クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!大正異聞鬼退治!   作:藤渚

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【序】始まり、始まり

 

 

   時代(とき)は、大正。

 

 (かつ)て人の血肉を喰らう化生───『鬼』が存在していた頃のこと。

 

 

 人喰いの鬼が(もたら)す脅威に怯え、力無き者は只震える日々を送ることしか出来ない………そんな弱者を護り救うため、鬼を滅する者達がいた。

 

 

 彼らの名は、『鬼殺隊』───人の身でありながら、凶悪な鬼を狩り続ける勇ましき戦士達が集う、政府非公認の組織。

 

 

 数百に及ぶ強者が在籍する中で、最高位に立つ『柱』と称される九人の剣士達。

 

 

  『水柱』  『蟲柱』  『炎柱』

 

 

  『音柱』  『恋柱』  『岩柱』

 

 

  『霞柱』  『蛇柱』  『風柱』

 

 

 

 そして、この猛者達の中に並び立とうとしている、新たな柱の存在がもう一つ。

 

 

 数多の鬼に恐れられ、『伝説』と謳われたその柱が用いていた、奇妙奇天烈な能力(ちから)を継承せし者。

 

 

 その名は─────

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 雲一つない青空を悠々と飛行する、一羽の(とび)の姿。

 甲高い()き声が響き渡るその下には水田が広がり、時折吹く風が緑の稲を揺らしていた。

 

 思わず欠伸が出てしまいそうになるほどに、長閑(のどか)な光景。そんな中に、一人畦道(あぜみち)を歩く青年の姿。

 

 黒を基調とした詰襟の上に、左右が異なった色模様の羽織を(まと)った彼の腰には、六角形に似た(つば)の刀が(たすざ)えられていた。

 美丈夫と湛えられても不自然ではない顔に浮かぶ感情は無く、瑠璃色の瞳で正面を見据えたまま、青年は一定の歩幅で田舎道を歩み進んでいく。

 

「……………さーん!」

 

 ふと、草のささめきの中に混じる遠くからの声が耳を掠め、青年は足を止める。(おもむろ)に振り向くと、自分が通ってきた遥か後方の道から、少年が手を振りながらこちらへと駆け寄ってきた。

 

「やっぱりそうだ!冨岡さーんっ!」

 

 火傷に似た額の(あざ)と、花札のような耳飾りが特徴的なその少年は、先に述べた青年と同じ詰襟に加え帯刀をしており、藍墨と若竹の市松模様の羽織を追い風に(なび)かせながら、溌剌(はつらつ)とした声と共に接近してくる。

 冨岡……先程少年にそう呼ばれた青年は、歩いていた時と同様に感情を示さない(おもて)のまま、徐々に大きくなっていく少年の姿をただ見つめている。やがて彼の元へと到着した少年は暫し息を整えると、上げた顔に浮かべた朗らかな笑みを、冨岡へと向けた。

 

「お久しぶりです!冨岡さんもお勤めの帰りですか?」

 

 少年の曇り無い紅の瞳が、無表情のままの冨岡を映す。彼の背負っている大きな木箱の中から、カリカリと微かな音が聞こえた。

 

「……ああ。そちらも変わりは無いか?炭治郎。」

 

「はい!俺も『禰豆子(ねずこ)』も変わりはありません。実は俺もついさっき任務を終えて、今から『蝶屋敷』に向かうところで………あ、俺は別にそこまで深手を負ったわけではないんですけど、万が一っていうこともありますし、念の為()てもらったほうがいいかと思いまして……。」

 

 へへ、と八の字の眉で笑う、炭治郎と呼ばれた少年。よく見ればその顔には、幾つもの切り傷が見受けられ、彼の利き手らしき腕の羽織にも血が滲んでいる。冨岡は溜め息を一つ零すと、自身の(ふところ)から真新しい手拭いを取り出し、唐突に炭治郎の腕を掴んだ。

 

()たっ!あイテテテっ!と、冨岡さん⁉」

 

 困惑する炭治郎を余所(よそ)に、冨岡は黙々と手を動かしている。しばらくしてから漸く解放された炭治郎が見たものは、怪我を負った利き腕に丁寧に巻かれた手拭いであった。

 

「応急処置だ。剥き出しの状態でいるよりは、いくらか増しだろう………こうなる事態を想定して、今後はお前も手拭いを携帯しておくようにしろ。」

 

「冨岡さん………はいっ!了解しました!あっ、手当てしていただいてありがとうございます!」

 

 満面の笑みで感謝を述べる炭治郎。その間に冨岡は背を向け歩行を再開しており、すたすたと離れていく背中を炭治郎は慌てて追いかけた。

 

「冨岡さん、道中までご一緒してもよろしいですか?方角も同じことですし。」

 

「好きにしろ。」

 

「はい!では好きにさせていただきます!」

 

 つい先程まで風のそよぐ音しかしなかった、静かで物寂しい帰りの(みち)。今は二人分の草履の音と、炭治郎の明るい調子の声が賑やかな木霊となって辺りに響く。

 先程の任務でのこと、冨岡も認知している彼の同期達のこと、帰りに立ち寄った甘味処の団子が大変美味かったこと………そんな他愛もない話に冨岡が適当な相打ちをするだけの道中で、「あっ」と炭治郎が不意に短く声を発した。

 

「そういえば鬼の情報を集めていた時、他の隊士の方々にもお会いしたんですけど………その人達から妙な話を聞いたんです。『ここからずっと北にある海辺の村が、鬼によって支配されているらしい』とのことで。」

 

「……それに関しては、俺達も『お館様』より伝えられた。詳しい状況はまだ定かではないが、何でもその鬼………いや、鬼の集団はあの『鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)』の元には属さない、別の勢力の連中であるという情報が、『お館様』の鎹鳥(かすがいがらす)より伝わってきたらしい。」

 

「『鬼舞辻』と………それは本当なんですか⁉」

 

 『鬼舞辻無惨』、冨岡の口からその名が出た途端、炭治郎は先程とは打って変わり、酷く狼狽した様子で富岡へと詰め寄る。

 

「もしもそうなら、『鬼舞辻』の他にも鬼を支配している鬼がいるということですか⁉もしかすれば、『十二鬼月』のような強大な存在だって………そんな鬼達から血を摂れば、きっと『禰豆子』を戻せる方法も……‼」

 

 見開かれた瞳に宿るのは、明らかな焦燥(しょうそう)。しかし冨岡は平静を保ったまま、静まり返る水面の如く蒼い双眸で眼前の少年を見つめる。

 

「……炭治郎、俺は今しがた言った筈だ。詳しいことは定かではない、と…………お前の気持ちが(はや)るのは分かる、だがその件については、俺達『柱』でも知り得ている情報はあまりに乏しい。いずれ『あのお方』より調査の任も下ることだろう、だからそれまで焦るな………いいか?」

 

 言うことを聞かない幼子を諭すような、そんな冨岡の声色と口調に炭治郎は我に返る。先までの自身の態度を恥じた彼が、冨岡から数歩距離を置きながら「すみません…」と小さく謝罪をすると、背中の木箱から引っ掻くような音が先程よりも強く聞こえてきた。

 

「ああ、ごめんな『禰豆子』………兄ちゃん、ちょっと気持ちが焦っちゃったみたいだ。」

 

 炭治郎の手が、ぽんぽんと箱を軽く叩く。すると中からの音はピタリと止み、返答代わりのように二、三度軽く小突かれるのを聞くと、炭治郎は小さく微笑んだ。

 

「冨岡さん、失礼しました。俺────」

 

「構わない。それより道を急ぐぞ、日が沈む前に戻る。」

 

「あ……は、はいっ!」

 

 足早に歩き出す冨岡の背を、炭治郎は駆け足で追いかけていく。

 ふとその時、視界の端を何かが通り過ぎたことに気が付き、炭治郎は足を止めた。気になって辺りを見回してみるも、視界に広がるのは一面の田圃(たんぼ)ばかり。

 

「(あれ……?気のせいだったかな?)」

 

 傾げた首を前へと戻すと、冨岡の羽織が大分小さくなっていることに気が付き、炭治郎は慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

 ─────バサ、と羽音を立て、杉の並ぶ林の枝に()まったのは、一羽の(ふくろう)

 

 夜の闇を連想させるような漆黒の羽を畳むと、梟はギョロリと二つの大きな眼で真正面を見据える。

 

 

 

 暗紅色の瞳に映る、二匹の獲物─────畦道を並んで歩く冨岡と炭治郎の姿を、梟は一瞬たりとも目を逸らすことなく、『伝達(つた)え』続けていた。

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 ゆらゆらと、幽暗を照らす燭台の小さな火が、僅かな風に揺らめく。

 

 薄明りのみが灯るその空間内に集う『六人』は、皆一様に同じ方角────彼らの足下に存在する泉水の水面(みなも)を凝視している。

 

 

 そこに映し出されていたのは、『使い魔』の眼を通じた景色………田舎道を歩く、二人の『鬼狩り』の姿であった。

 

 

 

「………ふん。これが(ひと)の分際で鬼を狩っているという、厄介な連中か。」

 

 

 朱髪の鬼(ひとり)は頬杖をつき、忌々し気に吐き捨てながら、画面向こうの彼らを睨みつけている。

 

 

「何じゃ何じゃ、二匹共に随分と貧相な体つきではないか。(わらわ)の好みではないのぅ。」

 

 

 童女の鬼(ひとり)は吊り上がった眼で品定めをしながら、ケラケラと声を立てて(せせ)ら笑っている。

 

 

「…………………………。」

 

 

 巨体の鬼(ひとり)は先の彼女を自身の肩に乗せ、まるで石像のように微塵も動く様子を見せず、ひたすら直立の姿勢を保っている。

 

 

「ガッハハハ!じゃがのう、どちらもよい顔つきをしておるではないか。これは強者の匂いがするのう………むんっ!血が騒ぎよるわい!」

 

 

 屈強な身体の鬼(ひとり)は、八重歯を剥き出して豪快に哄笑(こうしょう)し、轟く声は一帯の空気を震わせている。

 

 

「あの………僕には、強そうとかそういうの、よく分からないや………でも、あの人達が持っている刀は、何となく嫌な感じはするけれど………。」

 

 

 細身の鬼(ひとり)は、その長身に似合わず弱気で消え入りそうな声でぼそぼそと呟くと、誰とも視線が交わらないよう目を伏せてしまう。

 

 

「恐らく、彼らはあの得物を用いて我々鬼を(ほふ)っているのでしょう………それにしても、彼らがあの『鬼舞辻無惨』の手を焼かせる程に至っているという、『鬼殺隊』の者達ですか。かねがね『母上様』からその存在を伺ってはおりましたが………よもや、これ程までに歳若いとは。」

 

 

 片眼鏡の鬼(ひとり)は、自身の放った『使い魔』の眼を通じて映される光景を眺め、静かに微笑む。

 しかし、細めた瞳の瞼から漏れた眼光は刃のように鋭く、その視線は水鏡越しの二人────特に、先頭を歩く冨岡へと注がれていた。

 

 

「のぅのぅ、神通(じんつう)よ。もしやこの半羽織の細っちぃほうが、『母様(かかさま)』の申していた『柱』という奴なのかぇ?」

 

 片眼鏡の鬼の目線を辿った童女の鬼が問うと、神通……そう呼ばれた彼は肯定の返事を示すように、朗らかな笑みを彼女へと送った。

 

「何とっ⁉鬼殺しの中でも特に秀でておるとされちょる、あの柱が目の前におるじゃとぉ⁉こりゃあ黙ってなんぞしとられん!今すぐに(わし)もあの場に行って鬼狩りと一戦─────」

 

「だあぁっ‼()めねぇかこの脳筋肉達磨っ‼ってか俺一人でコイツ押さえ込むとか無理だろ‼ちょっ誰か助けろ手伝って‼」

 

 無謀にも泉水へ飛び込もうとする屈強な鬼を、懸命に止めようとする朱髪の鬼。その傍らで、細身の鬼はまた喧騒(けんそう)に紛れてしまう程の小さな声で言葉を紡いでいく。

 

「ええっと………確か、『母様(かあさま)』が言ってたんだよ、ね?鬼狩りの一番強い人達、その………は、柱を集めるんだ、って────」

 

「ええ、その通りです。ちゃんと覚えていましたね、偉いですよ。」

 

 (まばた)きをした直後、すぐ目の前に出現した神通に、驚いた細身の鬼は「ぴゃっ⁉」と甲高い悲鳴を上げる。

 

「我らが愛しき、『母上様』の宿願を叶える。それが、私達『兄弟姉妹(きょうだい)』の最大の使命であり、悲願であり、存在する意義でもありますから………ね?皆さん?」

 

 細身の鬼の頭(長身の彼は、神通に合わせて屈んでいる)を慈しむように撫でながら、神通は鬼達に語りかける。柔らかな口調とは裏腹に、片眼鏡(モノクル)越しに妖しく光る深紅の瞳、その奥に(くすぶ)る得体の知れないものを即座に感じ取り、鬼達(きょうだい)は一斉に口を閉ざす。

 

「むう、そうじゃのぅ……神通の言う通りじゃ!母様(かかさま)の願いは妾らの願い、妾らがここにいる最もな理由であることは揺らがぬぞぇ!」

 

「…………………。」

 

「うむ、その通り!鬼殺しの柱も『鬼舞辻』の配下共も、まだ見ぬ猛者共と拳を交えたくはあるが、ここは一先(ひとま)ずグッと堪え………グッと、堪え………。」

 

「おい、握った拳に目ェ落としたまま固まってんじゃねえよ。言っとくが俺はもうお前の暴走止めたくねーぞ、こっちはさっきので手首一本イっちまってんだかんな………まあ何にせよ、鬼殺隊とかいう連中は『母上』の願いの為には邪魔で仕方ない存在ではあるが、また必要不可欠な『材料』でもある………まあ、(ひと)の身である鬼殺しなんざ、(ハナ)から俺達の敵ではないかな!ハハッ!」

 

「僕………あの、僕も、えっと………皆の力になれるかは全然分からない、んだけど……頑張るよ。母様の、ために………。」

 

 『母様(かあさま)』 『母様(かかさま)』 『母上』………。

 呼称は違えど、同じ存在を(あが)め奮起する兄弟姉妹(きょうだい)達。まるで無垢な(わらべ)のように目を輝かせる彼らの姿を眺め、神通は一人ほくそ笑んだ─────その時であった。

 

 

 

『何やら賑わっているな………この『(わたし)』も、そこに混ぜてはくれないか?』

 

 

 びりびりと、空間内を震わせる程の大声量。

 

 声の主は、姿を見せてはいない。しかし鬼達の表情(かお)には瞬時に緊張が走り、皆揃ってその場に膝を折る姿勢をとった。

 

「……お早うございます、『母上様』。本日のお加減は如何でしょうか?」

 

『うむ、悪くはない……神通はいつも(わたし)を気に掛けてくれるな、実に()い子だ。』

 

「はっ、はい!有難きお言葉……!」

 

 先刻までの沈着な様とは打って変わり、天井を(あお)いで破顔する神通。あまりの変貌振りに後方の朱髪と童女の鬼が同時に吹き出すも、運よく神通には気付かれていないようである。

 

『して、先の賑わいの元は何だったのだ?兄弟姉妹(きょうだい)仲睦まじいことは、母として喜ばしくはあるが……。』

 

「はっ!その件で『母上様』にご報告申し上げたいことが………この度、鬼殺隊の『柱』と思しき者の姿を、漸く見つけ出しました。」

 

 敬意を示す姿勢を崩さないまま、神通は利き手の指を軽く動かす。すると泉水の映像に変化が表れ、冨岡の姿のみが水面に大きく表示される。

 始めに映像を確認した時と変わらない、澄ました横顔がより鮮明に映し出されたその直後、空間が大きく揺れ始めた。

 

 

『オ─────オオオオオオォォオオオオォッ‼』

 

 

 先程の比ではない、落雷のような衝撃が走る。

 轟くような叫びが示すのは歓喜か、(ある)いは激憤なのか………鬼達をも怯ませる時間が数十秒程続いた後、『母』の声は徐々に小さくなっていき、やがて静寂が訪れた。

 

『……………我が()らよ、お前達に今一度使命を下す。』

 

 幾ばくか冷静さを取り戻した、『母』の声が降り注ぐ。声色の中には、明らかに隠しきれない狂気が露骨に現れていた。

 

 

 

 

『我が前に、『鬼舞辻』同様に立ちはだかりし、『鬼殺隊』なる目障りな鬼狩り共………そ奴らの中でも特に力を持った者達、『柱』を全て捕らえるのだ。我が望みを果たす為には、『(やつら)』の存在は不可欠なものである……………よいな、必ずや(めい)を果たすのだぞ。(わたし)可愛(いとし)可愛(いとし)い子供達────『地獄柱』の六人衆よ。』

 

 

 

 

「「「お任せください、我らが母君(あるじ)─────『鬼子母神(きしぼじん)様』。」」」

 

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 

 『 ワーハッハッハッ! ワーハッハッハッ! 』

 

 

 設定された時間通りに響き渡る、目覚まし時計のアラーム音。

 開かれたカーテンからは陽光が差し込み、気持ちの良い目覚めの朝………なのだが。

 

「くか~……すや~……。」

 

 大小敷かれた四組の布団、既にもぬけの殻となっている三組に挟まれた布団の上で、くりくり頭の少年は寝息を立てていた。

 

 『 ワーハッハッハッ! ワーハッハッハッ! 』

 

 幾ら時計がアラームを鳴らそうと、少年は全く起きる気配がない。口の端から垂れた(よだれ)が頬を伝い、重力に従って垂れていく。あと僅かで枕へと着陸しようとしていたその時、パァン!と大きな音と共に(ふすま)が開けられた。

 

「しんのすけ~!いつまで寝てるの、早く起きなさいっ!」

 

 エプロン姿の女性はドカドカと足音を立てながら寝室へと入り、未だ目を覚まさない少年………しんのすけへと近付いていく。

 

「ほらもう、アンタ以外は皆起きてんのよ!だからあれ程早く寝なさいって言ったのに……起~き~ろ~ってのっ!」

 

 女性に激しく体を揺さぶられるしんのすけ、すると彼は小さく(うな)ってから、重い(まぶた)をゆっくりと持ち上げた。

 

「………あれ?何でかーちゃんがオラの夢に?」

 

「ここは夢じゃなくて現実よ。全くやっと起きてくれた……ほらほら、布団片付けちゃうから退()いて退いて。」

 

 かーちゃん、そう呼ばれた女性はしんのすけの母親であるらしく、息子の起床を確認した彼女は目覚まし時計を止めると、呆れ顔のまま立ち上がって周囲の布団をテキパキと片付けていく。まだ眠気の残る目を擦りながら漸く布団から立ち上がった時、不意にしんのすけが女性に問い掛けた。

 

「ねえ、かーちゃん………キサツタイってなぁに?」

 

「はぁ?何の話?」

 

「夢に出てきたんだゾ。オニギリのキサツタイが歩いてて、悪い鬼のキシボンボンが狙ってるって。」

 

「もう、まだ寝惚けてんの?どうせ昨日観たアクション仮面に出てきたキャラクターとごっちゃになってるんでしょ?」

 

「違うもん!昨日出たのは包丁を持って追いかけてくる、ひょっとこ怪人ハガネヅカだもん!」

 

「はいはい、ひょっとこ怪人でもキサツタイでもいいから、早く顔洗ってらっしゃい。パパ達もう朝ご飯食べてるわよ。」

 

 まともに話を聞かないまま、女性は畳んだしんのすけの布団をぎゅうぎゅうになった押入れの中に仕舞おうとする。力任せに無理矢理布団を押し込む彼女の背中に膨れっ面を向け、しんのすけは寝室を後にした。

 

「全く、かーちゃんったらオラの話を聞いてくれないんだから。夢の中にオニギリのイケメンが出てきたことも、ぜ~ったい教えてやんないゾ!ええと確かトミ、トミー………あれ?何て名前だったっけ?」

 

 最早朧気になった記憶を手繰(たぐ)りながら、しんのすけは濡れたタオルで顔面を拭く。目脂(めやに)を取り除き、さっぱりしたしんのすけが次に向かったのは、家族の揃うリビング。

 

「おっ、やっと起きたか寝坊助(ねぼすけ)。」

 

「たいやっ。」

 

 テレビの音が響く明るい部屋の中、テーブルの側に座っている髭面の男性と、彼の傍の床で寝転がっていた赤子が同時に声を掛けてくる。窓の向こうでは白いもこもこした飼い犬が尻尾を振っており、しんのすけも「おはようかんは栗がいい~…」と欠伸交じりで皆に朝の挨拶を返した。

 

「ほらしんのすけ、早く座って朝飯食え。美味いぞ~みさえのサンドイッチ。」

 

 男性が指差した先には、サラダと共にテーブルの上に並べられた色とりどりのサンドイッチ。卵、ツナ、レタス、きゅうり、ハム、ポテトサラダ、その他にはロール状になったジャムサンドまでが皿の上に乗っており、まるで宝箱の中身を覗いたかのように、しんのすけはまん丸の目を輝かせる。

 

「おお~!どうしたのコレ⁉おケチのかーちゃんがこんなゴーカな朝ご飯を………ハッ!もしかして、これがオラ達家族の最期のご飯なんじゃ─────」

 

「「縁起でもないことゆーなっ‼」」

 

 しんのすけの(ろく)でもない当て推量(ずっぽう)に、すかさず繰り出される両親からの突っ込み。片づけを終え寝室から出てきたかーちゃん、もといみさえもリビングへと戻り、漸く一家が同じ場所へ集合した。

 

「な~んだ、オラ焦っちゃったゾ。でもかーちゃん、何でオラん家の朝ご飯、今日に限ってこんなにゼータクなの?何かとーちゃんにやましいことでもあった?」

 

「も~何言ってんのよこの子は、そんなのあるわけないでしょ。別に贅沢って程のものでもないわよ。今日持っていくお弁当の残りを、こうして朝ご飯にしてるってだけなんだから。」

 

「みさえ……本当に無いか?俺に対してやましいコト。」

 

「へ?や、やぁね~アナタまで!そそそ、そんなのあるわけないってば!信じてよ~ひ・ろ・しぃ♪」

 

 猫撫で声で名前を呼ばれると、男性・ひろしはゾワリと総毛立っだが、これ以上の追求は後が怖いと考え、空笑いと共に持っていた残りのサンドイッチを口に放り込んだ。

 

「お弁当……?やだなぁかーちゃん、今日から幼稚園は何日もお休みだから、お弁当はいらないんだゾ?全くお間抜けなんだから。」

 

「お間抜けはどっちよ⁉ゴールデンウイークでアンタの幼稚園がお休みなのも、パパの会社か連休なのも、ちゃーんと知ってますぅ!」

 

「へ?じゃあ何のお弁当なの?」

 

「……おい、コイツ完全に忘れてやがんな。」

 

「全くもうこの子は……きっと変な夢を見たせいだわ。朝から困ったお兄ちゃんでちゅね~ひまわり。」

 

「たい?」

 

「変な夢じゃないもん!オニギリのキサツタイがイケメンのトミーで、オニがキシのボインボインだったもん……あれ?バインバインだっけ?」

 

 体全体を使ってまで夢を表現しようとするしんのすけだったが、当の本人の記憶もほぼ曖昧になっているため、その内容は両親に50%も伝わることはなく、両者と妹・ひまわり共に呆けた顔で奇怪な動きをする息子を眺めているしか出来なかった。

 

「と・に・か・く!早く朝ご飯食べちゃいなさい。どうせアンタのことだから、準備もしないで寝ちゃったんでしょ?」

 

「準備?準備って何の?」

 

「おいおい、本当に忘れちまったのか?昨日あんなに喜んでただろうが?」

 

「え~と、えぇっと……?」

 

「んもう、しょうがないわね。忘れたなら教えてあげるわ。よ~く聞きなさい!」

 

 するとみさえは(おもむろ)に立ち上がり、こちらを見上げるひろし、ひまわり、そしてしんのすけの顔を順に見た後、大きく息を吸いこみ、そして声高らかに告げた。

 

 

「今日から我が家は、二泊三日でキャンプをするのよ!豊かな木々に囲まれた、涼しい山の中!川では美味しい魚を釣って夜はバーベキュー!街中の喧騒も仕事の()さも全部忘れて、心も体もリフレッシュするの………さあっこうしちゃいられないわ、皆早く支度をして!楽しいゴールデンウイークの始まりよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 時は大正、そして現代。

 

 異なる時代に存在する、異なる者達。

 

 摩訶不思議な(えにし)によって彼らが出会う時、果たしてどんな物譚(ものがたり)が幕を開けることやら。

 

 

 

 さあ皆々様、お立合いお立合い─────。

 

 

 

 

 

 

 

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