そんな延長戦から数日後、
「お母さん、ただいま!!」
ここは静真高校に通う女子高生の家。その女子高生はインターハイ全国大会に出場する選手も輩出しているテニス部に所属していた。その女子高は母親にただいまを言うと、母親も、
「お帰り!!」
と、お帰りをその女子高生に対して言った。
その後、自分の部屋で私服に着替えた女子高生は母親がいる居間に行くとすぐに、
「ねぇ、お母さん、今日ねぁ、PTA会長の沼田さんからメールをもらったよ!!なんか(静真に通う)全校生徒全員に送ったみたい・・・」
と、母親に言うと、自分のスマホを取り出し、そのメールを母親に見せた。すると、母親、
「おや、本当だね~!!沼田PTA会長からなんて、なんか珍しいねぇ~」
と、あまりに珍しいことに驚いてしまう。まぁ、無理もない。PTAからのメールは学校で行うPTA総会の開催を知らせるものなど年に数回しかなかった。さらに、通常はPTAの名前でメールを送られてくるので、PTA会長である沼田の名でメールが届くことはあまりなかった。が、そのPTA会長である沼田の名でメールが届いた、ということは、沼田直々に静真の全校生徒にメールを送ったことになる、となれば、母親がそれから導かれる結論、それは・・・、
(こりゃ、あの(静真の創立家の末裔で静真での陰の神である)沼田殿が出てくるくらいのとても重要なメールだ・・・)
そう、今、その女子高生が見せたメールはその女子高生はおろか自分たちにとってみてもとても重要なメールである、ということであった。
そんなわけで、母親、女子高に対し、
「はやくそのメールを開きなさい!!」
と、そのメールを開くことを催促。これには、女子高生、
「う、うん、わかった!!」
と言ってはすぐにそのメールを開いてみた。
すると、そこには、
「静真に通う学生のみなさん、そして、その保護者のみなさんへ」
という題名と思しき分、さらには、1つのPDFと2つの動画データが添付られていた。そこで、母親はすぐにメールに添付されていたPDFを開くことに。そこには、
「静真に通う学生のみなさん、そして、その保護者のみなさんへ」
というメールの題名と同じ名、しかし、とても達筆だとすぐにわかる、いや、沼田の直筆の文字であるとすぐにわかるような文字で書かれた題名があらわれた。これを見て、母親、
「おや、これは沼田殿直々の手紙(文書)だね・・・」
と、すぐに悟った。そう、このPDF、静真に通う学生とその保護者たちに向けて沼田が送った手紙(文書)だったのだ(って、当たり前か・・・)。
そんなわけで、女子高生とその母親はその沼田の手紙を読むことにした。そこには・・・。
「静案に通う学生のみなさん、そして、保護者のみなさんへ
学生のみなさん、「部活動は好きですか?」「部活をみんなと一緒に楽しんでいますか?」
今現在、静真に通う学生のうち、95%もの方が静真において何かの形で部活や同好会に所属しております。そのおかげもあり、静真の部活動は活気に満ち溢れております。また、近年、静真の部活自体力をつけてきたこともあり、弓道部やテニス部など、スポーツ系を中心に全国大会に出場する部活も多くなりました。そして、女子サッカー部のようにインターハイで全国優勝する部活も出てきております。
しかし、そのなかで、私、沼田はある心配をしております。それは、強くなって勝つことが多くなった結果、部活をする上でとても大事なことを忘れてしまい、勝つことのみを求めようとしているのでは、ということです。今年度の部活動報告会の場において、ある学生(旺夏のこと)が「勝利こそすべて」「勝利こそ正義」と言ってはそれを会場にいる学生たち、保護者たちが大声で復唱しておりました。これを聞いて、私、この沼田が「静真の未来は本当に大丈夫なのか」と心を痛めてしまいました。たしかに保護者のみなさんに置かれましても勝ち続けて大会に優秀な成績を残すことで大事なお子さまがプロの道に進む足掛かりを得ることができるかもしれません。もしくはそうなることで「お子さまの将来は安泰だ」と思えるかもしれません。
しかし、この私、沼田は本当にそれでいいとは思っておりません。なぜなら、勝つことのみに執着することで人として大切なものを学ぶことを忘れてしまうからです。はたしてその大切なものとはなんでしょうか。
私はこう思います、それは「心」だと、「ほかの人を思いやる心」だと。静真に限らず学校というのは保護者のみなさまにとってとても大切な存在であるお子さま(=静真の学生)の心などを成長させる場所だと私はそう考えております。そのなかでも「自分だけでなくほかのものにも慈しむ心」の成長はとても大切です。学校において自分の知らない人たちとの共同作業はとても大変なものです。しかし、その共同作業を通じて人というのは自分一人ではできないことでもみんなと力を合わせることでどんなことでもできることを学びます。また、社会というのは自分と同じものはごく一部だったりします。ほとんどの場合、人種、民族、宗教、主義、思考などまったく異なったものを持つ方が多いものです。学校はそんな社会の縮図ともいえるかもしれません。なので、そんな自分とは異なったものを持つ方と一緒に活動することでその方たちとお互いを認め合い一緒に力を合わせることの重要さ、そして、それには「ほかの人を思いやる心」が必要であることを知ります。また、それにより学生たちはほかの方と切磋琢磨しながらその心を養っていきます。そんな意味でも学校というのはその「心」を育てる場といえると思います。
そして、学校活動のなかで特に部活はその心をさらに伸ばしていく、成長させることができる場所だと私は考えております。なぜなら、まったく異なった者同士、同じ目的のもと、お互いを認めながら一緒に行動することで普通の学校生活で得るもの以上に自分のその心を著しく成長させることができる、先へと進むことができる、からです。特に他校との交流、戦いというのは部活でしかできないものです。その他校との交流、戦いを通じて学生たちは自分の学校では味わえない新しい刺激などを得ることができます。そこから学校の仲間たちのなかでは気づくことができない新しい知識、考えを知り、さらに自分の能力、技術、そして心を磨くことができます。部活とはそんな素晴らしい場所だといえます。
ですが、もし勝利することのみに執着してしまうと、その大切なものすら忘れ、ただ勝つことのみを目指してしまいます。いや、学生にとって悪影響を与えることになるでしょう。勝利のみを目指すということはとことん負ける要素を排除することにつながるかもしれません。もしこうなってしまうと、力のないもの、弱きものなどをすべて排除することにつながります。結果、自分さえよければよい、強者さえいればいい、それ以外のものはすべて排除すべき、という考えを学生たちは持つようになります。これは、学校、そして、部活、その存在意義を自ら否定することにつながります。「排他的な心」というのは「慈しむ心」とはまったく正反対のものです。もし、この「排他的な心」の持ち主が多ければ社会というのは争いの絶えない、強者しか生き残れない世界へと変貌してしまう、いや、それ以上に争いの結果、世界は「荒廃した世界」へと変貌する危険性すらあります。
だからこそ、もう1度、この私、沼田は言います、部活とは「勝利こそすべて」「勝利こそ正義」ではない、みんなと一緒に行動することで「人を慈しむ心」「慈愛の心」を育てる場であると」
この沼田の文書を見た母親からは、
「えっ、あの沼田殿がこんなことを言うの?で、でも・・・、あの木松悪斗様が言う通り、勝つことがとても重要だと思うけど・・・」
と、自分がこれまで信じてきた考え、「勝利こそすべて」「勝利こそ正義」、それがあの沼田に否定されていることに戸惑いを感じていた。
が、そんな母親に対し女子高生はあることを言いだした。
「でも、沼田のじっちゃんが言う通りかもしれないよ。私、部活でみんなと一緒に一生懸命頑張ってレギュラーになって全国大会にいくことができた。けれど、少しでも勝ちたい、勝って上へ行きたい、勝ち続けたい、そう考えたとき、ふと思うんだ、勝って相手を完膚なきまでにしたい、勝つために必要ないものはすべてなくなればいい、弱いものなんていなくなればいい、そんな気持ちになったことがあるんだ!!」
この女子高生はあることを考えていた。
(私、みんなと一緒に一生懸命頑張ってレギュラーになったし全国にいくこともできた。けれど、勝ち続けることで、いつしか、私、ほかのみんなのことを見下していたかも・・・。自分より実力がないものがテニス部にいる必要なんてない、自分より弱い相手なんて徹底的につぶしてやる、いつしかそう思うようになっていたのかもしれない。でも、よく考えたら、私一人の頑張りでレギュラーになったわけではないもんね。みんなと一緒に頑張ってレギュラーになったんだもの!!いや、みんながいてくれたからこそ全国に行けたんだもの!!そう考えると、もっとみんなのことを考えるべきだった気がするよ。そして、この私に対して戦ってくれた他校の学生さんにも「自分に対して全力で戦ってくれてありがとう」ってお礼を言わないといけないかもしれないね・・・)
そう、このとき、女子高生は少し悔やんでいた。これまで自分は自分の力、努力だけでレギュラーを勝ち取り、全国まで行くことができた、と思っていた。そして、勝ち続けていくうちに自分より弱い相手、どころか、自分のまわりにいるレギュラーになれなかった部員たちのことを見下し、その人たちのことを「無駄だ」と排除しようとしていた。が、沼田の言葉(文書)によりあることを悟ったのである。自分がレギュラーになって全国まで行くことができたのはこれまで自分が見下していたレギュラーになれなかった部員たちがいてくれたから、みんなと一緒に切磋琢磨しながら、力を、技術をみにつけてきた、自分の心などすべて成長させることができたから、だと。また、自分より弱い、だからこそ負けたのだと思っていた(自分と戦った)相手、その相手と全力で戦ったことで自分はより成長できたのかもしれない、のだと。そして、そのことに自分はこれまで気づくことができなかったことを恥じていた。
そして、女子高生は自分の母親に対してこう言った。
「私、(テニス部の)みんなにお詫びを言いたい。私、レギュラーになって全国まで行くことができた。全部、私の努力や才能のおかげだ、と思っていた。そして、勝つためにレギュラーじゃない子、すべていらない、そんな気持ちになった。けれど、それは間違いだったよ。ほかの部員のみんながいてくれたからこそ、みんなと一緒に頑張ってきたからこそ、私、レギュラーになったんだよ、全国に行けたんだよ、って、私、みんなのまえで言いたい!!そして、みんなにお礼を言いたい、「みんな、私を支えてくれてありがとう、私のすべてを成長させてありがとう」、って!!もちろん、私、これまで私と戦ってくれた相手にもお礼を言いたい、「この私と全力で戦ってくれてありがとう、それによって、私、もっと成長することができた」って!!」
これには、母親、
「うん・・・」
と、娘の言葉に涙を流して応えていた。このとき、母親、
(なんか前よりも凛々しく感じられるよ。だって、これまで、あの子、テニス部に入ってからなんか険しい表情をみせていたし、さらに、弱いものに対して見下す、そんな顔なんてしていた。でも、あの子、今、とてもいきいきしている!!なにか大切なものに気づいた、そんな表情をしている。もしかすると、沼田殿の言う通りなのかもね・・・)
と、内心思っていた。とうの本人は自分の表情なんてこれまで気づいていないようだ。けれど、いつも娘の表情をみている母親だからこそわかることだった。娘である女子高生は静真に入学してテニス部に入部して以降、次第になにかに憑りつかれたようにだんだん暗くなっていったのだ。と、同時に、弱者に対してなにか見下したような表情をみせるようになっていった。そして、女子高生は「勝たないと・・・」「勝ち続けないと・・・」とときどき言うようになっていった。それはまるで「勝利しないといけない・・・」「そのためにも弱者を排除しないと・・・」と切羽詰まるものがあった。が、それが、今、沼田の文書のおかげで女子高生に憑りついたなにかがどっかに飛んでいった、なにか悟りを開いた、そんな感じを母親はその女子高生から感じ取っていた。そのためか、テニス部に入部する前と同じ明るい表情、いや、それ以上に、すがすがしく凛々しい表情をその女子高生はしていたのだ。この女子高生の変化を見てか、母親、沼田の言うことはもっともではないか、そう確信してきたのだった。
が、沼田のメールにはまだ続きがあった。
「そして、その心を育てる意味でとても大切なものがあります。それは「部活を好きになる」「みんなと一緒に部活を楽しむ」ことです。「好き」という気持ちほど強いものはありません。それはたとえなにかが原因で挫折したとしても乗り越えることができるほどです。それくらい「好き」という気持ちはどんな困難すらはねのけるくらい強いものなのです。
しかし、その「好き」という気持ちを常に保たせることはとても大変なことです。そこで必要となってくるのが、「みんなと一緒に部活を楽しむ」ことなのです。部活はみんなと一緒に楽しむ、それをするだけで、「好き」という気持ちを、部活を続けたいという気持ちを持続させることができるだけではなく、みんなと楽しみながら部活をすることで、自分、そして、みんなの能力や技術、心を成長させることができるのです。学生のみなさん、入部したときのことを思い出してください。あなたが部活に入部したとき、あなたのまわりにはこれから一緒に成長していく新しい仲間たちがいたはずです。そして、一緒に練習していくなかで自分がとても成長していくことにみんなと一緒に喜んでくれていたでしょう。そのなかでこう思ったでしょう、「この仲間たちと一緒に成長していくことを考えると、私、このとき(部活をみんなと一緒にするとき)が一番楽しいよ!!」って、そして、「私、部活のこと、もっと好きになっちゃったよ!!」って)
この文章を読んだ瞬間、女子高生は昔のことを思い出していた。
(あっ、たしかにそうだ。私、入部したころ、ちょっと不安だった。だって、私が入部したころから静真のテニス部は県内でも随一の強さを誇っていた。むろん、まわりはかなりの実力者ばかり。私は中学のときにテニス部にいただけのただの人。でも、それでも、私、みんなと一緒に一生懸命練習した!!わからないところがあったらみんなに聞いて実践した!!みんなと一緒にやってきたんだ!!そんなことがあったから、私、最初のころは、「仲間たちと一緒にテニスをやることができてとても楽しいよ!!あぁ、テニス、もっと好きになっちゃった!!」なんてつい考えてしまったよ。それに、そのころは「自分もみんなと一緒に成長できている」なんて実感していていたような気がする。そのためか、私、このころからめきめきと実力をつけてきて、気がつけばレギュラー入りを果たしていたよ。けれど、レギュラー入りしてから、レギュラーの座を必死に守ろう、少しでも勝ちにいこう、としていた。そう思った瞬間、なんか、テニス、楽しくなくなちゃった。いや、それ以上に、テニスのこと、好きではなくなった。ただ勝ちにいくだけ、勝ってほかの仲間たちのことを見下そう、自分だけよければそれでよい、なんて考えるようになっちゃった・・・)
そう、女子高生、沼田の言葉を聞いてはっとしたのだ。女子高生は入部当初、まわりには実力者ばかりだったため、この先テニス部でやっていけるか心配をしていたのだった。が、それでも女子高生は部の仲間たちと一緒に一生懸命テニスを練習した。わからないところがあれば部の仲間たちから教えてもらい実践してみた。そうすることで女子高はめきめきと実力をつけていったのだ。むろん、それにあわせて、自分も仲間たちも成長していった。そのときの自分はその仲間たちとの時間が、いや、部活(テニス)そのものが好きで楽しいと思っていた。が、レギュラーになったとたん、レギュラーの座を死守しよう、勝利のみを追い求めようとしたあまり、これまであった、楽しさ、部活(テニス)が好きという気持ち、それがなくなってしまい、逆にレギュラーになれなかった仲間たちのことを見下したり、自分だけがよければそれでいい、そう考えるようになってしまった。それは「勝利」しないといけないというプレッシャーから起きたものかもしれない。そして、そんな「勝利」というプレッシャーにより忘れていた大事な心、「部活(テニス)が好きである」「仲間たちと一緒に楽しむ」、そのことを沼田の文書を通じて女子高生はやっと思いだしたのだった。
そんな女子高生、すぐさま、自分の今の想いを母親に語った。
「私、昔みたいにみんなと一緒に部活(テニス)を楽しみたい。もっと楽しんで部活(テニス)をもっと好きになりたい・・・」
これには、母親、
「たしかにそうかもね・・・」
と、自分の娘の想いに同意するも、すぐに、
「でも、昔に戻ったら浦の星の生徒たちみたいに部活に対する士気が低下しちゃうんじゃないかな。だって、浦の星の生徒たちは部活をお遊び程度としか思っていないじゃない。それってみんなと一緒に楽しんでいるだけとしか言えないんじゃないかな。これだと静真の部活動は弱体化しちゃうんじゃないかな」
と、指摘する。このときの母親、こんなことを考えていた。
(私としては娘の言うことももっともだと思うよ。だって、沼田殿の文書で言っていることだもんね、娘の言っていることって。でもね、私としてはそれがとても心配に思えてくるんだよね。今の静真の部活動は、勝利を目指す、勝利し続ける、その目的があるから士気が高いんだよ。でもね、浦の星の生徒たちみたいにお遊びで部活をみんなと一緒に楽しんでしまうと部活に対する士気はかなり低下しちゃうよ。いや、もう静真の部活動は崩壊しちゃうよ)
そう、この母親、いまだに木松悪斗が静真本校と浦の星分校の統合阻止のために広めた考え、「部活動に対する士気が低い浦の星の生徒が部活動に対する士気が高い静真の部活動に参加すると、士気低下・対立により、静真の部活動に悪影響がでる」、それにとらわれていたのだ。木松悪斗の考えからすれば、「楽しむこと=お遊び=部活動に対する士気が低くなる」という構図が成り立つのかもしれない。その構図にとらわれている限り、いくら沼田がどう言ったとしても、娘である女子高生が部活に対する考えを変えたとしても、母親の考えを変えることができないだろう。だって、部活動に対する士気の低下はすなわち浦の星の生徒たちの部活動に対するレベル(初戦敗退レベル)と同レベル、というか、静真の部活動そのものに悪影響を与え、結果的に部活動優秀校の静真の地位の失墜につながるから。