ひと月余り経過したある日。この日は、ヒソカの久しぶりの試合であった。聞くところによると、何やら因縁の対決らしい。
「会場で直接見るかい?」
アリシアは迷っていた。初めて見た会場で気分を悪くし、途中で出てしまった事があったからだ。
「また気分が悪くなって最後まで観れないかもしれないから、今回は……テレビにするわ」
ヒソカは薄く笑いながら『残念♣︎』と、アリシアの頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい。次は絶対に行くから」
「謝らなくて良いよ♠︎ 無理は禁物だからね♦︎」
──あんな残酷な能力を扱えながら、目の前の暴力に耐性は殆ど無い……か♠︎
早く慣れてくれたら良いのに。ヒソカは心の中で焦れったく思いながらも、焦ってはいけないと、自分にそう言い聞かせるのだった。
ヒソカが試合に行ってしまった後、アリシアは一人、テレビの前で試合中継が始まるのを待っていた。
映し出された画面では広い会場が見え、多くの観客で溢れ返る様子が伺える。たまに外へ出た時に耳にするヒソカの試合の人気さを、アリシアは改めて実感した。
──どうかヒソカが勝ちますように。
心の中で祈っていれば、中継カメラがステージ上に現れたヒソカと対戦相手のカストロを映した。
〔さあ、いよいよ始まります! ヒソカ選手VSカストロ選手の大決戦です!〕
会場は様々な声で大盛り上がりである。
『──始め!!』
試合は審判の合図により始まった。随分とヒソカは余裕の表情である。相手のカストロは、そんなヒソカに先制攻撃を仕掛けた。
大丈夫。恐くないわ……。
画面越しから見ていたアリシアは、イルミと会場で見たあの時のように、激しくなっていく動悸に身を抑えながら堪えていた。
「ああ!」
ヒソカが、カストロの攻撃で左の頬にダメージを受ける。そのまた次も、だ。
『クリーンヒット!! &ダウン!!』
カストロの足技によって、右側の
一方的なカストロの攻めが続き、ポイントは4ー0。まさかの敗退死かと、会場の観客が騒めく中、相変わらずヒソカの顔は余裕を見せていた。
カストロはというと、次の攻撃を仕掛ける為に攻撃の構えをとっている。オーラだ。カストロは放っていた。画面に釘付けになりながらアリシアは、そんなカストロの様子に息を飲んだ。
すると次の瞬間。余裕あるヒソカが左腕を差し出せば、カストロは素早い動きでヒソカの背後に回り、あっという間にヒソカの右腕を打撃によって引きちぎったのである。アリシアは慄き、思わず両手で顔を被った。
ヒソカの腕が……!
身体を震わせたアリシアは、手の隙間からテレビ画面を覗き見た。観客達は皆、息を呑む。ヒソカは背後にいるカストロに攻撃。避けたカストロが離れると、痛みに声を上げる事もなく自身のちぎれた右腕を手に取った。
『キミの能力の正体は……キミのダブル、だろ?』
どうやらヒソカは、カストロの本当の能力に気付いたらしい。カストロがグッと力を込めると、オーラを放つ自分の隣にもう一人のカストロが姿を現した。
〔────なんとカストロ選手が二人に分裂しました!?〕
実況アナウンサーも思わず驚きの声を上げる。
ドッペルゲンガーかとヒソカが訊けば、カストロは『まさしく』と頷いた。カストロは念によって分身を作り出していたのだ。
『これが念によって完成した真の虎咬拳、名付けて虎咬真拳!!』
自分の念能力を語りつつ、カストロは再度攻撃の体勢になった。ヒソカはニタリと笑いを、そして自身の千切れた右腕をムシャリと口にする。
──腕を!
その異様とも狂気とも思える光景には、画面の前のアリシアや観客達が皆、ゾッと背筋を凍らせた。
〔まさに狂気! 狂気であります! そしてヒソカは、スカーフで右腕を覆い隠しました!!〕
ヒソカはどこからか出したスカーフで右腕を隠し、頭上目掛けて高く放り上げた。
まるでマジックショーか。放り上げた腕は13枚のトランプカードに変わると、ひらひらと舞い散る花びらのように落ちて床に散らばった。
──あ!
アリシアには見えていた。ヒソカから瞬間的に放たれた何本ものオーラを。一つは頭上に舞い上がったスカーフ。次は13枚のトランプにそれぞれ。そして千切られた右腕に。それらは全て、ヒソカ側の右腕と繋がっている。更に床のトランプカードから伸びた13本のオーラの先端が、ヒソカの左手に握られていた。
秘密だ、と教えられてもいなかったヒソカの念能力を、ここにきて初めて目にした瞬間だった。
『この中から一つ好きな数を選んで頭に思い浮かべて♥』
ヒソカは、カストロに浮かばせた数に4を足してさらに倍をさせ、6を引かせて2で割らせ、最初に思った数を引かせた。
『ボクにはその答えが予めわかった♣︎』
答えは……。ヒソカは、千切れて無い右腕の傷口に左の手を突っ込むと、ぐりぐりと奥深く突っ込んだ。そしてズルリと中から一枚のカード引き出すと、『1だろ?』と、答えを当ててみせたのだ。
〔これぞまさに狂気!! 悪魔の手品! 自分の傷口にネタを仕込んでいましたーーーー! ポイントにもならない!! 試合にも一切関係なし! にも関わらず! ヒソカの異常性がここに極まれりーーーー!!〕
『良かったらこれ、あげるよ♠︎』
記念にどうぞ。ヒソカは、腕の中から引き出したスペードのAをカストロに投げた。その際、左手に握られていた13本のオーラをカストロの全身に貼り付けている。本人はそれを、一切気付いていない様子だった。
異常にも戯けるヒソカに対し、カストロは苛立ちを隠せない。
『くだらない事を!』
『こっちもヤッてイイよ♦︎』
するとヒソカは自らカストロに向け、今度は左腕を差し出していた。その時もヒソカは、差し出した左拳の先端から伸びたオーラをカストロの顎に貼り付けている。
『望み通りにしてやる!』
〔あっと、カストロ選手の片方が猛然と突進です!!〕
受けて立つ。挑発に乗ったもう一人のカストロがヒソカへと動き、そして差し出された左腕をぶち切った。──と、ほぼ同時。もう一人のカストロが姿を消してしまったのである。
──消えた?
アリシアや観客達が、息を飲むようにカストロに注目している一瞬の間であった。なんと、ヒソカの右腕が復活しているのだ。
「腕が……」
手の隙間から恐々と見ていたアリシアはそろりと顔から手を離し、テレビ画面にかじりつくように注目した。
ヒソカは『これも手品だ』と笑みを浮かべ、ゆっくりとカストロに近付きながら自身のオーラを放つ。
『予知しよう、キミは踊り狂って死ぬ♠︎』
『……だ、黙れヒソカ!!』
怒れるカストロが飛び掛かるように高く飛び上がり、もう一人の自分を出現させてヒソカに突撃しようとすれば、ヒソカの視線がスッと本体である方のカストロへと移った。
そう、カストロの分身は通常の自分をイメージで再現する為、本体が途中で汚れてしまった状態までの再現が細部まで仕切れていなかったのである。
それをヒソカは見抜いていた。それに焦った本体のカストロが、分身の攻撃を軽く避けるヒソカの背後を狙った時だ。
カストロの下顎に、千切れたヒソカの左腕が横からヒットしたのだ。思いっきり入った一撃により頭がくらつき、よろめいたカストロは出していた分身を保つ事さえも無理であったようだ。
自分の意志でその場から動けないカストロから、ヒソカはそっと離れた。するとどこからともなく、正面からカストロに向かってトランプカードが向かって来るではないか。
──引き寄せられてるみたい。
先程ヒソカがカードに貼り付けておいたオーラは、カストロにも繋がっているのだ。慌てて分身を出そうとして出せなかったカストロの左腕に、ヒソカのトランプカードが抉るように突き刺さる。
カストロの念、分身には高い集中力が必要な為、正常な状態ではない今は不可能に等しい。次は右腕、最期は全身に13枚ものトランプカードが突き刺さっていった。その姿はまるで、踊っているようにも見える。
『キミの敗因は……、メモリのムダ使い、さ♥』
息絶えたカストロがその場に倒れると、ヒソカはその様子を見ることなく、会場から歓声を浴びて去って行った。
「あ……」
テレビ画面の前で唖然と惚けていたアリシアは、やっと我に返った。ヒソカの両腕は、どうなってしまったのだろうかと。
「大変!」
ソファから慌てて立ち上がると、アリシアフードマントを手に掴んで急いで部屋を飛び出した。両腕が千切られてしまったヒソカを心配に思った焦りからである。
特にどうするでもなく、ただ会場を目指したアリシアは、途中にある反対側のエレベーターでヒソカと行き違った事に気付きはしなかった。
必死になって会場の場所に着いたアリシアは、何処にどうやって行けばヒソカに会えるのか、という事も知らずにそのまま来てしまった事になかなか気付けないでいて、暫く一人で闘技会場の前で立ち尽くしていた。
会場からは帰りの客達が疎らに通り過ぎて行き、立ったまま動かないアリシアに皆が目を向けていた。
──もしかしたらヒソカ、もう、部屋に戻っているのかしら?
此処にいても意味がない気がするとわかったアリシアが仕方なく元来た道を戻っていると、前方から、いつか見た人物が歩いて来るのがわかった。
あのヒトは……。
以前、ヒソカの部屋で見たマチという女性であった。アリシアは少し緊張した面持ちながら、ヒソカの恋人であろうマチを発見して嬉しく思い、急いでマチの元へと走った。
「ん?」
自分の元へと向かって来るアリシアに気付いたマチは、『アンタ、誰』というような顔で睨みつけた。
「あ、あの……あ」
「何?」
フードマントを着ている事を思い出したアリシアは、被っていたフードを下ろしてマチに顔を見せた。しかしマチは気付かないのか、警戒するような威圧的な態度でアリシアを見つめ返す。
見た感じでは、背が同じくらいか。歳は自分より下に見えるが、それ程変わらないくらいなのだろうか。マチは思った。だがそれよりも目を惹かれるのは、アリシアの美しさだった。
「わたし、ヒソカの部屋であなたを……!」
アリシアが言ったのその言葉に、マチはある事を思い出した。
コイツ、ヒソカが連れ込んでた……!
その女が何でわざわざ自分に話しかけて来たのか。もしかして自分は、ヒソカのそういう関係だと誤解されているのでは。だとしたら面倒くさい。マチは『誤解しないで』と、言おうとした。
「あなたにまた会えて嬉しい!」
アリシアがマチの両手を取って、ぎゅっと優しく握ってきたのである。
「……は?」
意味がわからないと呆気に取られたマチが更に見つめ返してやれば、目の前のアリシアはまるで、可憐な花のような柔らかい笑みを浮かべているだけで、マチに対して警戒心や嫉妬心のかけらも感じられなかった。
そしてそんなアリシアからは、微かに甘い匂いもしてくる。
「あたしは嬉しくも何ともないんだけど。離してくんない?」
「あっ、ごめんなさい!」
アリシアは慌ててマチから手を離した。
「つい、嬉しかったの。ヒソカの恋人に会えて……」
「──はあ? 誰が、誰の?」
「あなたとヒソカよ」
何を言ってるんだコイツはと、マチは苛立ちながら眉間に皺を寄せる。
「恋人じゃない」
「でもヒソカが……」
「とにかくさ、あたしはアイツの恋人でも何でもないし、勝手にそう思われちゃあ迷惑なんだよ」
それを捨て台詞に、マチはアリシアの横を通り去って行ってしまった。
──また会えるかしら?
行ってしまったマチの背中を残念そうに見つめながら、アリシアも踵を返して急ぐ。
少し息を切らして戻ったアリシアは、部屋の扉を勢い良く開けた。
「おかえり♠︎」
「ヒソカ……」
目の前には、アリシアを出迎えるようにヒソカが立っている。ずっと気になっていたヒソカの腕に注目すると、不思議な事に両腕は千切れてなどいなかった。
「腕は?」
「ああ、腕はね……」
ヒソカは交互に両腕を見た後、両手をプラプラとさせて『なんともないよ♥』と笑って見せた。
「ほん、とうに?」
「嘘なんてつくワケないだろ?」
アリシアは目の前のヒソカの腕に触れ、優しく撫でる。
「良かった……」
呟くように言ったアリシアの大きな瞳からは、ぽろぽろと雫が流れ落ちた。
「心配してくれたのかな?」
ヒソカは、アリシアの目から次々と流れ落ちてくる涙を人差し指でそっと拭ってやる。
美しい夜に輝く星空のような瞳が、ヒソカを映す。甘い匂いと相まって自分だけを真っ直ぐ見つめてくる瞳にぞくりとしたヒソカは、アリシアのふっくらとした唇に自分の唇をそっと押し当てた。
時間としては数秒間。瞳をぱちくりとさせて、アリシアは不思議そうな顔でヒソカを見つめる。
「思ってたよりも、キミの唇って柔らかいんだね♥」
頬を染めて恥ずかしがったりするかなと、ヒソカは期待していた。けれどもアリシアは、頬を染めるでも恥ずかしがるでもない。
「変よ」
涙は、いつの間にやらすっかり止まってしまっていた。
「……何が変なんだい?」
「だっておかしいじゃない」
「おかしいことなんてないさ♦︎」
「どうして? 口づけは恋人同士でするものよ? わたしとヒソカは友達だわ」
「うーん♠︎ あまり深く考えなくてもいいけど、恋人じゃなくてもキスはするんだよ♥ ──つまり、さっきのは友情のキスさ♦︎」
勿論、そんなのは真っ赤な嘘である。
「友情……の?」
「キミがボクを心配して泣いてくれたのが嬉しくてね♦︎ 友人として心から嬉しく思ったんだ♥ だからさっきのは、友情の証さ♦︎」
普通ならば信じてはもらえないだろう。しかしアリシアは、そういう口づけもあるのか。と、ひとり納得してしまったようだった。
「さっきのは友情の証だったのね」
その反応が期待していたのとは違っていて、ヒソカはちょっぴり残念に思う。
──でも、これはこれで良いかな♠︎
「ヒソカ、服が汚れているわ」
「キミと一瞬にお風呂に入ろうと思って待っていたんだ♦︎」
「それじゃあ今日は、わたしがヒソカの体を洗ってあげる」
「んふふ、それは楽しみ♥」
ヒソカはアリシアの肩を抱きながら、一緒にバスルームへと入って行った。
テレビ画面から念見れるん謎。ウイングさんが入手したビデオテープが特殊だったんだろうか。でも天空闘技場に設置されてるモニターやテレビは特殊な仕様ということにしておきました
次回はいよいよ……。