トーキョー・ファンタズム・クリンク   作:和泉キョーカ

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◆レミリア・スカーレット
使用可能能力:怪力
使用不能能力:運命を操る程度の能力、飛行能力、高速移動能力、再生能力、その他吸血鬼としての能力
持続弱点:なし
無効弱点:流水、日光、にんにく、鰯の頭、柊の枝、その他吸血鬼及び鬼の弱点


エピソード・インブルーⅠ

 ここは日本、東京臨海副都心。侍が刀を佩いて草履で地を踏んでいた時代、異国の船艇対策として幕府が大砲台場を設置したこの地も、今では潮風が薫る人々の憩いの場所となっている。

 そんな海を埋め立てて固められた街の海辺のマンションのエントランス前で、ひとりの青年が傾き輝く落日を目を細めながら見つめていた。そんな青年の背後から声をかける影がひとつ。

「――本当に、良いのね?」

「構わないよ。元々こうなったのは僕のせいでもあるわけだしさ。」

「厳密には過干渉な迷惑神様のせいだけれどね。」

「その迷惑神様と契約しちゃったのは僕だよ。」

「破約条件が記載されていない契約だなんて、随分と時代遅れ(レトロ)な代物をしてくる物よねぇ。」

「それ、君が言う?」

 苦笑しながら、青年は影の方へと視線を移す。西日が作り出す暗がりの中に佇むその人物は、ドレスのようなロングスカートを潮風に揺らしながらとぼけたような声を出した。

「あら、何のことかしら。」

「今僕が君と締結したこの契約だって、破約条件が明記されていないけど?」

「時代遅れな世界に生きる時代遅れな妖怪ですもの、それも味ではなくて?」

「開き直るなよ……。」

「それじゃ、そういうわけでこれからしばらくよろしくね。」

「……はいはい。ここで何言ったって君は上手い事はぐらかすだけだからね。」

 青年が呆れたように首を振りながら了承すると、その場からふいに影の気配が消失した。青年はため息をつき、燃えるような赤毛が混じった黒い後ろ髪を掻きながらエントランスの中へと踵を返すのだった。

 

 僕が学校疲れを抱えながら一人暮らししているマンションの一室に帰り、のドアの鍵穴に鍵を差し込もうとすると、ドアノブに違和感を感じた。ドアノブを握ってみると、まるでハムスターの回し車のようにクルクルと回転するではないか。よくよく見てみると、凄まじい握力で握り壊された形跡がある。つまり、あの契約(・・・・)の第一の被害者が中にいるということだ。そして、僕の思いつく限りこんな芸当をするのは一人くらいしか思いつかない。

 僕が屋内に入ると、予想に違わぬ人物がテーブルの席にちょこんと座っていた。

「あら、こっちの人間ってのは案外暇じゃないみたいね。」

「当たり前でしょ。君たちと違って僕らの命は忙しないんだ。皆が皆短い時間の中で『自分自身』を証明するために足掻いているのさ。」

「その考え方がもう短い時しか生きることのできない下等生物の思考回路よね。」

 僕はドアを閉めながらノブを握り、滅茶苦茶に破壊されたそれを修復すると、靴を脱いで彼女の目の前に荷物を並べ置き、首元のネクタイを緩めた。

「あんた、事情は知っているんでしょう。」

「うん。全部紫さんから聞いたよ。随分と困った異変が起きたものだね。」

「はん、誰のせいだか。あの時の屈辱、まだ忘れちゃいないわよ。」

 そう言って優雅だが一切隙を見せない姿勢で椅子に座っていたのは、レースがふんだんにあしらわれた白っぽいピンク色のワンピース・ドレスのような衣装を身に纏い、ナイトキャップで青くも見える銀髪を抑え、背中から生える蝙蝠のそれのような翼をピコピコと動かす、齢十歳程に見える少女だった。

 その名をレミリア・スカーレット。僕らの世界で考えれば、華麗なるルネサンスの時代から生きている吸血鬼である。

「……まぁ、その時の責任を少なからず感じてるから、こうやって異変が解決するまでの間、君たちの受け皿になったんじゃないか。」

「私としてはそれなりに楽しいわよ、この状況。」

「そうなのかい? 幻想郷のルールから外れているんだよ?」

「おかげさまで怪力以外の能力を失ってるけど、代わりに弱点も無くなっているもの。まさか私が生きている間に生身のまま太陽の下を歩ける日が来るとは思わなかったわ。」

 僕は鷹揚に頷き、ドアをほんの少しだけ開けたまま自室に入った。上着とネクタイを脱ぎ、鏡の中に映る自分を見つめてみる。鏡の中の僕の髪の毛には、少し言い逃れできない量の赤毛が混じっている。未だに別の契約(・・・・)が履行されているおかげで情報の隠蔽に労力はいらなかったが、それでもこんな姿になってしまった自分を今一度見てみると、少しうんざりというか、げんなりしてしまう。

 ちらと開けておいたドアの隙間からリビングの方を見ると、レミリアは退屈そうに足をばたばたと交互に揺らしながらテーブルに突っ伏していた。彼女がこの東京にいる理由は、やや複雑だ。『そういう異変』と言ってしまえば片は付くが、それでも今彼女は尋常でない怪力を持っただけのただの幼女なのだ。

 

「幻想外れ?」

「そう、幻想郷のルールと常識から外れ、外の世界……貴方達の世界のルールと常識が適用されてしまう状態のことを、幻想外れと。今のところは称することにしたわ。」

「つまり、幻想郷で使えていた能力や妖力が使えなくなった状態で、僕らの世界行きの片道切符を切られちゃうってわけ?」

「そう思ってくれて構わないわ。そしてその原因が――。」

 

 僕、というわけなのだ。かつて妖怪の大賢者を苛つかせるレベルで大暴れをしてしまった僕の影響力は今も幻想郷の地を蝕んでおり、その修復の反動がこのような形で顕現している。その責任を取る形で、僕はその大賢者と契約(・・)をし、この騒動が完全に収まりきるまで『幻想外れ』の被害者を一時的に匿うことになったわけで。

 虚像の僕は呆れたような苦い顔をして溜息をつき、鏡から離れた。

「お嬢様、お買い物の時間だよ。」

「……はぁ?」

 僕は肩掛けカバンを首に通しながらレミリアに立ち上がるよう促したのだが、当の彼女は信じられないという風な表情で僕を睨みつけてきた。

「今日の夕飯の食材を買いに行くんだ。君も一緒においで。」

「誰に向かって物を言っているのかしらこの猩々。」

「僕そんな毛深くないんだけど……あ、もしかしてこの赤毛のこと言ってる?」

「とにかく私は嫌よ、買い出しなんて使い魔かメイドのすることだわ。」

 まぁ、そう言うと思ったけど。短い時間とは言えこの家に居候する身なのだから甘えたことを言ってもらっちゃ困る。

「いやぁ、来てほしいなぁ。」

「だが断る! このレミリア・スカーレットの最も好きなことのひとつは、自分と同等の存在だと思い込んでいる奴に『NO』と断ってやることよッ!」

 人にパンの枚数聞いたり吸血鬼だったり、この幼女はホントに奇妙な冒険してそうだよなぁ……。まぁ、どうしても嫌だと言うのなら仕方がない。最後の手段と行こうかな。

「お嬢様、『幻想外れ』の詳細は知ってるかな?」

「幻想郷の常識やルールが適用されず、外の世界の常識とルールがそれに成り代わるように自身の中に刷り込まれる……あっ!」

「そ、君は今犬歯が鋭くて翼が生えていて少し馬鹿力ってだけの小娘なのさ。」

「ひ、卑怯よアンタ!」

「吸血鬼の状態であれば一日二日絶食したとて問題はないだろうねぇ。あ~、でも残念だなぁ、今の君はほとんど人間に近い。一日二日絶食すれば空腹で動けなくなってしまうかも……。さて、もうわかるね?」

「こンの……虫ケラ風情が粋がって……ッ!!」

「はっはっは! まぁ今君はそんな虫ケラに寄生しなくちゃ生きていけない非力な存在なのさ。わかったら一緒に買い物行くよ。」

 要するに、『言うこと聞かなきゃごはん抜き』とか言う、誰しも子供の時分に両親に一度は言われたことがあるお達しである。僕は不貞腐れるレミリアの外見情報を改竄して、淑女をエスコートするようにその手を取り、外界へと足を踏み出した。勿論、修復したドアノブに鍵をかけて。

 

「お嬢様、何が食べたい?」

「肉!」

 至極シンプルで大変助かる。最初こそ「どうして私が」、「人間風情が生意気に」、とかぶつくさ言っていたレミリアだったが、モノレールで数駅の場所にある大型商業複合施設を見た途端に機嫌を直し、まるで外界に初めて触れた子犬のように興味の向くまま駆け出していった。

「肉と言ってもなぁ……色々あるし。」

「そうねぇ……久しぶりに白人の――。」

「ごめん、現代日本のスーパーには畜生の肉しかないわ。」

「えー、じゃあ犬でいいわよ。」

「牛か豚か鶏か羊!」

「嫌よそんな下賤な肉!」

 レミリアは「あんたに持たせていると私の欲しいものが入れられない」と僕からひったくった買い物カゴを片手に提げ、精肉コーナーで渋い顔をしている。

「……じゃあ羊でいいわよ。」

 そう言って一番高いラムチョップをカゴの中に大量に放り込んだ。随分な食欲である。お金足りるかな。

 その後も気の向くままにスーパーの中を散策していたレミリアだったが、あるコーナーでその足を突如止めた。

「……ねぇ、これ何?」

「ん? 氷菓食べたことない?」

 それは、アイスクリームやカップアイス、氷菓子が大量に並べられた冷凍庫だった。レミリアは興味津々と言った表情で瞳をきらきらさせながら冷凍庫に額をぴたりと押し付ける。

「かき氷や湖の氷とかアイスクリンなら食べたことあるけど……これはそういうのではないの?」

「ちょっと違うかな。どう違うかって言われても僕はアイスの知識はあんまりないから説明できないけど……。とにかくおいしいよ。う~ん、でもレミリアでも食べやすい物って言ったら……これかな。果汁入りの氷のお菓子。アイスバーって言うんだ。」

 僕らはそこらで買い物を切り上げ、複合施設の外に出た。そして、海の見えるベンチに座り、互いに買ったアイスの包装を破く。

 僕は小分けになったチョコアイスを口に含みながら、アイスバーをおいしそうに舐めるレミリアを見守った。

「ん……これ、おいしいわね! 帰ったら咲夜に作らせようっと!」

「そういえば……帰る手段って何なんだろう。」

「ほふぇ?」

 口にアイスバーを咥えたままきょとんとした顔で僕を見上げるレミリアを傍目に、僕は考え込む。

 ただ単純に結界が緩んだだけならば、あの大賢者が回収することは容易なはずだ。実は当の本人である僕も、一体僕の力がどのように作用して今回の異変を起こしているのかと言うのは一切聞かされていない。ただ、こちら側の世界に弾き飛ばされた幻想郷の住民を保護してほしいとだけ頼まれたのだ。もしもこのまま、こちらの世界にずっと留まることになったら、レミリアはどうするつもりなのだろうか……。

「――ねぇ! ねぇったら!」

「ん、ん?」

 はっと我に返ると、レミリアの顔が僕の鼻先にあった。

「何か変なこと、考えているでしょう。帰る手段が存在しなくて、私がこのままこの世界に居ることになったら、とか。精々そんなところじゃない?」

「……。」

 僕が無言のままでいると、レミリアは特に気にした様子もなく、僕が持っていた串に刺さったままのチョコアイスをぱくりと食べてしまった。

「ん、甘い! こっちもおいしいわね。――未来のことをウジウジ悩むのは、短い時を生きる虫ケラの特権ね。私はそういうの、少し羨ましいと思うわ。でもね。」

 レミリアは指で僕の膝の上の箱からチョコアイスを奪い取って、また口に放り込む。

「誇り高きツェペシュの末裔たるこの私は不確定な事象や未だ来ない明日のことに悩んだりしないのよ。今一瞬、この一瞬を全力で楽しんで生きるの。だから帰れないだとか帰る手段だとかはどうでも良いわ。

 向こうはこっちよりも時間の流れがゆっくりだって言うのは知ってるでしょう? 少しくらい帰るのが遅れたって、この私に不平を言う輩もいないしね。」

 そう言って海に沈みゆく燃える太陽を眩しそうに見つめながら、レミリアは足をじたばたと振り、チョコアイスを頬張り続けていた。

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