Virtual actress ~貧乳オタク女子高生がアバターで受肉し巨乳美少女女優になる話~ 作:岸雨 三月
翌日。さっそくあたしは演劇部の部室に招待されることになった。
今回の企画に乗るにあたって、あたしには一つだけ気にしていることがあった。それは、中の人バレは禁忌と言うVmover鉄の掟。あたし= 風切アイということは、部長である比奈川にはバレてしまっているので仕方ないが、それ以上の情報の拡散は避けたいので、他の演劇部員にはバレないように事を進めたかった。もちろん生身の自分が舞台に上がることはないが、それだけではなく終始徹底して黒子になるという訳だ。
ところが、「実際問題として、事前打合せやらリハーサルやらの全てのイベントを、他の演劇部員と顔を合わせないようにこなすのは無理があります」「演劇部員はみんな信頼できる人だから、言い触らしたりしません! 絶対大丈夫です!」と比奈川は言い張り、「あくまで比奈川以外には絶対秘密」を主張するあたしとの間で一悶着が起こった。長いこと言い合った結果、最終的には、副部長一人だけにはあたし= 風切アイと明かす、ということで妥協した。
本当はただ一人でもリスクの上がるようなことはしたくなかったのだが、演劇部の副部長は、あたしも顔だけなら知っている。金髪の留学生で(この学校は留学生も多い)、整い過ぎた顔立ちで近づきがたい印象すら与える美人だ。部長の比奈川はロリ可愛い系の顔立ちなので、ベクトルの違う方向性の美女が揃っているなー、と思ったものだ。おまけにこの留学生、無口で、他の生徒と喋っているところをほとんど見たことが無い。しかもごくまれに口を開くと中身の性格はとんでもない変人なので、友達も少ないという噂だ。まあ、そんな奴だったら、ベラベラ言い触らすことは無いだろう、とあたしも妥協したのだ。
打合せやら、他の部員との調整やらには全てその副部長が間に入って行ってくれるらしい。本番はあたしは別室に入って機材を操作し、アバターの「中」に入って演技することになるので、最後まで副部長以外の他の部員とは顔を合わせずに済むという訳だ。他の部員には、風切アイは校外から呼んだゲストなので部長と副部長だけが窓口となって対応する、と説明してごまかすようだ。まあ、正直、あたしはリアルで大勢の前で意見を言うミーティングとかは苦手なので、この対応は結果的にありがたかった。
そして今日は、その副部長と比奈川、3人の顔合わせミーティングということになる。
「はじめまして。私は演劇部副部長のローズ・オースター。ローズでいいわ。あなたがアイ・カザキリ兼ね役のアイカ・タキムラね。よろしく」
ずいっと目の前に手が出される。
「よ、よろしく」
欧米式の握手だ。戸惑いながらも、ローズの手を握る。「兼ね役」っていうのは日本語としておかしいが、留学生相手にそこを突っ込むのも野暮というものだろう。今まで一度も声を聞いたことがない相手なので、意思疎通が出来ないようなタイプだったらどうしようと思ったが、普通に喋れるじゃないか。喋り方は、いかにも無口キャラです、という感じの抑制された喋り方だけど。
「アイカについて大体のことはヒメから聞いている。今回、私は、劇の脚本を任されている。私から脚本について説明するので、アイカからのfeedback……、意見をもらいたい」
ん? ヒメって誰だ? あたしの不思議そうな顔を見て、比奈川が顔を赤らめながらこう付け加えた。
「ひながわ・めめだから、名字と名前の頭文字『ひ』『め』を取って、姫って呼ばれてるんです……、恥ずかしいからやめて欲しいんですけど……」
そういうことか。比奈川くらい容姿端麗だったら姫と言われてもさほど違和感ないし、堂々としてれば良いと思うけどな。
意見と言っても、あたしは、バーチャルアバター操作の専門家ではあっても、脚本に関しては素人だ。言うことがあるとも思えなかったけど、とりあえず説明を聞くことにした。
「ではさっそく始める。まず脚本の方向性だけど、Vmoverという目新しい要素を入れる分、脚本そのものは斬新さを求めず、誰もが知ってる話をベースにすべきだと思った」
なるほど。それはそうかもしれない。
「そこで脚本は、Snow White……、失礼、『白雪姫』を題材にする。白雪姫役がアイ・カザキリで、意地悪な王妃役がヒメ」
確かに白雪姫なら誰でも知ってる話だな、妥当なところだろう。
「ただ、これはVmover劇なので、現代的な修正をいくつか施す。まず最初の場面だけど、王妃が鏡に向かって『世界で一番美しいのは誰?』と問いかける。鏡は、『それは白雪姫です』と答える。王妃は激怒する。原作だと王妃は老婆に化けて白雪姫に近づき、白雪姫に毒リンゴを食べさせようとするけれど、この世界では、リアルの存在である王妃はバーチャルの白雪姫に直接近づくことはできない。そこで、白雪姫を葬り去るべく、王妃自らバ美肉することにする」
「王妃がバ美肉」
待て待て待て。とんでもないパワーワードが飛び出したぞ。
「あ、バ美肉というのは、バーチャル美少女受肉の略で、美少女のバーチャルアバターとしての体を作り出して、Vmoverとしての活動を始めることを指す」
丁寧な解説ありがとう。金髪留学生の口から「王妃がバ美肉」とかいう日本語を解説される日が来るとは思わなかったよ。
「バーチャルアバターと化した王妃は、『国の母』としての立場で培われた経験から醸し出されるロイヤルバブみオーラで人気を獲得していく。王妃は正体を隠したまま、白雪姫に近づこうとコラボ配信を持ちかける」
「ロイヤルバブみオーラ」
声に出して読みたくない日本語ランキング(?)のかなり上位に入るだろ、このワード。
「白雪姫と王妃は、コラボ配信を通じて色々な体験を共有し、すぐに仲良くなっていく。具体的に言うと、『アズールファンタジア』の実況配信でバレンタインガチャ210連爆死という体験を共有して仲良くなっていく」
「ちょ……ば……やめろ!!!」
何で今あたしのトラウマえぐりに行った。210連爆死のくだり、それ具体的に掘り下げる必要あったか。
「ローズさん、そのくだりは私もどうかと思います」
よく言った比奈川。もっと言ってやれ。
「『アズールファンタジア』は実在のゲームですよね? 版権元からクレームになりそうな名称使用はちょっと……」
「了解。何か適当にそれっぽい名前に置き換えておく」
いやそこじゃねえよ。駄目だ。このいかにもゲームとかやらなそうな清楚系女に210連爆死の重みが分かると思ったあたしが馬鹿だった。
「話を続ける。十分に白雪姫と仲良くなったと判断した王妃は、油断させて白雪姫に『毒リンゴ』を食べさせる。と言っても、バーチャル世界の話だから、『リンゴが無料で貰えるリンク』と偽ってマルウェアへのリンクを踏ませる」
そういえば、 アズールファンタジアではスタミナ回復アイテムのことをリンゴって言っていたんだったか。
「哀れ、受肉に必要な機材がマルウェアに感染してしまった白雪姫は、活動休止に追い込まれてしまう」
さあ、ここからどうなるんだ。あたしの記憶では、この後の原作の白雪姫のオチは――
「王妃は今度こそ鏡に問いかける。『世界で一番美しいのは誰?』。しかし、鏡は王妃の凶行を全て見届けていた。しかも、鏡はVmoverガチ恋おじさんで白雪姫推しのオタクだったので、王妃に対して怒り狂った」
「鏡はVmoverガチ恋おじさんで白雪姫推しのオタク」
だから、パワーワードやめろ。
「鏡は録画していた王妃の凶行をネット上にばらまいた。これによって、今度は王妃も、炎上からの活動休止に追い込まれてしまう。ちなみに、この時代の鏡はIoTの進展でスマートミラーになっているので普通にネットに繋がっているという設定」
何だその超展開。薄々感づいていたが、この脚本家、この展開を終始淡々とした口調で説明し続けるとか、めちゃくちゃ頭がおかしいだろ。ハーブか何か吸いながら書いたのか? 誰だよ、こいつのこと意思疎通出来そうなまともな奴とか評価したのは。
「王妃は深くショックを受けた。しかしそれは、炎上してしまったことに対してではない。偽りの関係とはいえ、白雪姫とコラボした楽しい記憶は自分の中で予想以上に大きなものになっていた。幼い頃に政略結婚させられ、国を背負わされ続けてきた王妃にとって、白雪姫は初めて出来た友達だった。『これでよかったのか?』、世界で一番美しくなるという目標と引換えに、白雪姫を手にかけてしまったことは、王妃自身を深く傷つけ、苦しめていた。執念とも思える嫉妬心は、王妃自身が白雪姫の美しさを誰よりも評価し、愛していることの裏返しだった」
「……数ヵ月後。ほとぼりが冷めた頃、王妃はVmover活動に復帰した。時を同じくして、マルウェア騒動から回復した白雪姫も復帰していたが、流行り廃りの激しいVmover界で数ヶ月のブランクは大きく、両者とも人気は地に落ちていた。王妃は白雪姫にコラボ配信を持ちかける。許しを乞いたい、と。王妃は配信の中で白雪姫に全てを打ち明け、謝罪する。そして、白雪姫への隠していた愛も打ち明ける。白雪姫は持ち前の柔雪のような優しい心で、それを受け容れる……。ということで二人は幸せなキスをして、配信終了。バーチャルアバター同士の濃厚百合キスシーンは視聴者の間で大評判になり、二人の人気は生き返りましたとさ。めでたし、めでたし」
「え。えーっと、どこから突っ込んで良いのか」
超展開に次ぐ超展開。あたしは思わずのけぞった。隣の比奈川も、オチまでは聞いていなかったらしく、目を白黒させている。――しかし、序中盤のオタクネタラッシュはどうかと思ったが、オチに関しては、まあまあ良いんじゃないか、というのがあたしの正直な感想だった。
あたしの記憶が正しければ、原作では「王子様のキス」で白雪姫は生き返るということになっている。一方、風切アイは、どちらかというといわゆる「百合営業」路線で売っている。ここは女子高だから、もし王子を出すとしても男装と言うことになるが、男装とはいえ男とキスさせるという展開は避けたかった。まあ、よく考えるといきなりポッと出の王子がキスして解決、というのも、超展開といえば超展開だしな。もしあたしが白雪姫の立場だったら、王子なんかよりも、比奈川のような容姿端麗・才色兼備・巨乳女子にキスされた方が生き返りそうな感じはあるし、このオチはこれはこれでありかもしれない。
「ちょ、ちょっと私には分からないネタが多かったけど、せっかく新しい境地に挑戦するんですもの、これくらい攻めてる方が良い……んですよね?」
そうだな。どうせ演劇としてはイロモノ扱いは免れられないのであれば、これくらい突き抜けた内容の方がかえって良いかもしれない。あとは、当たって砕けろだ。
淡々とした口調でキマッた内容の脚本を話し続ける変人留学生脚本家・ローズの毒気に当てられただけかもしれなかったが、部室を出る頃には、そう思えるようになっていた。