クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!大正異聞鬼退治!   作:藤渚

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【壱】キャンプ地は時を越えて(Ⅲ)

 

 

「あ、あなたは……?」

 

 (やぶ)から飛び出してきた少年に、唖然とするひろし達。いそいそとことらに駆け寄ってくる彼の腰には、漆黒の(さや)に収められた刀が(たずさ)えられていた。

 恐怖や驚き、そして緊張のあまりに硬直する夫婦に、少年は話しかける。

 

「安心してください、貴方がたに危害は加えません………俺は竈門(かまど) 炭治郎(たんじろう)、悪い鬼を退治する『鬼殺隊(きさつたい)』の者です!」

 

 澱んだ空気を吹き飛ばす清風のように、少年・炭治郎の明るい調子の声と太陽を連想する(ほが)らかな笑顔に、ひろし達の強張った身体からは少しずつ力が抜け、緊張も僅かに(ほぐ)れていく。

 

「え、えーと………野原ひろしです。こっちは家内のみさえと、娘のひまわりです。」

 

「どうも、初めまして……。」

 

 ひろしに紹介されるがままに、(こうべ)を垂れるみさえ。彼女の腕の中にいるひまわりが「やぁっ」と軽い挨拶と共に手を挙げると、炭治郎も(にこ)やかに微笑み手を振り返した。

 

「鬼殺隊………確かしんのすけも、そんなこと言ってたよな?」

 

「しんのすけ……そうよ、しんちゃんっ‼」

 

 名を口にした途端、我に返るひろしとみさえ。向かい合っていた顔は同時に炭治郎へと方向を変え、必死の形相で彼に(すが)る。

 

「大変なの!しんちゃん……私達の息子が、変な怪物みたいなのに(さら)われて‼」

 

「たやっ!たやぁいっ!」

 

「ハッ!そ、そうなんだ!頭に(つの)が生えて、口が耳まで裂けてて、それから腕……腕がよ、四本もあった………何だったんだよアレ、あんなの…………あんなの、まるで────」

 

 化け物じゃないか。ひろしの口からそう飛び出る(はず)だった言葉は、喉の奥へと下がっていく…………ただ慌てふためく自分達とは対照に、目の前にいる少年は至って平静を保った状態で、ひろし達の話に耳を傾け何度も頷き返していたのだ。一見の判断だが、恐らく歳はまだ十代半ば頃だろう。(よわい)に釣り合わぬ大人びた態度に一驚(いっきょう)(きっ)する野原夫婦に、炭治郎は開口する。

 

「大丈夫ですよ、野原さん。息子さんを攫ったと(おぼ)しき『鬼』は、もう一人の鬼殺隊の(かた)が追跡してくれています。その人は凄く……物凄く強いんです。なので心配しないで、野原さん達はどうかここで待っていてください。」

 

 そう言いながら、炭治郎は背中の箱を地面へと下ろす。古めかしいデザインのそれは見た目に反して軽いようで、木箱を扱う炭治郎の手付きはどこか細やかさを感じさせた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!えっと、炭治郎君……だったよな?君今、『鬼』って言わなかったか?」

 

「鬼って、御伽噺(おとぎばなし)とか節分とかに出てくるあの鬼でしょ?いくら何でも、そんなのが本当にいるわけ────」

 

 

「いいえ………いいえ、野原さん。鬼は存在するんです、本当に。」

 

 

 みさえの否定を(さえぎ)った、炭治郎の声。そこには今しがたまでの快活さは含まれておらず、一点を見つめる(あかね)色の瞳の奥には、微かな(うれ)いが揺らいでいるようだった。

 

「鬼は………本来『人であった』ために、人と同じ見た目をしているんです。ですが、その本質は人とはまるで異なります。圧倒的な身体能力、それに加えて手足や頭を損失しても、すぐに再生してしまう……太陽の光と、俺達鬼殺隊の使う『特別な刀』でない限り、ほぼ不死となった鬼は(たお)すことが出来ません。そして、そして何より………鬼の主食は(ほか)でもない、『人間』なんです。」

 

 

 告げられた驚愕の事実に、ひろしもみさえも開いた口から言葉が出てこない。木箱に添えられた炭治郎の手が、僅かに戦慄(わなな)いているようにも見えた。

 

「……(まれ)ではありますが、中には一切人を喰わない鬼も存在します。ですが、野原さん達の息子さんを連れ去ったその鬼は、恐らく………。」

 

 歯切れの悪い炭治郎が皆まで言うこともなく、そこに続く内容を察したひろしとみさえ、そしてひまわりは互いに顔を合わせ、そして力強く頷き合う。

 

「今から俺も鬼のいるところへ向かいます。危険ですので、野原さん達は決してここから動かないでください。もしも何かあっても、この『箱』が必ず守─────って、あれ?」

 

 思わず口から漏れ出た、()頓狂(とんきょう)な声。箱から顔を上げた彼の前から、ひろし達の姿が忽然(こつぜん)と消えていたのだ。

 何が起きたのか分からず、唖然とする炭治郎。するとどこからか、ガサゴソと何かを漁る音がする。そちらに顔を向けたのと同時に、彼にとって見慣れない大きな箱……キャンピングカーの中から、ひろし達が姿を現した。

 

「炭治郎君にゃ悪いが、しんのすけの危機って時に大人しく待ってられる俺達じゃねぇんだ!」

 

「そうよ!人喰い鬼なんかが怖くて、子どもを守れるもんですか!」

 

「たいっ!たやぃっ!」

 

「行くぞぉっ!野原一家(※長男と飼い犬不在)、ファイヤー‼」

 

「ファイヤーっ!」

 

「たいたーいっ!」

 

 ヤケクソ気味に叫ぶひろしに続いて、みさえとひまわりも拳を上げる。各々(おのおの)がその手に持つ得物(えもの)(かか)げ、 愛息子(まなむすこ)を誘拐した鬼と刀を咥えたシロが消えていった山の斜面へと、赤子を連れた夫婦は我武者(がむしゃ)らに走り出す。

 あまりに唐突な出来事に、脳の理解が遅れ呆然とする炭治郎。だが木箱の中から聞こえてきたカリカリと引っかく音を切っ掛けに、彼は直ぐ様我に返る。

 

「え……ええぇっ⁉ちょちょ、ちょっと!危ないから行っちゃ駄目ですって!戻ってください野原さん!野原さーんっ‼」

 

 慌てて木箱を背負い直し、暗い(やぶ)の向こうに小さくなっていく姿を見失わないよう、駆け出した炭治郎の振り立てる大きな声が、宵の山間に広く木霊(こだま)していった。

 

 

 

 

 

 

   *   *   *   *   *

 

 

 

 ぽふ、と小さな靴底が数秒振りに芝生と対面を果たす。

 しんのすけが口を開けたまま呆けていると、不意に彼の足元から飛び出してきた白いモフモフが、こちらへと突進してきた。

 

「おっととと!おお~シロっ、一話振りだなぁ~元気だったか?」

 

「アンッ!アンアンッ!」

 

 無事だったことへの安堵と再び会えた喜びに、シロは脇に落とした刀に目もくれることなく、受け止められたしんのすけの腕の中で千切れんばかりに尻尾を振り続ける。そんないじらしく愛おしい飼い犬をモフモフと撫でていると、半羽織の青年が(おもむろ)に膝を折り、しんのすけと目線を合わせた。

 

「無事か………怪我は、無いようだな。」

 

 開かれた口から紡がれた声は、波一つ立たない静穏な水面(みなも)を思わせる。端整な顔が表す感情は読み取れないものの、短いその問い掛けが自分を案じてくれていると気付いたしんのすけは、いつもの調子(ペース)で答えを返した。

 

「オラは平気!もうちょっとジェットコースターごっこしたかったなぁ~………あれ?そういえばシロ、何でこのお兄さんと一緒にいるの?ひょっとしてお(シリ)合い~?」

 

 (シリ)、のところで自らの尻も突き出し、小気味よいリズムで左右に振るしんのすけ。こんな状況下にも関わらずいつも通りな飼い主の様子に、やれやれとシロが頭を振る。

 一方で、いきなり臀部(でんぶ)を露出した見知らぬ子どもと、動きに合わせて愉快に揺れる彼の尻の動きに、澄んだ水底(みなそこ)のような目が一瞬だけ丸くなったような気がした。

 

「………知り合いでも、尻でもない。その犬が俺をここまで導いてきた。」

 

「ほうほう。てことは、シロはこのお兄さんをオラのとこまでご案内したんだな。よしよし偉いゾ~シロ、後でご褒美のジャーキーあげるからな。」

 

 わしゃわしゃとシロを撫でていたしんのすけが、ふと青年へと顔を上げる。彼の人形の様に無機質な顔の頬が、僅かに緩んでいる………ような気がしたのだが、それより何よりしんのすけの興味を()いたのは、彼の(まと)う奇抜な柄模様の羽織。片や鮮やかな臙脂(えんじ)色、片や幾何学(きかがく)模様にも似た不思議なその羽織の存在は、しんのすけの頭の中で眠る記憶の鼻先を(くすぐ)っていた。

 

「ねえお兄さん、やっぱりオラ達おシリ合いなんじゃない?だってオラ、お兄さんのそのカッコいいお着物、どこかで見た気がするもん!」

 

 鼻息を荒くして迫ってくるしんのすけを手で制しながら、青年は自身の記憶回路を巡らせる………が、やはり彼の頭の中には、尻を出して踊る膝丈下程の小さな少年の記録など一切存在しない。無言で首を横に振ると、しんのすけは「そっかぁ~…」と、()も残念そうに太い眉を八の字に下げた。

 

「それじゃ、オラ達今が初めましてなんだね。オラ野原しんのすけ、粒餡(つぶあん)()し餡かの好みはその日の気分で決めちゃう五歳児。こっちはオラん()の家族のシロ。どうぞお見(シリ)置きを~♪」

 

 くるりと体を反転させ、またも向けられたまん丸の尻。意図の分からない自己紹介と幾度も見せつけられる臀部(ヒップ)に混乱しながらも、青年はそれを(おもて)に出すことなく、静かに口を開く。

 

「俺は………俺の名は、冨岡(とみおか) 義勇(ぎゆう)だ。」

 

「ほーぅ、トミオカギューなんて変わったお名前だね。そんじゃ今後も一つよろしく、トミー!」

 

「いや、ギューではなく義勇……………トミー?」

 

 聞き間違いかと自身の耳を疑い、しんのすけへと向き直る。尻に当たる夜風が冷たかったらしく、いそいそとズボンを上げていた彼は、青年……冨岡義勇の視線に漸く気が付く。

 

「そうだよ。タピオカ、じゃなくてトミオカだから、お兄さんはトミーって呼ぶことにしたの。ということで、まずはお友達からスタートし・ま・しょ?トミー♪」

 

 にへら~と浮かべる薄笑いは(いささ)か不気味ではあるものの、そこに侮蔑(ぶべつ)嘲弄(ちょうろう)などは一切含まれていない。とすれば、この頓痴気(とんちき)渾名(あだな)は幼い彼なりに、懸命に頭を(ひね)って考えだしてくれたものなのだろう。ならばその厚意を無下にしてはいけない、まあ色々と言いたいことはあるのだけれど。

 

「………そうか。」

 

 以上の数十秒間に(わた)る葛藤を経て、口を開いた義勇が発した短い一言。それを了承(りょうしょう)と受け取ったしんのすけは、「トミー♪トミー♪」とつけたばかりの渾名を連呼しながら、上機嫌で腰を振っていた。

 

「ところでトミーはおサムライなの?それってオラが持ってるのと(おんな)じおサムライの剣だよね?」

 

「いや……帯刀こそしているが、俺は(さむらい)では────」

 

 そこまで言い()した義勇の目線は、しんのすけの顔から彼が拾い上げた刀へと移る。

 一見だと面妖な配色というだけで何の変哲(へんてつ)もない、長さが一尺程しかない小さな刀………しかし義勇ほどに『実力を備えた者』は、それが(まと)い放つ異様な情調(オーラ)を察することが可能であった。

 

「お前、その刀は──────っ‼」

 

 全身を刺し貫く程の鋭い殺気を肌で感じたと同時に、義勇は利き手の刀を素早く振り上げる。

 ザシュッ、と刃が肉を断つ音と共に、赤黒い飛沫(しぶき)を散らして宙を舞う物体。それが伸ばされた鬼の腕であることをしんのすけが気付く前に、(ちり)と化した肉塊は風に吹かれて消えていった。

 

「お前らなぁ、俺の存在を綺麗さっぱり忘れてくれてるんじゃねえぞぉっ‼今話主要(メイン)の悪役だってのにずっと放置されてさ、特に台詞も無い状態で既に予定文字数の半分切ってるんだからな!」

 

 草を掻き分け、現れた鬼の額には幾つもの青筋が浮き出している。見るからにご立腹な彼の背中から、斬られた代わりの腕が新たに姿を現していた。

 

「おおっ鬼さん、そんなトコにいたの?こってり忘れてたゾ。」

 

「お前らから声掛けられるの待ってたんだよ!でもいつまで経っても素振りすら無いから、悔しいけど自分から仕掛けたの!そしてそれを言うならすっかりだろ!にしても、鬼狩りに追いつかれるたぁ俺もツイてない………やっぱり早々に『稀血(まれち)』を喰っておくべきだったなぁ……。」

 

 ひっくり返したバケツの如く不平不満をぶちまけた後、ぼそりと鬼が零したその単語を、義勇は聞き逃さなかった。

 

「………しんのすけ。」

 

「お?何なにトミー?」

 

 初めて名前を呼ばれ、しんのすけの小さな(ハート)は軽く弾む。だがそんな軽やかな心情とは裏腹に、ゆっくりと立ち上がった義勇は沈着した様子で鬼から視線を逸らさない。

 

「あの鬼の狙いはお前だ、早く(やぶ)の中に隠れろ。」

 

「えっ?何でオラが狙われてるの?思い当たる原因としては、オラがケ〇ン〇スナーもびっくりの世界的美少年だからかな?」

 

 その自身と根拠は一体どこから出てくるのだろうか、的外れな推測をするしんのすけに呆れ果てつつも、義勇は刀を構え直してから続ける。

 

「…………シロ。」

 

「クゥン?」

 

「飼い主……いや、家族を何より大切と思うなら………しんのすけを頼む。」

 

 鬼からは一寸も目を逸らさない状態のまま、義勇はシロに声を掛ける。口調は淡々としているが、そこに込められた彼の想いや温もりを、賢いシロはしっかりと汲み取っていた。

 

「アンッ!」

 

「おわあぁっ何すんのシロ⁉いやぁ~んケダモノ~!」

 

 返事代わりに力強く吠えたシロは、しんのすけを連れていこうと彼の衣服を咥える。ズボンをパンツごと引っ張られ、またしても尻が剥き出しの状態になったまま、あれよあれよと藪へ引きずり込まれる。

 しんのすけの視界が完全に草木に覆われてしまうのと同時に、鬼が動きだした。

 

「目障りな鬼狩りめが‼邪魔をするなああァァァッ‼」

 

 爪を尖らせ、牙の並ぶ口を吊り上げ、鬼は義勇目掛け飛び掛かる。地面を強く蹴った僅か数秒の間に、鬼は義勇のすぐ目の前まで距離を縮めていた。

 忌々(いまいま)しい鬼狩り、まずはその澄ました顔を(えぐ)ってやろうと四本の腕を振り上げる────刹那、血走った目に映っていた義勇の姿は、瞬時に消え去った。

 

「なっ⁉くそっ、どこに行き………………あ?」

 

 ぽたり、ぽたり。

 足の先端に水滴が落ちた感覚に、鬼は下を向き………そして、手首から先が無くなった四本の己の腕へと、目線を映していく。

 

「あ、あぁ、ギャアアアァァァァッ‼」

 

 遅れてやってきた激痛に、耐え切れず鬼は絶叫する。手はすぐに再生を始めたものの、与えられた痛みに対する憤怨(ふんえん)はふつふつと湧き上がり、満面朱を(そそ)ぐという成句のままに怒りを剥き出し、周囲にいるであろう義勇を探す。

 

「どこだ⁉どこにいる⁉よくもこの俺を斬りつけてくれたな、稀血の前に貴様から喰ってやるっ‼」

 

 右を見ても、左を見ても、義勇の姿はどこにもない。怒りと同時に生まれた焦燥感が膨らんでいったその時、降り注いでいた月明かりが不意に(さえぎ)られる。

 

 

 

 ───青白い月光を全身に受け、高く跳躍する義勇の振り上げた刀が爛々(らんらん)と妖光を放つ。

 

 

 薄く開いた彼の口が、細く息を吸い込んだその直後、深縹(みはなだ)色の刀身に水流のような紋様が纏わりつく様を、地上の鬼を始め藪からこっそりと顔を覗かせたしんのすけとシロも、驚愕に見開いた目に映していた。

 

「おおっ!何アレ~⁉」

 

「キャン!キャンキャンッ!」

 

「しまった、上か……‼」

 

 (おもて)を上げ、治癒の終わった腕を上空へと勢いをつけて伸ばしていく。しかし、その手が義勇を切り裂くよりも早く、刃が振り下ろされた。

 

 

 

「『 水の呼吸 ()の型──打ち潮 』」

 

 

 

 まるで剣舞を奏でるように(たお)やかで、それでいて荒々しく打ち付ける波のように力強く、義勇の刃が斬撃を繰り出す。

 

 鬼の腕は瞬時に(こま)切れとなり、周章狼狽(しゅうしょうろうばい)する間も与えられぬまま、青い刃の先が鬼の首元へと突き立てられた。

 

「っ………畜生、畜生畜生っ‼せっかく稀血を見つけたってのに!まだまだ人間を喰い足りないのに‼」

 

 恨みを言葉として吐き出され、それを正面から浴びせかけられても、義勇の表情は眉一つ動く様子はない。

 力を込めた刀が、鬼の首に食い込み始めた時だった。

 

 

 

「ああ、『あのお方』のためにも、もっと喰わなければ……もっと殺さなければ‼俺は力をつけなくてはならない………‼『鬼舞辻(きぶつじ) 無惨(むざん)』と、その配下の鬼共をも越えられる程にっ‼」

 

 

 

「─────⁉」

 

 

 『鬼舞辻無惨』、その言葉が鬼の口から飛び出した直後、不意に義勇の動きが鈍くなる。

 

 見開かれた瑠璃の眼の中に浮かんだ、一瞬の動揺………首にかかる刀の力が緩んだその隙を、鬼は見逃すことはなかった。

 

「ハハハハハッ!鬼狩りめ、これでも………喰らえェっ‼」

 

 大きく開いた鬼の口から、濁った紫紺(しこん)色の煙が吐き出される。咄嗟に体を()じり鬼から距離を置くも、既に微量の煙が義勇の肺へと流れ込んでしまう。

 

「(⁉……しまった、『血鬼術(けっきじゅつ)』か………‼)」

 

 ぐらりと視界が揺れ、刀を握る腕からは力が抜けていく。立っていることもままならず、義勇はその場に(ひざ)をついた。

 

「トミー⁉どしたのトミーっ⁉」

 

「アンアンッ‼」

 

 麻痺(まひ)していく意識の中で、必死に呼びかけてくる幼い声。(なまり)のように重くなった眼球を動かした先には、藪から頭を出したしんのすけとシロが映っている。

 ああもう、隠れていろと言ったのに………感覚の薄れていく手を動かし、隊服の胸ポケットへと指を入れる。震える指で小さな小瓶(こびん)を掴んだその時、腹部に衝撃が走った。

 

「がは………っ‼」

 

 吹き飛ばされ、仰向けに倒れた義勇の身体。取り落とした小瓶を拾おうと伸ばした手を、裸足の足が強く踏みつける。

 

「ハハッ、いい格好だなぁ?ざまあみろ!」

 

 蹴り飛ばされた刀が、離れた草叢(くさむら)へと転がっていく。満身に痺れが広がっている上に、得物までも失った義勇。形勢が逆転したことに鬼は笑みを浮かべ、先程の仕返しと言わんばかりに暴行を加え始めた。

 

「ぐっ………ぅ……っ‼」

 

 抵抗する(すべ)を失い、一方的に蹴られ続ける最中でも、義勇は身体にかかる負荷を最低限に治めようと、一定の『呼吸』を繰り返す。

 

 

 守らなければ………そうだ、自分は彼らを守らなくてはならない。

 

 鬼殺(きさつ)の剣士として、鬼に抗う力を持つ者として………それ以前に、一人の大人として、あの子ども(しんのすけ)を────

 

 

 

 

 

「クゥーン………。」

 

 藪の隙間から、しんのすけと共に顔を覗かせるシロ。

 しんのすけを助けてくれた冨岡が、異形の化け物に蹂躙(じゅうりん)されているその光景に、思わず目を背けたくなる。

 ふと、薄く開いた目でしんのすけを見れば、何も言葉を発さぬまま微動だにしていない。ただ、刀を握る小さなその手が、恐怖のためか僅かに震えている。

 

「……シロ。」

 

 不意に名前を呼ばれ、そして振り向いたしんのすけに、シロは思わず瞠目(どうもく)する。

 彼のその声も、その表情(かお)にも、恐れの色は一切見受けられない。それどころか、吊り上がった太い眉と彼の団栗眼(どんぐりまなこ)の奥に宿る輝きが、強い決意を表していた。

 

「シロ、オラ達でトミーをお助けするゾ!オラがあの悪い鬼と戦うから、その間にシロはトミーの剣を探して持ってきて!」

 

「キャウッ⁉クウゥン……!」

 

 唐突に何を言い出すのだろうか、この飼い主は。シロが左右に首を振るにもお構いなしに、しんのすけは続ける。

 

「んもう、ワガママ言わないの!後でジャーキー増やしてあげるから!」

 

 そういう問題ではない。いや、ジャーキーは欲しいのだが………無論、シロとて義勇を助けたい想いは同じだ。しかし恐怖で体が強張っているのと、彼にしんのすけを守るよう言いつけられた使命感が(かせ)となり、中々踏み切れない。

 (うつむ)き、ひたすらに葛藤するシロ。するとそんな彼の頭に、ポンと置かれたしんのすけの手。

 

「シロ、このままだとトミーが悪い鬼にやっつけられちゃうんだよ?本当にそれでもいいの?」

 

「クゥン……。」

 

「オラはそんなのやだ!だってトミーはもう、オラの友達だから!困ってる友達はお助けしなくちゃいけないって、かーちゃんもよしなが先生もいつも言ってるんだゾ!」

 

「!……アゥン!」

 

「シロ……オラと一緒に、頑張ってくれる?」

 

「アンッ!」

 

 真っ直ぐに見つめる無垢(むく)な瞳には、一点の迷いもない。そんな飼い主の勇ましい姿に背中を押され、漸く決意出来たシロは力強く頷いた。

 

「よ~し行くぞォ!野原一家(※父・母・妹不在)、ファイヤー!」

 

「アンアーンッ!」

 

 

 

 

 

「が……っ‼」

 

 大きく吹き飛ばされた体が木にぶつかり、義勇は背中の痛みに(あえ)ぐ。既に痺れは全身へと広がり、最早指の一本さえ動かすことは困難であった。

 

「いたぶるのも、そろそろ飽きたな………それじゃあ稀血(ごちそう)にありつく前に、前菜といこうか。」

 

 舌舐めずりをしながら、一歩一歩と鬼が接近してくる。自身が食われるやもしれない危機だというのに、義勇の頭の中にはしんのすけを案ずることだけしか残っていなかった。

 

「(………もうじき、『炭治郎』も駆けつけてくる(はず)。だからしんのすけ、どうかそれまでは、大人しく身を潜めて─────)」

 

 

 

「ワ~ハッハッハ!ワ~ハッハッハ!」

 

 

 

「⁉───だ、誰だっ⁉」

 

 突如、夜の森に響き渡った高笑いに、鬼の意識は冨岡から()らされる。警戒しながら周囲を見回していたその時、茂みから何かが飛び出してきた。

 

 

「悪い鬼め、覚悟しろ!正義のミタカ、ケツだけ星人参上~!」

 

 

 青白い月光を受け、照らされたプリップリのお尻。二本の足が地面に華麗に着地を決めた次の瞬間、それは素早い動きでこちらへと接近してきた。

 

「え?う、うわあああぁぁっ⁉ななな、何じゃこりゃあ⁉」

 

 得体の知れない存在の出現に、激しく動揺する鬼。表面にこそ出さないものの、それは義勇もまた同じ心情であった。

 

「ブリブリ~!ブリブリ~!ブリブリ~!」

 

「あっちょ、速い!何だコイツ、滅茶苦茶すばしっこ───いてっ‼」

 

 捕まえようと四本ある腕を伸ばし動かすも、トリッキーな動きで縦横無尽に移動しまくるケツだけ星人に触れることは容易ではなく、絡まった腕にうっかり足を取られた鬼は、顔面から地面へと転倒した。

 

「ブリブリ~!ブリブ………お?何だコレ?」

 

 コツン、と足先に何かが当たり、しんのすけは動きを止める。その正体である小さな瓶を拾った時、近くからの(うめ)く声に顔を上げた。

 

「トミー!」

 

 近くで見た傷だらけの彼の姿に衝撃を受けながらも、しんのすけは尻を仕舞い忘れていることなどお構いなしに彼の元へと駆け寄っていく。

 

「しん……のすけ………。」

 

「トミー、お怪我大丈夫⁉オラのかーちゃんが珍しく忘れずキューキュー箱持ってきてるから、後でお手当してもらって────」

 

「そ、の……瓶………中身を、飲ませ……早く……‼」

 

「え?もしかしてコレのこと?」

 

 拾った瓶を顔の前まで上げると、義勇は苦し気に呼吸を繰り返しながら頷く。一見瓢箪(ひょうたん)のような小さな瓶の蓋を開けると、そこから(ただよ)う強烈な薬の臭いに、しんのすけは顔を(しか)めた。

 

「うげぇ、ピーマンみたいな臭い………トミー、ホントにコレ飲むの?」

 

「急げ……‼早く、それを口に────」

 

「分かった、ほい。」

 

 まだ喋ってる最中にも関わらず、開いた口に躊躇なく突っ込まれる小瓶。()き込みそうになりながらも、何とか瓶の中身を飲み干した義勇は、空になった容器を地面へと吐き捨てた。

 

「おお~、よく飲めたねトミー。流石は大人────おわぁっ⁉」

 

 突然体を掴まれ、乱暴に持ち上げられるしんのすけ。義勇が顔を上げたその先には、幾本もの腕でしんのすけを捕らえ哄笑(こうしょう)する鬼がいた。

 

「やっと捕まえたぜ……まさかお前の方から来てくれるとはな、稀血(ごちそう)ちゃん♪」

 

「放せ~!オラ食べても美味しくなんかないゾ!」

 

「ハハッ何を言っている?こんなに美味そうな匂いの獲物は初めてだ。ああもう、我慢出来ない……まずはその柔らかそうな尻から、喰ってやるとするかぁっ!」

 

 出しっぱなしになったしんのすけの尻目掛け、鬼は鋭い牙を突き立てようとする。未だ麻痺の残る体を強引に動かそうとしながら、冨岡は叫んだ。

 

「しんのすけ────‼」

 

 

 

 

  ぷうぅ~

 

 

「………あ?」

 

 狭い隙間から空気が漏れる、何とも間抜けな音と共に、鬼の鼻腔(びこう)へと潜り込んでくる強烈な臭気。

 顔は瞬時に青ざめ、だらだらと垂れる汗が滝のように全身へと流れ、堪らず鬼は鼻を押さえて絶叫した。

 

「んぎゃあああぁぁぁっ‼くっせええぇぇぇっ‼」

 

 その拍子に投げ出されたしんのすけは、空中で二回転を決めた(のち)に義勇の前で着地。その際に背中にしょっていた彼の刀が、ぽとりと落ちた。

 

「やれやれ助かった~。これぞ屁機一髪、ってやつですな。」

 

 それを言うなら危機一髪だろう……と義勇が口に出そうとしたのと同時に、鬼が()せ込みながらもこちらへと向かって来る。

 

「ゲホッ………このガキ、普段から何食ってやがんだ⁉」

 

「んも~大袈裟だなぁ。こんなのなんか、オラのとーちゃんの靴下に比べたら可愛いもんですぞ?」

 

「知らねーよお前の親父のことなんか‼よくも舐めた真似してくれたな、今度こそ鬼狩り共々、骨までしゃぶりつくしてやるぅっ‼」

 

 怒り狂い、突進してくる異形の鬼。するとしんのすけは落ちた刀を拾い、義勇を庇う形で前へと立ち塞がった。

 

「⁉……何をしている、早く逃げ……ゴホッ!」

 

「やだ!オラは逃げない、トミーを見捨てて逃げたりなんてしないゾ!」

 

「馬鹿を言うな‼お前に何が────」

 

「だってトミーはもう、オラの友達だから!友達が困ってる時は、お助けしなきゃいけないから!」

 

「………友、達?」

 

 あまりに真っ直ぐな言葉と、強い決意の宿った瞳。そして自分を『友』と呼んだ目の前の少年に、義勇は胸を突かれる。

 

 

 

「よ~し………オラの友達をいじめた悪い鬼め、覚悟しろ!てりゃあ~!」

 

 

 

 鞘にかけた小さな手は、もう震えてなどいない。

 

 新しく出来た友を守る為、しんのすけは一気に刀を引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

《続く》

 

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