Virtual actress ~貧乳オタク女子高生がアバターで受肉し巨乳美少女女優になる話~ 作:岸雨 三月
脅迫メッセージが届いた日は、教師に言うか、警察に言うか、一晩中悩んだが、
「Vmoverとして活動していたらセクハラDM掘り起こされて炎上させられそうです!」
なんてアホなカミングアウトを相手にしてもらえるとも思えず、言われるがままに屋上に来てしまったあたしだった。そして事は、冒頭のシーンに至る。
「驚いたよ、あの真面目な比奈川さんが、きょ、きょうひゃくひゃんだったなんて」
しまった。「脅迫犯だったなんて」とビシッと言ってやろうと思ったら、完全に噛んでしまった。大勢の前で話すような緊張はないので声はちゃんと出ているのだけが救いだ。
「手荒な手段を使ったのは、本当にごめんなさい。こうでもしないと、あなたの協力は得られないと思ったから……」
脅迫犯はこの高校の生徒、というのはあのURLを見た時点で分かったが、流石にこんな身近な人間、それも真面目で通っているクラス委員長が犯人とは思っておらず、驚かなかったといえば嘘になる。
あたし=風切アイ とどうやって特定したのか?とか、どういう経緯で企業系Vmoverに送ったDMを持っているのか?とか、色々聞きたいことはあった。
――しかし、あたしを屋上に呼び出した比奈川の顔は青ざめ、震えていて、声は弱々しく、「あれ? あたしが脅迫してたんだっけ?」と思ってしまうような様子だった。あたしは比奈川を糾弾するよりも、まずは事情を聞きだすことの方を優先することにした(あたしは基本的に巨乳に甘い)。
「で、『風切アイ』を使って文化祭企画グランプリ1位獲得に協力しろ、ってどういうことなんだ? 焼きそば屋をそんなに盛り上げたいか? 動画でアイに焼きそば食べさせれば良いのか?」
「ち、違います。私が協力して欲しいと言ったのは、クラス企画の焼きそば屋ではなく、演劇部の演目のことで……」
なるほど。この学校の文化祭では、各クラス単位の出し物のほか、部活単位の出し物もある。あたしは帰宅部だから忘れていたが、大抵は、たまたま同じクラスになったに過ぎない人たちでやるクラス企画はそこまでやる気がなく、同じ志を持った人たちが集まる部活企画の方がクオリティ高い。グランプリを獲っていくのも、大抵は後者だ。そして――
「思い出した。そういえば比奈川さん、演劇部の部長さんだったっけ。しかも元・天才子役で、この学校に入ってきたのも一発芸枠だったとか」
元・天才子役というあたりで、比奈川の顔に影が差した。比奈川愛々。数年前までは、その名前をTVで聞かない日は無いくらいの有名人だった。その名のとおり愛らしい容姿と声で、お茶の間の人気者。もっとも、子役として活躍していたのは小学生くらいまでの間で、今はめっきり名前を聞かなくなったが――
「事情を……お話しします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋上の青空の下、比奈川の話し始めた「事情」は、自分の出生から始まる長いものだった。要約するとこういうことになる。
比奈川の母親は、日本人ながら、ハリウッドでも活躍する世界レベルの大女優だった。その大女優は、これまた有名な日本人映画監督と結婚し、比奈川が産まれた。いわば比奈川愛々は芸能界のサラブレッドで、子役としての成功も、ある意味約束されたものだった。
しかし、どんな分野でも生まれ持った才能だけで通用する期間というのは短いもので、中学に進み、女優としての比奈川愛々は伸び悩むようになった。「女優としての才能が開花しないのは、かつての天才子役として、周囲から甘やかされすぎているからだ。娘には、厳しくも、正しく教え導くような指導者が必要だ」――、比奈川の両親はそんなことを考えるようになった。両親は現在アメリカに在住しているそうで、比奈川を自分達の手元に呼び戻し、アメリカの有名な演劇学校に入れて教育しなおすというのが両親の計画だった。
一方の比奈川本人は、かつてからの志望校である清宮高校を諦めたくなかった。高校だけは日本で進学させてくれ、と両親に頼み倒し、一度はそれは認められたのだが――
「流石に一年間芸能界での実績何も無し、ということになると、親御さんもやはり呼び戻したい、という気持ちが出てくる、か……」
「そういうことです。そして、このまま何も実績が上がらないようだったら、次の9月から、日本を離れてこっちに来なさい、とも言われています。日本に残るための条件は、何か一つ小さい分野でも実績を上げること、具体的には……」
「この学校の文化祭でのグランプリ1位、だと」
確かに世界的に活躍する大女優から見れば、文化祭のグランプリなんてのは大したものではないのかもしれない。しかし、このマンモス女子高である清宮の文化祭では、クラス企画だけでも30以上、部活やサークルも含めれば100近い企画がある。出し物の中には、主に一発芸枠で入ってきたセミプロ高校生達の手による、やたらとクオリティの高い喫茶店だったり、プロ顔負けのバンド演奏だったりもある。一方、演劇部は、元天才子役のエース比奈川が所属しているアドバンテージはあるものの、特に高校として演劇部が強豪だったり有名だったりするという訳ではない。そんな状況で、文化祭全来訪者の投票で決まるグランプリ1位を勝ち取る、というのは、言うほど簡単ではないと思えた。
「投票で勝つには、まず人が集まり、演劇部の演目を見てもらわなければなりません。しかし普通の演劇では、集められる人の数に限りがあります。そもそも演劇なんて、さほど興味ない、喫茶店やバンド演奏の方が良いという人の方が多数派でしょう。私の知名度を足したとしても、所詮は過去の人です。実際のところ、去年の文化祭でも私は出演していましたが、グランプリを取れるほどの集客効果があった訳ではないです。人を集める起爆剤になる、目新しい『何か』が必要なんです」
「そこで、Vmover?」
「そうです。Vmoverと生身の人間を組み合わせた、バーチャルとリアルの交錯する誰も見たことがない舞台。それを今回の演劇部公演の目玉にしたいんです」
バーチャルとリアルの交錯する誰も見たことがない舞台、ねえ。
アバターを操作するあたしの側としては、やろうとしていることは言うほど簡単ではないと分かる。しかも、たとえ目新しさから人が集まったとしても、普通に演劇としての中身の面白さが伴わなければ、投票まではしてくれないだろう。それにVmoverなんてのは、確かに流行ってはいるが、実際のところ、一部のオタク界隈だけの間で流行している身内ネタの域を出ない。出してみたは良いが、オタクネタに一般人はドン引きのだだ滑り、なんてことになったら、起爆剤どころか演劇部ごと轟沈させる爆薬になる。正直、他を当たった方が、――そう言い掛けようとしたのを察したらしく、比奈川は焦った様子で目を潤ませ、こんなことを言い始めた。
「あっ、あのっあのっ! これはお願いではなくきょ、脅迫です! あなたに……しぇ、しぇんたく権はないんです! 断ったら、昨日の画像……ネットで全世界に拡散する準備は出来てます!」
「お前、萌えキャラじみた仕草で恐ろしいこと言うな!?」
どうやらあたしに「しぇんたく権」はないらしい。まあ、あたし自身、一度は芸能界のトップを取った比奈川と、今の時代の最先端を行くVmoverとが出会って生まれる「誰も見たことが無い舞台」というのに興味が無いといえば嘘になる。
こうやって、完全に巻き込まれる形ではあるが、Vmover「風切アイ」の文化祭参加が決まったのだった。