白薔薇に抱きつき、泣いた。もう30分くらいは泣いていたのだろう。認めたくない現実を認めなくてはならない。そんな現実と、まだ覚めない悪夢なのではないか。そんな淡い希望に私の心が揺らいでいた。
「いやだよ…こんなの」
「アセルス様…」
イルドゥンもどこかへ行ってしまった。私に呆れたのだろう。それに彼は敵だったはず。
様々な感情に心を揺さぶられ続ける。なんで私が…なんで?
「こ…これは」
白薔薇が驚いている。何かあったのかな?疑問を抱く私にもその答えはやってきた。
「あ、がぁあ…がああ。。」
声にならない言葉と共に嘔吐してしまうアセルス。白薔薇が驚いていた疑問の「答え」が私を抜けた瞬間から私はこうなのだ。
「アセルス様!!大丈夫ですか!?しっかりなさってください」
かなり焦っている白薔薇の声は届いてはいない。代わりに聞こえるのはこの声だ。
「力が欲しいか?半妖の姫よ」
何を言ってるの? 力? 一体何の力? それよりも私はこの運命から逃げ出したいのに。
「力があれば、逃げ出すことだってできる。どうだ姫よ。力は欲しくないか?」
心が揺れた。なんとか理性を保とうと必死だった。でも後は簡単だった。逃げたい。もういやだ。逃げたい。逃げたい。逃げたい。そうだ。欲しい。力が。力が。力が。
今を受け止めたくない幼い心にこの誘いは甘美な蜜。理性など意味を成さなかった。
「力が欲しい!」
「良かろう。だが契約の代償は頂く。それは…お前の人間としての寿命を貰う。」
今の私にはそんなことは関係なかった。そう力を欲する私には。そんなこと関係なかった。
「そんな安い代償、貴様にくれてやる。さぁ…私と契約だ」
「よかろう、後で後悔しても遅いぞ。ならば呼ぶがいい。我が名を。」
「我が名は」
‐‐幻魔‐‐
私は手を伸ばした。紅い光の中に。そして現れたのだ。契約した剣……幻魔が。
アセルス様に異変が起きてかなり時間が経ちました。今は少し落ち着いてはいますが、苦しそうです。今の私には看病することしかできません。アセルス様…
「・・・」
アセルス様が何か呟いたことに気付きました。しかし、私には何を呟いていたのかは聞き取れませんでした。ですが、それは最悪な形となって分かったのです。
「があああ、あああああああああ」
咆哮と共にアセルス様の容姿に変化がありました。髪の色は緑から紺碧へと。紅い瞳は紫紺へと。
「妖魔化」
私は気付きました。アセルス様が妖魔の力を解放したのだと。そしてあの御方の血に目覚めてしまったということも。異変はもう一つありました。アセルス様が持っているあの紅い剣です。
「もしかして…あれは…!」
すぐにイルドゥンに連絡を取っていました。
≪イルドゥン!アセルス様が、妖魔の力を≫
≪何故だ?アセルスは妖魔の力はまだ使えないはずだが≫
≪先ほどの魔力か何かがきっかけでしょう。半妖のお体になられてから月日は浅いです。それに魔力とは無縁の生活をされていらっしゃたので≫
≪魔力に妖魔の力が誘発して目覚めてしまったか。わかったすぐにそちらに戻る≫
≪それと、イルドゥン。アセルス様が紅い剣を持ってらっしゃるのですが、もしや…≫
イルドゥンから緊張感が感じられました。どうやら予想は当たったようです。
≪白薔薇姫様、もしや幻魔では≫
≪やはりそうですか…イルドゥン!そうであれば大変です。アセルス様を止めなければ!!≫
≪くっ…急いで戻ります。白薔薇姫様、決して無理はなさらず≫
≪なんとか持ちこたえますから。イルドゥンも早くお願いします≫
そういって会話を終了した。
私だけでどのくらいもつでしょうか…正直心配です。
思いを語ると同時。アセルス様は斬りかかってきたのです。
この世界に終わりをもたらす存在。可能性が目覚めてしまった。今はただ止めなければならない。
「遅いぞ、シグナムとやら。時間は待ってはくれん」
「貴様に吸われた血と傷で魔力が乱れているせいだ。それにまだ名前を聞いていない」
そんな彼女に鼻で笑う。なんてくだらない。まぁこれも一興だがな。
「イルドゥン」
そう告げた。
「イルドゥン…わかった。しかしイルドゥン。先ほど言っていた世界が終るということだが、どういう意味だ?」
彼女の問いかけに笑いながらも冷静に答える。
「誰も逆らえなくなる。ただそれだけだ」
どういことだとでも言いたそうだ。だが今はそれどころではない。言葉が現実となってしまう前に。
「この先だ!行くぞ」
そういって二人は夜の道を抜けるのだった。
「白薔薇姫!!」
間に合ったようだ。なんとか持ちこたえてくれていた。
「イルドゥン!来ないかと思いましたよ」
肩で息をする白薔薇姫を見ると、その大変さがよく分る。あの小娘がここまで追い詰めるとは。
「イルドゥン?この方は?」
「今、説明する暇はありませんが、名はシグナム。アセルスを止めるために協力を頼みました。現地の出身だそうです」
「シグナム様、よろしくお願いいたします」
深く礼をする白薔薇。
「こちらこそ、よろしく頼む」
なかなか礼儀正しい二人だ。なんて言っている場合ではない。
「シグナムとやら、よく聞け。あいつの眼は見るな。そして気圧されるな。それだけだ」
「眼を見るな?どういうことだ?分かるように説明しろ」
だがその言葉は空しく響くだけだった。
「がああああ」
狂ったように叫び、かつ正確に斬りつけてくる。その場にいた全員は散開した。
「速い!!イルドゥン以上だ」
シグナムの率直な感想に少し怒りを感じていた。
「あれは、あやつの本来の力ではない。あの剣と血のおかげだ」
正直な感想を言えば、シグナムの言っていることは正しい。今のあれには追いつけん。なんとか隙を作らねば…
眼前で鬼神の如く暴走する少女。でたらめな強さだとすら感じる。だが、それでこそ戦う意味があるものだ。
「レヴァンティン」
相棒であるレヴァンティンにカートリッジをロードする。
「さぁ、来るがいい。烈火の将がシグナム 推してまいる」
連結刃を持って私は仕掛けた。無限の軌道は少女を追い詰めていった。
「はぁああ、斬り裂け!!」
連結刃は彼女を絡め捕ったかのように見えた。しかし紺碧の姫は眼前に迫っていた。
「なっ!!」
思わず声が出る。
疾風迅雷
「稲妻突き」は躊躇なく放たれた。シグナムの顔面を突き刺す不意の一撃。真っすぐ突き立てれる幻魔は確実に死を予感させた。
[Schwertform]
「まだだ、はぁあああ」
経験が命を救った。眼前の切っ先にレヴァンティンの切っ先を当て、軌道を変えた。刃を滑らせ、肉薄する。頬に傷を負うが、首から上が飛ぶことが避けられただけマシである。
「なんて速さだ、ぐぅ…華奢な体のどこにこんな力が」
ぎりぎりと押し込まれる鍔迫り合いのなか、私は失態を犯したのだ。
「馬鹿者!!眼を見るな!!!」
イルドゥンの言葉を忘れていたわけではない。そこまで私が追い詰められていたのだ。
「か、身体が、動かない…」
眼を見た瞬間、身体の自由が奪われてしまった。それが私が彼に負けた原因でもあったのだが。眼前の少女が高く跳びあがり、落下してくる。紅い剣…幻魔を振り下ろしながら。
動け!!!動かなければ…死しか残されていない。
「舐めるな!!!!」
烈帛の気迫と私はレヴァンティンを振り上げる。激しい金属音が静寂を打ち消し、またしても火花を散らす戦いへと変わった。しかしそれも一瞬だった。
空虚を舞いレヴァンティンが砂に突き刺さる。何とか防ぐことができたのだが、力で無理やり持って行かれたのだ。そして今の状態と言えば…ガラ空きだ。
少女の攻撃は終わってはいない。振り下ろされた幻魔が横に払われた。
一撃目で相手の行動を封じ、二撃めで止めを刺す・・・「天地二段」
ただ技と呼べるほどの美しさはなく、ただ凶暴なまでの力に屈する形になってしまう。
負けた。一日に二人に負けたのだ。そう烈火の将は思ったいた。私は死ぬのだな。私が生きてきた時間など所詮あっという間だった。私が生きてきた中で、一日に二度も負ける事など経験がなかった。それ故に、プライドは軋みをあげた。
「儚き守り手、硝子の盾よ」
生きていた。何故生きているのか理解できなかった。そして次に感じたのは頬への痛みだ。
「騎士よ、貴様の務めはなんだ?そんなに容易く諦めてよいものだったのか?まだ負けてはいない。負けとは死だ」
立ち上がり、レヴァンティンを引き抜く。その言葉は軋む心を鎖で無理やりにでも繋ぎとめる。心にもう一度火が燈る。そうだ負けてはいない。まだ生きている。
「そうだな、レヴァンティン!」
最後のカートリッジ2発分をロードする。そして業火がレヴァンティンを包んでいく。猛々しく、彼女の心の火を現すかのように、美しく、儚くもあった。
イルドゥンから作戦が説明される。
「我と白薔薇姫様で陽動をかける。シグナムには幻魔を引き飛ばしてもらう。アセルスから放れれば、暴走も収まるだろう」
「了解した」
やるべき事は至極簡単。だが、それ故に難しい……だが、今はそうとは思わなかった。
颯爽と駆け抜ける私の後ろで魔力を感じた。
「「ミラーシェイド」」
詠唱が終わると、何人ものイルドゥンと白薔薇そしてシグナムが現れた。幾多の幻影を作り出す「ミラーシェイド」。理性が残っていても破るの難しい。アセルスは近寄るダミーをただ斬っているだけだ。
幾多の幻影に紛れ込み、ついに私はたどり着いた。
「私に合わせろ!!」
その声を待っていたかのように、イルドゥン、白薔薇も距離を詰め、同時に三人の身体が輝いた。
「はぁああああ!!!「「「幻夢陽光一閃」」」
恐怖と魔力光によるノックアウト。そして炎を纏った一閃。
「があああああ」
まだ幻魔を手放すことはない。だが今はそんなことは心配ではない。
「私の、いや、私達の勝ちだ!!」
振り切った剣は紅き剣を高々と打ち払ったのだ。