Virtual actress ~貧乳オタク女子高生がアバターで受肉し巨乳美少女女優になる話~   作:岸雨 三月

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舞台へ(ただし、ぶっつけ本番)

あたしの目論見どおり、天候のおかげもあって、開演10分前には演劇部公演は満席御礼となり、立ち見も出る盛況になっていた。

 

期待感漂うムードの中、公演の幕が切って落とされた。

 

「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」

「妾を愚弄するか! かくなる上はこの妾自らバ美肉し、毒リンゴで……」 

「こうして王妃は、あふれるロイヤルバブみオーラで視聴者を虜にし、人気Vmoverランキングを駆け上っていった」

「コラボ配信? もちろんいいよ、あたしたち友達でしょ?」

 

公演は、前半は順調だった。客席の反応も良い。あたしは別室からアバターを操作しているのでダイレクトには分からないが、ギャグシーンでは笑い、真面目なシーンでは見入る。そんな様子がモニター越しに伝わってくる。

 

――トラブルが起こったのは、休憩に入ろうとする直前の、前半最後のシーン。いよいよ王妃が白雪姫に毒リンゴを食べさせるシーンだった。

 

「白雪姫ちゃん、もっと、『周回』したくはないか――? リンゴをDMで送ったから、早くお食べ」

「わーい、ありがとう! じゃあ早速ポチっとな……、って、これは何? 変なウィンドウが出て……ってあーっ!! ワーッ!!」

 

ドンガラピシャーン!!!!!!!!

 

えっ、何だ今の凄い音は? 演出? いやいや、こんな演出リハーサルの時には無かったはず。観客もびっくりしている。

 

何が起こったのかは、目の前のPCの状態からすぐに分かった。

 

――落雷だ。

 

アバター操作のためのPCの電源が落ちてしまっている。

ちょっと待て。後半の公演はどうなる?

 

しばらく間があって、ローズの声で10分間の休憩に入るというアナウンスがあった。

 

「前半凄かったねー、面白かった」

「最後のアレ、何? 演出? めちゃくちゃ気合入ってるじゃん!」

 

無邪気に盛り上がる観客を尻目に、あたしと比奈川、ローズの三人は急遽楽屋裏に集まっていた。あたしは第一声、こう言った。

 

「時間がない。手短に状況だけ伝えたい。今の落雷でPCは再起動不能。このままでは後半の公演は出来ない」

いち早くローズが反応した。

「バックアップや、予備の機材は無い?」

「あたしの寮の自室になら、ある。大急ぎで引き返せば、何とかなるかもしれない。休憩を少し延長してもらえるか?」

「それは可能。……でも」

 

ローズがチラッと比奈川の方に目をやった。比奈川は、病人なんじゃないかと言うくらいに青ざめた顔をしている。

 

「王妃のアバターを操作する用のPCと機材も、雷で壊れました……。バックアップと予備は、ありません……」

 

何てこった。そういえば、比奈川は数年前のこととはいえ「中の人」の写真をSNSにアップするほどのネット・PC初心者なのだった。きちんとした日頃からのバックアップなど、期待するのは酷というものだ。むしろあたしが、注意してやらせておくべきだった。だが、今となっては後の祭りだ。

 

頭を巡らせて方策を考える。後半の公演は、白雪姫が毒リンゴを食べさせられて、王妃が炎上によって、ネットから退場するところから話は始まる。その後は、幼くして国を背負わされた王妃の悲しい過去のストーリーが掘り下げられる。つまり、生身の比奈川が演じるシーンが多く、王妃と白雪姫のアバターが登場するのは、最後の、数ヵ月後にネットに復帰するシーンからとなるため、あたしの役目はしばらくない。急いであたしのバックアップを取りに帰って、その後、公演を再開してもらっている間に比奈川のPCの復旧を進めれば――、

 

いや、無理だ。流石にこの短時間で復旧できるという保証はない。じゃあ、どうすれば。どうすればいい。

 

その時、ローズがこう言った。

 

「……脚本家として、脚本変更を提案する。元の脚本上、この後にVmoverが登場するのは、最後の場面のみ。この最後の場面を、生身の人間で演じてもらう。王妃が白雪姫の住所を特定して訪問したということにすれば、最低限の変更で脚本の整合性は取れる」

 

それって――、つまり。

 

「それは……、王妃を演じるのは私として、生身の『白雪姫』を演じるのは誰になるのですか?」

 

ローズは一呼吸置き、まっすぐにあたしを見つめた。

 

「今から、他の演劇部員に台詞を覚えさせ、脚本を理解した上での演技を求めるのは無理がある。……アイカ、あなたに舞台に上がって欲しい」

 

ローズの目がまっすぐにあたしを捉える。

生身のあたしが、舞台に……?

思考がフリーズし、しばしの沈黙が三人の間に流れる。

その沈黙を破ったのは比奈川だった。

 

「……部長として、そこまで瀧村さんにお願いすることはできません。瀧村さんは、元々あくまでVmover風切アイとしてこの企画に協力する約束だった。それに、瀧村アイカとして舞台上で顔を晒せば、風切アイの中の人として特定されてしまうことになりかねない」

「アイは対外的には校外ゲストということになっている。その中の人が、清宮の生徒かも、と直ちに結びつけて考える人はいない。あくまで『白雪姫の中の人』役としてアイカが起用された、ということで切り抜ける」

「……それにしたって」

「じゃあ、グランプリ1位も全て諦めて、公演中止にする? ヒメだってこの舞台をここで終わらせたくはないはず」

「それは……もちろん私も、そうですけど」

「ただ、アイカがやりたくないということであれば、強要はできない。アイカ、あなたの気持ちを聞きたい」

「……瀧村さん」

 

ローズの青い瞳と、比奈川の黒い瞳が同時にあたしを見つめる。

生身のあたしが舞台に。正直、無茶だと思う。

リアルのあたしはただのネット弁慶のオタクで、クラスみんなの前で「焼きそば屋」の一言を言うのに苦労するほど、人前で喋るのは苦手だ。

断ってしまいたい。

一ヶ月前の、比奈川に屋上に呼び出される前の自分なら、そうしていたはずだった。

 

――だが。

 

あたしはそうすることが出来ないほどに、比奈川のことを知ってしまった。

 

あたしを屋上に呼び出した時の、とても脅迫犯とは思えないくらい青ざめて震える顔。

 

夕暮れの光を浴びて、アメリカに行くことになった時のことを憂える表情。

 

そして、あたしにもう一度友達になってくれと言ってくれた時の、満面の笑顔。

 

本当にこのまま比奈川をアメリカに行かせていいのか?

 

――あたしの決断は、一つだった。

 

「やるよ。演劇部の部長から頼まれたから、じゃなく、比奈川さんの友達として。ただ、あたしがアバターを脱いでもうまくやれるかは、全く保証できないよ? 放送事故ならぬ舞台事故になっても、恨まないでくれよ」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

脚本の変更点についての短いレクチャーが終わり、舞台袖で準備をしていると、ローズが近づいてきた。

 

「……アイカ。アイカには本当に申し訳なく思っている。この状況で舞台の幕を下ろさないようにするためには、こうするしかなかった。私を恨んでくれてもいい」

「恨むだなんて。そんなことしないよ。自分で決めたことだからね」

「……感謝する。そうだ。これから人生で初めて舞台に上がるアイカに、この言葉を送ろうと思う」

 

するとローズは、歌うような流暢な英語でこう語り始めた――

 

 

All the world's a stage,

 

And all the men and women merely players:

 

They have their exits and their entrances;

 

And one man in his time plays many parts.

 

 

って、待て待て待て。ただでさえいっぱいいっぱいのところに、英語なんていきなり言われても訳が分からないぞ。せめて日本語で頼む。

 

「私の母国では、そこそこ有名な劇作家の名台詞。聞いたことない? 訳するなら、『この世界は一つの舞台で、人間はみな役者。それぞれの退場と登場があって、一人がいくつもの配役をこなす』――、こんな感じ」

 

「アイカは役者として舞台に上がるのは初めてだけど、この世界を一つの舞台と思えば、ただ配役が変わる程度のこと――。気楽にenjoyしてきて欲しい」

 

そう言い残すとローズはさっと舞台裏に引っ込んでしまった。これ、一応、励ましてくれたってことで良いんだよな? こんな時でもいまいちよく分からない奴だ。

 

ブーッ。後半開始を告げるブザーが鳴った。さあ、ここからは本当の意味で「誰も見たことの無い舞台」の幕開けだ。だって何しろ、リハーサルも何もしていない、ぶっつけ本番の展開なのだから。


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