木松桜花、梅歌と松華と同じく静真の新高校1年生である。そんな彼女宇はある思いのもとにこの沼津内浦に来ていた。それは・・・、
(私にとってこれがお父様から認めてもらう最初で最後のチャンスなんだ!!あのAqoursを潰せば・・・お父様を苦しめたあのAqoursを潰せば・・・、絶対に、私のことを認めてくれるはず!!)
Aqoursを潰す・・・、私のことを認めてくれるはず・・・、その言葉たちは桜花にとって、ある意味、自分の存在意義を、自分の父親から自分を認めてもらいたい、そんな必死さが伝わってくるとともに、Aqoursに対しある種の恨み、というか、絶対にそれを成し遂げないといけない、そんな別の意味での必死さが伝わってくるものだった。
では、なぜ、桜花はそこまでAqoursを潰すことに必死になっているのか。それは彼女と彼女の父親との関係によるものだった。桜花の父、木松悪斗は桜花に対しいつもこの言葉を投げかけていた。
「このごく潰し、少しは旺夏みたいに私の役に立て!!お前はになにも私のためになってない。ただそこにいるだけ。それではなんの価値なんてない。いつも言っておるだろ、「勝利こそすべて」だと。私のために「勝つ」ことなんてしない。そんな無価値なお前ほどここに存在してはいけないのだ。いいか、お前は「役立たず」「無価値」なんだ!!それを自覚しろ!!もしそれがいやなら私のためになにかしろ!!勝つことを目指せ!!]
桜花の父、木松悪斗は「勝つことがすべて」が口癖、いや、それを信条としている。木松悪斗はなにごとにおいても「勝つこと」を優先する。それは誰に対してでもある。仕事仲間にしても、プライベートにしても、「勝つこと」「勝ち続けること」をいつも求めてくる。むろん、それは自分の娘に対してでもある。木松悪斗には2人の娘がいる。長女の旺夏、そして、次女の桜花である。で、長女である王かは小さいときから女子サッカーの選手として活躍しており、そのレベルは同世代の日本代表に近い、と言われ続けてきた。それを指し示すものが、去年度、旺夏2年のときのインターハイであった。旺夏は静真高校女子サッカー部の主将としてインターハイにのぞみ、優勝、全国制覇を成し遂げたである。もちろん、それはほかの選手たちのレベルの高さもあるのだが、旺夏自身、
「これは、私、木松旺夏が「勝つこと」を目指して戦った結果であり、すべては私のおかげなです!!」
と豪語するくらい、自分の実力のおかげ、「勝つことこそすべて」、それを物語ろうとしている、それが、木松旺夏、旺夏の主張であった。
ちなみい、木松悪斗、旺夏ともに自己中心的であり、自分よりレベルが低いと(木松悪斗、旺夏が)決めつけられた者、負け続けている者に対しては見下す傾向があった。それは、自分の娘、妹である桜花に対してでも同じことが言えた。桜花はこれまで父木松悪斗の役に立つこと、「勝ち続けること」をしてこなかった、いや、そんな実力なんてない、そう自分の父である木松悪斗、姉である旺夏から見られていたのである。そのため、桜花はいつも父と姉から見下されては「ごく潰し」「役立たず」と罵倒されてきたのである。
では、なぜ、木松悪斗は自分の娘たちに対し「勝つこと」を強要するくらい「勝つこと」にこだわり続けているのか。それは、彼の生い立ちに秘密があった。木松悪斗は、約50年前、北海道の炭鉱夫の子どもとして生まれた。50年前、北海道をはじめ、全国各地には石炭を採掘する場所、炭鉱が数多く存在していた。特に北海道では夕張をはじめ、大小数多くの炭鉱があった。そのため、その炭鉱から出る石炭を港に運ぶための鉄道路線が北海道各地に張り巡らされていた。
だが、木松悪斗が生まれたときにはすでにエネルギー革命、時代は(燃料の主役が)石炭から石油へと移り変わろうとしていた。そのため、このときにはすでに数多くの炭鉱が次々と閉山していったのである。
そして、それは木松悪斗の父親が勤めている炭鉱でも起こった。木松悪斗が生まれて間もないころ、突然、炭鉱の掲示板に閉山を知らせる紙が貼られてしまう。これにより、木松悪斗の父親が勤めている炭鉱は閉山することとなった。そして、それは木松悪斗の家族にとって苦しみに満ちた旅の始まりでもあった。閉山、それはそこに勤めている者すべてが職を失う、そのことを意味していた。もちろん、再就職のあっせんもあるのだが、これまで石炭を掘ることを仕事にしてきた者にとってまだやったことがない他業種の仕事というのは慣れるまでとても苦労するものだった。それは木松悪斗の父親でもいえることだった。突然の閉山により職を失った木松悪斗の父親はほかの職種に再就職するもこれまでやったことがない仕事のため、あまり慣れずに苦労ばかりしていた、いや、それどころか、あまりなじめないあまり、仕事ができない、そうまわりから見られてしまい、木松悪斗の父親に対してまわりから罵詈雑言の言葉を浴びせられていた。これにより、木松悪斗の父親、短期間のうちに再就職先を辞めることとなってしまった・・・。
その後、木松悪斗の家族は流浪の旅を始めた。北海道の各地を点々としては木松悪斗の父親は仕事を始めるもあまりに仕事になじめずにすぐに辞めては別の場所へと行く、それを繰り返していた。そんな父親に対し木松悪斗はいつも、
(なんでいつもすぐに仕事を辞めるんだよ、私の父親は・・・。もうひもじい生活はいやだよ・・・)
と、自分の父親に対して憎しみの目を向けるのと同時にいつまで続くかわからない、そんな極貧生活を嫌がってた。就職しようにもすぐに辞めてしまう、と、同時に、木松悪斗にとってみれば短期間で北海道の各地を転々とする生活により友達らしい友達を作ることができない、どころか、極貧生活のために学校に来ていく服すらない、いつも同じ服を来ている、ということもあり、まわりから、「貧乏人」、言われてはよくいじめられていた。そのため、木松悪斗にすればこの子ども時代の経験は、人から見下される、ことも相まってか、人のことなんて信じられない、人に頼ることなんてできない、自分でなんとかしないといけない、もう見下さることなんて絶対に嫌である、そんな木松悪斗の人格形成を作る要員ともなってしまった。
そして、そんな極貧生活ということもあり、十分な教育を受けることが出来なかった木松悪斗は高校を卒業すると同時に就職しては家を飛び出し1人で生活していくことになる。とはいえ、木松悪斗が就職したときは、バブル時代、金があふれていた時代であった。なので、木松悪斗は仕事をすればするほど大型の契約を次々と結ぶことができたため、その分、給与もどんどん入っていくとともにどんどんお金が溜ってきたのである。これには、木松悪斗、
(あぁ、これこそ私が追い求めていたものだ!!仕事をすればするほどお金が入ってくる!!9
とこのときの生活に大満足していた・・・のだが、木松悪斗はそのお金がどんどん入ってくることだけに満足したため、べつに豪遊することはなかった。なので、入ってきたお金をすべて貯金していた。ただ、それが木松悪斗にとってこれからの人生に大いに役に立つことになる。
しかし、この時代、木松悪斗のまわりにいる人たち、いや、日本に住んでいる人々がみなこのバブル景気が、黄金時代がずっと続く、そう思っていた・・・が、所詮はバブル、いつかは弾けるものである。数年後、ある政府の施策のためにバブルは一瞬のうちに弾けてしまった。それ以降、日本は「失われた30年」というくらいの不景気を味わうことになるのだが、それは木松悪斗も例外ではなかった。バブルが弾けたことにより木松悪斗は契約を獲ることができなくなった。いや、それ以上に、木松悪斗が勤めていた会社も1994年に倒産してしまった・・・。このときはぜったに潰れないと言われていた銀行すら倒産するくらい企業倒産が相次いでいた。それが木松悪斗にも及んでしまったのだ。このとき、木松悪斗は・・・、
(私が勤めていた会社が倒産した・・・。これからどうすればいいのだ・・・。まだ私にはお金があるがいつまでもそれが続くとは限らない。だからといってまわりに頼ることなんて絶対に嫌だ。自分でなんとかしないと・・・)
とまた子ども時代のときみたいな極貧生活をしないといけないのか、そんな不安を抱えていた。木松悪斗のまわりの人たちは、バブル時代、お金が余り過ぎていたため、普段はしないような豪遊をしてみたり、このとき、どんどん値上がりしていた株や土地に投資してはお金を増やそうとしていた。だが、その人たちはバブルが弾けたことによりすぐお金に困窮していった。でも、その人たちはこれまで投資していた株や土地があるのでは・・・と言いたいのが、バブルが弾けたことによりその株や土地がどんどん値下がりしていったため、その株や土地を売却としても購入したときよりもかなり低い金額でしか売却できない、そんな状況に陥ってしまった。対して、木松悪斗は入ってきたお金をすべて貯蓄に回していたため、仕事を辞めても豪遊させしなければ当分のあいだは生活することができた。それでも。この貯蓄が無限にあるわけではない、その先のことを木松悪斗は悩んでいたのである。
だが、ここで1つの転機が木松悪斗に訪れた。それは木松悪斗が勤めていた会社が倒産した94年の次の年、95年に起きた。それは1つの商品、パソコンのソフト、というか、1つのパソコンOSが発売されたのだ。そのOSの名は「Windows95」。このOSが発売された日、木松悪斗はあるニュース番組を見ていた。そのとき、
「たった今、Windows95が発売されました!!」
というレポーターの声に、木松悪斗、つかさず、
(Windows95・・・、なんかすごいソフトが発売された・・・。それってどれくらいすごいのだろうか・・・)
とそのWindows95に興味をもつようになった。
その後、木松悪斗、間を置かずにすぐにWindows95がインストールされたパソコンを1台購入、使ってみると、
(このソフト、これから先、この日本を、いや、世界を席巻する!!)
と直感した。そう、このWindows95、これまで事業用や学術用といった一部の人たちなどに使われていたパソコンを一般の家庭にまで普及させただけでなく、パソコンと同じく、これまでは事業者や研究者といった一部の人たちだけが使っていたインターネットを世界中の一般の人たちまで普及させることにつながったのである。それくらい革新的なソフト、OS、であった。それを木松悪斗は直感的に気づいたのである。
そして、木松悪斗はこのWindows95を見てあることを決めた。
(これからの時代はコンピューター、インターネットの時代となる。ならば、その時代を見据えて、私自身、コンピューター、インターネットのことを勉強していかないといけない。そして、いつかはくる、コンピューター・インターネット時代に向けて自分自身でそれ関連の会社を立ち上げてその時代にのっていかないといけない、私はそう思う・・・)
そう、木松悪斗は、このとき、いつかはコンピューター・インターネットの時代を見据えてそのための先行投資を、自分自身、コンピューター、インターネットの勉強をして、自らの手でその関連の企業を立ち上げる、そのことを決めたのである。木松悪斗自身、まわりからいじめられた、その子ども時代の影響もあってか、ずっと人の下で働く、見下される、ことを嫌がっていた。では、そうならないようにするにはどうすればいいのか。それは、自ら会社を立ち上げ、社長としてその企業に君臨すればいい、そのことを木松悪斗はこのときにはすでに知っていたのかもしれない。ずっと企業のトップにいればまわりから見下されることなんてない、そのことを木松悪斗は自覚していた、のだろう。
とはいえ、木松悪斗の行動は早かった。すぐにコンピューター、特にインターネットの関連の勉強を始めた。いや、寝る間を惜しんでその勉強に明け暮れた。そんなこともあり、木松悪斗のコンサートの知識はどんどん大きくなっていき、2年後には、木松悪斗自身、Windowsやインターネットを使ったシステムを構築するところまでに成長していった。
そして、時は98年、この年にWindows95の後継である98が発売されると木松悪斗は1つのインターネット関連の企業を立ち上げた。もちろん、自分が持つ資産を一部残してその全額をこの会社につぎ込んだ。そのため、新しい会社、それも、その会社にいるのは、木松悪斗ただ一人、なのに活動資金はかなり潤沢、といった状況に・・・。と、同時に、時代は木松悪斗が予見した通り、このときから、新しいバブルの時代、コンピューター・インターネット、いや、ITバブルの時代へと突入していった。アメリカのシリコンバレーをはじめ、世界各地でIT関連の企業が次々と生まれていった。アメリカではグーグルやアマゾン、日本ではソフトバンクや楽天である。その1つに木松悪斗の会社もあった。特に木松悪斗が構築したシステムは革新的なものがあり、すぐのそのシステムを導入してくれる企業がどんどん現れたのである。
そのおかげもあり、木松悪斗のIT企業はたった1年で急成長、
(新しく会社を立ち上げたのなら目指すは株式市場!!それでさらにお金をもっと集めて会社を大きくしてやる!!)
と木松悪斗が会社を設立したときに決めていた目標の1つ、株式上場、それをたった1年で、まぁ、東証ではないのですが、新興市場に自分の会社の株式を上場させることまでこぎつけたのである。でも、木松悪斗、この株式上場で得たお金をすべてシステム開発やそのための技術者を雇うための費用として使ったため、2000年、木松悪斗が経営するIT企業は、従業員数何百人、総売上数十億、にものぼる企業までになった。これには、木松悪斗、
「ふはは、私もこれで一国の主になったわ!!それもただの一国ではない。今や飛ぶ鳥を落とすくらいの大国の主となったのだ!!もうこれで誰も私のことなんて見下すことなんてできない!!私はそれくらいの地位にまで上りつめたのだ!!」
と社長室から見える下界を見ながら威張り散らしていた。
だが、そう問屋はおろさなかった。木松悪斗が下界を見ながら威張り散らしてから数か月後、
「ふふふ・・・」
とにやにやしながらいつものごとくパソコンにプログラムを打込んでいた。社長である木松悪斗であるが自ら構築したシステムをよりいいものにいしようと思い、社長業の傍ら、システム開発にいそしんでいた。木松悪斗、いわゆる技術系、なのかもしれない。そんなシステム開発をしていた最中のことだった。突然、
バタンッ
と社長室のドアが大きく開くと社長秘書が社長である木松悪斗に向かってこう叫んでしまった。
「社長、大変です!!わが社が○○開発に乗っ取られました!!」
この秘書の言葉に、木松悪斗、
「えっ、なんだって!!」
と大声をあげてしまった。秘書が言うには市場に出していた木松悪斗の会社の株のほとんどを木松悪斗の会社より大きい大企業に買い占められたというのだ。実は、木松悪斗、自分の会社の株をあまり持っていなかった。木松悪斗の会社のような新興企業、つまり、ベンチャー企業ではその会社の総合者などは自分の会社の株のほとんどを持っていることが多かったりする。もし、その会社が急成長した場合、その会社の株は価値はその会社を創業したときよりも高まっていることが多い。そこで創業者はその株を売ることで多額の利益を得ることができるのである。また、ストップオプション(その会社の経営者や従業員が自社株を一定の行使価格で購入できる権利)を使うことでたとえその株が値上がりしても決められた安値で株を買うことでき、その株を売ったときに多額の利益を得ることができるのである。だが、木松悪斗はできるだけはやく自分の会社を大きくしたい、少しでもはやくシステム開発を進めたい、そんな理由でまわりの人の声なんて聞かず、自分が保有している自社株のほとんどを市場を介して売ったのである。さらに、木松悪斗、まわりの人の忠告を聞かずに会社の乗っ取りに対抗する対策なんてしてこなかった。この2点に気づいた大企業が木松悪斗の会社を乗っ取るために木松悪斗の会社の株のほとんどを買い占めたのである。
あっ、ちなみに、大企業が木松悪斗の会社を乗っ取った理由、それは、木松悪斗の会社が持っているシステムの技術そのものを手に入れるためであった。木松悪斗が構築したシステムはこれまでとは違った革新的なものだった。それを大企業は手に入れたくて木松悪斗の会社を乗っ取ったのである。でも、これは木松悪斗の会社だけのことではなかった。形は違うもアメリカの会社ではときたまあることだった。たとえば、YouTube、である。YouTubeはもともと1つの企業として大きく成長していた。それをGoogleが目をつけ会社丸ごと買収したのである(なお、こちらに関しては会社乗っ取りではなくちゃんとした買収であった)。その後、YouTubeは伸びに伸び、ユーチューバー、という言葉すら出てくるほど、世界を席巻する、それくらいGoogleを支える大きな柱の1つとなった。だが、今回は社長である木松悪斗でさえ知らないところで起きた買収劇、今の言葉でいうところの、敵対的買収、であった。
そんなわけで、木松悪斗、すぐに対策を・・・とることができなかった。それどころか、
(私は社長だ!!いくら私の会社を乗っ取ってもこの会社にいる従業員はみな私についてきてくれるはず!!だって、この会社のシステムは私が構築したものだからな!!)
と高をくくっていた。そう、木松悪斗の会社が構築したシステムは木松悪斗が開発したものであった。なので、そのシステムを一番熟知しているのは木松悪斗本人であり、木松悪斗がいなければこのシステムの根幹部分になにかがあったときには対処できなくなるのだ。そのことを気付いている木松悪斗は自分の会社の従業員はなにがあっても自分についていく、いや、ついていかずをえない、と高をくくっていたのである。
だが、そんな木松悪斗の当ては外れた。大企業に自分の会社が乗っ取られた日から1週間後、木松悪斗は臨時取締役会で全会一致で社長などのすべての役職を解任されてしまったばかりか全従業員から総スカンをくらったのである。これには、木松悪斗、
「なんで私の会社なのこんな目にあわないといけないんだ!!ここは私の会社だぞ!!私を見下す者なんていないのに、なんで、なんで、私をハイジョしようと、いや、私のことを見下そうとしているのだ!!」
と自分の予想に反して自分にとって振りになってしまったこと、いや、一瞬でなにもかも失った、これまでトップだった自分から何もかも奪っては自分を見下そうとしている、そのことに関して怒りをぶつけていた。
では、なぜこんな結果になったのか。それは、木松悪斗自身、まわりに対して高圧的だった、ワンマン経営であった、自己中心的であった、と上げるだけでもきりがないのだが、その根幹にあったのは、木松悪斗自身が自分のまわりにいる人たちに頼ることができなかった、まわりの人たちのことを信用していなかった、つまり、孤高であった、ということだった。木松悪斗は小さいときから極貧生活によってまわりからよくいじめられていた、見下されていたこともあり、昔から人のことを信用できないばかりかまわりと協調することが難しかった、いや、できなかった。また、それによって木松悪斗には自分の考えを無理でも押し通そうとする、という傾向もあり、まわりに対し高圧的な態度をとることが多かった。それにより木松悪斗とそのまわりとのあいだに大きな亀裂が生まれたばかりかまわりの人たちにはトップである木松悪斗に対する不平不満が生まれる結果となった。そして、それが、今回、一気に噴き出して噴き出してきたのである。また、会社の経営権というのはその会社の株を一番多くもっているところが握っていることが多く、一気に木松悪斗の会社の株のほとんどを買い占めた大企業のまえでは創業者とはいえあまり自社株を持っていない木松悪斗でさえ白旗をあげるしかなかったのだ。