魅夢の一族   作:あまてら

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ウチナル心、秘めて

 

 

 あまりの眩さに目を開けたアリシアは、ベッドから慌てて飛び起きた。

 ──あれ? 

 そういえば、何故ベッドに寝ているのだろうか。周りに目をやれば、暖かい雰囲気のある木製の壁や家具。小さな花柄で統一されたインテリア。一見して、誰かの部屋らしい事はわかる。

 ──そうだわ。

 アリシアは思い出した。ダローガの森にいた事を。

 ベッドから出てもう一つ気付いたのは、いつものマントを身につけていないのと、大事な本やカードを入れている、白地にピンクのうさ耳リュックが無いという事だ。

「ないわ……」

 部屋の中を探してみるも、それらしきものは無い。一体どこにあるのかと、この部屋のドアを開ける。

 決して広くはないが、暖炉のあるリビングに出た。目覚めたリビング同様、こちらも木製の壁や家具で統一されていた。

「誰かいないの?」

 窓の外へ視線を向ける。外からの陽の光は無く、朝か夜かもわかりにくい。先程まで人が居たかのような気配はあるのに、誰の姿もない。

 ふと、ソファの前のテーブルの上を見れば、綺麗に折りたたまれているマントとリュックが置かれていた。急いで中身を確認し、無くなっていない事に安堵したアリシアは、リュックを背負い、マントを身に纏う。

 すると、足下にはらりと手紙が落ちた。

「手紙?」

 手に取り、封を開けて見る。手紙には、こう書かれていた。

 

  アリシアちゃんへ

  ダローガの森は、あなたを歓迎します。

  マントは洗って干しておきました。だからとっても良い匂いです。

  読み終ったら、外に出てみてね。

 

 手紙の『歓迎します』という事は、この家はダローガの森の主の家なのだろうか。マントも確かに花の良い匂いがする。

「外に……?」

 アリシアは読み終えた手紙を閉じると、視界に入った玄関らしきドアを開けた。

 ──森の中だわ。

 生い茂る高い木々を見上げて、この森がダローガの森だという事を確信し、出て来た家を振り返った。

 赤い屋根が特徴の、丸太組みのログハウスが一軒。近くに大きな湖がある。

「寝心地は良かった?」

 声のする方へと顔を向ければ、金の糸の刺繍が入ったエキゾチックな藍色の民族衣装を纏い、目から下を隠す為に花緑青色のフェイスベールを着けた男女が、木の上から現れた。

「あの部屋はね、あたしの部屋なんだけど、可愛いでしょ?」

 女の方は楽しそうに微笑ましく、アリシアを見つめて問いかける。

「え、ええ。あなたの? じゃあ、このお家は……」

「あたし達の家よ。あ、此処で立ち話もなんだから、また中に入ってお茶でも飲みましょうよ」

 そう言って女に背中を押されたアリシアは、二人と共に、もう一度家の中へと戻った。

「こっちに座ってね」

 丸いテーブルの前に座らされ、淹れたての紅茶と手作りのクッキーを出された。紅茶からは、ミントをブレンドした良い香りが放っている。

「ハーブティーよ。目覚めに良いから飲んで。あ、何も危ないもの入ってないから安心していいから」

 少し戸惑っていたアリシアは、あまりにも嬉しそうな表情を向けてくる女の好意を無下にしては駄目だと、取り敢えずは空気を読んだ。

「じゃあ……、いただきます」

 ……美味しい。一口飲んだ反応を待つ女に笑みを向ければ、女は満面に喜色を浮かべていた。

「良かったぁ! ね、このクッキーも食べてよ」

「ええ」

 勧められたクッキーに手を出そうとした時だ。不機嫌そうに一人でソファに座っていた男が、痺れを切らすように『おい』と割って入って来た。

「のんびり茶なんぞ出す前に、話を進めろ話を。何の為に外で待ってたんだ」

「良いじゃない。この森選んで来る志望者なんて、滅多に来ないんだからさぁ」

 もう少しティータイム楽しませてよ。女は不満気な目で男を睨むと、気を取り直してアリシアに話を切り出した。

「もうわかってると思うけど、あたし達はこのダローガの森の主で、あたしがボワ=タピール。こっちの愛想のないのが……」

 愛想のないと紹介された事に眉間の皺を寄せた男は、むすっとした態度で『フォレ=タピールだ』と名を名乗ると、また一人でソファーに座ってしまった。

「因みに双子の姉弟ね」

「あ、あの……森の主さん」

「ボワでいいわ」

「じゃあ、ボワ。わたしは、あなた達に認められたの?」

 ボワは、『当たり前よ!』と笑う。手紙に書いてあった、『歓迎する』の意味は、認めたからなのだそうだ。

「わたし、何もしてないわ」

「そんな事ないって。アリシアちゃんが見せてくれてね、あたし達とっても美味しい……ううん、嬉しかったのよ」

 悪夢のようなものを見せられて、怖い思いをした──ぐらいしか覚えが無いアリシアには、ボワの言っている意味がよく理解出来ない。

 何となく、ソファに座っているフォレと目が合えば、『深くは考えるな。素直に喜んでろ』と言われてしまった。

「ねえ、気分はどう?」

「大丈夫、平気よ」

「それなら良かった。アリシアちゃんたら4日も寝たきりで起きないんだもん。びっくりしちゃった」

「あ……」

 確か自分が寝ていた部屋は、ボワの部屋だった。アリシアは申し訳なさそうな顔をして、ボワに頭を下げた。

「あなたのベッド、ごめんなさい」

「いーのいーの。あたしはフォレのベッド奪って寝たから」

 フォレはジト目でボワを見つめながら、『早く』と促して立ち上がる。一体何を急ぐのか。

「はいはい。じゃ、アリシアちゃん、忘れ物ないわよね?」

「ええ。ちゃんと持ってる」

「じゃあ行きましょうか?」

 何処に。それを問えば、急に背後からフォレに目隠しをされ、アリシアは驚いた。

「ごめんね。この森から出るには、目隠しさせてないと危険なのよ」

 どういう理由なのか明確には教えてくれなかったが、森の主が危険だと言うので、素直に従うのみである。

 ボワに手を引かれ、何かの乗り物に乗せられたアリシアは、耳からの情報を頼りにして、これからの話を聞いた。

「丁度良かったわね。今からだとハンター試験間に合うし」

 ──え? どういう事?

 ハンター試験は、記載されていた開催日が2001年1月7日の筈。そんなに長い期間をかけて向かうのかと、アリシアは不思議に思った。

「ダローガの森は時間の流れが外より少し遅い。お前が寝ていた4日間、外では二ヶ月と数日時が経っている」

「本当無理矢理起こす手前だったんだからね」

 二人からのまさかの説明に唖然としつつ、もうすぐハンター試験を受ける事が出来ると思えば、アリシアの心は弾んだ。

 乗り物に揺られて暫くすると、その動きは止まった。どうやら、やっと何処かに着いたらしい。

「さ、降りて」

 乗り物から降ろされたアリシアは、数歩進んだ所でやっとフォレに目隠しを外された。眩しくてなかなか目を開けられずにいたが、徐々に慣れてきた視界は、知らない街並みを映した。

「ビースカフマロ?」

「そうよ。じゃ、付いて来てね」

 前を歩くボワとフォレに付いて歩いていると、フォレが花を売っている店を指差した。

「あの花屋で赤い薔薇を一本買え。買えば、あっちの店だ」

 フォレの言う通りに花屋で薔薇を一本購入し、次はレトロな喫茶店へ。

「あの……『オーナーが、あなたにこれを』」

 テラス席に座る貴婦人に『台詞』を言えば、貴婦人は頬を赤らめて、『彼にこれを渡してくださるかしら?』と、紫のアネモネをモチーフにしたネクタイピンを手渡された。

「ボワ、フォレ、次はどうしたら?」

「次で最後だ」

 最後だと言う場所に向かえば、ディックサクラという、デパートらしき建物の前に着いた。

「この店に入って右にある受付に、さっきのネクタイピンを渡すの。『落とし物です』って。後は受付で案内してくれるから」

「会場に?」

「そうよ」

 案内は終わり。ボワとフォレとは、此処でお別れだそうだ。アリシアは二人に向き合って『ありがとう』と、頭を下げてお礼を伝える。

「試験頑張ってね。落ちちゃったら、また次の時にいらっしゃいよ。アリシアちゃんならいつでも大歓迎だわ」

 今度は森に入っても恐くないからね。と笑うボワと、機嫌の悪そうなままのフォレに別れを告げたアリシアは、手を振りながらディックサクラの中へと入って行った。

「森で見た悪夢って、結構後で引きずっちゃったりするんだけど……。大丈夫よね、アリシアちゃんなら」

 アリシアが去るまで笑顔で手を振りながら言うボワに、フォレは眉間に皺を寄せて踵を返した。

「──さあな。戻るぞ」

 ディックサクラの中で受付を見つけたアリシアは、『落とし物です』と言って、受付嬢にネクタイピンを手渡した。

「『落とし物』ですね。ではお客様、どうぞこちらへ」

 営業スマイルの受付嬢に付いて行けば、従業員専用のプレートがついているドアの前に案内された。中はエレベーターらしく、アリシアが入った瞬間に下へと動き出す。

 ──ああ。ドキドキするわ!

 フードの両端を両手でぎゅっと握る。言い表せない緊張感と高揚感に包まれながら、アリシアは被っていたフードを更に深く被った。

 着いた音を知らせるベルが鳴る。開かれたドアから足を踏み入れば、広いホールのような場所に出た。

「受験番号です。左側の胸元につけてお待ち下さい」

 ドアの近くにいた関係者らしき人物から、『1000』と記されたナンバープレートを配布され、アリシアは指示通りにそれを付けて奥へと進む。

 ヒトが、いっぱい……。

 入って来た建物からは、想像もつかない程の広さと人の多さに圧倒されたアリシアが、自然に隅の方へと足を向けた時である。

「今年は去年より人数が多いね」

 声のする方へ振り向けば、アリシアより少し背の高い男が、愛想の良い顔で近寄って来た。

「やあ。オレはトンパって言うんだ。よろしく」

 トンパと名乗った男に握手を求められ、アリシアは躊躇いがちにそれを交わした。

「初めまして。わたしは、アリシアよ」

「へえ、ハンター試験は初めてだよね?」

「ええ。初めてなの」

「やっぱり! オレは試験のベテランだからすぐにわかったよ!」

 何かわからない事があったら、何でも訊いてくれ。トンパはそう言って、ポケットから缶ジュースを二本取り出した。

「お近づきのしるしに、これをどうぞ。飲みなよ」

 はい、と一本差し出されたアリシアが、じっとその缶ジュースを見つめれば、トンパはもう一つの缶ジュースを開けて、『お互いの健闘を祈ろう』と、目の前で飲んで見せる。

「……ごめんなさい。わたしいらないわ」

 アリシアは、缶ジュースを受け取る事を断った。ハールから、『試験では、他人から貰った飲み物や食べ物は絶対口にするな』と教えられていたからだ。

「え? な、何にも入ってないし。ほら、オレ飲んでるだろ?」

 もう一度ぐびりとジュースを飲むトンパに、アリシアは首を横に振った。

「折角だけれど、本当にごめんなさい」

「ま、まあそうだよな。用心に越した事はないし……。じゃあ、試験頑張ろうな!」

 トンパは何処と無くばつが悪そうな顔をして、アリシアの前から離れて行った。

 ──ごめんなさい。

 折角の好意を無駄にして申し訳ない気持ちでいると、近くにいた数名の受験者達からの、信じられない言葉がアリシアの耳に入る。

「"新人潰しのトンパ"が早速失敗したぜ」

「ざまあねぇな」

 思わずそちらに顔を向ければ、言ったであろう者達から目を背けられた。

 "新人潰し"とは、一体どういう事なのか。そのままの意味なら、ハールの言う通り、トンパから缶ジュースを受け取らないで良かったのかもしれない。

 その後、トンパの缶ジュースを飲んだ新人受験者の何人かが、腹痛を訴えて倒れ、棄権となった。

 壁に持たれながら、1500名近く集まった受験者等と待つ事一時間。突然鳴ったブザー音と共に、ドアから誰かが入って来た。

「よく来たな、諸君」

 眼鏡をかけ、ファンキーな服装をして現れた男は、どうやら一次試験の試験官らしい。

「今年は、1492人が会場まで辿り着いたそうだが……早くも棄権者が三名か、まだまだだな」

 試験官は一呼吸置いて続ける。

「実は二次試験官から、多くとも300人位に絞ってくれって言われててなぁ。まさかこんなに集まるとは思わなかったぜ」

 さて、どうしたものかな。顎に手を当てながら、試験官は会場全体を見渡した。

「ん~~~~。お前等……、殴り合うか?」

 ピリッとした雰囲気に、会場中が一瞬で包まれる。

「取り敢えず時間はあるし。……そうだな、昼飯まで後二時間。その間に、五人、ぶっ倒せ」

 試験官が手っ取り早く決めた一次試験の内容は、『二時間以内に五人を倒し、その五人の各プレートを集めて提出せよ』というものだった。

「いいか? オレがあの扉の奥に入ってドアを閉めたら、試験スタートだ」

 ざわつく受験者等の視線は、全て試験官へと向けられる。

 試験官が扉を開ければお互いを見やり、奥に入れば構えのポーズ。そして、ドアがゆっくりと閉められた──。

 試験、スタート……!

 瞬間、割れんばかりの雄叫びが上がった。

 対峙し、殴り合い、倒し倒される。そんな中、隅で唖然と立ち尽くしていたアリシアは、目の前の光景におののいていた。

 ──ど、どうしたら良いの?

 殴り合いなど勿論した事もなく、この一次試験を、どう乗り越えていけば良いのかさえわからない。

「オイ、そこのあんた! ぼーっと突っ立ってる場合かぁ?」

 ボクシングでもやっているような風貌の男が、アリシアに向かって近寄って来る。

「わ、わたし……!」

「へへっ、ナンバープレートは頂くぜ」

 男の右ストレートが打たれる寸前、アリシアは軽く悲鳴を上げ、その場で腰を抜かしてしまった。

「チッ……!」

 今までアリシアが持たれていた壁には、男の腕がめり込んでいる。タイミング良く腰を抜かしたお陰で、男の右ストレートを受けずに済んだ。

 こ、恐い……!

 このままでは、ナンバープレートを奪われて失格に──否、自分を守る為、咄嗟に相手を能力で殺してしまう恐れがある。しかも、自分達の近くで闘っている相手をも、巻き込んでしまうかもしれない。

「ま、待って。やめて、お願いっ!」

 男は聞く耳など持たずに攻撃を続け、アリシアは床に這うようにして、なんとかそれをギリギリで避ける。

「ちょこまか動きやがって!!」

 どうしよう、どうしよう、どうしたら……!

 男の蹴り技が、顔面に向かって来る寸前だった。アリシアが声を上げたのは。

「──お願い! やめて!! 何もしないで!」

 アリシアの半径1メートル内にいた、闘い合ってる他の受験者達の動きが止まった。それは、アリシアの顔面を蹴り上げようとす男も同様、鼻先すれすれのところで止まっているのである。

 まるで一時停止のように止まっている者達を不思議そうに見つめながら、ハッと我に返ったアリシアは、その者達のナンバープレートに目が行った。

 この人達のプレートを……。

 動かない今なら、無理に倒さなくてもナンバープレートを手に入れられる。咄嗟の判断だった。

「ごめんなさい」

 丁度五名分、五枚のナンバープレートを手に持ったアリシアが頭を下げると同時、止まっていた者達が動き出す。

「──あ?」

「ん?」

「え……?」

 寸止めだった五人は狐につままれたような表情を浮かべ、お互いのナンバープレートが無いのに気付いて焦り始めた。

「てめぇ! いつの間に取りやがった!」

 蹴り上げようと寸前だったアリシアが背後に立ち、しかも自分のナンバープレートを持っている事に驚いた男が吠えかかる。

「あ! 俺の!」

「いつの間に!?」

 奪われた他の者もそれに気付けば、ナンバープレートを奪還すべく、大慌てでアリシアに詰め寄った。

「返しやがれ!」

 ジリジリと迫り来る五人に隅に追いやられ、ピンチに陥りかけた時であった。

 大暴れの会場の中央から、黒い影が一つ現れた。それは縫うように間を走り、次々と受験者達を倒して行く。

「ガァっ!?」

 アリシアから何とか取り戻そうと必死に掴みかかろうとした五人が、瞬く間にやって来た影により、首に直撃を受けてその場に倒れた。

 気が付けばアリシアと影以外、誰もその場に立っている者がいない状態である。

「あれ? お前確か──」

 アリシアの前に立った影の正体は、なんとあのキルアだった。幻影旅団の仮宿で、ゴンと一緒に連れて来られたのを見て以来である。

 一方キルアは、天空闘技場でのアリシアのマントの色や姿で、何となく当時の事を思い出している様子だった。

「──名前、なんだったっけ?」

「アリシアよ。あなたは、キルア」

「そうそう。つーか久しぶり。相変わらず目立つマントしてるよな、お前」

「そ、そうかしら?」

 今まであまり気にはしてはこなかったが、やはりマントを羽織る姿は目立つらしい。

「お前も試験受けに来たのか?」

「うん。キルアも?」

「ああ。二回目だけどね。でも今回は絶対受かる。楽勝だぜ」

 親指でキルアが指す先には、床に倒れて動かない受験者達が。

「強いのね、キルアって。凄いわ」

「へへっ、まあな」

 自信有り気に笑ったキルアが、ふと、アリシアの手に持っているナンバープレートに気付く。

「なんだ、お前もう五枚集めてんじゃん」

「え? あ、うん。そうなの!」

 少し気持ちが高ぶっていたのか。アリシアは、キルアの前に差し出すように見せた。

「もう駄目かもしれないって思ったの。初めてだから、本当に緊張したわ」

 嬉しそうに笑うアリシアを見据えながら、キルアはもう一度ナンバープレートに視線を移す。

 ──このまま気絶させて奪っちまえば良いか。

 そんな考えを巡らせ、さっさとこの場を終わらてしまおうとした。

「ゴンは元気? 一緒ではないの?」

 唐突にゴンの名前を出され、密かに動こうとしたキルアの手が止まる。

「……ゴンは今、別の場所にいる。アイツならいつも元気してるぜ」

「わたし、ゴンにお礼を言いたいの!」

 何のお礼だよ。キルアが問えば、『ハンバーガーよ』と、アリシアは答えた。

 天空闘技場で初めて会ったあの日、ハンバーガーという食べ物を教えてくれたゴンに、どうしても感謝したかった。

「あんなに美味しい食べ物に出会えて、わたし本当に嬉しく思ってるの。ゴンに教えてもらわなかったら、ずっと知らないままだったわ。だから会いたいの」

 幻影旅団の仮宿では声をかける事も出来ず、アリシアはずっと再会を期待していたのだ。

「ねえ、代わりに伝えてくれないかしら?」

 流石に大袈裟だろ。キルアは半ば呆れていた。けれど、その気持ちが決して冗談ではないというのは、嬉々として話すアリシアから伝わってくる。

「……やだね。直接言えよ。会いたがってた事はゴンに言っとくからさ」

「わかったわ。ありがとう、キルア!」

 ──こういう時って、マジ面倒。調子狂うんだよな。

 手に力を込めるも、ゴンの話を出されてしまっては、躊躇いが出て手出ししにくい。キルアは軽く溜息を吐いた。

「あーあ。時間かかっちまうじゃん」

「何が?」

 訊けば、怠そうに『試験』とだけ返すキルアが、アリシアからする甘い香りを指摘する。

「お前こんな時にお菓子でも食うつもりだったのかよ?」

「お菓子?」

 菓子の匂いなんてするのかと、周りを嗅いでみるが、アリシアにはわからない。

 ──あ、もしかして。

 ダローガの森から乗り物に乗っている際、ボワから『お土産よ』と、クッキーを貰っていた事を思い出したアリシアは、リュックの中から手のひらサイズの丸い缶を取り出すと、缶の蓋を開けて見せた。

「クッキーを貰ったの。どうぞ」

「じゃあ遠慮なく」

 缶の中からクッキーを一枚取り、それを口にした瞬間、キルアはあまりの美味さに、思わず『美味い!』と舌鼓を打つ。

「さっきの匂いとは違うけど、コレめちゃくちゃ美味いじゃんか!」

「手作りだそうよ。はい、このクッキー、あなたに全部あげる」

「マジ? サンキューな」

 蓋をして渡せば、キルアは上機嫌でクッキー入りの缶をポケットに仕舞った。

「あ、集めねーと」

 今が試験中である事を、危うく忘れるところだった。倒れている受験者からナンバープレートを回収するキルアの近くに、アリシアが駆け寄る。

「何してんだよ? 五枚集めたんなら試験官に渡しに行けって」

「キルアは残り全部集めるんでしょ? わたしも手伝うわ」

「は?」

 クッキーを貰った手前、今更邪険にするのも面倒である。

 ──あーあ、俺って変わったよなぁ。ゴンのお陰で。

 キルアはやれやれといった顔をして口元を緩ませると、奥を指差した。

「俺はこっち。お前は向こう側からな」

 居睡りをしていた試験官は、開かれたドアの音で目を覚ました。

「漸く、一次合格者第1号か……」

 入って来たキルアから、腕時計に目をやる。

「おいおい、もう1時間半も経ってるじゃねーか。何をやってんだ、他の連中はよ!」

「みんな寝てるよ」

 キルアの言っている意味がわからないのか、試験官は思わず『はァ?』と声を裏返った。

「集めるのに時間くっちった。それと、もう一人いるぜ」

 大量のナンバープレートを布で包み、縄で括り付けて引きずっていたキルアの背後から、アリシアが顔を覗かせる。

「アイツらみんな、半日くらいは起きないと思うけどね」

 倒れている他の受験者達の姿を目の当たりにし、唖然と立つ試験官に、『どうする? 二次試験』と問えば、試験官は一人頭を抱えて悩み出した。

「……ちょ、ちょっと待て。オレじゃ判断しかねる」

 判断を仰ぐ為に、どこかに電話をかけ始めた。相手は、ハンター協会及び審査委員会の会長である、アイザック=ネテロだ。

 試験官はネテロに、一次試験の内容とクリア者の名前、今の状況を説明していた。

「……はい、ええ。はい。え、わかりました……」

 通話は終了。アリシアとキルアに向き直った試験官は、軽く溜め息を吐きながら告げる。

「あ~~~~、試験番号1000、アリシアくんに、1219、キルアくん……」

 アリシアとキルアが手を上げれば、ビシッと二人に指を指した。

「ハンター試験、合格!!」

 ──え? 合格? 

 合格だと告げられても、アリシアはまだよくわかっていない。

「おい、俺ら試験合格したんだって。わかってんのか?」

「一次試験が終わったんじゃなくて?」

「だからハンター試験、ご・う・か・く。本当ラッキーだよな、お前」

 受かったのは俺のお陰だから、感謝しろよ。キルアはニシシと、ご満悦気味に笑う。

 前回の試験で実力を大いに発揮していたらしいキルアは、今回の結果にネテロから、即合格判定を出された。

 アリシアは実質おまけ扱いではあるが、他の受験者達が続行不可能な現状、一応ナンバープレートを五枚集める事をクリアしているので、今回は特別に合格扱いとなったのである。

「説明会だが──」

「俺はパス。さっさと"ハンター免許証(ライセンス)"受け取りたいんだけど」

 急ぎの用があるのか、キルアは説明会に出ないと言う。

「ではキルアさんは説明無しということで。ハンター免許証をご用意致しますので、此方で少しお待ち下さい」

 人間離れした豆状形の顔の人物が、突然背後から現れた。

「申し遅れました。私は、ネテロ会長の秘書を務めております、マーメン=ビーンズと申します」

 マーメンという人物は、アリシアの前に移動して頭を下げた。

「アリシアさんは初めてですので、説明会に是非ご参加下さい」

 説明会はこの会場とは違う場所で行うらしく、移動しなければならないと言う。

「じゃあまたな」

「またね、キルア」

 手を振ってキルアと別れたアリシアは、マーメンに付いて試験会場を後にした。

「因みにアリシアさんは、念能力を会得していますか?」

 移動中の車の中で、マーメンから念能力について問われた。プロハンターになるには念能力は必須。使用出来ない者は、裏ハンター試験を受けてからでないと合格を認められないのだ。

「ええ」

「それなら良かった」

 空港に着けば、待っていた飛行船に移る。どうやら、この貸し切りの飛行船の中で説明会をするらしい。アリシアはマーメンの案内で、何かの会議に使われているであろう少々広い部屋に入った。

「会長、お連れしました」

 部屋の奥に座る、長い髭を蓄えた人物にマーメンは深く頭を下げた。一見して普通の老人のようでもあったその人こそ、アイザック=ネテロである。

「お主がアリシアか。ワシがネテロじゃ。ま、座って座って」

 アリシアはマーメン同じように頭を下げ、用意された椅子に腰を下ろした。

「しかしラッキーじゃったのぅ。こんな事は滅多にないぞ。さて、お主はどんなハンターを目指す?」

「会長、先に説明致しませんと……」

「お、そうじゃったそうじゃった」

 目尻を下げて笑うネテロの横でマーメンが、『では説明いたしますね」と、アリシアに一枚のカードを配る。

「そのカードが、ハンター免許証になります」

 ──前にヒソカか言ってた『便利』って、このカードの事かしら?

 手に取って見ると、カード自体はとても地味であった。

「ただし、普通のカードど侮るなかれ」

 その効力は絶大。民間人が入国禁止の国の約90%と、立ち入り禁止地域の75%まで入る事が可能になり、公的施設の95%がタダ。銀行からの融資も一流企業並みに受けられ、売れば人生7回位豪遊出来る他、所持しているだけでも、何不自由無い暮らしが可能になるのだ。

「なので、紛失や盗難には十分(じゅうぶん)気をつけて下さい。再発行は致しておりませんので」

 ハンター協会の統計では、ハンターに合格した者の五人に一人が、一年以内に不明な理由でカードを失っているという。

 プロハンターになった最初の試練が、『カードを守る事』と言っても過言ではない。マーメンはそう力説した。

「続いて、協会規約の説明を……」

 粗方説明が終わり、マーメンから最後に締めくくられる。

「──試練を乗り越え、自分の力を信じ、夢に向かって進みましょう! アリシアさん、あなたを新しいハンターに、認定致します!」

 ──わたし、ハンターになれたの?

 信じられなかった。まるで夢の中にいるような、気持ちがふわふわとする。

 キルアやネテロが言うように、本当に幸運である。

「嬉しい……!」

 アリシアは、ハンター免許証を両手で優しく包むようようにして、胸に抱き止めた。

「……ん? なんか甘い匂いが」

 突然漂って来た甘い匂いに、マーメンは周りをキョロキョロとし始めた。

「甘い匂いじゃと?」

 誰か菓子でも用意したのか。マーメンが嗅いでる方へ、ネテロも鼻をヒクつかせてみる。

 その甘い匂いが鼻腔を通り抜けた時、遠い過去の記憶が、計り知れないあの地での戦慄の光景が、甘美な香りと共に強烈に蘇った。

 まさか……、匂いの元はもしや……!

 説明会も終わり、ラッキーな合格でハンターに認定されたばかりのアリシアへ、ネテロの目は向けられる。

「会長、最後に一言お願いします」

「──ああ、わかっとる」

 マーメンに呼ばれて気を取り直し、さてさてと、ネテロは咳払いをした。

「第288期ハンター試験も、無事に終わりましたね」

 アリシアが去って行った部屋の中で、ネテロと二人だけになったマーメンが、ひと息つきながら言った。

「少々、物足りなさ過ぎたわい。今回は」

 ネテロは大きな欠伸をし、机の上に肘をつく。

「そりゃあ、去年は濃かったですから。会長、次回はどうなるんでしょうかね?」

 遅かれ早かれ、知られるか。それとももう……。

 ネテロの心は内に秘め置き、知らないマーメンと共に笑い合いながら言葉を返した。

「ふぉっふぉっふぉっ。来期に期待じゃ」

 

 

 

 ──わたし、ハンターになれてしまったわ!

 アリシアは、心踊る気持ちで飛行船から降り立っていた。先ずは、ハールに連絡を。否、その前に本だ。ハンター試験に受かった時のベルの気持ちを読み直そう。

 リュックから本を取り出してページを開いたアリシアは、前も気にせずに読みながら歩き始めた。

「……うふふ。そう、これよ。わたしも同じ気持ちだった」

 突然、小さな旋風が巻き起る。

「わっ!」

 その風の煽りに、被っていたフードが捲れ、顔が晒された。しかも余所見をしていたせいで、アリシアは知らない誰かにぶつかってしまったのである。

「あ!」

 その拍子に、本が地面へ落ちてしまった。拾わなければ。慌てて手を伸ばすと、アリシアより先に手が伸びる。

 拾ったのは、ぶつかってしまった相手だった。

「ご、ごめんなさ──」

「どうもすいません!」

 眩しい程の笑顔を浮かべるその男は、『はい』と言って、本をアリシアに手渡した。

「懐かしい本じゃないですか。昔好きだったんです」

「え?」

「近い内にまたお会いしますから。じゃ、ボクはこれで失礼しますね!」

「ええ? あ……」

 歯を見せた笑顔をアリシアに向け、ストライプ柄の背広を着た男は颯爽と去って行った。

 色々と少し気になるところはある。本を知っている事や、『またお会いしますから』だ。しかし、知らない相手を引き留める理由は、今は無い。

「ハールに、連絡しなきゃ」

 アリシアはフードを被り直しながら踵を返し、今度はケータイを取り出して、待っているであろうハールに連絡を入れた。

 

 

 

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