トーキョー・ファンタズム・クリンク   作:和泉キョーカ

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◆東風谷早苗
使用可能能力:風を操る力
使用不能能力:奇跡を起こす程度の能力、風祝としての祈祷力、現人神としての力、飛行能力
持続弱点:なし
無効弱点:なし


エピソード・デーティⅠ

「今日から少しの間お邪魔することになりました、現人神要素のなくなったただの巫女です!」

 彼女はそう言って満面の笑顔で手にしたお菓子の包み紙を僕に渡してきた。一番こちら側の世界に来ても何の支障もない人間が来てしまった。そもそもちょっと時代感覚にズレがあるだけの女の子が幻想外れの被害に遭ったところで、特にこれと言って僕が受け皿になるほどの非常事態でもないだろうに。

「そうでもないですよ? 基本的に文無しなのでご飯は困るし。」

「まず寝床のことを考えようよ。」

 見る角度によっては緑色にも見えるほど明るい色の長髪を持ち、日本人にしては異質な青色の瞳のその少女の名は、『東風谷早苗(こちやさなえ)』。博麗の巫女と毎度の如く信仰心稼ぎを競争している妖怪の山に住む巫女。こう見えても人ながらにして神となった現人神(あらひとがみ)であり、かつて大きく栄えた大神の巫女を務めているはずなのだが。

「お邪魔しますねー! ……そういえば生まれてこの方同年代の男の子の家に勝手に上がったことってなかったなぁ。」

「勝手に上がんないでよ。せめて許可取ってよ。」

「と言っても、諏訪子様に『外の世界に飛ばされることがあったら遠慮なく彼を頼りな』って言われているので……。あ、この部屋使っていいですか?」

「あっ、だからちょっと待ってってば! レミリアのお嬢が出てったばっかりで洗濯してないんだよ!」

 どうにも威厳がない。頼むからずかずか人の家を歩き回らないでほしい。そしてテレビの薄さだのIHコンロだのにいちいち驚かないでほしい。とても鬱陶しい。しかし僕が何よりも一番気になったのは、彼女の服装だった。

「なんでセーラー服なの。」

「いつもの巫女服だと怪しまれるじゃないですか、社務所から引っ張り出してきたんですよ。」

 縮んでへそが顔を出してしまっている、赤いリボンが目を引く紺色のセーラーと、身体の成長に置いていかれ、ミニになってしまった同色のスカートに身を包んだ早苗は、どこからどう見ても上京したての田舎娘にしか見えなかった。

「今、田舎娘みたいって思いましたね!」

「オモッテナイヨ。」

「私にはわかるんですよ! むむむ、奇跡の力が告げています……。あなたは次に『目のやり場に困る』と言いますね!」

「随分と前に着てたものなのか知らないけど、サイズもうかなり小さいじゃないか。目のやり場に困るから僕の服でも着て……ハッ!?」

「これが奇跡の力です!」

「奇跡みみっちくない?」

「みみっ!?」

 膝をついてしきりに「みみ……みみ……」と復唱し続ける早苗をその場において、僕は空き部屋のベッドのシーツやふとんを洗濯機に詰め込み、ゴミを片付けて掃除機をかけ、居住できるだけの環境を整備する。

 

 部屋が綺麗になったあたりで早苗は正気に戻り、僕がテーブルの上に用意していたお茶を飲み始めた。ひと心地ついた様子の早苗に、僕ば幻想外れの現状について説明を始める。

「第一被害者のレミリアは、月が上弦の形になっていくにつれて力が戻っていっていたんだ。紫さん曰く……あれ、なんて言ってたんだっけな。まぁとにかく、君たちが幻想郷に帰るためにはどうやら上弦の月を待たないといけないみたい。」

「こっちの月は今どんな具合なんですか?」

「それが……昨日レミリアが帰ったばっかりでね。多分あと一か月は帰れないんじゃないかな……。」

 僕は早苗が愕然とするかと思っていたけれど、予想に反して早苗はケロッとしていた。流石蛙の巫女。

「そうですか。まぁこちらの一か月なんて向こうにしてみれば一週間程度ですから、大した支障もないと思いますよ。それよりも! 私はこちらの世界に来なくなって久しいので! 一か月もあるなら色々案内してほしいんですよ!」

「えぇ……。まぁいいけどさ、そろそろ僕も夏休みだし……。」

「あぁっ! 夏休み! とても懐かしい響きです!」

「発言が年寄り。」

「としっ!?」

 湯呑を両手で握りしめながら「とし……とし……」とぼやき続ける早苗の心ここにあらずと言った表情を見ながら、僕は彼女が受けた幻想外れの影響について思索を巡らす。

 彼女には大まかにみっつの能力がある。ひとつは彼女を大きく象徴する、『奇跡を起こす程度の能力』。甘いものを酸っぱくしたり、空から蛙を降らせたりするみみっちぃ能力だ。もうひとつが、風祝(かぜほうり)と呼ばれる彼女の本来の役職由来の風を操る力。――と言っても、すべての風祝が風が操れるかと言えばそうではなく、単純に現人神の風祝である早苗だからこそできる芸当だ。最後のひとつが空を飛ぶ能力。博麗の巫女と大して変わらないものだけれど、まぁこの力は幻想郷の陣貝の間では必須レベルの代物だから……。

 さぁ、果たして早苗は何を失い、何を持続しているのだろう。……いつまでぼんやりしてるんだこの子。

「早苗?」

「わひぇ!? 何でしょう!」

「君、自分が何の能力を失ってるか自覚できてる?」

「いいえ、できてません!」

「ドヤらないで!?」

 最高のドヤ顔だった。もう後光すら見えるほどキラキラと眩く輝くドヤ顔だった。自分のことなのに。自分のことなのに。

 でも昨日の記憶が確かなら、早苗が力を取り戻していく過程で僕が無意識のうちにみんなから奪ってしまった能力が目覚めるはず。その時になって考えればいいのかもしれない。

「そ・れ・よ・り・も! 早くどこか行きましょうよ! ここ、お台場でしょ!? 私お台場って終ぞ行かないまま幻想郷に来ちゃったんですよ! ねぇねぇ、お台場観光案内、頼まれてくださいよぉ!!」

 まるで遊園地にやってきた幼子のようにテーブルを両手でバシバシと叩いてそう催促する早苗をなだめて、僕はひとまず外出準備に取り掛かる。

「そういえば君、そのセーラー服以外にどこかに行く服、持ってるの?」

「持ってませんよ?」

 まぁ、だろうね。いや、人に見られる外見に関しては僕の第一の契約で何とかできる。レミリアの翼や髪色、ドレスの見た目を変えられたんだから、早苗のパッツパツのセーラー服だって女子大生みたいな服装に変えられるだろう。

 でも、それは人から見た見た目(・・・・・・・・)であって、本来の外見情報が見えている僕の精神面によろしくない。一応まだ高校生の手前、生理的なアレコレで際どい服装を見ると非常に顔を合わせづらい。

「えーっとね、早苗……。」

 僕は何とか早苗を説得して、僕の服を着てもらうことにしたのだった。

 

 東京臨海副都心――お台場と言えば、何があるか。お台場に住んでいる人間から言わせてもらえばあるのは毎日のように続く開発工事、朝から晩まで騒ぐマナーの成っていない観光客、海から吹き荒ぶ冷ややかな潮風。基本的に見晴らし以外に住むメリットがない。

 でもそれは住んでいる側の人間の主張。度々訪れるからこそ、お台場の魅力は輝くのだろう。僕の隣でしきりにはしゃぐ元女子高生が良い例だ。無人走行のモノレールの最前席に座っている早苗は、先程から区間内をひたすら往復して乗り続けている。始点駅から終点駅、乗り終えたらまた終点駅から始点駅。もう三周目だ。

「ロボットのコックピットみたいで燃えますね!!」

 もうこのセリフも数十回は聞いた。毎日これに乗って通学している僕からしてみれば退屈極まりないのだが。平日の昼間から僕は何をやっているのだか。

 やがて早苗は、僕としては気付かないままでいてほしかったものに気付いてしまった。

「あれ何ーっ!!?」

 そう、レミリアと足を運んだあの複合商業施設……その敷地内には、とあるテレビアニメに登場するロボットの等身大立像がそびえている。早苗はその施設の最寄り駅で駆け足に降りると、僕も追いつけないほどの速度でその立像めがけてダッシュしていってしまった。

 僕が息も絶え絶えに早苗に追いつくと、それはもう無邪気に瞳を輝かせた早苗が立像を見上げて鼻息を荒げていた。

「ぼ、僕、能力が残ってても100m14秒なんだけど……! もうちょっと加減して……!」

「それよりもこれ! これなんですか!?」

「えーっと、――っていうアニメに出てくるロボットだよ。あと数分したら多分変形するよ……。」

「変形!!?」

 ワクワクしている早苗の目の前で、僕の宣言通り立像はその上半身を大きく展開させた。胸部や頭部、肩部の装甲がパカッと開き、中のLEDライトが明るく煌めく。それを目の当たりにした早苗はもう狂喜乱舞し、しきりに僕の背中を叩いて言語化しきれていない悲鳴混じりの日本語を叫んでいた。

「あー! ロボット見てたら喉が渇いちゃいました! 何かないですか? こう……最近っぽいやつ!」

「また雑なオーダーを……。」

 しかし最近っぽいものか。少しブームは過ぎているけれど、やはり女子高生の『最近っぽいもの』と言えばアレ(・・)しかないだろう。

「……これ、何ですか?」

 早苗を連れて複合商業施設の内部に入った僕が彼女に渡したのは、黒い球体――タピオカが十数個沈んだミルクティーだった。

「タピオカだよ。知らない?」

「たぴ……あぁ、菫子ちゃんが言ってた奴ってこれだったんですね! へぇ、意外と大きい。」

「どういう風に聞いてたんだ……。」

「蛙の卵みたいなのが沈んでいると聞きましたよ?」

 悪意がありすぎる。菫子は今でも二ヶ月に一度くらいの間隔で会ったりするけれど、そんなひどい人間だとは思っていなかった。

「まぁ、物は試しですから! ずごご。」

 ずごごって。今ずごごって音鳴ったよ。曲がりなりにも由緒ある神社の風祝がタピオカミルクティーのストロー咥えてずごごって言ったよ。

「ずごごごごご。」

 二度も言った上に今度は一度目よりも長い!

 早苗はそんな調子でまるまると練られたタピオカを吸引しながら、ミルクティーをあっという間に飲み干してしまった。

「あっ……。」

「あ?」

「あまあぁ~~~いっっ!!! 幻想郷じゃ味わえない甘さですよっ! あぁ、こういうの昔たくさん食べてたなぁ!! とっても懐かしい!! ので! もっと色々食べさせてください!」

「えぇ!?」

 その後も、フードコートの中にあったスイーツ店を巡っては買い、巡っては買いで、いつの間にか早苗の手だけでは足りず、僕の両手すらもお菓子やスイーツでいっぱいになったトレイで塞がってしまった。

 モンブラン、ショートケーキ、シュークリーム、落雁、ロールケーキ、パフェ、タルト、ムースケーキ、フロマージュ、ボンボンショコラ、クリームサンド、最中、ゼリー、マカロン、ハッロングロットル、羊羹、ガナッシュケーキ、ヌガー。

 そのどれもにそれぞれ違った表情を浮かべて喜び、そして無邪気に悶絶する早苗の姿は、大変愛らしく思えた。そう、その費用のどれもが、僕の財布から捻出されていることさえ看過すれば――。


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