魅夢の一族   作:あまてら

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お久しぶりです。ちまちま書いてました。
今回は番外編です。





番外編 ─ソウマトウ─

 

 

 

 

 通り過ぎて行く記憶の中で、若い頃のアイザック=ネテロは瀕死に陥っていた。

 お忍びで来たこの未開の地で、自分は本当に死ぬのか。まだ着たばかりなのに。情けねぇな。

 二人はどうした? どうなった?

 逸れた仲間の安否が気にはなったが、それどころではなくなってきた。完全に動かなくなった身体だけではなく、意識も朦朧としてきたのだから。

 いよいよかと思われたその時だった。鼻をかすめる甘い匂いと共に、何者かの影が自分の視界に現れた。

「馬鹿め。お前が口にしたメラヴェルの実は、お前達にとっては毒でしかない」

 誰だ──。霞む瞳には相手の姿を捉える事が出来ない。人間じゃないのか、未開の地の化け物か。相手が言う『実』とは、大きな木々に混じって生える、背丈ほどの小さな木に実っていた林檎のような青い実。この地の生物らが食べているのを確認し、平気だと思って一口だけ齧ったのが命取りになった。直ぐに吐き出したが、無意味だったらしい。

「腹が、減ってたからな……」

 地面に横たわる自分を見下ろしているであろう相手に向けて返したが、相手からは何も語られない。

 何だ、死に行く最期を嘲笑いに来ただけか。

 見世物じゃねーぞ、消えろ。

 もう声も出なくなって、ひゅーひゅーと過呼吸のよう。やがて視界も真っ暗になった。

 ──あ、死ぬ。

 呆気ない死だった。

 ────の筈が、死んではいなかった。

 時間の経過はわからない。がばりと上半身を起こし、自分の両頬を両手で叩いた。

「生きてる?」

 声も出る。身体も自由だ。そして、此処は何処なのか。──水の流れる音。河原だ。ネテロは巨大な岩の上に寝かされていた。一体誰に。

「生き返ったか」

 鈴を転がすような声がして反射的にその方へと向けば、刺繍入りの白と黒の細身の民族衣装を着て、ネイビーブルーの長い髪の若い女が、隣の岩に腰をかけて此方を見ていた。

 ──別嬪な女だ。恐ろしいくらいに。ネテロは思った。これ程までに美しい女がこの世に存在するのかと。

「誰だ、アンタ? この地の人間か?」

「お前に名乗る必要は無い」

「良いじゃねーか名前くらい」

 女は立ち上がり、ネテロの前から去ろうとした。

「早く去れ。その命、これ以上無駄にするな」

 去り際に一言だけを残し、巨大岩から数メートル下の地面へと飛び降りる。普通ならば骨折では済まされないが、女は簡単に着地し、岩や石を軽く避けながら歩いて行く。

 ネテロは呆然と……という訳でもなく、慌てて女を追いかけたのである。

「おい待て!」

「待たぬ。去れ」

「やだね」

「ついて来るな」

「なあ、何で俺を助けたんだ?」

「その時の気分で、だ。納得したろ? さあ、もう去れ」

「裸足だけど靴履かねぇの?」

「お前も裸足だろ!」

 女がどんなに高い身体能力で逃げるように行こうとも、ネテロはそれと同等以上の身体能力を使って追いかけていた。決して逃がさないと言わんばかりに。

 逃げる、追いかけるを暫くずっと続けていく内、女は遂に諦めたらしい。巨木の太い枝の上で足を止めた。

「……愚かなメビウスの民は皆、お前のようにしつこいのか?」

 溜め息混じりに言う女は、隣で当たり前のように腰掛けるネテロを横目に見た。

「さぁね。俺は特別。で、"メビウスの民"って何だ?」

「メビウス湖の真ん中に浮かぶ小さな島の人間の事だ。お前達はそこからやって来たんだろ?」

 島……か、確かにな。

 この地からしたら自分達の住む世界など『小さな島』でしかないか。桁違いの大陸の存在を身をもって知ったネテロは、妙に納得してしまった。

「まぁな。──ところでよォ、アンタ」

 一人なのか。ネテロは問うた。女は数秒考えてから、木々からの木漏れ日に目を向ける。

「私は一族の中でも変わり者でな、一人でいる方が好きなんだ」

 一族、という事は、まだ何人もこの女のような存在がいるのか。女の返答を聞いたネテロは、遠くに広がる広大な景色に目を細めながらもう一つ訊ねた。

「俺以外に後二人を知らないか? 一人は男、もう一人は女だ。途中で逸れちまってよぉ」

「知らん。この地では脆い人間など生きている保証もしてやれぬわ。諦めて一人でも去る方が賢明だぞ」

「二人をおいては帰るつもりはねぇよ」

「じゃあ勝手にしろ」

 女は枝の上から下へ、再び飛び降りた。

「……だから何故ついて来るんだ」

「勝手にしろって言ったろ? だから勝手にしてるだけだ」

 まあ、気にすんな。歯を見せてニッカリと笑うネテロは、繰り返すようにまた、女の後ろをついて行くのである。

 助けた事を僅かに後悔したような表情の女は、これ以上何も言いたくないと、歩きを速めながら眉間に深く皺を寄せていた。

「オイ、なんか食えるもん持ってねぇか?」

 大きな木の森の中に入って直ぐ、ネテロの腹が大きく鳴った。先程から、この女の近くにいると甘い匂いがしていたので、もしかしたら何か持っているのかもしれない。そう思って訊いてみたのだが、女からの返事は無かった。

「ねぇならよ、この辺に生えてるので食えるの教えてくれ」

 スルーを決める女が無言で先を行くので、ネテロは負けじとまとわりつくようにして何度も食べ物の在り処を訊いた。

「──少しは黙って歩けぬのか」

 大きな溜め息を吐き出して、女はその場に立ち止まる。

「腹が減ってちゃあ何も出来ねぇよ。あー死にそう。死んじゃうナァ、うん。きっと死ぬな俺。後数秒でお腹と背中がくっついて死ぬわ絶対」

 女の目の前で腹を押さえてワザとらしく木にもたれかかる演技をするネテロを、女はジト目で見つめた。

「これでも食べていろ!」

 そして早く黙れ。長い袖の中に潜ませていた竹皮に包まれているモノを、女は苛立ちながらネテロに手渡した。

「握り飯?」

 受け取ったそれを開いて見れば、自分の拳程の大きさの握り飯が二つあった。ネテロはその握り飯を躊躇なく掴むと、大きな口を開けてムシャリと食べた。

「う、美味いっ!」

 何だこの米は。噛めば噛む程に口一杯に広がる甘みが舌を伝ってなんとも心地良く、身体中もぽかぽかと暖かくなってきた。一見、ただの握り飯であるのにそうではない。ネテロは人生で初めて、米の美味さに感動した。

「アンタの飯だったのに悪かったな。美味かったぞこれ」

「今更気にするな。我らにとっては腹を膨らませるだけの、ただ(・・)の米に過ぎん」

 私はこれだけで充分だ。女が近くに生えていた木から実をもぎ取った。

「お、おい!」

 ネテロが慌てて止めようとしたのは、女がメラヴェルの実、つまりネテロが口にして死にかけた実であったからだ。

「お前達にとっては毒と言ったが、我らには効かぬ」

 女はそれを一口齧ると、当たり前のように咀嚼した。

 ──マジかよ。ネテロは信じられないという目をして、実を食べきる女を凝視する。

 ──しかし、まあ……。

 最後の一口を食べ終え、唇に垂れた果汁を舌先で舐める仕草に思わずどきりとしてしまったのは、暫く断っていた禁欲のせいかもしれない。

 ごくりと生唾を飲む。何考えてんだか俺は。気を引き締めようと自分の頬を自分で一発殴れば、女は冷めた視線をネテロに向けていた。

「気合いを入れたんだよ、気合いを」

 聞かれてもいないのに。女の視線が気になったのか、殴った頬をさすりながら一人答える。

 おかしな奴だな。女がそう言って、止めていた足を一歩踏み出した時である。広い森のどこからなのか、男の悲鳴に似た叫び声と共に、パラパラと機関銃のような音が耳に入ってきた。

「お前はここにいろ」

 女はネテロを置いて走った。しかし、ネテロも走る。

 疎らに森の中を走る何人かの気配だ。素早く高い木の上に駆け上がる女と、草木を避けながらそのまま行くネテロは、人の気配がした方へと進んだ。

「なっ……、なんだこれは!」

 その道すがら、地面に荒縄状の何かが、一つ二つとあった。

「お前と同じメビウスの民だ。もう死んでる」

 木の上から飛び降りて来た女が、荒縄状に捻られたそれを見て淡々と言う。

 ──これが死体だって?

 ネテロは戦慄した。このような死体を未だかつて見た事が無かったからだ。

「お前の仲間か?」

「……違う。多分だが、絶対違うと思う」

「まだ何人かは北東の方角に逃げて行ったぞ」

 木の上から見たのであろう女の話に、ネテロは閃いた。

 ああ、そうか。高い所から見れば現在地がわかる。高層ビルよりも更に高い木によじ登ろうとすれば、『何をしている』と女が問うた。

「見りゃあわかるだろ。木に上ってんだよ」

 先程の登った木よりも更に何倍も大きい。樹齢何百年以上経っているであろう大木に登るのは、一苦労も二苦労もあった。

「そのように遅いと夜までかかるぞ」

 苦労して4分の1くらいまで登ったネテロのずっと上、太い枝の上にまでいつの間にやら登っていた女が、思いやりのない微笑を浮かべながら言った。

 ──畜生。

 悪態をつきたいのを今は我慢して登り切ろうとする必死なネテロに対し、女は枝の上で緩やかに吹く風に当たりながら涼しそうな顔である。

「お前から撒いて逃げるなら、この木を使えば良かったな」

 上にいた女はそう笑って、ネテロが登っている下の幹の枝へと降りて来た。

「へっ、じゃあ今、撒いて行けよ」

 苦笑いを浮かべるネテロが、女のいる枝に手をかけた時だった。

「枝か何かに掴まれ」

 今更木登りのアドバイスかよ。そう言い返す前に、ネテロは宙を舞った。左手を掴まれた瞬間、遥か高い空へ放り上げられてしまったからである。

「──っうおおおお!?」

 天と地がひっくり返ったのかと思った。重力によって下へと落ちる瞬きの間、逆さまになった状態で樹頭が目に入った。

 枝か何かに掴まれ。女が言った事を思い出したネテロは、咄嗟の判断で小枝もろとも葉を鷲掴み、落下する寸前に徒長枝にしがみついた。

 ──あっぶねぇ!

 下手をしたら危うく死ぬところだった。小枝で頬に傷が出来たが、今はそんな傷などどうでも良いくらいの心境である。

「日が暮れる前に登れて良かったな」

 感謝しろと言わんばかりの顔でひょいひょいと簡単に登って来た女は、安定のある平行の枝の上に立つ。

 ──見た目より力あり過ぎだろ。

 正直、突然放り上げられた事については少々物申したいところではあるが、それは一先ず置いておこう。ネテロは枝を支えに立つと、辺りをぐるりと見渡した。

「此処は南東に位置する。今見えているのはメビウス湖だ」

 幹に背を寄せて女が言う方を見つめる。なんて巨大な湖だろう。この木は周りの木々より一番高く見渡しも良い。けれど北に広がる泉の向こうは水平線しか見えない。

「おい、あっちには何がある?」

 この木から北西よりの方向を指差す先には、森林の中に岩肌が目立つ場所があった。女の表情は無から冷笑の影が頬を掠め、何も答えずに木から降りた。

「お、おい!」

 登ったばっかだろ。おいおいとネテロも、女を追うように木から降りて行く。降りるのも一苦労かと思われたが、登りよりかは随分と楽だった。

 先に降りていた女は、荒縄状の死体を見つめていた。

「何があるかぐらい教えてくれよ」

 木から降りて直ぐ、ネテロは頭や体についた葉っぱを払いながら声をかける。

「……お前達が欲しがっている宝の一つだ」

「宝? 俺と仲間が探してんのは、あらゆる液体の元になり得る三原水ていうの? それがどこにあるのかを知りてェんだ」

 女はネテロに顔を向け、じっと見つめながらその方へと指をさした。

「そりゃあイイ!」

 目的のモノは意外にも、仲間とはぐれた近くにあったようだ。もしかしたら仲間の二人と合流出来るかもしれない。ネテロが向かおうとした時、その前を塞ぐように女が立った。

「メビウスの民は欲深い。故に死を呼ぶ。それでも向かうのか?」

 ネテロは荒縄状の死体を視界に入れ、そして女と少しの時間見つめ会った。

「……確かに、な。俺はその深い欲のお陰(・・・)でこの地に来た。逃げたいところだが仲間がいるかもしんねぇし、今は向かう他ねぇわ」

 それじゃあな。ネテロはそう一言告げて、女から離れるように走った。

 その時からどれくらい時間が経ったのか。数分か、否数時間か──。ネテロは地面にうつ伏せの状態で倒れていた。

 思っていた通り、仲間とは合流出来た。しかし、一人は瀕死、もう一人は頭から血を流して気絶していた。

 何があったのか。それは、いざという時に用意されていた非公式な三人とは違い、公式に依頼されてこの大陸に来た者達の内の五人が、仲間の二人を攻撃したのである。

「貴様らには渡さない!!」

 短機関銃をネテロ達に向けて、その中の一人が必死な形相で言った。この五人は念能力者ではない。特別優れていたわけでもなく、ただの頭数要員だった。

 ──こんなヤツらにヘマするとは。重症の仲間二人を横目に、ネテロは苦笑する。

 既に負傷していた仲間のもとに駆けつけた時、一人が囮のように目の前に現れた。それに集中すればもう一人が背後から。次は左右同時。蜂の巣になるのを避けつつ攻撃を仕掛けようとした瞬間、最後に現れた五人目が仲間の一人を狙った。

 ──くそが。咄嗟にその前に出たネテロは、銃弾を両肩と左脚に受けてしまったのだ。

 拍子に地面へと倒れ、今に至る。

「絶対に渡さねぇ!」

 依頼主からの報酬欲しさの為かと思われたが、それだけにしては何だが様子がおかしい。五人皆、目が虚ろなのだ。そしてよく見れば、五人の足下に黒い霧のようなものが纏わり付いている。

 何だ、あれは。荒く息を吐きながら目を凝らせば、それが小さな霧状の動く存在である事がわかった。

 ──生き物?

 ぞわりと全身が粟立つ。決して自分達にとって良い存在ではないと、その霧状の生物から本能的に恐怖を感じ取った。

「これは、絶対に俺のものだ!」

「ああ? お前のもんじゃねーよ、オレのだ」

「誰のだって?」

「ふざけんな! オレのに決まっている!」

 霧状生物に意識を向けていると、突然仲間割れが始まった。五人は皆、自分のものだとそれぞれに主張しながら短機関銃を向けあっている。依頼の宝の事を言っているのか、それとも──。

 今のうちにどうにかしねぇと。失った血のせいで意識が朦朧とする中、ネテロは考える。

 ──どうする、どうするよ。

「おい貴様! 何勝手に動いてんだ!」

 痛みに耐えながら少しずつ仲間に近寄っていたのがバレた。まだ動ける片方の脚を使えば自分だけでも何とかなっただろうが、それを選べば仲間は死ぬ。

 何だ、結局ここで終わりじゃねぇか。つまんねぇ人生だったな。脳天に銃口を押し当てられたネテロが、自分を嘲笑した時だった。

 ──来た。

 アイツだ。それは直ぐにわかった。

「だ、誰だ!?」

 全ての銃口が、ゆっくりと歩きながら現れたその相手へと向けられる。五人は、時が止まったかのように一点に集中した。微かな風になびくネイビーブルーの長い髪、真っ直ぐに見つめる星空の瞳。その女の美しさに息を飲んだ。

「ぁ……あい」

 惚けていた五人の足下に纏わり付いていた霧状生物らが一斉に離れ、吸い寄せられるように女へと近付いて行く。

「ああ! 行くなぁ!!」

 離れてしまった霧状生物に気づいた五人はそれぞれに焦り、奪われた玩具を取り戻そうとする子供のような怒りを持って銃口を女に向けた。

「か、返せえええ!」

「オレのだああああ!!」

「死ねえええ!」

 躊躇いもなく引き金を引いた一人に合わせ、残りも同じくそうした。

 ──避けろ。ネテロが口に出そうとした瞬間である。短機関銃は確かに放たれたが、女はそこにいなかった。

 同時だったのだろうか。ぼたぼた、ぼた、ぼたぼた──。何かの鈍い音がした。

「……悪く思うな。これでもマシな"死"だ」

 女が五人の首を落としたのは、瞬きの間であった。残りの胴体が地面に全て倒れ終えると、女はくるりとネテロへ振り向く。

「何で、来た?」

 ネテロが問う。

「気分で、だ」

「へっ、左様ですか」

 何が可笑しいんだと言う顔でネテロを見下ろした女は、無の表情で『立て』と言った。

「私が肩を貸してやるんだ。片脚で歩け」

 こんな重症な状態だからてっきり優しく起こしてくれるのかと少しでも期待してしまっていたネテロは、口から出て来ようとした文句を寸前で飲み込んだ。

「また助けてくれんのか? な、ならよぉ、仲間も頼む」

 代わりにそう頼めば、女は気を失っている仲間二人に目をやる。

「良いだろう、先にお前とこの娘だ」

 女はそう答えると、片方の肩に担ぐようにして若い娘を。そして反対側の肩でネテロを起こして歩き出す。

「何処へ?」

「お前達が来た方へ」

 女の歩くスピードは速かった。片脚で歩けと言われていたが、殆ど引き摺られた状態だった。向かった先は船を停泊させている港。港と言っても綺麗に整備されてはいない。そこには客船程の大きな船が一隻。公式連中に紛れ、非公式のネテロら三人も乗って着ていた船である。

「頭は打っているが気を失っているだけ。お前も大量に血は流れているが、島に着くまでは持つだろう」

 船の中に置かれ、女が降りようとするのをネテロは止めた。

「おい、もう一人は?」

 女は数秒黙ってネテロを見つめる。

「──あれは諦めろ。もう手遅れだ」

 ふざけんな、何が手遅れだ。アイツは、まだ息がある。ネテロは身体を引き摺りながら片脚で立ち上がった。

「その命、もう捨てるのか? 折角助けてやったのが無駄になる」

「うるせぇ。ここで見捨てるワケにはいかねぇんだよ」

 息荒く女の真横を通ろうとすれば、止めるかのように腕を掴まれた。

「お前達にとって災いになろうとも?」

「……離しやがれ」

 僅かにオーラを放ちながら、ドスを効かせた声でネテロが言う。能力者でなければ念のオーラなど見えぬが、何かを感じ取った女は静かに瞳を閉じてこう言った。

「無謀なお前、嫌いではなかった」

「な────」

 何を。言いかけて視界が暗転。ネテロは意識を失った。

 数時間後、我に返るように目覚めれば、心配そうに見つめる仲間の一人の少女と目が合った。

「──っつぁ!?」

 簡易ベットの上に寝かされていた上半身を起こそうとすれば、全身に激痛が走る。

「起き上がっちゃダメ! あんた死にかけてんだから!」

 頭に包帯を巻いていた一人は、ネテロをベットから起こさないように押さえた。

「あ、……アイツは?」

 姿の無いもう一人の事を訊けば、顔が僅かに曇った。

「生きてる。だけど──」

 もう一人は意識を失ったまま、何時間経っても目覚めないと言う。

 ネテロ同様、身体中に銃弾を受けて瀕死ではあったが、そんなもので簡単に弱る奴ではないのに。

 ふと、あの女が過ぎる。

「おい、誰かに、女に会わなかったか?」

 女の特徴を言えば、少女は思い出したかのように語る。

 自分の意識が戻った時、ちょうど女は仲間を担いで来たところだった。

 ──誰。目の前にいる謎の女を見つめ、訝しげに少女が問いかけるも、女は何も答えない。ちらりとネテロに視線を送り、最後に『去れ』と一言。それから直ぐに船から出て行ったそうだ。

 この三人の状態ではと、仕方なく断念した少女の決断をネテロは責めなかった。

「ねえ、あの人、知ってる人だったの?」

 女の事を問われ、数秒考えてからネテロは答えた。

「……知らねぇよ」

 その日から数年。ネテロは再び、お忍びの依頼で彼の地に参った。もしかしたらまた会えるかもしれない。だが、そんな密かな期待も虚しく、ネイビーブルーの髪色をした件の女に会う事は、もう二度と無かった。

 行方を誰かに問えば良かったのか、否、何故だかそれをしたくなかった。あの女との邂逅は、自分と女だけのものにしたかったからだ。

 

 ──最期に、アンタともう一度会いたかった。

 

 キメラアントの王と一騎打ち、死を目の前にしたネテロの走馬灯である。

 

 

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