「あ、あなたは……?」
恐怖や驚き、そして緊張のあまりに硬直する夫婦に、少年は話しかける。
「安心してください、貴方がたに危害は加えません………俺は
澱んだ空気を吹き飛ばす清風のように、少年・炭治郎の明るい調子の声と太陽を連想する
「え、えーと………野原ひろしです。こっちは家内のみさえと、娘のひまわりです。」
「どうも、初めまして……。」
ひろしに紹介されるがままに、
「鬼殺隊………確かしんのすけも、そんなこと言ってたよな?」
「しんのすけ……そうよ、しんちゃんっ‼」
名を口にした途端、我に返るひろしとみさえ。向かい合っていた顔は同時に炭治郎へと方向を変え、必死の形相で彼に
「大変なの!しんちゃん……私達の息子が、変な怪物みたいなのに
「たやっ!たやぁいっ!」
「ハッ!そ、そうなんだ!頭に
化け物じゃないか。ひろしの口からそう飛び出る
「大丈夫ですよ、野原さん。息子さんを攫ったと
そう言いながら、炭治郎は背中の箱を地面へと下ろす。古めかしいデザインのそれは見た目に反して軽いようで、木箱を扱う炭治郎の手付きはどこか細やかさを感じさせた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!えっと、炭治郎君……だったよな?君今、『鬼』って言わなかったか?」
「鬼って、
「いいえ………いいえ、野原さん。鬼は存在するんです、本当に。」
みさえの否定を
「鬼は………本来『人であった』ために、人と同じ見た目をしているんです。ですが、その本質は人とはまるで異なります。圧倒的な身体能力、それに加えて手足や頭を損失しても、すぐに再生してしまう……太陽の光と、俺達鬼殺隊の使う『特別な刀』でない限り、ほぼ不死となった鬼は
告げられた驚愕の事実に、ひろしもみさえも開いた口から言葉が出てこない。木箱に添えられた炭治郎の手が、僅かに
「……
歯切れの悪い炭治郎が皆まで言うこともなく、そこに続く内容を察したひろしとみさえ、そしてひまわりは互いに顔を合わせ、そして力強く頷き合う。
「今から俺も鬼のいるところへ向かいます。危険ですので、野原さん達は決してここから動かないでください。もしも何かあっても、この『箱』が必ず守─────って、あれ?」
思わず口から漏れ出た、
何が起きたのか分からず、唖然とする炭治郎。するとどこからか、ガサゴソと何かを漁る音がする。そちらに顔を向けたのと同時に、彼にとって見慣れない大きな箱……キャンピングカーの中から、ひろし達が姿を現した。
「炭治郎君にゃ悪いが、しんのすけの危機って時に大人しく待ってられる俺達じゃねぇんだ!」
「そうよ!人喰い鬼なんかが怖くて、子どもを守れるもんですか!」
「たいっ!たやぃっ!」
「行くぞぉっ!野原一家(※長男と飼い犬不在)、ファイヤー‼」
「ファイヤーっ!」
「たいたーいっ!」
ヤケクソ気味に叫ぶひろしに続いて、みさえとひまわりも拳を上げる。
あまりに唐突な出来事に、脳の理解が遅れ呆然とする炭治郎。だが木箱の中から聞こえてきたカリカリと引っかく音を切っ掛けに、彼は直ぐ様我に返る。
「え……ええぇっ⁉ちょちょ、ちょっと!危ないから行っちゃ駄目ですって!戻ってください野原さん!野原さーんっ‼」
慌てて木箱を背負い直し、暗い
* * * * *
ぽふ、と小さな靴底が数秒振りに芝生と対面を果たす。
しんのすけが口を開けたまま呆けていると、不意に彼の足元から飛び出してきた白いモフモフが、こちらへと突進してきた。
「おっととと!おお~シロっ、一話振りだなぁ~元気だったか?」
「アンッ!アンアンッ!」
無事だったことへの安堵と再び会えた喜びに、シロは脇に落とした刀に目もくれることなく、受け止められたしんのすけの腕の中で千切れんばかりに尻尾を振り続ける。そんないじらしく愛おしい飼い犬をモフモフと撫でていると、半羽織の青年が
「無事か………怪我は、無いようだな。」
開かれた口から紡がれた声は、波一つ立たない静穏な
「オラは平気!もうちょっとジェットコースターごっこしたかったなぁ~………あれ?そういえばシロ、何でこのお兄さんと一緒にいるの?ひょっとしてお
一方で、いきなり
「………知り合いでも、尻でもない。その犬が俺をここまで導いてきた。」
「ほうほう。てことは、シロはこのお兄さんをオラのとこまでご案内したんだな。よしよし偉いゾ~シロ、後でご褒美のジャーキーあげるからな。」
わしゃわしゃとシロを撫でていたしんのすけが、ふと青年へと顔を上げる。彼の人形の様に無機質な顔の頬が、僅かに緩んでいる………ような気がしたのだが、それより何よりしんのすけの興味を
「ねえお兄さん、やっぱりオラ達おシリ合いなんじゃない?だってオラ、お兄さんのそのカッコいいお着物、どこかで見た気がするもん!」
鼻息を荒くして迫ってくるしんのすけを手で制しながら、青年は自身の記憶回路を巡らせる………が、やはり彼の頭の中には、尻を出して踊る膝丈下程の小さな少年の記録など一切存在しない。無言で首を横に振ると、しんのすけは「そっかぁ~…」と、
「それじゃ、オラ達今が初めましてなんだね。オラ野原しんのすけ、
くるりと体を反転させ、またも向けられたまん丸の尻。意図の分からない自己紹介と幾度も見せつけられる
「俺は………俺の名は、
「ほーぅ、トミオカギューなんて変わったお名前だね。そんじゃ今後も一つよろしく、トミー!」
「いや、ギューではなく義勇……………トミー?」
聞き間違いかと自身の耳を疑い、しんのすけへと向き直る。尻に当たる夜風が冷たかったらしく、いそいそとズボンを上げていた彼は、青年……冨岡義勇の視線に漸く気が付く。
「そうだよ。タピオカ、じゃなくてトミオカだから、お兄さんはトミーって呼ぶことにしたの。ということで、まずはお友達からスタートし・ま・しょ?トミー♪」
にへら~と浮かべる薄笑いは
「………そうか。」
以上の数十秒間に
「ところでトミーはおサムライなの?それってオラが持ってるのと
「いや……帯刀こそしているが、俺は
そこまで言い
一見だと面妖な配色というだけで何の
「お前、その刀は──────っ‼」
全身を刺し貫く程の鋭い殺気を肌で感じたと同時に、義勇は利き手の刀を素早く振り上げる。
ザシュッ、と刃が肉を断つ音と共に、赤黒い
「お前らなぁ、俺の存在を綺麗さっぱり忘れてくれてるんじゃねえぞぉっ‼今話
草を掻き分け、現れた鬼の額には幾つもの青筋が浮き出している。見るからにご立腹な彼の背中から、斬られた代わりの腕が新たに姿を現していた。
「おおっ鬼さん、そんなトコにいたの?こってり忘れてたゾ。」
「お前らから声掛けられるの待ってたんだよ!でもいつまで経っても素振りすら無いから、悔しいけど自分から仕掛けたの!そしてそれを言うならすっかりだろ!にしても、鬼狩りに追いつかれるたぁ俺もツイてない………やっぱり早々に『
ひっくり返したバケツの如く不平不満をぶちまけた後、ぼそりと鬼が零したその単語を、義勇は聞き逃さなかった。
「………しんのすけ。」
「お?何なにトミー?」
初めて名前を呼ばれ、しんのすけの小さな
「あの鬼の狙いはお前だ、早く
「えっ?何でオラが狙われてるの?思い当たる原因としては、オラがケ〇ン〇スナーもびっくりの世界的美少年だからかな?」
その自身と根拠は一体どこから出てくるのだろうか、的外れな推測をするしんのすけに呆れ果てつつも、義勇は刀を構え直してから続ける。
「…………シロ。」
「クゥン?」
「飼い主……いや、家族を何より大切と思うなら………しんのすけを頼む。」
鬼からは一寸も目を逸らさない状態のまま、義勇はシロに声を掛ける。口調は淡々としているが、そこに込められた彼の想いや温もりを、賢いシロはしっかりと汲み取っていた。
「アンッ!」
「おわあぁっ何すんのシロ⁉いやぁ~んケダモノ~!」
返事代わりに力強く吠えたシロは、しんのすけを連れていこうと彼の衣服を咥える。ズボンをパンツごと引っ張られ、またしても尻が剥き出しの状態になったまま、あれよあれよと藪へ引きずり込まれる。
しんのすけの視界が完全に草木に覆われてしまうのと同時に、鬼が動きだした。
「目障りな鬼狩りめが‼邪魔をするなああァァァッ‼」
爪を尖らせ、牙の並ぶ口を吊り上げ、鬼は義勇目掛け飛び掛かる。地面を強く蹴った僅か数秒の間に、鬼は義勇のすぐ目の前まで距離を縮めていた。
「なっ⁉くそっ、どこに行き………………あ?」
ぽたり、ぽたり。
足の先端に水滴が落ちた感覚に、鬼は下を向き………そして、手首から先が無くなった四本の己の腕へと、目線を映していく。
「あ、あぁ、ギャアアアァァァァッ‼」
遅れてやってきた激痛に、耐え切れず鬼は絶叫する。手はすぐに再生を始めたものの、与えられた痛みに対する
「どこだ⁉どこにいる⁉よくもこの俺を斬りつけてくれたな、稀血の前に貴様から喰ってやるっ‼」
右を見ても、左を見ても、義勇の姿はどこにもない。怒りと同時に生まれた焦燥感が膨らんでいったその時、降り注いでいた月明かりが不意に
───青白い月光を全身に受け、高く跳躍する義勇の振り上げた刀が
薄く開いた彼の口が、細く息を吸い込んだその直後、
「おおっ!何アレ~⁉」
「キャン!キャンキャンッ!」
「しまった、上か……‼」
「『 水の呼吸
まるで剣舞を奏でるように
鬼の腕は瞬時に
「っ………畜生、畜生畜生っ‼せっかく稀血を見つけたってのに!まだまだ人間を喰い足りないのに‼」
恨みを言葉として吐き出され、それを正面から浴びせかけられても、義勇の表情は眉一つ動く様子はない。
力を込めた刀が、鬼の首に食い込み始めた時だった。
「ああ、『あのお方』のためにも、もっと喰わなければ……もっと殺さなければ‼俺は力をつけなくてはならない………‼『
「─────⁉」
『鬼舞辻無惨』、その言葉が鬼の口から飛び出した直後、不意に義勇の動きが鈍くなる。
見開かれた瑠璃の眼の中に浮かんだ、一瞬の動揺………首にかかる刀の力が緩んだその隙を、鬼は見逃すことはなかった。
「ハハハハハッ!鬼狩りめ、これでも………喰らえェっ‼」
大きく開いた鬼の口から、濁った
「(⁉……しまった、『
ぐらりと視界が揺れ、刀を握る腕からは力が抜けていく。立っていることもままならず、義勇はその場に
「トミー⁉どしたのトミーっ⁉」
「アンアンッ‼」
ああもう、隠れていろと言ったのに………感覚の薄れていく手を動かし、隊服の胸ポケットへと指を入れる。震える指で小さな
「がは………っ‼」
吹き飛ばされ、仰向けに倒れた義勇の身体。取り落とした小瓶を拾おうと伸ばした手を、裸足の足が強く踏みつける。
「ハハッ、いい格好だなぁ?ざまあみろ!」
蹴り飛ばされた刀が、離れた
「ぐっ………ぅ……っ‼」
抵抗する
守らなければ………そうだ、自分は彼らを守らなくてはならない。
「クゥーン………。」
藪の隙間から、しんのすけと共に顔を覗かせるシロ。
しんのすけを助けてくれた冨岡が、異形の化け物に
ふと、薄く開いた目でしんのすけを見れば、何も言葉を発さぬまま微動だにしていない。ただ、刀を握る小さなその手が、恐怖のためか僅かに震えている。
「……シロ。」
不意に名前を呼ばれ、そして振り向いたしんのすけに、シロは思わず
彼のその声も、その
「シロ、オラ達でトミーをお助けするゾ!オラがあの悪い鬼と戦うから、その間にシロはトミーの剣を探して持ってきて!」
「キャウッ⁉クウゥン……!」
唐突に何を言い出すのだろうか、この飼い主は。シロが左右に首を振るにもお構いなしに、しんのすけは続ける。
「んもう、ワガママ言わないの!後でジャーキー増やしてあげるから!」
そういう問題ではない。いや、ジャーキーは欲しいのだが………無論、シロとて義勇を助けたい想いは同じだ。しかし恐怖で体が強張っているのと、彼にしんのすけを守るよう言いつけられた使命感が
「シロ、このままだとトミーが悪い鬼にやっつけられちゃうんだよ?本当にそれでもいいの?」
「クゥン……。」
「オラはそんなのやだ!だってトミーはもう、オラの友達だから!困ってる友達はお助けしなくちゃいけないって、かーちゃんもよしなが先生もいつも言ってるんだゾ!」
「!……アゥン!」
「シロ……オラと一緒に、頑張ってくれる?」
「アンッ!」
真っ直ぐに見つめる
「よ~し行くぞォ!野原一家(※父・母・妹不在)、ファイヤー!」
「アンアーンッ!」
「が……っ‼」
大きく吹き飛ばされた体が木にぶつかり、義勇は背中の痛みに
「いたぶるのも、そろそろ飽きたな………それじゃあ
舌舐めずりをしながら、一歩一歩と鬼が接近してくる。自身が食われるやもしれない危機だというのに、義勇の頭の中にはしんのすけを案ずることだけしか残っていなかった。
「(………もうじき、『炭治郎』も駆けつけてくる
「ワ~ハッハッハ!ワ~ハッハッハ!」
「⁉───だ、誰だっ⁉」
突如、夜の森に響き渡った高笑いに、鬼の意識は冨岡から
「悪い鬼め、覚悟しろ!正義のミタカ、ケツだけ星人参上~!」
青白い月光を受け、照らされたプリップリのお尻。二本の足が地面に華麗に着地を決めた次の瞬間、それは素早い動きでこちらへと接近してきた。
「え?う、うわあああぁぁっ⁉ななな、何じゃこりゃあ⁉」
得体の知れない存在の出現に、激しく動揺する鬼。表面にこそ出さないものの、それは義勇もまた同じ心情であった。
「ブリブリ~!ブリブリ~!ブリブリ~!」
「あっちょ、速い!何だコイツ、滅茶苦茶すばしっこ───いてっ‼」
捕まえようと四本ある腕を伸ばし動かすも、トリッキーな動きで縦横無尽に移動しまくるケツだけ星人に触れることは容易ではなく、絡まった腕にうっかり足を取られた鬼は、顔面から地面へと転倒した。
「ブリブリ~!ブリブ………お?何だコレ?」
コツン、と足先に何かが当たり、しんのすけは動きを止める。その正体である小さな瓶を拾った時、近くからの
「トミー!」
近くで見た傷だらけの彼の姿に衝撃を受けながらも、しんのすけは尻を仕舞い忘れていることなどお構いなしに彼の元へと駆け寄っていく。
「しん……のすけ………。」
「トミー、お怪我大丈夫⁉オラのかーちゃんが珍しく忘れずキューキュー箱持ってきてるから、後でお手当してもらって────」
「そ、の……瓶………中身を、飲ませ……早く……‼」
「え?もしかしてコレのこと?」
拾った瓶を顔の前まで上げると、義勇は苦し気に呼吸を繰り返しながら頷く。一見
「うげぇ、ピーマンみたいな臭い………トミー、ホントにコレ飲むの?」
「急げ……‼早く、それを口に────」
「分かった、ほい。」
まだ喋ってる最中にも関わらず、開いた口に躊躇なく突っ込まれる小瓶。
「おお~、よく飲めたねトミー。流石は大人────おわぁっ⁉」
突然体を掴まれ、乱暴に持ち上げられるしんのすけ。義勇が顔を上げたその先には、幾本もの腕でしんのすけを捕らえ
「やっと捕まえたぜ……まさかお前の方から来てくれるとはな、
「放せ~!オラ食べても美味しくなんかないゾ!」
「ハハッ何を言っている?こんなに美味そうな匂いの獲物は初めてだ。ああもう、我慢出来ない……まずはその柔らかそうな尻から、喰ってやるとするかぁっ!」
出しっぱなしになったしんのすけの尻目掛け、鬼は鋭い牙を突き立てようとする。未だ麻痺の残る体を強引に動かそうとしながら、冨岡は叫んだ。
「しんのすけ────‼」
ぷうぅ~
「………あ?」
狭い隙間から空気が漏れる、何とも間抜けな音と共に、鬼の
顔は瞬時に青ざめ、だらだらと垂れる汗が滝のように全身へと流れ、堪らず鬼は鼻を押さえて絶叫した。
「んぎゃあああぁぁぁっ‼くっせええぇぇぇっ‼」
その拍子に投げ出されたしんのすけは、空中で二回転を決めた
「やれやれ助かった~。これぞ屁機一髪、ってやつですな。」
それを言うなら危機一髪だろう……と義勇が口に出そうとしたのと同時に、鬼が
「ゲホッ………このガキ、普段から何食ってやがんだ⁉」
「んも~大袈裟だなぁ。こんなのなんか、オラのとーちゃんの靴下に比べたら可愛いもんですぞ?」
「知らねーよお前の親父のことなんか‼よくも舐めた真似してくれたな、今度こそ鬼狩り共々、骨までしゃぶりつくしてやるぅっ‼」
怒り狂い、突進してくる異形の鬼。するとしんのすけは落ちた刀を拾い、義勇を庇う形で前へと立ち塞がった。
「⁉……何をしている、早く逃げ……ゴホッ!」
「やだ!オラは逃げない、トミーを見捨てて逃げたりなんてしないゾ!」
「馬鹿を言うな‼お前に何が────」
「だってトミーはもう、オラの友達だから!友達が困ってる時は、お助けしなきゃいけないから!」
「………友、達?」
あまりに真っ直ぐな言葉と、強い決意の宿った瞳。そして自分を『友』と呼んだ目の前の少年に、義勇は胸を突かれる。
「よ~し………オラの友達をいじめた悪い鬼め、覚悟しろ!てりゃあ~!」
鞘にかけた小さな手は、もう震えてなどいない。
新しく出来た友を守る為、しんのすけは一気に刀を引き抜いた。
《続く》