Virtual actress ~貧乳オタク女子高生がアバターで受肉し巨乳美少女女優になる話~ 作:岸雨 三月
「は? 何してくれやがったんだオルァン!! 俺は白雪姫の配信だけが生きる楽しみだったの!!」
「……こうして王妃もまた、炎上によってネットから退場したのであった」
後半の舞台は始まり、本性を表した鏡によってネットから退場させられる王妃、そして悲しい過去のストーリーが進んでいく。
正直なところ、わずか10分前までPCトラブルで真っ青になっていた比奈川が、ちゃんと気持ちを切替えて演技出来るのか、ちょっとだけ心配だった。しかしそれは全くの杞憂で、比奈川の演技は、リハーサルで見ていたとおりの、完璧なものだった。幼くして一国を背負わされた重圧、国の顔として最もふさわしい女性にならなければならないという重圧から、世界で一番美しくなるという執念を抱くようになるまでの、若き日の王妃の姿。そして、白雪姫との友情を取るか、自分の目標を取るか、葛藤する現在の王妃の姿。それらを比奈川は鮮やかに舞台上に描き出していった。
――そうなると、最も問題なのは、あたしがちゃんと演技できるかどうか、ということになる。
あっという間に、物語は最後の局面へと向かっていた。
ローズの手で変更された脚本どおり、王妃が白雪姫のリアルの住所を訪れるシーンが始まる。いよいよ、あたしの出番だ。
「白雪姫! 白雪姫! 妾じゃ。王妃じゃ。どうか、妾の声に答えて欲しい……」
王妃の声に呼ばれるようにして、舞台袖からステージの中央へと進み出る。スポットライトが予想以上に眩しい。ライトの熱量でくらくらする。汗が流れ、木製の床の上に滴り落ちる。そして何より、客席に満員の観客の視線があたしに突き刺さっているのが肌で分かり、足がすくむ。え? あたしは何でこんなところにいるんだっけ? そうだ。台詞を言わなければ。あたしは、あたしに割り当てられた台詞を言おうとするが――
(こ、声が、出てこない……!?)
枯れ切ったあたしの喉からは、どう頑張っても台詞が出てこない。やばい。これはまずい。
1秒、2秒、3秒、4秒、5秒。
6秒、7秒、8秒、9秒、10秒。
固唾を呑んで見守っていた観客が、舞台の上でフリーズしているあたしを前に、徐々に困惑の表情に変わっていくのが分かる。反対側の舞台袖で、ローズが焦ったように他の演劇部員に耳打ちしているのが目に入る。冷や汗が、だらりと脇の下から流れ落ちる。何とかしなければ、という脳の命令とは真逆に、声帯はぴくりとも動いてくれない。頭が真っ白になりかけた、その時――
「……は、私にとって初めて出来た友達だったから。……無理やり……でおいて、私がこんなこと言える立場じゃないのかも……けど、もう一度、友達になってくれませんか……?」
頭にかかった真っ白なもやを突き破って、はっきりとした声が聞こえる。王妃が、――いや、比奈川があたしに語りかけている。いや、今はあたしの台詞の番のはず。すると、この台詞はアドリブ? この台詞は――、そうだ、一週間前、夕方の屋上で、比奈川があたしに対して言ったものだ。
この舞台は、あたしと比奈川のために用意されたものだ。幼い頃から孤独を抱え続け、あたしが初めての友達だったという比奈川の姿は、王妃そのもの。自分でそう言っていた。
そうだとすれば、この舞台に上がっているあたしは、白雪姫ではなく、風切アイなのであって。比奈川の手を取って友達になりたい。そんな風に思った、あたしそのものなのであって――
「もちろんだよ」
「喜んで」
――そう理解した瞬間、呪いが解けたかのように、あたしの唇は動いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこから先のことは、正直よく覚えていない。
気がつくと、舞台上であたしと比奈川は抱き合って、万雷の拍手に包まれていた。
緞帳が下りて客席から切り離されると、まず駆け寄って来たのはローズだった。
ローズは客席にも聞こえるくらいの声で「ブラボー!」と言いながら二人にキスしまくってくるのでびっくりした。無口キャラでもそういうところはちゃんと欧米人なんだな。
その後、もう一度緞帳が上がって、カーテンコール?とやらに無理やり引っ張り出され、何度も客席に向かってお辞儀したり手を振ったりをさせられた。
意外なのは、あたしがお辞儀する時も、比奈川と同じか負けないくらいの大きさの拍手を客席から受けたことだった。ローズいわく、あたしの演技は「まるで白雪姫本人が登場したかと思うくらい神がかっていた」らしい。肝心のあたし自身がさっぱり記憶を残していないので、その評価が正しいのかどうかは分からない。
あたしはむしろ、舞台上でフリーズしてしまったこと、そしてそれをフォローするために口走った比奈川のアドリブが、不自然に見えたのではないかと気にしていたのだが、それを気に留めた人は不思議と一人もいないらしかった。
そして、この日一番嬉しいというか、ホッとする出来事が後夜祭で起こった。
――演劇部公演が無事、グランプリ1位に選ばれたのだ。
後夜祭のステージでグランプリが発表された時、演劇部員は蜂の巣をつついたような大騒ぎだった。笑っている部員も、泣いている部員もいた。ローズはまたしても嬉しさを爆発させていて欧米人モードになっていた。正直、あたしの脳は今日一日の出来事で既にオーバーフロー気味だったので、この時の出来事もあまり良く覚えてはいない。
後夜祭の後は、そのまま演劇部の部室に流れ込んで、ジュースとお菓子で打ち上げの流れになった。あたしは元々部外者だし、そういうイベントには縁の無いオタクなのでささっと帰ろうと思ったのだが、演劇部員にがっちり周りを固められて拉致されて、強制的に打ち上げに参加することになった。
(……まあ、でも、なんだ。こういうのも、やってみると意外と楽しいもんだな)
比奈川も凄く嬉しそうだった。比奈川は、部員達へのねぎらいやら、お祝いを言いに来てくれた来客への対応やらの、部長としての対外的な仕事で忙しそうで、あんまりこの夜はちゃんと話せる機会がなく、遠巻きに表情を眺めるしかなかったけれど。
でも、これで比奈川はアメリカに行かずに済むのだから、またじっくり今日のことを話す機会もあるだろう。
――この時は、そう思っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
文化祭の翌日から、比奈川は学校に出てこなくなってしまった。担任からは、ドラマの撮影の仕事が忙しくなるので、しばらく学校をお休みしますと説明された。
元々、芸能活動をしている比奈川は学校を休むことが多かったし、仕事が忙しくなるのはむしろ良いことなので、それ自体さして気にも留めなかったが、グランプリ1位おめでとうを直接言えずにいることは心の中で引っ掛かっていた。比奈川のLIMEも聞いていたのだが、あたしがコミュ障なのもあって何となく連絡が取り辛かった。あたし自身、演劇部公演がいくつかのネットメディアに取り上げられたのをきっかけに風切アイの注目度が高まったので、取材の対応に追われていたこと、そこにさらに中間試験の準備が重なり、一気に忙しくなったので、比奈川のことは何となく放置してしまっていた。
比奈川から、爆弾のようなLIMEが来たのは、そんな忙しさにかまけているある日のことだった。
「明日15時15分。羽田空港国際線ターミナル。3階出国ロビー、中央カウンター前。来られますか?」