魅夢の一族   作:あまてら

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独占欲という名のオシエ

 

 

 その日ヒソカは、試合に出る為にアリシアを一人残して闘技場へと出かけて行った。

「試合は9時。このテレビからでも見れるよ♠︎ 興味があるなら見ると良い♦︎」

 そう前日の夜に教えてくれていたので、アリシアは早くに起きてヒソカを見送るつもりだった。……が、ヒソカはアリシアが寝ている間に部屋を出てしまっていて、それを実行するには至れなかった。

 やがて深い眠りから目覚めるように、アリシアの瞼はゆっくりと開かれる。見慣れてきた天井だけが見える筈なのに、開いた目の先に映るのは、見知らぬ青年の顔であった。

「……誰?」

 男の長い黒髪が、さらりとアリシアの頬に垂れた。

 闇のように深くて黒い大きな瞳は、アリシアをじいっと見つめていた。男の顔の整った一つ一つのパーツには、感情が一切感じられない。

「キミこそ……誰? ていうか寝てただけか。てっきり死んでるのかと思った」

 近付けていた顔を離し、アリシアの上から男は退いた。

 ──なんだか似てるわ。

 男の長くて美しい髪もさることながら、その服装にも目を奪われる。起きたばかりの呆けた頭で思い浮かぶのは、ヒソカであった。

 そうよ。ヒソカの格好に似てるんだわ。

 上半身を起こし、小さく欠伸をしようとしたアリシアは、ふと思い出したように考えた。

 ──このヒトに、わたしはタベられてしまわないかしら?

 見知らぬ誰かに対し、僅かな不安を持ったのは、自分を襲った男達の事が頭を過ぎったからである。

「わ、わたしはアリシア……」

 ベッドの掛け布団で顔を半分に隠しながら、アリシアは小さな声で名を名乗った。

「ふーん、アリシアね。──ま、別にキミの名前なんてどうでも良いけど」

 男は一向に表情を変えず、開かれたままのドアからリビングへと出て行く。

 謎の男の動向が気になったアリシアはベッドからそろりと出ると、その部屋からこっそりと男の様子を伺ってみた。

「──ねえ、ヒソカは?」

 男はヒソカの居場所を訊いた。背中を向けたまま、アリシアには見向きもしないが。

「……し、試合に出るって」

「あっそ。でさ、キミってもしかしてヒソカのセ────」

 決して故意ではなかった。男の言葉を遮ったつものないアリシアは、ベッドルームのドアから隠れ気味に体を出して、『友達よ』と答える。

「友達、ねえ……」

 そう呟やいて、顔だけを振り向かせた男の暗い瞳はアリシアのつま先から脳天までを捉えた。

「……もしかして、あなたもヒソカのお友達?」

「違うね。まあ、面倒だから似たような感じで解釈してくれて良いよ」

 その言葉を聞いた瞬間、アリシアは一気に全ての警戒心を解き放った。安心しきったような笑顔を見せながらベッドルームのドアを離れ、男の傍まで駆けるように歩み寄った。

「あなたもヒソカとお友達で良かった!」

 突然気を許したアリシアに、男が『別に良くはない』と返そうとした時である。

「あ!」

 またしても突然である。思い出したかのように声を上げたアリシアは、慌てて洗面台も備えてあるバスルームに駆け込み、急いで洗顔と歯を磨き終えると、ベッドルームに走った。

 慌ただしいなと思いつつ、男がベッドルームに消えたアリシアを見に行けば、何着かの服を見ては『うーん』と唸りながら考えている様子だった。

 どうやら、ヒソカが何着もアリシアに服を用意していたらしい。

「もしかしてさ、何を着るか悩んでるのかい?」

 男が抑揚の無い声で問いかける。

「これとこれ、どちらが良いと思うかしら?」

 アリシアはどれを着ようかと迷っている二つの服を目の前に出した。

「そんなの自分で好きなように決めれば良いじゃないか」

「うーん。どれも素敵だから迷っているの」

「じゃ、それ」

 めんどくさいなあと、手っ取り早く男が指差すのは、ゴスロリの赤いチェックワンピースの方だった。

「こっちね!」

 するとアリシアは、まだ会ったばかりの男の目の前でバスローブを脱ぎ、自分が裸になっている事もお構いなしで着替え始めたのである。

 一方の男は特に驚くでもなく、無表情だ。『変わった女だな』とだけ思って、すたすたとベッドルームからリビングへと戻った。

「ごめんなさい。着るのに少し時間がかかってしまったわ」

 急いでリビングへと出て来たアリシアの格好は、男が選んだ赤いチェックのワンピースに、黒の網タイツと赤いパンプス。頭の右上には、ヘアピンで留めるタイプのミニサイズの帽子が付いていた。

「本当なら直ぐにお茶を出すべきなんだけど、持ってきてもらわないといけないの。ごめんなさい」

「別にいらないし、いいよ」

 ヒソカが帰って来るまでどうしていようかと考えていた男は、そんな小さな事を気にもしていない様子だった。

「ねえ、そういえばあなたも、『てんくうとうぎじょう』の試合に出るの?」

「出ないよ」

 はっきりと即答する男に『ふーん』と相槌を打ち、『あ、試合、見なきゃ』とアリシアは、テーブルの上に置いてあるテレビのリモコンを手に取る。

「まさかテレビで見るの?」

「ええ」

「直接観に行けば?」

「無理よ。タベラレテシマウから」

 顔を曇らせて言う、アリシアの言葉の意味が男には理解出来ない。

「誰に?」

「ヒトよ。母様が言っていたの」

「ヒソカやオレも人だけど?」

「ヒソカはわたしを『タベナイ』って言ったわ。あなたは、ヒソカの友達だから……」

「友達だったら食べないとでも?」

 ズイっと顔を近付ける男の瞳を見つめ返したアリシアは、少し間を置いてから首を横に振った。

「だって……。あなたわたしの事何とも思ってなさそうだもの」

「うん。キミなんてどうでも良い。だから殺すことも簡単だけど、後が面倒くさそうだから止めておくよ。でさぁ──」

 男は唐突にアリシアを後ろに向かせた。

「ちょっとだけそっち向いてて」

 それに何の疑問も持たなかったアリシアは、男に言われるまま素直に従った。

「はい。もう良いよ」

「──誰?」

 許可がおりて向き直れば、今までそこにいた男ではない別の見知らぬ男が、カタカタと音を立てて小刻みに顔を揺らしながら目の前に立っていた。

 顔や体には針のような物が無数に刺さっており、見た目とその小刻みな動作も相まって少々不気味ではある。

「誰でもないけど。ちょっとこの方が都合良くってね」

 声は先程の男のものだった。もしや男の変装か。気付いたアリシアは興奮気味に、『凄い! どうやったの?』と目を輝かせた。

「そんなことよりさ、近くでやってんのにテレビなんかで試合見るなんてどうかしてるよ。外へ出て観に行けば?」

「で、でも……」

「行きたくなければ此処にいればいいんじゃない? ま、オレは観に行くし」

 一人でスタスタと部屋から出て行こうとする男の背中を見つめては、母やヒソカの言葉が頭を過ぎる。

 ──行っちゃ、ダメよ、ね?

 けれど、気はそちらへと惹かれてしまうのだ。

「わ、わたしも行く!」

 男を呼び止めるように、悩んだ末のアリシアは勇気を振り絞って言った。

 この部屋から一歩、また一歩と外に出る。ただの廊下の筈だが、何だかとても息苦しい。先に前を行く男は気にもしてないので、アリシアは置いて行かれぬよう必死で付いて行った。

 ヒソカ、怒るかしら──?

 不安に駆られたが、ここまで出てしまってはもう遅いのかも知れない。

 エレベーターという物に初めて乗り込んだ時、中にいた女性がこちらを見て不思議そうにしていたが、特別それに対して気になる事はひとつも無かった。それよりも、エレベーターに乗った時の初めての浮遊感の方が、今のアリシアには勝っていたからだ。

 エレベーターを降りたアリシアと謎の男が、闘技場がある会場へと向かっている丁度その頃──。噂好きの受付嬢が、アリシアの姿を知っている従業員と一緒に歩いている途中、偶然にも二人を目撃していた。

「大変大変っ!」

 急いで例の受付嬢の女を見つけると、周りを少し警戒しながら声をかける。

「どうしたのよ。そんなに慌てて」

「この前話した、ヒソカ様の部屋にいる女性を目撃したの! さっき!」

「え?」

「見た本人が『件の彼女だ』って教えてくれたんだから、絶対に間違いないわ」

 それを聞いた女は動揺してか、『どんな()だったの?』と身を乗り出しながら詳しく訊き出そうと必死になっていた。

「話しに聞いた通りの目を惹く綺麗な女の子だったわね。バッチリ覚えちゃったし」

「一人で?」

「知らない方と一緒に歩いてたの。闘技場がある会場へ。会場から戻って来る時に此処を通る筈だから、見かけたら教えてあげるわね」

「ありがとう……」

 疑惑の相手を、早くこの目に収めなければ。女の胸の奥にある、どす黒い炎は燃え盛り、更に熱を増したのだった。

 

 

「此処が会場だよ」

 闘技場であるという大きな建物の入り口前には、多くの人集りが既にあった。

「観る為にはチケット買わなきゃいけないんだけど……」

 ちらりと、真横に立つアリシアを見る。

「ちけっと? どうすればいいの?」

「……まあ良いや。後でヒソカに請求するから」

 男は溜息混じりに独り言を呟くと、一人でチケット売り場まで歩いて行った。

 初めて見る大きな建物や会場。沢山の人の数に圧倒されながら、周りの様子にアリシアは興味津々。

「ヒトってこんなにもいるのね、凄い!」

「付いて来なよ」

 購入して戻って来た男と共に、会場の客席入り口を通って中へと入れば、今まで見た事もない大勢の『ヒト』の数に、アリシアは興奮した。

「この席だね」

 男は右側に座り、アリシアは左側に座る。その席からステージは距離があって、下の試合が小さく見えてしまう。すると何かを察知してか、男に大きなモニターを指さされ、『あれに映るよ』と教えてくれた。

「何だかドキドキするわ……」

 アリシアと針男の、一見して異色である二人の姿は、その格好も去ることながら周りからの視線を多く浴びていた。

 男はその主な視線の多くがアリシアに向けられている事に気付きはしたが、そのまま知らぬフリをしておいた。

 やがて観客席を照らす明かりが消されると、真ん中のステージにスポットが当てられた。遂に試合が始まったのである。

〔ヒソカ対ムノの対決です!!〕

 どこからか聴こえてくる女性アナウンサーの声が会場中に響き渡り、会場にいる観客達が、一斉に始まりを喜ぶ声を上げる。

 ──凄い。周りに圧倒されつつ、ステージ上に現れたヒソカと対戦者のムノに、アリシアの目は一気に釘付けになった。

「あ! ヒソカだわ」

「この試合……、直ぐ終わるね」

 隣で顔をカタカタと揺らしながら冷静に語り出した男に、アリシアは問いかける。

「すぐ? どういう意味?」

「まあ見てなよ」

 言われた通りにアリシアは、ステージからヒソカと対戦相手を映すモニターへと目を向ける。

 ヒソカの顔は本当につまらなそうな顔付きで相手選手を見遣っていて、『期待ハズレなんだけど♣︎』と不満を吐露していた。

 その台詞にカチンと頭にきたムノは、審判の合図と共に先に動き出すと、手からナイフを出して、目に見えない速さでヒソカに攻撃をしかけた。

 危ない。悲鳴を上げそうになったアリシアは、思わず両手で口を抑える。

〔おおっと! ムノ選手が先手に出ましたが……〕

 ムノの攻撃をいとも簡単に避け、くるりと華麗にムーンサルトを決めたヒソカは、一瞬のうちにムノの背後に回って背中を蹴り飛ばした。

「せっかちだなぁ……♣」

〔今度はヒソカ選手が反撃です!〕

 ヒソカは、倒れて起き上がろうとするムノを、今度は正面から蹴り上げる。腹部にヒットし、転がり起きたムノには苦痛の表情が。

「ぐっうっ……!」

 腹を押さえながらヒソカを睨み上げると、もう一度手からナイフを出した。

 アリシアはその手に現れたナイフをじっと凝視しながら、隣で静かに観戦する男に質問を投げる。

「ねえ、あの手のまわりの、ボワッとしたのは何?」

 男はムノの手を見た後、隣のアリシアに視線を移した。

「……さあね。後でヒソカに教えてもらいなよ」

 素っ気ない返事をして、男は再び試合へと目を戻す。

「くそおぉ……!!」

 吠えるように声を荒げたムノが再度ヒソカに攻撃をしかけようと駆け出し、後ろに素早く回り込んだ。

「懲りないなぁ♣︎」

 飄々たる態度のヒソカが、また薄い笑みを浮かべた時である。

 何だか……。

 徐々に動悸が激しくなるのを感じる。アリシアが両腕で自身を抱きしめるように俯いていると、その周りに座っていた観客達が、次々にざわつき始めた。幸い、そのざわつきは他の観客達の罵声や声援で掻き消されて、特別目立ちはしなかったのだが。

「──おい、なんか良い匂いしねぇか?」

 隣でカタつく男は、ボソリと静かに聴こえてきた誰かの声に耳を傾けた。

「ああ、なんか甘い良い匂いだ……」

 次々とそのような言葉が交わされる中、男の鼻先にも甘い香りが漂ってきた。

 視界に入れていた、隣にいるアリシアを見遣れば、うずくまるようにして震えているのに気付く。

 甘い──。

 なんとも言えない、今まで嗅いだ事のない甘い匂いは、間違いなくアリシアから匂ってきている。

 ──さっきまで匂いなんてなかったのに。

 アリシアから発する匂いに意識を取られていると、突然アリシアが席を立ち上がった。

「あ、あの。わたし、外に出ているわ……」

 男にそう伝えると、アリシアは慌てて会場から出て行った。

 アリシアが去った後の周りの様子といえば、『匂いがしなくなった』や『もっと嗅ぎてぇ匂いだ』などの小声がするものの、暫くすると何事もなかったかのように皆、試合へと集中したのだった。

 会場を一人で出たアリシアは、近くに設置されていたベンチにもたれかかるようにして腰を下ろした。

 晴天の空に顔を上げて深呼吸。先程の激しい動悸はもう治まっている。観客達の熱気にやられたせいなのだろうか。アリシアは何故だか、忘れそうになっていたあの日の事を頭に過ぎらせた。

「そうよ、あの日わたしは……」

 ──血に塗れていた。

 ぎゅっと両手を握り締めながら辺りを見回してみる。

 ──あの森は、一体どこなのかしら?

 今なら森へ戻れるかもしれない。勢いに任せて立ち上がってはみたものの、一歩踏み出そうとした足が止まる。ヒソカの言葉を思い出したからだ。

『だけどアリシア、外にはキミを食べてしまう人間達がいるよ♠︎ キミは騙され易いし、あっという間だしね?』

 ──恐い。

 外にひとりでいるのが急に恐ろしくなって、会場へと戻ろうと体を向けるのだが、どうやって出て来たのかあまり覚えてはおらず、入り方すらもよくわからない。

 悩んだ結果、アリシアの足は会場へ戻る事なく、ヒソカの部屋に帰る道を選んだ。

 ──あれ、どっちだったかしら?

 迷ってしまったのだろうか。来た道をはっきりと覚えていなかったアリシアは、選手用の施設前で立ち尽くしながら、『どうしよう』と焦っていた。

「道に迷ってしまわれたのですか?」

 澄んだその声に振り向けば、そこには優しそうに微笑む、制服を着た女性が一人立っていた。

「もしかして、お部屋の戻り方をお忘れに?」

 こちらに話しかけてくる女性を、少し驚いた表情で見つめていたアリシアは、返事の代わりにこくりと一度頷く。

「あなたは……、ヒソカ様のお連れの方ね。お部屋はわかりますから、案内致しますね」

 にこやかな笑顔を向けてくる女性の親切な心遣い。アリシアは嬉しさで頬を染めると、その女性の案内に付いて行く事にした。

「さ、こちらですよ」

 女性のわかりやすい案内によって、アリシアは無事部屋の前に戻る事が出来た。

「あ、あの、ありがとう」

「いいえ。……では、これで失礼します」

 優しさに感動したアリシアは、立ち去ろうとする女性を引き止める為、自ら名を名乗って呼び止める。

「あの! わたしはアリシア。あなたのお名前は?」

「……私は、この天空闘技場の受付嬢をやっている、メルサです」

 わからない事があれば、是非声をかけて下さいね。最後にそう答えて、メルサと言う女性は廊下の奥に去って行った。アリシアはゆっくりと部屋のドアを閉め、はぁ、と小さな息を吐くと、目の前のソファへと飛び込んだ。

「嬉しい! 女のヒトと会話ができるなんて!」

 あまりの嬉しさに、ヒソカの試合や森の事が一気に吹き飛んでしまったようだ。

「……うふふっ」

 思い出す度に笑みがこぼれ落ちる。ソファに仰向けで寝転がるアリシアは、いつの間にか部屋に戻って来た男に無表情で見下ろされている事に気づくと、バッと勢いをつけて飛び起きた。因みに、男の姿はもう元に戻っている。

「戻ってたんだ。迷子にでもなってるかと思ったよ」

「ねえ、聞いて!」

 アリシアは跳ねるように近付くと、顔をほころばせながら男を見上げた。

 ──また、だ。

 ふわりと、あの独特の甘い匂いがする。男はアリシアの首元に顔を近付けて、その匂いを深く鼻で吸い込んだ。

「キミ、良い匂いがするね。甘い匂いがする」

「え? におい?」

 アリシアは、自身の腕や肩の辺りを嗅いでみた。けれど、男の言う甘い匂いなど少しもしないのである。

「甘いにおいだなんて……。わたし甘いものなんて食べてないし、ちっともにおわないわ」

 不思議そうに男を見つめると、無表情ではある男も『じゃあ何で匂ってんの?』と、言わんばかりにアリシアを見つめ返した。

「──やあ、イルミ、来てたんだね♠︎」

 出入り口のドアの方からの見知った声に二人が振り向けば、これまたいつの間にか帰ってきたらしいヒソカがそこにいた。

「ヒソカ! おかえりなさい!」

「ただいま♦︎」

 笑顔で迎えたアリシアに笑みを見せ、ヒソカは二人に近寄って来る。

「『やあ』じゃないよ。一体いつまで待たせる気?」

「ごめんごめん♠︎ でもイルミ、いつの間にかアリシアと仲良くなってたんだね♥」

「仲良くはなってないけど」

「そう?」

「そんな事よりもさ、用件、さっさと済ませたいんだよね」

「ああ、ちょっと待ってて♠︎」

 ヒソカはアリシアの肩をそっと抱いて、『少し此処にいて♦︎』とベッドルームにアリシアを移動させてからそのドアを閉めた。

「お・ま・た・せ♥」

「もしかしてさあ、ヒソカが言ってた"おもちゃ"って、あの()の事?」

「うん♦︎」

「相変わらず変わった趣味だね。全く理解出来ないよ」

 男の言葉に対し、ヒソカはくつくつと戯けながら笑った。

「ねえ、イルミ♣︎ 彼女をこの部屋から外へ出しただろ?」

「ああ、連れ出したよ。いけなかった?」

「別に♠︎ ──試合中さ、アリシアの熱い視線とキミを感じたんだ♥ だから直ぐにわかった」

「へえ。なんかテレビで試合見るとか言ってたからさ、わざわざ近くにいて生で見ないってのはナイだろ? だから観に行った。でも、強制はしてないよ」

「ふーん……♦︎」

「連れて思ったんだけど──」

 男は言いかけて、近くのソファーに腰をかける。

「ただ歩いてるだけなの目立ってしょうがなかった」

「際立ってる端麗さがあるからね♠︎ 人は美しいものに目を奪われる♦︎」

「後さ、あの娘のアノ匂い……何?」

 ──におい?

 一瞬、何の事を言っているのかと考えたヒソカだったが、それには心当たりがあった。

「ああ、あの不思議な甘い香りかい?」

「特殊な念かなとは思ったけど、そうでもないし。そうそう、念は使えるみたいだね。擬を使ってオーラを見てたよ」

「アリシアは無意識で念を使ってるんだね♦︎」

「無意識?」

「くっくっくっ♠︎ 色々あるんだけど、知りたい?」

「別に。あ、チケット代、よろしく」

 急かせた割には長々と会話をした二人が用事の内容を簡潔に済ませると、男は『それじゃあ』と一言だけ残して出て行った。

「終わったよ♠︎」

 ベッドルームのドアを開けると、ベッドの上でうつ伏せに寝転んでいたアリシアが、ゆっくりと振り返りながら起き上がる。

「ヒソカのお友達は?」

「イルミの事かい? 今さっき帰ったよ♠︎」

「イルミっていうのね、あのヒト。あのヒトもとても親切だったわ」

「ボクの試合どうだった?」

 アリシアは『しまった』と、焦りの表情を露わにした。

「ごめんなさい。ヒソカに黙って外へ出たわ。後、途中で気分が悪くなって、最後まで見れなかったの……」

 しょんぼりと反省するアリシアに、ヒソカは口角を上げて手を差し伸べる。

「さぁ、バスルームへ行こう♦︎」

 出された手とヒソカを交互に見つめ、アリシアは少し戸惑いながら、恐る恐るヒソカの手に触れた。

「……叱らないの?」

「別に♠︎」

 ヒソカは、微塵も怒ってなどいない様子であった。

「やっぱりその服も似合うね♦︎」

 アリシアの格好を褒めるヒソカは、『選んで用意した自分のセンスに間違いはなかった』と自負し、満足気に目を細めている。

「今日、どれを着ようか迷ったの」

 今日の服選びを思い出したアリシアは、悩んでいた服をイルミに相談した時の事をヒソカに伝えてみた。

「イルミにどれが良いか訊いたら、この服が良いって!」

 ヒソカの笑みに釣られたアリシアが笑顔を向ければ、瞬きの間にヒソカの表情が凍りつくのが垣間見えた。

「そう♣︎」

 何か間を感じたようにも見えたが、気のせいだったのかもしれない。ヒソカは変わらずに口角を上げたままで、『さ、早く脱いで♠︎』とアリシアを急かしている。

「先に入っててくれるかい? ボク、ちょっとだけ用事を済ませるから♣︎」

 アリシアを先に入れたヒソカは、一旦一人でバスルームを出た。その手には、つい今し方までアリシアが着ていた赤チェックのワンピースがある。

「用意したのはボクだけど、それでもボク以外の奴に選ばせた服なんて……、もう必要ないっ♣︎」

 ヒソカはまるで汚物を見るようにワンピースをぐしゃぐしゃに丸めると、出入り口のドアを開けて適当に投げ捨てた。そして部屋に備えられている電話の受話器を手に取り、フロントにかける。

「……悪いんだけど、廊下に捨ててあるのをさ、処分しといてほしいんだ♦︎ 今直ぐにね♣︎」

 その事を頼み終えると、ヒソカは受話器を置いて嬉しそうにバスルームへと向かった。

 途中、ふと足を止めたヒソカは思う。もしかしたらアリシアはイルミの前で着替えをしたのかもしれない、と。バスタブに入ったら真っ先にその事についての話を切り出すのと 、『ボク以外の前での着替えを止めるように教えなくちゃ♦︎』と考えながら、ヒソカは鼻歌交じりにアリシアの待つバスルームのドアを開けるのであった。

 

 

 

 

 

 

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