魅夢の一族   作:あまてら

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イツワリの友

 

 

 

「トモダチ?」

「そう、友達♠︎」

 何を思って言ったのか。ヒソカは突然、アリシアに友達になろうなどと告げたのである。

「わたしと友達になってくれるの?」

 普通ならばこの状況、『何故』と困惑するところであろうが、アリシアは素直に『嬉しい』と喜んだのだ。

「わたし、ヒトの友達なんて初めて!」

 これ以上ないくらいの喜びように、アリシアは小さな子供の様に(はしゃ)いだ。

 ただし、ヒソカが真に友達になろうと思って告げたのではないと、勿論知る筈もない。

 ヒソカはたまたま見つけた真新しそうな玩具に嘘を吐いて自分を信用させようと考えていた。今でも充分ヒソカに無防備なアリシアは、人を疑う事を知らないのだ。

 母親以外の人に接触した事のないアリシアは、まるで卵から孵った雛鳥のようで、何でも信じ、何でも思い通りに扱える最良の玩具であった。

 ──この()はどんな顔をするかな?

 ヒソカには密かな楽しみがあって、自分を心底信用しきった玩具がいらなくなった場合、残酷に心を傷付けて壊す。正しくは殺してしまうのだが、壊す前の、その傷付いた悲痛な表情を見るのが堪らない程楽しくて興奮するのだ。

 しかしその前に殆どの玩具が壊れてしまうので、なかなかその楽しみを味わえないでいた。

 ──今回は直ぐに壊さないように大事に遊ばなくちゃね♥

 その前に飽きなければ、だけど。なんて思っているヒソカに気付きもせず、アリシアはただ純粋に感動し、『なんて優しくて親切なヒソカ』と喜ぶだけである。

 初めて出会った時のなんとも言えない恐怖を、今のヒソカには感じられない。

 多分、アリシアにプレゼントを初めて送った"ヒト"でもあるし、タベヨウとはしない"ヒト"でもある。アリシアの中で『とても良いヒト』という認識が出来たせいか、今現在の心境では、ヒソカを恐ろしく思わないだけなのかもしれない。

 あの真っ赤に染まった夜の事など忘れてしまうぐらいに、この状況に感激していたアリシアではあったが、やはり森の事が気にかかる。

「ねえヒソカ、わたしがいた場所まで連れて行ってくれないかしら?」

「どうして?」

「だって森へ戻れるかもしれないもの」

「どうやって森から出たかもわからないのに?」

「それは……そうだけど、でも戻らなくちゃ、わたし」

「何で?」

 問い返してくるヒソカの表情は、とてもニコリとしているのに少しも笑っていないようにも感じられた。

「……母様との約束なの」

「でも破ったんだろ?」

 ヒソカは空いていた距離を縮めながらアリシアに近寄った。

「キミは自ら約束を破ってまで森を抜けたんだからさぁ、きっともう戻れないんじゃないかな♣︎ ……多分、これは約束を破った罰だね。よくある話だよ♠」

「そんな……」

 背の高いヒソカを見上げれば、ズイッと鼻先が当たる距離まで顔を近付けられる。

「それに、今更戻ってどうするの? キミ以外の人間は誰もいないんだろ? だったらさぁ──」

 ヒソカの細い切れ長の目が、不安に染まるアリシアの顔を捉えた。

「つまらない罪を後悔するより、今の現状を楽しめば良い♦︎ どう足掻いてもキミが約束を破ってしまった事実は変わらないし。折角人間と触れ合える機会を手に入れたんだ♠︎ これからをエンジョイしようじゃないか、アリシア?」

 そう言って笑うヒソカに何も言えなくて、アリシアは俯いて頬を軽く膨らませた。

「おや、納得いかない様子かな? 楽しめないならこの部屋を出るんだね♦ だけどアリシア、外にはキミを食べてしまう人間達がいるよ♠︎ キミは騙され易いし、あっという間にペロリ……だしね?」

 えっ、と声を出して顔を上げたアリシアの表情は、今にも泣き出してしまいそうであった。

「どうだい? それでも行くのかな?」

 アリシアは下唇を軽く噛みながら考えてみた。

 あの森に帰らなければ。という焦りに似た思いがあったが、一方でこのまま戻ったとしても、誰もいない日々を今までと同じように過ごしていけるだろうか、という思いも僅かながらにはある。

 絵本でしか知り得なかった、母や自分以外の人との会話。まだ見ぬ未知の世界。それに一歩足を踏み入れてしまった事で、今までの暮らしが物足りないモノに変わってしまった気がした。

 アリシアは暫く黙った後、小さく呟くように『行かない』とだけ返した。

 ヒソカはその言葉を待っていた。薄ら笑いを浮かべて、『お利口さんだね♦︎」と、アリシアの頭を優しく撫でてやる。

 撫でられたアリシアは、幼い時に母親に撫でてもらった記憶を思い浮かべながら、とてもこそばゆい気持ちになった。

 

 

「じゃあボクは出かけてくるから。いい子で大人しく待ってるんだよ♠」

 ヒソカが部屋を出て行った。正しくは、何処かへと出かけたのである。

 ひとり残されて何もする事がなくなったアリシアは、ベッドルームからリビングルームに入った。

 リビングはベッドルームよりも広く、豪華であることに変わりはない。アリシアは天井のシャンデリアを見つめ、『きれい』と口をあんぐりとさせながら呟く。

 初めて見る物が多く、部屋中をあちらこちらと見回しながら回っていると、視界に入った大きなテレビが気になった。

「何かしら、これ?」

 アリシアの家にはテレビなんて勿論無くて、それが何なのかもわからないのである。テレビの電源スイッチにアリシアが漸く気付いた時、その衝撃にあまりにも驚いて腰を抜かしたのは言うまでもない。

 それから何時間経ったであろうか。

 外が闇に包まれ始めた頃。帰ってきたヒソカは薄暗いリビングを見渡し、つけっぱなしのテレビへと近付いた。

 リモコンを探そうと視線を下に向けると、向き合うようにある広いソファーの上で横になって眠るアリシアに気付いた。

 すやすやと寝息を立てるアリシアの顔を、ヒソカが指の腹でそっと撫でる。

 ──本当、無防備だなぁ♣︎

 まるで、『わたしを食べて』状態なアリシアを前にし、ヒソカは目を細めてと口角を上げた。

 すると突然、ケータイの着信音が鳴り響いた。

 ああ、忘れてた。ヒソカはポケットに入れていたケータイを取り出すと、液晶画面に表示されているであろう相手を確認する事なく電話に出た。

「やあ♥ ……ごめんごめん。ちょっと色々あってね♥ え? それは秘密に決まってるじゃないか♠︎ ──まぁ、面白そうな玩具見つけたってところかな♠ ククッ……じゃ、また♥」

 通話終了ボタンを押し、再びポケットに仕舞うと、眠るアリシアの耳元に口を近付けた。

「アリシア♦ こんなところで寝ると風邪を引いちゃうよ?」

 ヒソカの声によって目をパチリと覚ましたアリシアは、ゆっくりと上半身だけを起こした。

「ん……、おかえ、りなさい」

 目覚めたばかりで意識は虚ろ。テレビを見ながらいつの間にか寝てしまっていたらしいアリシアは、部屋中が薄暗いのに気付いた。

「夜……?」

 パッとつけられた電気に部屋中が明るくなり、眩しさに目を細ませながら辺りに目をやる。

 ──夢じゃなかったのね。

 夢ではなく現実であるという事に何となく胸をなでおろしつつも、内心、森に戻ってはいない不安も僅かに残っていた。

「退屈しなかったかい?」

 広めのソファーのもう半分側に、ヒソカが座ってこちらを伺う。

「ちっとも。……ねぇ、この箱みたいなのは何かしら?」

「テレビの事かい?」

「てれび? てれびと言うのね、これは」

「もしかして初めて?」

 こくりと頷いたアリシアは徐々に頭と目が冴えてきたようで、瞳をキラキラ輝かせては嬉々としながら言った。

「とても素晴らしいの。色々な人が沢山出てきたり、お料理を作ったり、遊んだり、物語が始まったり。凄く楽しかったわ」

「それは良かった♠︎ ところでさぁ、お腹は空いていない?」

 自分がまだ食事をしていない事に気づいたアリシアは、ヒソカに聞かれるまですっかり忘れていたようだった。

「……多分、空いていると思うわ」

「多分?」

 多分という言葉を少し変に思いつつ、ヒソカは部屋に設置されていた電話の受話器を手に取った。

「テレビも知らないみたいだし、勿論電話の使い方なんてのもわからないみたいだから教えてあげる♠」

 ルームサービスを頼もうと言い出したヒソカは、アリシアにそのやり方を教え始めた。

「何か飲みたくなったり食べたくなったりしたらこのボタンを押す。そしたらフロントに繋がるから。それじゃあ、かけてみるよ?」

 ボタンを押し、数秒黙る。

「適当に何品か食べる物と、……あぁ、それそれ。フルーツもね。後はオレンジュースを頼むよ♦」

 頼み終えたヒソカはゆっくりと受話器を置いて電話を切った。

「……とまあ、こんな風に頼めば良いからね♠︎ 何があるかは聞けばメニューを教えてくれるから♦︎」

 アリシアはヒソカの隣に立ち、興味津々に電話というものを観察した。それから少し待っていると、ヒソカが頼んだ料理が部屋に運ばれて来た。

 テーブルに並べられた食事は、肉料理や炒め物、フルーツ盛り等々である。

「さ、食べなよ♠︎」

 テーブルの上にある料理をジッと見つめながらアリシアは、隣で愉しそうに口の両端を上げるヒソカに『あなたは食べないの?』と、訊ねた。

「ボクは遠慮するよ、食べてきたからね♦︎」

「そう……」

「もしかして嫌いなのあった?」

 アリシアが最初に手をつけたのは、隅にあった野菜だけのサラダである。

「わたし、これだけで良い。他は食べられないわ」

「……キミの身体が華奢なのはそのせいだね♣︎ 好き嫌いはダメだよ、ちゃんと食べないと♠」

 ──もっとボク好みの体つきになってほしいし……♦︎ 

 勿論その想いが聞こえるワケもなく、サラダ以外に目を移すアリシアは、渋々口に運んでは複雑な表情を見せた。

「ごめんなさい、もうお腹いっぱい」

 結局、サラダ以外の料理は殆ど残してしまった。

「折角用意してくれたのに……」

「徐々に食べれるようになるさ♠︎」

「ヒソカ、ありがとう」

 アリシアが申し訳なさそうな顔をしてお礼を言えば、『いちいちお礼を言ってちゃとキリがないよ。ボクらはもう友達なんだ、気軽にやろう♦︎』と、ヒソカは微笑んだ。

「でも……」

「親しき仲にも何とかって言うけどさァ、そんなの気にしないでイイんだボクには♠︎ 友達のアリシアにボクが何かしてあげたいと思ってしてるだけなんだし♣︎ キミはそれを素直に受け取ってくれればイイから♦」

 初めてのヒトの友達から衣服のプレゼントをされ、見たこともない料理を用意してくれた事に感謝の気持ちは伝えたい。アリシアは思った。

「なんだかわたしばかり悪いわ。わたし、あなたに何にもお返しが出来ない」

「いいよ、ボクはキミと楽しく遊べたらそれで♠︎」

「……ダメよ!」

 アリシアは、急にソファーから勢いをつけて立ち上がった。

「わたしだってあなたにお礼がしたいし。そうよ、何かプレゼントがしたいわ!」

 少し興奮気味に云うアリシアの言葉に、ヒソカは唇をほころばせた。

「ヒソカは何が欲しいとか、してほしいとかって、ある?」

 ──ああ、なんて顔でボクを見つめるんだろう♦︎

 徐々に自身は高ぶって、アリシアから見えない右手には力が入る。

 今のキミをめちゃくちゃに壊せたらどんなにイイか……♥

 その事を伝えたら、アリシアはどんな表情を返すだろう。一体、どんなに風に怯えるだろうか。想像すればする程に、それはとても酷くて愉快であった。

 ──駄目だ……。まだまだ全然駄目♦︎

 折角見つけた玩具を直ぐに壊してしまうのは勿体なさ過ぎる。ヒソカは一度心を落ち着かせて冷静になった。

「ありがとうアリシア♠︎ 今直ぐには思い浮かばないから、また今度お願いするよ♦︎」

 微笑むアリシアの頭を、ヒソカは左手で優しく撫でた。

 

 

 


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