから目を離すことなく、数秒置いてから呟き気味に返した。
「……ンなわけないじゃん! 全然良いよ! 良いに決まってるし、いつでもウエルカムだって!」
暑くもないのに。ミルキの汗は、ぽとり、またぽとりと床に流れ落ちた。
「良かった。お前にも駄目だって言われたら、兄ちゃん泣いちゃうよ……絶対」
「え――!」
イルミは顔だけをミルキに向けると、『冗談だよ』と言って笑った。けれどその表情に変化は無く、抑揚も無い。
「は、ははは! イル兄の冗談、面白いやぁ」
「ところでさぁ──」
唐突に話を切り替えたイルミは、もう一度フィギュアを指差した。
「この人形、良く出来てるね。オーラが纏ってるし」
こんなに連続してフィギュアを話題に出すなんて。ミルキに電流が走った。
今まで三男である弟ばかりを構っている兄が、用も無いのにわざわざ部屋を訪ねたり、しかも、一番興味から確実に外れているフィギュアを褒めるなどという事が、未だかつてあっただろうか。
「で……、でで、でしょ? Wodenの最後にして最高の作品なんだよ! めちゃくちゃ繊細で、リアルで、他のフィギュアとは比べ物にならない位でさぁ、ほら見てこの色!」
三男が生まれるまで一身に受けた兄の愛を思い出しつつ、ミルキは興奮気味に語り始める。
そんなミルキの想いとは裏腹に、イルミは別の事を思い出そうとしていた。
──誰かに、似てるんだよなぁ。
誰だ、誰に似ている。そうだ、誰かさんの玩具に似てるんだ。まるで、喉に刺さった骨が取れたような気分である。
何となくミルキの部屋に入ってからずっと気になっていたフィギュアの姿は、何時ぞや何処ぞの奇術師の部屋で見た少女に、とても良く似ているのだ。
──瞳の色は違うけれど、ね。
あのコの目には、確か綺麗な星があった。少女と目と目を合わせた時の事をなんとなく思い出しながら、イルミは自分のケータイを取り出した。
「ねえミル──、この人形さ、撮っても良い?」
時をほぼ同じくして。アリシアがハールと出会って、早ひと月過ぎ去った日の事である。
「いっその事、ホテルから出たらどうだ?」
ソファでくつろいでいたハールは、毎日のように会いに来ていたアリシアに、ある提案を出してみた。
「この家に来れば良い。毎日来る手間が省けるぞ」
「勝手に出て……良いのかしら?」
ヒソカの事が頭を過る。
うーんと唸る、そんなアリシアの様子を見て、ハールは『しまった』と思った。
「そ、それもそうだな。すまん。あんたの気持ちとか……色々考えてなかった。さっきのは聞かなかった事にしてくれ」
気持ちが先走り、自分でも思い切った提案をしてしまったと恥じて、ハールはひとり反省をする。
一方アリシアは、迷いながら葛藤を繰り返していた。外出している現状、今更ではあるが、『お留守番してるんだよ』という、ヒソカの書き置きを守り、ホテルから出ないでいるべきだろうかと。
でも……。
大事な本を胸に抱きしめて、アリシアは一呼吸置いてから告げた。
「わたし、やってみたい事があるの」
「え?」
「ハールに言ったでしょ?」
そういえば以前、『色々やりたい事がある』とアリシアは言っていた。それを思い出しながら、ハールが問う。
「何がやりたいんだ?」
「ハンター試験」
思わず声が裏返ってしまう程、ハールは驚きの声を上げた。
「じょ、冗談、だよな?」
「じょうだん?」
「本気なのか? やりたい事が、ハンター試験って」
「ベルもハンター試験を受けたの。だから、わたしもハンター試験受けたい」
「他にもやりたい事あるだろ。よりによって、何でハンター試験……」
アリシアは本を抱き、『他にもあるのよ。でも最初はハンター試験』と微笑んで見せる。
「すっごく難しいのよね。ベルも試験会場に辿り着くのに、大変な思いしていたから」
「そうだ。年によって試験内容も試験官も変わるし、死ぬ奴も出るくらい、危ない」
ハンター試験は難関。それを一応は理解しているアリシアであるが、頑なにどうしても受けたいと言う。
「アリシア。自分が
「わたしを、た、タベちゃう人がいるんでしょ?」
そんなに怯えて恐がるなら止めておけと、泣きそうに震えるアリシアを、ハールは反対した。
静かに暮らしていけば、表に出過ぎなければ、穏やかに生きていける。そう良い聞かせるように。
「……それでも、それでもわたしは受けたいのよ」
俯き加減で呟きながら、アリシアは諦めない。
「どうしてそこまで……。自分から危ない橋を渡る事はないだろ」
「……あのね、ベルはね、最初は普通の女の子なの。でも、いつか帰るその日まで、知らない世界で生きていく為に強くなろうって、頑張るの」
境遇は全く違えど、森から出た世界は、知らない世界。アリシアは読む度に、自分とベルを少し重ねていたのだ。
「ベルの気持ちもわからないところがたくさんあって、それを知りたい、知れたらなって思うようになって……」
──
「上手く伝えるのが難しいわ。こういうのが、『あこがれ』って言うのかしら?」
本の表紙を優しく撫で、『だからどんなに恐ろしくても』アリシアは続ける。
「わたし、ハンター試験を受けたい」
その瞳には、確かに堅い決意が表れている。
アリシアの強い思いを知り、ハールは深く考えた。
本心は、この家で静かに暮らし、穏やかな日々を生きていってほしかった。だが、アリシアはきっとその選択を選ばない。
押し込めた気持ちを抑え切れなくなって、希望に溢れた外に飛び出して行ってしまうだろう。
たとえそれが、残酷で恐ろしい世界だとしても。
「……ハンター試験は必ず受かるってわけじゃない。それは、わかるよな?」
本からハールへと目を移したアリシアは、答えるように頷く。
「魅夢の一族だと知られちゃいけない。どんな奴が試験を受けに来てるかわからないからだ」
いざという時の事を想像して気持ちが滅入るアリシアだが、頭を左右に振って、挫けた心を立て直した。
「わたし、頑張りたい。頑張ってみたい。ハールは、反対する?」
「……友として、正直に言おう」
ハールは姿勢を正し、少しだけ間を置いて答える。
「ハンター試験なんて、本当は受けて欲しくない。ただ俺は、あんたの思いは尊重してやりたい」
だから今回は、今回だけは応援する。それを伝えれば、アリシアは明るい笑顔を浮かべて『ありがとうハール』と、嬉しそうに伝えた。
「……よし、試験の申し込みをしないとな」
ネットで申請しようと、ハールに助けられながら申し込みを完了させ、数分も経たない内に、審査委員会から受理の返信と試験会場の案内の通知が返ってきた。
案内には、第288期ハンター試験、日時は2001年1月7日。試験地はビースカフマロ。とだけ記されている。
「ビースカフマロ……?」
「ハール、知ってるの?」
「いや、何処だったか……」
審査委員からの試験地案内通知は、非常に大雑把。志望者は、僅かな情報だけで試験会場に向かわなければならなかった。
ハンター試験は受験者の数が多い。時間も人的余裕も無く、ふるいにかける為に様々なルートに幾つか関門か設けられ、身体能力や柔軟性などが試される。
これが大半の受験者がたどり着けずに脱落するという、予備試験だ。
「駄目だ。うろ覚えで場所がわからない」
知っていれば会場まで案内出来るかもしれなかったが……と、やや悔しそうなハールに、アリシアはこう言った。『自分で見つけて行くんでしょう?』と。
「それはそうだが……な」
暫し考えに耽ける。すると、ハールは閃くように何かを思いついた。
「ダローガの森だ!」
「だろーが?」
「そうだ。ダローガの森へ行けば、導いてくれるかもしれないぞ」
ハールは言う。ダローガの森とは、ナビゲーターのいる森であると。ナビゲーターは、毎年変わる会場の場所を把握し、志望者を案内する役目をもった者達だそうだ。
「俺の時に案内してくれたのは、ダローガの森の主だった」
「じゃあ、そこへ行けば会場の場所を教えてくれるの?」
「いや、ナビゲーターも志望者達を審査する側だからな。ナビゲーターに認められなきゃ、案内はしてくれないんだ」
普通はそこに行き着くまでもが大変らしく、大半の志望者が脱落するという。
「ダローガの森近くまでは教える事が出来るんだが、そこから先は一人で進め。ハンター試験会場に行けるかは、結局自分次第なんだからな」
「自分……しだい……」
「やめるなら今のうちだぞ?」
「や、やめない! 決めたの!」
意気込む様子のアリシアは、ソファから勢い良く立ち上がると、フードを深く被って、飛び出すように玄関のドアを開けた。
「わたし、ホテルを出て来るから!」
ハールの家からホテルへと一旦戻ったアリシアは、メモ用紙に何か伝言を書き残すと、ヒソカから貰った洋服等をそのままにして、振り返りもせずにホテルを後にした。
「出て来たわ!」
「え、大丈夫だったのか?」
勝手に出て良いのかと、悩んでいるようだったアリシアがホテルから出たと聞いて、ハールは一応にも心配する。
「だってハンター試験受けたいんだもの」
勝手にホテルを出た事を、ヒソカがなんと言うか少し不安ではあったが、今のアリシアの頭の中を占めてしまっているのは、ハンター試験である。
「ねえハール。さっき『この家に来れば良い』って言ってたの、本当?」
「あれは……だなぁ」
「このお家にいても、良いの? わたしも住んで良いの?」
「あんたさえ良けりゃあ……」
「じゃあわたし、ハールのお家で暮らしても良いのね!」
このまま話は流れたと思っていたのに。
自分から提案しておいて、アリシアから『良いのか』と逆にいざ問われると、ハールは頷きつつも、何だか無性にむず痒い気持ちになるのだった。
「あ、改めて、よろしく……頼む」
「ふふ。ハールってば、よろしくばっかりね」