「アインヘリアルの破壊を行う……か」
ぽつりと言葉を漏らした男「ゼスト・グランガイツ」は歩みを進めた。
八年前の事件の真相を聞く為に、こうしてスカリエッティ達に渋々ながらも協力している。だが、時間の経過と共に、彼の心境には変化が見られた。ルーテシア、アギトと過ごした日々。そしてレジアスが何も目立った行動を起こしていないこと。
「レジアスの口から真相を聞くまで……この身体が持てばよいのだが」
今回のレジアスが先頭に立って開発を進めてきたアインヘリアルの破壊。スカリエッティからも参加の要請はあった。だが、今回の機会は千載一遇の機会でもあった。レジアスの周囲の警戒が薄れる今ならば、奴に接近するのも容易であろう。回答は至極簡潔、「断る」であった。
「この時間ならば、ちょうど破壊が始まる頃合いだろう。先ほど流しておいた情報で、部隊も出払っている今が好機」
フードで頭を覆い隠し、魔力を抑えながらも急いで裏口から地上本部へと。
予想通り、警備も手薄な状態な為に、これといった障害も無く、レジアスの部屋まで到達することができた。
「あの日から、二度と此処には来るまいと思ってはいたが……、最近の地上本部には幼子までいるとはな……。しかし、それも今日で終わる」
1つ呼吸を置いて、目の前の扉を開ける。そこには、八年前の親友の姿がそこにはあった。
「ゼストか……遅かったな」
「勘の良さは流石といったところか」
背を向けるレジアスはこちらを見ずとも、訪問者がゼストであることを見抜いていた。まるで待ちかねていたかのように。ゆっくりと踵を返し、二人は漸く八年ぶりの対面を果たした。
「聞きたいことがある」
「八年前のことだろう」
もはや何も言うまい。奴は覚悟を決めているのだ。ならば俺自身、奴の言葉を聞くしかあるまい。八年前の真実。それを知る為に生き永らえてきた。
それから10分程、俺は八年前の真実を聞いた。予想していた通りではあった。だが、奴にもこの八年間の間に、心境の変化があったようだ。何よりも……自らの罪に対しての後悔。これは奴の行動を変えた。
「なるほど……。俺が生かされていることを知っていたから、ここまで目立った事はしなかったわけか」
頷きを確認すれば息を吐き、気持ちを整理する。憎しみ、恨みなどは捨ててきた。今の気持ちには何もない。俺の生きる意味はここで終わったのだから。
「俺が聞きたかったのはそれだけだ。邪魔をした」
八年前の真実、それに奴の心を知る事ができたならば、俺に思い残すことはない……ただあるとすれば……
「はぁあああ!!!」
槍型デバイスを緊急起動し、背後をなぎ払う。少し音立て床に有機物が落ちた。視線を先にやると、すでに人の姿を捨てた親友の変わり果てた姿があった。
「ぐふふぅうう、八年……我慢したのだ……、親友(とも)よ……俺を討て……人として、俺を殺…」
常に冷静沈着な彼も、この状況に戸惑いをみせていた。何故、このような姿になっているのか理解できなかった。だが、レジアスは俺を殺しに掛かってきている。それに最後の言葉……
レジアスという人間は死んだのだ。
「・・・・・・・すまぬ」
腕から伸びた鋭い爪とデバイスがぶつかりあう。ステップと、デバイスを組み合わせ、間合いに入ろうとするが、爪の長さ、重さ、振るう速さ。どれにも手こずり、決定打を与えられずにいた。
アギトを置いてきたのは幸いだったか…。だが、友として、成すべきことは1つ。
「真向勝負」
身体の奥に力を込め、全ての力を開放しようと……
そんな矢先
レジアスだった物の首が落ちた。
構えを解き、状況の把握に務める。床に倒れ、血を流す胴体の後ろには、爪に付着した血を舐める女性が一人。
「……戦闘機人か」
「騎士ゼストですね?お話はお姉さまから聞いていました」
秘書としてこの部屋にいた女性。しかし、その姿は青いボディスーツ、桃色の髪へと変わっていた。
こんなところにまで、戦闘機人を忍ばせていたか……ジェイル・スカリエッティ。
レジアス……今は静かに眠れ。いずれ…俺もそちらに逝く。
「1つ尋ねたいことがある。いつからレジアスのもとに居た」
「確か、8年前からですか」
デバイスを持つ手に力が籠る。全ては今繋がったのだ。
「太古の昔から、人間との抗争が続いてきたとされる存在。そして奇しくもこの時代に残されていた物。そしてそれを人体実験として使用した計画……。人と人成らざるものとの共存、そして支配」
「八年前のあの日より以前から、レジアスに何をしていた!?」
デバイスを突き付け問いただすと、彼女は全てを吐露した。妖魔の血を永い時間かけて人に投与し、その結果を観察していたこと。そして、役に立たなかった物を始末することを。
「八年……この事実を伝える為に……。レジアス、待たせたな」
「フルドライブ」
正確無比の神速の一突きは、戦闘機人の心臓のみ体外へと突き出していた。
「え……何!?、一体何が…」
胸に開いた穴に手を当てる……そして心臓が鼓動を止めた。
鼓動が消えたことに連動するかのように、目から光が消え、その場に彼女は崩れ落ちた。
「ぐっ」
フルドライブを解除したと同時に胸に激しい痛みが襲いかかる。今回は今までとは比べ物にはならない……限界が目前にまで近づいていることを告げるかのように。
「限界……のようだな。だが、ルーテシアを……まだ助け出してやらねば……」
残された想いのみが身体を支え続けている。まだ彼にはやるべきことが残されている。今はっきりと自覚したのだ。ルーテシアを救うこと。残された命はそのために使おうと……。
「感動の再会は終わったのか?」
全身で感じ取れる程の殺気……。振り向くこともなく距離を取った。禍々しいまでの殺意……今までにも相対したことがあるかどうか……それほどの殺気だ。
痛みに耐え、デバイスを構える。その視線の先に立っていたのは、
「ノーリといったか。何故ここにいる」
「何故?もちろん反逆者を始末するためだ、騎士ゼスト。これ以上語る必要はあるまい」
スカリエッティも抜かりはないということか。どうやら俺の成すべきことはばれていたか。だが、それは承知の上。
ノーリが手にする大剣……それは生物と機械の融合が成した歪の物。見た目よりもその剣から感じられる魔力……そして鼓動。
「生きている剣とはまた奇妙なものを使う……。だが俺はまだ死ぬわけにいかぬのでな」
視線による視線の誘導によって一瞬の隙を作ると、壁を破壊し、廊下へと飛び出す。それについでノーリも廊下へと飛び出してきた。
ゼストに映るは死体の山。出払っているとはいえ、警護の者も少なくないはずだったが……先程から来ない理由はこの死体の山が答えだ。
「勘違いをしては困るな。私は何もしてはいない。それよりも、貴様もこの山の一部に変えてやろう」
得物と得物の衝突が沈黙を破った。大剣を振るっているとは思えない速度で扱うノーリに驚くも、技術的な面においては差があることをゼストは感じ取っていた。攻撃のパータンが数種類程しか存在しないこと。また魔法を使用しないことから、対処は容易であった。
フェイントの使い方が甘い。視線が全てを教えてくれる。それに捌きもまだまだ。だが幼稚とはいえ、実力が未知数な以上は先手を取って終わらせるのみ。
上段をわざと空けておき、そこに攻撃を誘い込む。当然、その空間を狙い、大剣は振り下ろされる。それを狙い、刃で逸らすと、石突で、ノーリの腿を貫いた。機動力を削ぐことは今の状況下では必要不可欠。ならばこちらから仕掛けて削ぐまで。
「悪いが、まだ成すべきことがあるのでな。死ぬわけにはいかん」
腿から血を流すノーリに告げるとそおの場から立ち去ろうとするが、それを許してはくれないのがこのノーリだった。
「やはり、技術は勝てないか……。それに魔力量が少ないのは困ったものだ。だが……」
腰から取り出したのは首にちょうど取り付けれそうなバッテリーのような物。そして躊躇することなく、首に装着した。
溢れるは莫大な魔力……。この廊下……いや、建物自体に溢れそうなこの魔力は!?
「レリックを使ったか!?」
「流石は騎士ゼスト、これもドクターが作ったもの。ただこれは私専用だ。他が使うと死ぬことになる」
レリックから溢れる魔力を受け止めることがノーリにはできた。彼女のレアスキルとも呼べる体質のおかげで。これにより、ノーリの魔力はEXと判定されても問題ないレベルにまで達する。そしてこの魔力を身体の強化に充てれば……
「魔力を身体強化に用いたか……」
傷は塞がり、また動きが一段と軽やかに感じ、振る大剣もまた心地よい風を切っていた……のだが。
ノーリは大剣を自らの心臓の位置へと躊躇なく付き立てる。だが、血は飛び散る事もなく、身体を貫通することもなく、ノーリの身体に飲みこまれていった。
肌に感じるのは、歪んだ魔力。それは人成らざるものの証。
「ティエラ、シンクロだ」
はい、ご主人様
紫紺の左目に妖艶な光が灯った……。髪の色もまた、銀から紺碧に染まった。人によって生み出された妖魔と人、そして機械によって繋がれた姫。ノーリもまたそうなのだ。
「妖魔化」
妖魔としては不十分で、妖魔の血が通ったのは眼だけであるが、それでも効力は全身に及んでいる。
軽く指を曲げ伸ばし、床を蹴った。
「さぁ、続きを始めようか」
今度は小手のみで、ゼストを強襲する。だが、大剣を使っていた時とは違い、速さ、重さが半端ではない。柄でいなし、ステップで避けるが、重く、寸前で辛うじて避けれているといった状況に置かれている。
廊下という空間で戦っている以上、速度はそこまで気になるものではない。だが、大剣のほうがこちらとしては都合がよかったが、素手となると何かと辛い。
「懐にさえ入らせなければ、どうということはない」
身体能力を強化したといっても、技術が解消されるわけではない。ならば、相手にあわせて、カウンターを取る。それが有効だ。右拳廻打の後、回し蹴りが来ることがパターンに見えていた。ならば、その右拳廻打の為に距離を詰める瞬間に合わせる。
攻撃をギリギリでいなし続け、パターンに入る行動へと持っていく。そして、足に力が入る瞬間を逃さず、同時に飛び出し、デバイスを心臓へ的確に突き出した。視線が交錯し、ノーリのしまったという表情が見ていた。ノーモーションから突き、それに飛び出しに合わせたこのカウンターならおいそれと避けられることはない。
繰り出されたデバイスは的確に心臓の位置を貫いていた。
「はぁ、はぁ、手ごわい相手であった。しかしまだこの命、くれてやるわけにはいかんのでな」
デバイスを引き抜き、建物から出ようと歩みを進めた……その時だった。
「私は今、欲しいんだ。騎士ゼスト、貴様の命がな」
苦痛に顔が歪む。何が起こったのか分からない。ただ、右の脇腹に死んだはずのノーリの拳が叩きこまれていた。
「がはぁああ」
油断したその身体は床を二度跳ね、壁にめり込む形に。
「油断するとは貴様らしくもない。そんなに私の心臓を刺したことが気にいったか?」
デバイスで身体を支え、なんとか立ちあがる。脇腹の激痛からすると、骨は持っていかれたようだ。
「確かに、心臓を貫いた感触はあった。だが何故貴様は生きている……」
「教える必要はない。貴様の身体は一撃で悲鳴をあげている。立つこともままならんだろう……早く楽にしてやる。逝け」
渾身の右拳廻打がまさに叩きこまれる寸前。ゼストの姿は無かった。
「貴様を倒さんことには、俺に未来はない。ならば貴様を倒して絶対に生きて目的を果たすまで」
ゼストの選択は二度目のフルドライブ。身体は軋み、満足に呼吸も儘ならない。持って一分が限界だろうか。だがそれだけあれば十分だろう。
「真向勝負!」
軋む身体に鞭を打ち、倒すべき相手に相対する。まずは、突きを持って、間合いの主導権を取りにかかる。だが、それを嫌って、一気にインステップで懐に飛び込んできた。
脇腹の痛みがどうしても一瞬の動きを鈍らせる。そしてフルドライブの反動が確実に身体を蝕んでいく。懐に入られるも、慌てることなく、全てデバイスで処理を行う。肉体で受ければ、骨は持っていかれる。
裏拳を刃の面で受け、足払いを石突で止める。止まった瞬間に、デバイスを支えに回し蹴りを顔面へと放つ。手でガードされることを見越し、そのまま回転を利用してデバイスで斬りかかるも、バックステップで避けられてしまう。
ゼストは読みとカウンターを。ノーリは速度と破壊力で。相反する二人の戦いは30秒にも満たない間だが、すでに二人には数分は闘ったように感じる。
激戦の中、場所を扉の近くへと少しずつ移動している最中に、扉から少女が現れた。
「あれは、先ほどの幼子か。くっ!」
ノーリの放つ拳を避けるように庇い、扉の向こうへと転がりこむ。
「大丈夫か?ここは危ない、早く逃げろ」
残された時間は20秒足らずというのに、庇ってしまうのはやはり、ルーテシアの存在が大きいこと。なによりまだ自分に人としての心が残っている証拠でもある。
「ふぇええ、おじさん大丈夫?」
「ああ、それより早く逃げろ。次は庇ってやれん」
「おじさんは、私を守ってくれるの?」
「ああ、そうだ。時間がない……急げよ・・・・・」
ルーテシアの一瞬重ねるも、すぐに現実を見つめ、幼子を逃がそうとする。すぐ目の前にはノーリが現れている。
「騎士ゼスト、最期に言い残すことはあるか?」
「勝ったつもりでいるのならば、油断というもの」
去りゆくであろう幼子を背中で見つめ、倒すべく相手に残りの時間を全力でぶつける。そう決めた。例え、一分経とうとも、命涸れるまで闘い抜かなければ…ルーテシアの命も救えはしない。
「いざ、尋常に勝負!!」
「ならおじさんは私の敵だね」
生温かいものが身体の表面を伝わって行く……そしてゆっくりと、地面へと垂れていく……。
背後から心臓へ的確な一撃。騎士ゼストの命を幼子の刃が貫いていた。
「……がはぁ、な・・・なぜ……」
「遅かったなラピス。いままで何をしていた」
「あ、ご主人様!今まで、人間さんと遊んでもらってたんだよ。ほら、ご主人様!!」
振り返れば、そこにもまた転がるは死体の山……。どうやら増援がなかったのは、この幼子が原因か……
吐血、出血によりまともに喋ることはもちろん、意識は薄れ、命が尽きる寸前まで来ている。
「はぁ…はぁ…」
「ここまで苦しめたせめてもの情け。首を落として終わりにしよう。ラピス!」
「はい、御主人さま!!」
二人の唇は重なり、お互いが貪るように絡めあって行く。そしてラピスと呼ばれる少女は人の形を捨てた。次に現れるはまたしても大剣。だが、形状は少しことなっている。
「これが私の可愛い下僕達。では、騎士ゼスト。さようなら」
振り下ろされた大剣が首元に降ろされる。
だが……
よしとしない者はこの場に間に合っていた。
突然の閃光。視界が奪われた瞬間、大剣が金属音を響かせた。
そして……視界を取り戻したときには、騎士ゼストの姿は無かった。
「……逃げられたか。だが、もう助かることはないだろう」
バッテリーを外し、シンクロを解除し、妖魔化を終える。さすがに疲労が押し寄せたようで、膝を着いた。
「ご主人様!?」
「大丈夫だ。それよりも帰るぞ。ここに用はない」
「はい!」
地上本部……出払っていた者以外、今日を持って、命を手放すこととなった。