彼はどう英雄と相成ったのか。
「......」
いつもよりも軽く感じる拳銃......いや、実際軽いのだろう。ここに来るまでに何発も銃弾を影に撃ち込んでいる。それを目の前の
当然、侵入者の命を狩り取ろうと後ろから影が迫ってくる。
ーーーもう、俺は後悔なんてしない。人生は華々しく散ってなんぼだろ?
この部屋に入る前に呟いたその言葉を思い出し、こんな状況にも関わらず苦笑する。
我ながらよくもまぁ、ここまでシリアスな言葉を吐けたものだと思う。
死ぬのは怖い。
俺は唯の臆病者だ。
信念なんてない。
後悔なんて数知れずだ。
「だからーーーここで、俺の全部の罪を返済できるぐらい社会に貢献して、天国に行こうぜ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。影はすぐそこまで迫っている。あちらも必死なのだろう。正に濁流の如き勢いで、自分を飲み込まんと迫り来る黒い影。
そちらには目もくれず、落ち着いて銃の照準を心臓の中心に合わせる。
そして、撃つ。
銀の弾丸は、空気を切り裂きながら影へと進む。しかし、いかに祈りを捧げた弾丸であろうとそう簡単にあの心臓を破壊することは不可能だろう。
だから、彼は祈りを重ねた。
誰よりも臆病で、誰よりも勇気のある彼だからこそ、出来た真摯な祈り。神にでは無い。悪魔にでもない。
1人のエージェントの為に祈る。
己に勇気を託したあのエージェントに
そして、英雄としての、筋道を立ててくれた彼に、
銀の弾丸が徐々に形を変え、光り輝くナイフのような形状に変わる。一時的にではあるが、それは聖剣とも言うべきものであった。
光を好む影達が受け入れることの出来ない光。
清浄なるその光の短刀は、心臓を貫いた。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
「はぁー......」
深々と大きなため息をつく中年。オレンジ色の作業服にこの歳にしては珍しく、引き締まった体。肩に背負われる大きなビデオカメラが異彩を放っていた。
彼が溜息をついているのも1つ、これからほぼ確実に自分が死ぬと分かっているからだ。
「武器はねぇし、防具もねぇ。死にに行けといっているようなもんだな......」
『D-14134、何か問題が?』
「いえいえ、ありませんとも」
麻薬に近い精神安定剤を打ち込まれたせいで自分がいつ射殺されてもおかしくは無い状況に置いてもでかい態度をとる。普段の彼ならば絶対にありえない行為だ。
『......まあいい。そこの廃屋のなかに入れ』
目の前にあるのはなんの変哲もない廃屋。
「へいへいっと......」
忍び込むようにして、ドアを開けて中に入る。
別に彼は盗みを働こうという訳では無い。
このSCPに侵入するにあたって財団からいくつか与えられた情報があった。
一つ。中には化け物がおり、祈りを捧げた銀の弾丸でしか殺せない。
二つ。化け物は未知の方法で心臓だけを引き抜き、殺してくる。
三つ。入ったら必ず扉を閉めること。そうしなければ化け物が外に出てくる。
以上。
彼に取っては全く役に立たない情報である。銃は持っていないし、死ぬことはほぼ確定している。むしろただ恐怖を煽るだけだ。
(もう、むしろドア開けっぱなしにしてやろうか)
最後の三つ目だけは役に立つかもと思うがしっかりと扉は閉める。そんなことをしたってくだらないだけだ。
『ガガガーーーおい、D-14134応答せーーー』
ブツリと音を立てて通信が切れる。ビデオカメラを見ると、有線式のケーブルがこちらも切れている。
「死の前の自由ってか?」
役に立たなくなったビデオカメラを捨て、辺りを見回す。妙に長い廊下だった。外観から想像される廊下の長さでは無い。少し薄暗い廊下だったが、視界は悪くなかった。
「さて......どうしようか......」
今の所、情報にあった化け物らしきものは居ない。この廊下にいくつか扉があるので一つだけ開いている扉の中に入ることにする。
「まあ、いいかここで」
まだ切れていない精神安定剤の効果に任せて、玄関のドアに1番近いそのドアを潜る。
「......は?」
目の前にはーーー自宅の光景が広がっていた。安アパートの一室だ。外は霧がかかったようだが、間違い無く自分の部屋だった。
「おいおい......どーゆうことだよ......」
足を踏み入れ、リビングに入る。冷蔵庫を開くと、ビールがあったので迷わず、それを一気飲みする。
「ゴッゴッゴッ......ぷはぁー!!久しぶりの酒だ!」
喉を鳴らして久々のビールを楽しんでいると、ふと、壁にかかっている電子時計が目につく。その時計は彼が死刑囚として捕まった日にちを示していた。そして、そのまま動かないままであった。
「......まあ、いいか」
SCPだし、そんなこともあるだろう。そんなことを考えながら酩酊感に包まれ、眠気が襲って来て、千鳥足でふらりとベットルームに向かい、そのまま眠ろうーーーと思った瞬間、左の二の腕に痛みが走る。
「がァっ!?」
一気に酔いが冷めた。勿論精神安定剤の効果なんて微塵も残っちゃいない。
「うあ......あ......」
目の前に現れたのは人型の黒い影。仲間はいないようだが、彼の左腕に大きな傷を与えたことから彼を殺すことは容易だろう。しかし、心臓を抜き取って殺すはずではーーー
そんなことを考えるが痛みで一瞬で頭の外に追いやられる。
「ひっ......ひいいぃ!!!」
彼の後ろに扉があったことがーーーそれが開いていたのが幸いし、廊下に逃げることが出来た。
しかし、彼は恐慌状態に陥り、どこまでも廊下を逃げる。そして、開いている一つの扉に入り、目に付いたクローゼットの中に飛び込む。
「はあっはあっ、はあっ......」
クローゼットの中に入り、軽く落ち着いたのか先程よりも思考がクリアになる。それと同時に腕に激痛が走る。
「ぐぅっ......!?」
クローゼットの中にあったマフラーを巻き、包帯の代わりとする。
「これで......多少は......出血は......抑え......れる......か」
大量出血しすぎたせいか、ふわふわとした頭で考える。このままではらちが明かない、と。
「何か......打開策を......ん?」
クローゼットの中に何かがあるのに気がつく。
「なんだ......これ?」
置いてあったのは雑に書かれた報告書と、拳銃、注射器と小さなスキットルボトルだった。
報告書の内容は、
この報告書を書いたのが、エージェント・バークレーであること。そして、いくつかの影に対する情報と、この場所に、ついての情報と貴重なものであった。そして、自分は影どもに心臓を取られない為に、ヤツらの糧にならない為に自殺をするということが書かれていた。そして、最後に、
幸運を。死にゆくものより敬礼を。
という言葉で締められていた。
「冗談じゃない......死んでたまるか......!」
彼は精神安定剤を打った直後ならいざ知れず、今は唯の臆病な男なのだ。死ねと言われて死ねるほど、肝は太くない。
「俺があんたよりも強いだって......!そんなことは有り得ない!俺は、唯の臆病な男だ!」
震える言葉が口から飛び出す。見つかる可能性が高いが、憤りからか、叫ばずには居られなかった。エージェントの次の誰かにものを託す身勝手さにも、自分が絶対に死ぬと分かっていても、他の命を救う為に自分の命を使えない自分にも。
「クソがっ!!......ハァ、ハァ......」
感情的になって叫びを上げた彼の胸の内は一体どうなっていたのだろうか。自分やエージェントに対する怒りだろうか、自分の、死に対する恐怖だろうか、外に出れないという事実に、対する悲しみだろうか。
「......」
何もない。それが彼の答えだろう。人間はどうしようもなくなった時、思考を放棄する。
彼は何も考えず、ここで、1晩を明かした。
ーーーーーーー
ーーーー
ーーー
ー
目が覚めると、自分が何か狭い所にいるのが分かった。充満する自分の血の匂いで、昨日のことを思いだした。
「ははっ......夢......か」
彼は夢を見た。子供なら誰しも憧れるスーパーマンのような力を手に入れ、や、SCP-076に勝利し、ちやほやされる。そんな夢。
「あー......そう言えば......俺、子供の頃何になりたかったんだっけ......」
子供のような夢をみて、思い出が刺激されたのか、子供の頃のことが思い出される。
彼はデトロイトのど真ん中で生まれた。
自然なんてものとは無縁で、いつもテレビにかじりついていた。そして、アメコミヒーローのアニメを見ていた。
高層ビル群の中をアメコミヒーローのように華麗に飛び回る自分。
そして、人類を脅かす悪と戦い、英雄となるーーー
「あぁ、俺は、ははっ......英雄になりたかったんだな......」
子供の頃の夢を思い出す。
「それが、今やどうだ。警官殺しの死刑囚。明らかに悪側の人間じゃないか」
とんだ皮肉だ。と笑う。
「ならーーーやっぱり最後くらい、格好つけて死にたいよな?なら立て。英雄への筋道はもう立ててくれた。もう、その道を進むだけだ」
注射器を左腕に注射する。予想通り鎮痛薬のようで、腕の痛みが引いていく。まだギリギリ左腕は動きそうだ。
拳銃を拾い、残弾を確認する。
「5発......か」
手元には5発の弾丸、敵の数は恐らく無限。
「本当の
苦笑しながら、拳銃もスキットルボトルを腰のベルトに挟む。
そして、クローゼットを開けると、ここは病室のようだと気づく。近くに死体がいくつかあるが、ミイラ化していない死体が一つだけあった。心臓は変わらず抜き取られているようだが彼の必死の抵抗の証であるかのように一つの死体だけが腐敗臭を放っていた。その、死体達に黙祷を捧げ、ミイラ化していない死体にスキットルの中身を半分ほど頭からかける。そして、半分を自分で飲み干す。
(見ててくれ。エージェントバークレー。多分俺は君より、歳食ってるだろうな。英雄に憧れた年長者の意地、見せてやるよ)
廊下に出る。廊下は、暗いままだが、所々急に明るい所があり、そこには何か黒いゴミのようなものが見える。それが影の罠なのだろう。
(触れなければこいつらは無害だ。わざわざ光を潰す必要は無い。銃弾は温存して行こう)
報告書には全ての扉を閉めた上でまた扉を開けると書かれている。ほとんどの扉は多分エージェントによって閉められたのだろう。彼は先程までいた部屋の扉は閉めた。
「残るは......」
自分の記憶の部屋だ。あそこにはまだ、多分化け物がいる、と考え、そろりそろりと進む。自分の部屋の前に立つ。
「そう言えば......なんであいつは攻撃を心臓にしなかったんだ?」
最初に出会った影を思い出す。千鳥足であったとしても自分の心臓を抉り出すことなど容易であるだろう。
(もしかして......いや、まさかな......)
脳裏によぎる一つの可能性。
だが、有り得ないと、可能性を棄却する。
「お......い......」
扉を閉めようとすると、か細い声が聞こえる。
「!?誰だ!」
「多分......言っても......わかんねぇよ......」
声は若め。致命傷を受けたようなかなり苦しそうな声を上げている。
「そんなことよか......一つ......頼みがある......」
「......言ってみろ」
「俺を......殺して......くれ......」
「......」
多分、死の苦しみを、中で味わっているのだろう。普通の人間なら、ここで扉をそのまま閉めてしまうのが正しい判断と言えるだろう。だが、彼はーーー
「......分かった」
了承した。
明らかな偽善。
慈悲でも何でもない。しかし、英雄を思い浮かべた彼には偽善であろうと、この声を看過することは不可能だった。
扉を用心深く開く。中にいたのは予想外のものだった。
「出来れば......頭に......一発で......頼む」
半身が黒い影、半身が人間の男という化け物がいた。しかも、やや人間側が影に押し負けそうになっている。
「......自殺して......心臓を盗られないようにしたんだがな......中途半端な......抵抗だったせいかこの......とおり......さ」
ゼイゼイと苦しそうに息を吐きながら、こちらを向く。
「まさか......あんたはエージェントバークレーか?」
「あぁ......知っているんなら話は早えぇ......となると......その銃は......俺のか......」
「あぁ、使わせてもらってる」
「なら、問題ねぇな......さっさと俺の頭にそいつをぶち込め......そうしねぇと......さっきみたいに......こいつが暴れだしそうだ......」
彼は影の半身を指差した。そして、銃で撃つ手まねをした。
「......あぁ、ありがとうヒーロー」
「......後は頼むぜ、ヒーロー。
幸運を。死にゆくものに敬礼を」
敬礼を最後にDクラス職員にも関わらず贈る。勇気あるものへの人生最後の敬礼だ。
「......本当にっ!本当にっ......!ありがとう......!」
銃を頭に押し付け撃つ。乾いた発砲音が響き、彼は溶けるようにして、消えた。後には何も残っていなかった。
「......行こう」
涙を拭い、部屋を出る。そして、扉を閉じると、急に廊下の雰囲気が変わる。
「これは......また......」
罠は全て消え、完全な暗闇となっている。何も知らない人間がこの状況になったらまず、ライトを付けるだろう。
「ライトを付ければ、終わり......か。とんだB級ホラーだ」
廊下を進む。そして、廊下の全てのドアが間違い無く締め切っているのを確認し、適当なドアの前に立つ。
「さて、これで俺の人生は終わる。後悔はあるか?」
もうない。
「恐怖は?」
怖い。だが、彼から勇気をもらった。
「英雄に憧れた馬鹿みたいな55歳の少年の心は?」
あるに決まってんだろ?
「さあ、行こう。人生は華々しく散ってなんぼだろ?」
ガチャりと開けたドアの向こうは正に凄惨な光景ーーーな、こともなく、白い部屋であった。しかし、その部屋で異彩を放つものが一つ。
「心臓......か」
人間の心臓と形がほぼ変わらない巨大な真っ黒な物体。それが部屋の中心に鎮座していた。
「......」
そして、彼は銃を構えた。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
......確かに彼の刃は心臓を貫いた。だが、心臓はそこから大量のどす黒い液体を出すだけで崩壊はしない。後ろの化け物共もピンピンしている。
この状況に思わず、歯噛みするがーーー
「こんな逆境を乗り越えてこそのヒーローだろ?不敵に笑え、余裕を乱すな。精一杯格好つけろ。今の瞬間俺は誰にだって負けない最高のヒーローだ」
不敵に笑う。そして、彼は濁流に飲み込まれた。しかし、彼は止まらなかった。
心臓を盗られる?
まだ動ける。
体が冷たい?
知ったことか。
目が見えない?
的はでかい。そんなことは問題じゃない。
彼は心臓どころ出なく、全身の臓器を奪われていた。全身の重要機関を奪われ、もうとっくに体は停止信号を出していた。
だが、彼は止まらない。
自分のちっぽけな憧れに敬意を示してくれた彼に。
命を捧げて、自分に道を繋いでくれた彼のように。
「......次は、俺が繋ぐ」
飲み込まれた濁流の中から吹き出る奔流。
先程の濁流の真逆の色。白色の光を纏う光。
それが濁流を突き破り、心臓に一直線に進む。しかし、数の力は中々破れない。
心臓の前に影が壁を作り、奔流を防ぐが如く立つ。結果として、奔流は防がれた。
そう、
「ああああああああぁぁぁ!!!!!」
雄叫びと共に、彼は銃を撃つ。そう、残り3発の残弾を全て撃ったのだ。
到底小さな拳銃から出たとは思えない巨大な奔流が再び、心臓に向かう。またもや心臓は壁を作るが、今度は3発。先程とは比較にならない出力のそれがとうとう、心臓を消し飛ばしたーーー!
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
英雄と呼ばれるべき偉業を成し遂げた彼は少しづつ雪のように崩れていく壁をみながら倒れ込んでいた。
「ふぅ......」
体が冷たい。氷のようだ。呼吸も出来ない。肺が抜き取られたからだろう。他にも主要な臓器が全部抜き取られたのだろう。死が近づいて来るのが分かる。
しかし、彼の心には恐怖なんて微塵もなかった。むしろ、初めて、感じる大きな達成感と充実感に浸っていた。
「人......助け......か......」
中々悪くねぇな。その言葉と共に彼の体もこの空間と共に塵になった。
ーーーーーーー
ーーーーー
ーーー
ー
SCP-1983はD-14134によって無力化されたと推測され、彼の死に財団の勲章が贈られた。
Dクラスに対する対応としては異例の対応であった。彼はDクラス職員でありながら多くの人物に敬礼を送られた。
通信接続中......完了
『......ったく。通信にここまで時間がかかるとは......安物め』
『まあまあ。落ち着いて。財団も資金は潤沢じゃあないんだから』
『......まあいい。D-14134の表彰は?』
『あぁ。正式に決まったよ』
『全く、特例中の特例だがーーーヤツも本望だろうな』
『?死に勲章は全く名誉じゃないと思うけど......』
『ヤツはな、財団に入る前の人格テストで英雄願望についての欄が満点でな。子供の頃から夢は変わってないようなヤツだったよ』
『それはまた......』
『くだらない。か?俺は結構いいと思うぜ。そうゆうの。なんでかって?
男は、ヒーローに憧れるもんだからさ』
......通信終了......シャットダウン......
感想、評価など頂けると嬉しいです。
これからもたまにこういうの出すかも知れません。
追記
ダンまち×SCP財団のクロスオーバーも書いてるから良かったら見てね。