お前、あたしの番になれ!   作:沖縄の苦い野菜

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第二話 弱いんだから

 

 水色の鱗をもつ龍の肉は、脂身が少なく鶏肉のように淡泊な味わいだ。氷の魔法を操るせいか、脂はすぐに固まって身体から老廃物として抜けていく。老成した龍であればあるほど、脂はより早く固形化して糞として排出されるものだから、肉としての旨味は未熟な龍であるほど良質なものになる。

 

 今回の水色の鱗の龍の肉は、焼けば食えないほどではなかった。決して当たりとは言い難いが、それでもマシな部類であることを男は知っている。もくもくと、山盛りの肉にナイフを突き立て頬張っていく。

 

「なぁ」

「……なんだ?」

「こいつの肉、美味くないな」

「まだマシな部類だ」

「これでか?」

「これでもな」

「ふーん」

 

 美味くない、とは言っているものの。少女もまた男と同じ肉を食べていた。口直しに脂ののったヒドラの肉を何度も摘まんでいるが、それでも食う量は尋常ではない。食べ始めは同じだったにも関わらず、既に少女は男の倍は食っている。

 

 そんな咀嚼音と、時折交えられる会話を除くと、耳に届くのは外で降り注ぐ雨の音が精々だ。川が氾濫するほど強いというわけではなく、かといって視界をしっかりと確保できるほど弱いわけでもない。

 

 場所は、男の住処であった。男は肉を少女に半分押しつけてすぐさま帰ったのだが。しばらくすると、少女の方から男の住処にやってきた次第である。手土産に、大量の肉を持って。

 男からすれば迷惑以外の何物でもない。しかし、濡れネズミにねった少女と、頑張って運んできた肉の事を考えると、男は渋々ではあるが迎え入れる他になかった。食えなくなってしまっては、もったいないのだ。

 

「お前はどうして、そんなに強いんだ?」

 

 唐突だった。何の脈絡もなく、今日の天気でも訪ねてくるように少女が聞いてきた。

 男は少女に怪訝な目を向けた。

 

「藪から棒に何だ」

「……? やぶから、ぼう?」

「……いきなりどうした、という意味だ」

「へー。難しい言葉知ってんだな」

 

 言いながら、少女は口いっぱいに肉を頬張った。花の咲いた様な笑顔を浮かべている様子から、どの肉を食べているのかは明らかだった。

 しっかりと咀嚼して、飲み下してから。

 

「お前に、勝てる気がしない。最強の筈のあたしが、勝てないって、本気で思った」

「そうか。だが、俺の答えなんぞ、つまらないぞ?」

「それでもいい。強さの理由、教えてくれ!」

 

 真っ直ぐな瞳が、男を見ていた。あまりにも純粋で、簡単に水底まで見えてしまいそうなほど透き通っている。

 男はその瞳を静かに見つめ返した。眦を裂けんばかりに見開いて、重みをもって相対した。それだけで、空気が鉛のように重苦しくなっていく。

 

 少女は、目をそらさなかった。

 ただジッと、男のことを見つめ返した。

 

 男は変わらない少女の眼差しに、目を伏せた。

 そしてぽつり、と水滴一粒零れ落ちるかのように、静かに語り始めた。

 

「死の恐怖を、克服するためだ」

「あっ、それはわかるぞ! あたしも喰われないために、強くなったからな!」

「否、そうではない」

 

 男は少女の言葉を否定した。

 深い、闇の中に居るような、幽鬼の瞳が少女を見た。

 

「克服するのは、己が死の恐怖ではない」

「……?」

 

 どういう意味なのか、少女には全くわからなかった。男の言葉はあまりに言葉足らずだ。それを自覚しているからこそ、続けて口を開いた。

 

「俺が目指すは、刈り取る命がもつ死の恐怖の克服。獲物に、死の恐怖を与えず殺す術」

「それ、って……」

 

 少女の心を圧し折った、男の絶技。獲物を、殺したと悟られず絶命させる一撃。

 気が付けば、死んでいるのではない。死んだことに気付かないのだ。

 だが、その命は確かに絶たれている。

 

 少女は、その話に強さの根幹があると、本能として理解した。

 だから、食べる手を止めて、身を乗り出して聞きに徹する。

 

「死の恐怖は、残酷だ。弱肉強食といえばそれまでだが。しかし、俺は奪った命を糧に、命を繋いでいる」

 

 少女にとっても身近な話だ。聞き手の少女もまた、弱肉強食の森の中で生きてきた。森に育てられてきたという自負があるし、そのおかげで強くなったという矜持がある。自分が最強だといって憚らない豪胆な自信と実力を持っている。

 

「奪った命に対して与えるのが、死の恐怖だ。己が為に奪った命への仕打ちだ。いくら感謝をすれども、祈りを捧げようとも。俺は奪い、果てはその心さえも犯している」

 

 自然に対する感謝。命に対する感謝は、少女にも理解することができる。

 しかし、少女は割り切っていた。死の恐怖なんてものは、弱肉強食の世界では当然のことなのだと受け入れていた。

 

 少女にとって、それに対して悩む男の考えは、まさに青天の霹靂と言わざるを得ない。

 目を見開きながらも、口から言葉に出そうになるのを堪えながら、少女は男の次の言葉を待った。

 

「……考えた。俺はどうすれば、散っていく命に対して、奪った命に対して最高の手向けを呈する……感謝を、贈れるのか」

「それが、喰われる恐怖の克服だっていうのか?」

「然り」

 

 重々しく頷くと、男は口を一文字に結んだ。これ以上語ることは無いと、まるで地蔵にでもなったかのように動かない。

 

 少女は別に、無言のメッセージを読み解いたわけではない。

 それでも、彼女は沈黙していた。

 男の絶技の理由を理解した瞬間に、胸に浸透していく温かさに困惑を覚えたせいだった。今まで恐ろしくて堪らなかった男の強さが、途端に怖くなくなった。腹の奥で空腹とは違った、くすぐったい疼きを覚えた。頭に血が昇っていくが、嫌な感覚ではなかった。

 

 少女は自分の胸に手を当てた。手で分かるほど、体は温かい。ぽかぽかとした陽気の中、草原の真ん中で寝っ転がっているような、そんな感覚。

 普段なら、その温かさに心が満たされている筈だった。しかし、少女は温かさを感じながらも、まるでぽっかりと穴が開いたような、飢餓にも似た物足りなさを覚える。

 

 視線を落としても、自分の軽く握られた手と、豊満な胸が映るだけだ。自分の身体は、どこも欠けていない。

 

 ――足りない。

 

 もしかして、自分の強さを確かめたいと思ってしまったのだろうかと、斧を手に持った自分をイメージした。しかし、手に掛かる重みのイメージは、求めているものとは違っていた。

 

 ――何か足りない。

 

 ふと、少女は男の方に目を向けた。

 俯いて、石にでもなったかのように動かない、ドラフと見間違うほど偉丈夫のヒューマンだ。その姿が、何故だか少女には小さく見えた。好物のエディブルラビットよりも、さらに小さく。

 

 ――そうだ、絶対にそうだ。

 

「お前、弱いんだな」

 

 少女の小さな手が、男の頭の上に、柔らかく置かれた。

 不意のことに、男は瞠目して顔を上げた。

 

「何を」

「……あれ? なんか違うな」

 

 男の頭を横に撫でて、少女は首を傾げた。

 気を取り直して縦に撫でて、またも首を傾げた。

 

 もっともその首を傾げたいのは、男の筈なのだが。

 

「あぁ、そっか」

 

 少女は男の目の前まで近寄ると、その後頭部に手を置き、自らの方へと引き寄せた。

 あまりにも理解の出来ないことの連続に、男はなされるがまま、少女の胸に顔をうずめることになった。

 

「お前、弱いんだから。無理するな」

 

 少女の手は、男の背中と後頭部に添えられていた。

 力などほとんど入っていない、柔らかい手つき。

 宥めるように後頭部を撫でて、背中をさすった。

 

 男は頭の中では混乱の極致に至りながらも、目を閉じてそれを受け入れていた。

 

「お前はいい奴だ。でも、いい奴すぎるから弱いんだ」

 

 言い聞かせるように。

 耳の中に心地よく、少女の声がこだまする。

 

「弱いと、喰われるからな」

 

 ――だから、最強のあたしと。

 少女は純粋無垢な微笑みを浮かべながら。

 

「お前、あたしの番になれ」

 

 水浸しの冷たい服の上に、温かい雫が沁み込んだ

 

「あたしの名前は、サラーサ」

 

 少女、サラーサは男に名を告げた。名を名乗る声は、柔らかいものではなかった。無神経に一切合切を振り払ってしまうほど力強く、自信に満ちた真っ直ぐな名乗りだった。

 

「……俺は、スレイドだ」

 

 男のしゃがれ声が、名乗りと共に吐き出された。

 そんな男、スレイドの名乗りを認めると、サラーサはまた彼の背中をさすった。

 

「よろしくな、スレイド」

 

 どこまでも明るいサラーサの声が、雨音さえも打ち払って、彼の住処の中で響き渡るのであった。

 

 

 

 




多分、サラーサが母性に目覚めたらこんな感じ。
そんな妄想を、形にしてみました。
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