クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!大正異聞鬼退治!   作:藤渚

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【壱】キャンプ地は時を越えて(Ⅰ)

 

 

 埼玉県、春日部市。本日の天気は大変良好で、太陽は高く昇り青い空には雲一つ無い。正に今日は最高のお出かけ日和だ。

 

「ほっほ~い!」

 

 燦々(さんさん)と照る日光の下、『野原』と表記された一軒家から聞こえる元気な声。

 そう、ここはあの名高き野原家………日本を中心に最も知名度が高いファミリーとして、彼らはその存在を轟かせていることだろう(多分)。

 

 まあそれはさておき、先程の声を上げたのは野原家長男・野原しんのすけ。

 好きなものはチョコビを始めとしたお菓子、カレーに納豆などなど。逆にピーマンは大の苦手。チャームポイントは太眉とふくよかなお尻で、綺麗なお姉さんやピチピチのギャルには目がない、ちょっとおマセでお下品な五歳児だ。

 プロローグ序盤からパジャマ姿であったしんのすけだが、漸く定番の服装である赤いTシャツと黄色い半ズボンに着替えている。ぱんっぱんに膨れたリュックサックを背負った彼は、折り畳みのテーブルや椅子、バーベキュー用のグリルなどが置かれた軒先(のきさき)で、上機嫌に鼻唄と共にスキップをしていた。

 

「ほらしんのすけ、アンタも運ぶの手伝ってよ~。」

 

 そこへ両手に荷物を抱え、デカい(ケツ)……失礼、美尻で玄関の扉を閉めて出てきたのは、しんのすけのかーちゃんこと野原みさえ。

 野原家を支える良妻であり、厳しく優しく二児を育てる肝っ玉母ちゃん。ちょっとおケチでイイ男には弱い。割とスマートな体型に見えるが、しんのすけ(いわ)くケツデカ三段腹………あっごめんなさい睨まないで怖い怖い。

(※野原家コソコソ噂話……ケツデカオババみさえは、今日でお便秘二日目に突入らしいゾ[byしんのすけ])

 

「た~い、たいやっ。」

 

 そんなみさえの背中に()ぶさっているのは、しんのすけの妹・野原ひまわり。

 野原家待望の女の子で、天真爛漫純真無垢な0歳児………かと思いきや、まだ乳飲み子であるにも関わらず、既にイイ男や宝石などの光り物に目がない。親子ってホントに似るんだな。

 

「アンッ!アンアンッ!」

 

 と、ここでしんのすけは背後から聞こえてくる鳴き声に気が付き、後方へと振り向く。すると庭のある方角から一匹の白い犬がこちらへと駆け寄り、しんのすけに飛び掛かった。

 

「おおぅっ!シロ、よしよ~し。」

 

 しんのすけに受け止められ、綿飴のようにもこもことした毛並みを撫で回されるシロ。彼は(かつ)て捨て犬だったところをしんのすけに拾われ、今では野原家の一員。(ちな)みに性格の方は飼い主に似ず忠実で、とってもお利口さんなシロなのである。

 

「ねえかーちゃん、オラのチョコビとプスライトも持ってくれた?」

 

「ああ、それなら家から持って行かなくても大丈夫よ。途中のサービスエリアでバーベキューの食材と一緒に買ってあげるから。」

 

「えぇ~!車の中で食べるオツヤが無いと、オラやだ~!」

 

「ダメよ!大体お菓子なんて食べたら、お昼入らなくなっちゃうじゃない。我慢なさい……さて、とりあえず荷物はこのくらいでいいかしら?後はパパが来てからもう一度確認して────」

 

 みさえが呟いたその時、『プァッ』とクラクションの音が鳴り響く。一同がそちらの方角を向くと、住宅に挟まれた道路の向こうから、一台の大きな車がこちらへと近寄ってきた。

 

「おぉ~っ!何あれ何アレ!」

 

「きゃ~いっ!」

 

 興奮するしんのすけとひまわりの目の前で、車はゆっくりと停車する。みさえが呆気にとられポカンとしていると、運転席のドアが(おもむろ)に開けられた。

 

「どうだ?写真で見たのより凄いだろ、このキャンピングカー!」

 

 満面の笑みで降りてきたのは、しんのすけとひまわりの父親にしてみさえの夫、そして野原家の大黒柱・野原ひろし。

 双葉商事に務めるサラリーマンで、家族のために汗水流して一生懸命働くカッコいい大人。そんな彼の足の臭いは、最早兵器とまで称される程に強烈極まりない。それはきっと、毎日の労働の結晶なんだよ。だから許してやって……え、ダメ?だよね~。

 

「とーちゃん、こんなでっかい車どうしたの⁉家のローンもまだ残ってるのに!」

 

「おバカねえ、これは買ったんじゃなくて借りてきたのよ。昨日話したことも忘れちゃってるんだから……それにしても、随分立派なレンタカーね。」

 

「おう!会社の知り合いのコネで紹介されたレンタカーの店で借りたんだ。中も凄いんだぜ?広い車内のテーブルと椅子は折り畳んでベッドにもなるし、小さいけどキッチンと冷蔵庫も内蔵してあるんだ。それに上の天窓は開くようになってるからな、そこから見える星空なんかは、きっと格別だぜ~……。」

 

「おおっ!こんなところに自転車までついてるゾっ!」

 

「川口のやつから借りたマウンテンバイクだよ、後ろに荷台もついてるんだ。」

 

「凄い凄~い!オラ達こんなカッコいい車でキャンプに行くんだね!んん~ドキがムネムネしてきたぁ♪」

 

「たいたいっ、きゃ~あぅ♪」

 

「アンアンッ!」

 

「確かに凄いけど………でも高かったでしょ?無理したんじゃない?」

 

「まあ、多少割安にはしてもらったけど、それでも決して安くはなかったけどな。でも折角の家族で過ごすキャンプ、しかも二泊三日だぞ?俺達の足となり宿となってくれるキャンピングカーだ、少しでもいいモノを用意して、最高の思い出作りをしようと思ってな。」

 

「とーちゃん……。」

 

「あなた……。」

 

「へへっ、どうだ?俺だってやる時はやるん────」

 

「これだけいいお車だから、うっかり傷つけちゃったら大変なんじゃない?ヒソヒソ。」

 

「そうよね。まあいざとなったら、きっとパパの保険が働いてくれるから大丈夫よ。ヒソヒソ。」

 

「お前らなぁっ‼そういう聞こえちゃマズい話はちゃんとヒソヒソ声で話せよ!それじゃ(ただ)の露骨な悪口だからなっ全部丸聞こえだからなっ‼」

 

 怒っていいんだか嘆いていいんだか、悲痛に叫ぶひろしの姿に、顔を見合わせたひまわりとシロは、やれやれと同時に頭を振った。

 

 

 

 

 

「ねえあなた、忘れ物はないわよね?」

 

「大丈夫大丈夫、入念にチェックしたし………それじゃ行くぞっ!」

 

「たいた~いっ!」

 

「アンッ!」

 

「よーし!出発おしんこ~!キュウリの(ぬか)漬け~!」

 

 

 

 

 かくして、四人と一匹を乗せた車は、我が家に見送られながら走り出す。

 

 

 こうして、野原家の楽しい楽しい連休は、幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

  ───これから起きる波乱など、誰一人として気付くことなく。

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 がやがやと、大勢の人が行き交うサービスエリア。

 こちらの建物に属したスーパーマーケットで、野原一家は早速キャンプ用の食品やら必要品の買い物を行っていた。

 

「えっと……バーベキューのお肉に野菜でしょ、後二日目の夜はカレーにするから、人参じゃがいも玉ねぎ、それから───」

 

「おーいみさえ、見てくれよ!缶ビールの箱売りがこんなに安いぜ!」

 

「もう、あなたったらそんなに買ったって………あらホント、サトーココノカドーよりずっと安いわ。」

 

「だろ?キャンプで余ったら持って帰ればいいからさ、なぁ~買ってもいいだろ?」

 

「しょうがないわねぇ。重いんだから、あなたが車まで運んでよね?」

 

「たいたっい、ん~マンマ!」

 

「はいはい、ひまちゃんにも美味ちいベビーフード買ってあげるわね~。」

 

「かーちゃんかーちゃん!オラのチョコビとプスライトも買って買って~!」

 

「ちょっと、チョコビ三つは多過ぎなんじゃない?ジュースだって大きいペットボトル三本は飲み過ぎよ。」

 

「いいじゃないかみさえ、折角のキャンプなんだし、あんまケチケチするなよ。しんのすけの分も俺が車まで運んでやるからさ、な?」

 

「うわ~い!とーちゃん太腿(ふともも)~!ついでにシロにも犬用ジャーキー買ってあげようよ!いいでしょかーちゃん?」

 

「太腿じゃなくて太っ腹でしょ……んもう、ホント仕方ないわね。だったら私もおやつ買っちゃうんだから!」

 

「よっし!じゃあ夜に皆で楽しむ花火も買っちゃうか!」

 

「ほっほ~い!いいゾとーちゃんかーちゃん!」

 

 

 

 

 

 

「あ~買った買った、流石に三日分ともなると量が凄いわね。」

 

 カートに山積みになった品物を眺めながら、みさえは改めてその重さとボリュームに圧倒される。彼女の後ろでは同じくカートを押すひろしが、はみ出るビールの箱やらプスライトのペットボトル、それとひまわりのオムツやらを落とさないよう注意を払っていた。

 

「ふんふんふ~…………ん?」

 

 ふと、買ってもらった棒付きキャンディーを舐めていたしんのすけは、少し離れた位置にある広場が何やら賑わっているのに気が付く。

 

「とーちゃんかーちゃん、あそこに人がいっぱいいるゾ!」

 

「え?あらホント、何かお祭りでもやってるのかしら?」

 

「どれどれ………『お買い得がいっぱい!わいわいフリーマーケット』って書いてあるな。」

 

 ひろしが(のぼり)に記された文字を読み上げるや否や、「お買い得ですって⁉」とみさえが声を上げ、瞳をキラリと光らせた。

 

「ねえあなた、ちょっと覗いてみましょうよ~?キャンプ場に着くにはまだ日が高いかもって、さっき車で言ってたじゃない?」

 

「別にいいけど………余計なモノ買うんじゃねえぞ?幾ら車が広いからって、荷物はあまり多くないに越したことは無いんだからな。」

 

「分かってるわよぉ♪そうと決まったら、早く車に荷物を運ばなくちゃ。急げ急げ~!」

 

 大はしゃぎでカートを押すみさえ、「かーちゃん!人参落としたゾ~!」とその後を追いかけるしんのすけの後ろ姿に、ひろしは一人苦笑しつつ車へと足を急がせたのであった。

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 『お買い得がいっぱい!わいわいフリーマーケット』

 

 そう掲げられた横断幕の(もと)の広場には、買う側も売る側も多くの人々が集まっている。

 日用雑貨に衣類や履物、電化製品やおもちゃ、それから(きら)びやかなアクセサリーや如何(いか)にも高価そうな骨董品などなど、右を見ても左を見ても飽きることの無い、様々な品物が商品として並んでいる光景に、みさえの表情(かお)は一層輝いた。

 

「こういうところに意外な掘り出し物があったりするのよね………うぅんっワクワクしちゃう!」

 

「きゃーい♪たたいのたいっ!」

 

「みさえ、何度も言っておくがな、安いからって何でもかんでも手ェ出すなよ?こういうところは手頃な値段と売り手側の巧妙な話術(トーク)についつい (だま)されて、その結果要らなくなるモノまで交わされちまうんだ。そこんとこ気をつけて────」

 

「とーちゃん。かーちゃんもひまも、もういないゾ。」

 

「って、人が忠告してやってる側からいないのかよぉ………。」

 

 がっくりと肩を落とすひろしを余所に、しんのすけは飴を(くわ)えた状態で、シロ(荷物を置いた際一緒に降りた)と共に面白いものは無いかと周囲を見回す。

 

「アンッ!」

 

「ん?どうしたシロ………おっ?おおおぉっ‼」

 

 シロが吠えた先を見るや否や、しんのすけの鼻息は荒くなる。

 子ども達が集まるその一画に、大きく書かれた『おもちゃくじ 一回10円』の文字。そこでしんのすけの目を最も釘付けにしたのは、一等の景品として展示されている、しんのすけの大好きなヒーロー・アクション仮面の黄金(ゴールド)バッジであった。

 

「欲しい、絶対欲しい!ねえとーちゃん、オラくじやりた~い!」

 

「くじ?やめとけって、ああいうのはどうせ当たりっこ無ぇんだから。」

 

「やりたいやりたい!やりたいったらやりた~いっ!」

 

「ったく、しょうがねえな………ほら、これでいいだろ?」

 

 ひろしが財布から取り出した100円玉を渡すと、受け取ったしんのすけは小躍りしながら「ありがとうじはカボチャを食べるぅ♪」と礼を言い、早速シロと共におもちゃくじへと駆け出していく。

 

「しんのすけ!父ちゃんこの辺の店にいるから、終わったらちゃんと来るんだぞ!」

 

 ひろしが声を張ると、しんのすけは手を振りながら「ほ~い!」と返答し、またすぐ正面を向いて走り出す。その小さい背中に健闘を祈りながら、ひろしは近くの店に並ぶ品々に目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、また外れ賞~。残念だったねえボク。」

 

 来た時と変わらない接客スマイルで、おっちゃんは外れ賞である水風船(10個入)を渡す。それを貰おうと伸ばされた震える手の主は、同じものを幾つも抱え愕然としたしんのすけであった。

 十回の試み中、唯一水風船以外のものが当たったのは、五等の景品である蛍光色のフリスビー。それでも狙っていたアクション仮面バッジが手に入らなかったショックが大きく、しんのすけはがっくりと肩を落とし、大量の水風船が詰められたビニール袋と頭にフリスビーを乗せられたシロと共に、とぼとぼと歩き出す。

 

「シロ、そのフリスビーあげる。キャンプ場についたらそれで遊ぼうね………ハァ~。」

 

「くぅ~ん……。」

 

「むさえちゃんの言ってた通りだゾ、くじもガチャも勢いでやっちゃいけないって。そういえばむさえちゃんのいたお部屋、リンゴのついたカードが沢山あったけどアレって何だったんだろ………ま、どうでもいっか。」

 

 ポケットにしまっていた棒付き飴を取り出して、咥える瞬間にまた溜め息が漏れそうになる。しんのすけが大きく息を吸いこんだ、その時だった。

 

 

「よぉ坊主、どうしたどうした?ハレの日に浮かない顔だな。」

 

 

 突如聞こえてきた明るい調子の声に、しんのすけは目を丸くする。きょろきょろと辺りを見回していると、「アンッ!」とシロがとある方角に向かって吠えた。

 

 その先にあったのは、伸びた木の枝にすっぽりと覆われ、木陰になったとある露店。周囲の賑やかさから隔絶されたかのようなその場所には、古めかしい壺や大皿、薄汚れた鎧兜などなどが乱雑に置かれている。

 

 しんのすけとシロが近付いていくと、先程声をかけてきた主の正体が分かった……時代劇に出てくる侍のような、小袖に袴といった恰好をした一人の男が、品々に埋もれるようにしてそこに座っていた。

 

 だが最もしんのすけの興味を()いたのは、彼の顔の鼻から上を覆った面………能楽や神楽などで用いられるような、狐の面に似たデザインをしているが、よくよく見れば耳と鼻の形が違う………そう、男がつけているのは『豚』の面だった。

 

「オジさん、こんなところでお店やってるの?」

 

「ハッハハハ!オジさんとは失敬な坊主だなぁ、俺としては結構若い見た目のつもりなんだが。」

 

 からからと笑う男の声は張りがあり、確かに若々しくも捉えられる。着物から覗く肌にも(しわ)は刻まれておらず、一見から推測すれば二十代後半から三十手前、といったところであろうか。

 

「ん~……でもオラの中では、やっぱりオジさんはオジさんだな。」

 

「か~っ!厳しいな坊主ぅ、ショックで泣いちまいそうだよ………グスンッ。」

 

 おいおいと明らかな噓泣きをしてみせる豚面の男、そんな彼の元に近寄っていったしんのすけは、漁ったポケットの中から棒付きキャンディーを一本取り出す。

 

「ゴメンねオジさん、コレあげるから泣き止んでよ。」

 

「お……?あ~らら坊ちゃん、俺にくれるのかい?」

 

「うん。オラ野原しんのすけ、ニキビと吹き出物の違いが分かんない五歳児だゾ。こっちはオラんちの犬のシロ。」

 

「アンアンッ!」

 

「ハッハハハ!面白い子どもだなぁ、それじゃありがたく頂かせてもらうぜ。(ちな)みにニキビと吹き出物は呼び方が違うってだけでモノは一緒だ。」

 

 上機嫌に飴を受け取った豚面の男は、早速包装を剥がしにかかる。しんのすけも敷物の上に腰を下ろし、彼と同じ飴を口に入れた。

 

「ねえオジさん、その豚のお面ってなぁに?ファッション?」

 

「おう、『ふぁっしょん』だ。どうだ~カッコいいだろ?」

 

「オラとしては、そのおセンスはイマイチだと思うゾ。」

 

「か~っ!中々厳しい目をお持ちだねぇ、やっぱ今時の五歳児は進んでるってもんだい。」

 

「いや~それほどでも………ところでオジさん、何でこんな寂しいところでお店なんてやってるの?儲かってる?」

 

「正直なところ、儲かってはいないな。それどころか今日ココに来た奴は、お前とシロが初めてだ。まあ別に構わんさ、金を稼ぐ目的で開いてる店じゃないからな。」

 

「ふーん、じゃあ何のため?」

 

「それはな………あ、ところでしんのすけ、さっきは何でまたあんなに(へこ)んでたんだい?」

 

 唐突に話題を切り替えられ、泡を食うしんのすけ。同時に先程のおもちゃくじでの嫌な記憶が甦り、その表情に再び影が差し込んだ。

 

「オラね、さっき引いたおもちゃのくじで、どうしても欲しいモノがあったんだけど………当たらなかったんだゾ。」

 

「そうかい、そりゃあ残念だったなぁ………よしよし、それじゃあ俺がお前にいいモノをやろう!飴の礼だ!」

 

「えぇっホント⁉アクション仮面のバッジくれるの⁉」

 

「いんや、そのアクションなんたらじゃないんだけどな。」

 

「アクション仮面じゃないのか……じゃあいらないや。」

 

「まあ待て待て、それよりもっと魅力のある代物だ。きっとしんのすけも気に入るぞ?」

 

 期待を含ませた物言いをして、豚面の男は立ち上がり奥へと戻っていく。ガサゴソと漁る音と男の背中に、互いに顔を合わせたしんのすけとシロは揃って首を傾げた。

 

「あったあった。ホラしんのすけ、ぷれぜんとふぉ~ゆ~だ!」

 

 手で雑に(ほこり)を払い、豚面の男がしんのすけの前に置いたもの………それは、赤い(ひも)で封をされた桐の箱であった。埃を被っていた様子ではあったものの傷などは無く、保存状態は大変良い。日常であまり見かけることのない物体の登場に、しんのすけは目を輝かせた。

 

「おぉ~何コレ⁉昔話に出てくる箱みたい………はっ!もしかしてこの箱って、開けるとお爺さんになっちゃう玉手箱なんじゃ……⁉」

 

「どうかなぁ?箱を開いた途端に白い煙が………ドーンッ‼」

 

「いやぁ~んっ‼オラまだ生まれてから五年しか経ってないのにぃ!綺麗なおねいさんと一回もお付き合いしてないのにぃ!しわしわのお爺さんになっちゃうなんてやだぁぁ~助けてシロ~!」

 

「グェッ!ギュウゥ~……ッ!(ジタバタ)」

 

 狼狽したしんのすけに抱き着かれ、苦しさのあまりもがくシロ。慌てふためくその光景に、豚面の男は声を上げて笑った。

 

「ハッハハハ!そんなに慌てなくとも、(ハナ)からコレは玉手箱なんかじゃないぞ。」

 

「な~んだ、それならそうと早く言ってよ。オラびっくりしちゃったゾ!」

 

「く~ん……。」

 

「スマンすまん、だか貴重な物が入ってるのは本当だ。」

 

「ほうほう。んで、何が入ってるの?」

 

「この中にはな………と、ここで一つ昔話をするとしよう。」

 

 またしてもいきなり話題を切り替えられ、前のめりになっていたしんのすけはその体勢のままズッコケる。呆れ顔で見上げるしんのすけを尻目にし、豚面の男は昔話を語り始めた。

 

「むか~し昔……この国にはな、人を(だま)したり傷つけたり、果てには喰ってしまう、そりゃあ怖い『鬼』がいたんだ。」

 

「オラ知ってる!それで桃から生まれた桃太郎が、きび団子を(えさ)にして猿と犬とキジを釣って、鬼ヶ島に鬼退治に行くんだよね?」

 

「ハッハハ、残念ながらこの話は桃太郎じゃあないんだな………それで鬼に怯える弱き者を救うため、『鬼殺隊(きさつたい)』と呼ばれる鬼狩りの組織が生まれたのさ。」

 

 どこか楽し気に話す豚面の男。彼が発した二つの単語を耳にした時、しんのすけの脳裏に何かが浮かびそうになる。

 

「キサツタイの、オニギリ……?あれ?どっかで聞いたことあったような……?」

 

 しんのすけの眉間に寄った(しわ)の存在に気が付きながらも、豚面の男は中断することなく昔(ばなし)を紡ぎ続ける。自分の家の押入れのようになった記憶の整理を一時中断し、しんのすけも再び耳を傾けた。

 

「不死身の鬼を(たお)せるのは太陽の光と、彼らの持つ特別な力を秘めた刀のみ………全ては人を護るため、鬼狩り達は己の命を()けて、来る日も来る日も鬼を斬っていたってわけさ。」

 

「それじゃ、そのキサツタイの人達が頑張ってくれたお陰で、悪い鬼はいなくなったってことなんだね?でめたしでめたし。」

 

「それを言うならめでたしめでたし、だろ…………さあ、この後に鬼と鬼狩りがどうなったのかは、お前の想像に任せるとしよう。さて、ここまで来たらこの箱に何が入っているのか、大体の予想はついたな?」

 

「分かった!きび団子だ!」

 

 しんのすけの突拍子もない回答に、今度は豚面の男がズッコケる。箱にぶつけた額を撫でながら、男は苦笑交じりに顔を上げた。

 

「痛たた………お前さんなぁ、俺の話ちゃんと聞いてたのか?」

 

「聞いてたもん、キサツタイのオニギリでしょ?オラ中身は梅干しがいいな。」

 

「オニギリでなく鬼狩りなんだが………ちなみに俺は筋子が好きだ、あのプチプチ感と磯香る塩味が堪らん。」

 

「んもう、オニギリの話はいいから早く箱の中見せてよオジさん。」

 

 下膨れの頬っぺたを膨らませるしんのすけに、「言い出しっぺはそっちだろう……」と呆れ笑う豚面の男。その時、遠くから聞こえる声が二人の耳に微かに届いた。

 

『……~い、お~いしんのすけ~!どこだ~?』

 

「おっと、この声はお前の親父さんかい?」

 

「うん、オラのとーちゃん………ゴメンねオジさん、オラ達もう行かなきゃ。中身は分かんないままだけど、コレありがとうございました。」

 

 ぺこりと(こうべ)を垂れてから立ち上がり、しんのすけはビニール袋と反対側の手で桐の箱を小脇に抱える。靴を履き、ひろしの元へ行くためシロと共に一歩を踏み出そうとしたその時、「しんのすけ」と不意に名を呼ぶその声に体は一時停止する。

 

「何?オジさ─────っお?」

 

 ぽふ、と頭の上に乗せられた、大きくて温かな手。少し雑な手つきで頭を撫でられていると、手の主………豚面の男の声が降ってくる。

 

 

 

「……いいか、しんのすけ。お前に託した『それ』は、いざという時に必ずお前を助けてくれる。使いこなせるようになるまでが何かと大変だろうが、なぁにお前さんは器用そうだからな。そこんとこは心配ないだろ。」

 

「?………オジさん?」

 

 

「それと、最後に一つ大事なこと………『それ』はお前さんの心次第で、どんな形にも変化する代物だ。強い心を持てばより強く、より大きな力となって反映される………大丈夫だしんのすけ、必ずやお前はきっと『そいつ』の真の力を発揮し、多くのものを守ることが出来るに違いない。この『俺』が言うんだから間違いなんか無いさっ!うん!」

 

 

 

 口角の端を上げ、歯を見せて笑う豚面の男。

 今までよりずっと穏やかな声色で話す彼に、しんのすけはただ呆気に取られている。ここに至るまでの説明内容が難しくて理解が追いつかず、ポカンと口を開けていることしか出来なかった刹那、突如二人と一匹の間に突風が吹き荒れた。

 

「うわぁっ!目がっ目がぁ~っ!」

 

 巻き上げられた砂埃が入ってしまい、しんのすけは咄嗟に目を(つむ)る。真っ暗な視界の中、ふと風によって騒めく草木の音に混じって、何かが聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

「─────『鬼殺隊』の命運、お前に預けた…………頼んだぞ、野原しんのすけ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンッ!アンアンッ!」

 

「うぅ~ん、目が少し(かゆ)い…………お?」

 

 ゴシゴシと擦ってゴミを取り、漸くクリアになった視界を覗いた途端、しんのすけは目を白黒させた。

 

 

 今しがたまで、奇妙な骨董品が並べられた露店のあった場所。そこにいた不思議で胡散臭い、豚のお面のオジさんとお喋りをしていた場所の筈、なのに……………目の前に広がっている木陰には何もない草っ原ばかりで、彼がいたという痕跡は、少しも残ってはいなかった。

 

 

「シロ、豚のオジさんどこ行ったか知らない?」

 

「クゥーン……。」

 

 シロに尋ねてみても、彼は困ったように首を横に振るばかり。

 

 もしかして、あれは夢……?ううん違う、だってオジさんから貰った木の箱は、ちゃんと腕の中(ここ)に抱えてあるから。

 

 しんのすけとシロ、一人と一匹で暫くそこを眺めていた時、遠くから再びひろしの声が聞こえてくる。

 

『お~いしんのすけ!シロもどこだ~?そろそろ車に戻るぞ~!』

 

「お、父ちゃんだ…………行こっかシロ。」

 

「アンッ。」

 

 しんのすけはシロと共に(きびす)を返し、その場から走り出す。途中足を止めて振り返ってみるも、そこにある景色は何も変わらない。ほんのちょっとの寂しさを胸に仕舞い、しんのすけはまた走り出した。

 

 

 

 

 

 

 ────そよ風に(なび)く草花に混じり、残された飴の包み紙。

 

 カサカサと乾いた音を立てて地面を転がっていたそれは、やがて風に飛ばされ宙を舞い………どこかへと、消えていったのだった。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

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