プロデューサーが死んだそうです。
私の周りの人が口を揃えてそう言います。
私にはみなさんが何を言っているのか全くわかりません。
だってプロデューサーは今も私の隣にいるではありませんか。
私の周りの方々は冗談が得意ですが、これはあまりにも不謹慎ではありませんか?
特に最近はライブが近いため、一緒にレッスンする「EScape」のお二人が私にその話をしてくるのですが…。
「白石さん、ですから……。」
「…言いたいことは分かっています。プロデューサーが死んだ、という冗談についてですよね?真壁さんもいい加減そのような冗談はやめた方がいいと思います。初めは笑い話で済んだかもしれませんけど、ここまで続くと不謹慎だと思いますよ。」
「…ちょっといいかしら。それはまるで、プロデューサーが今も生きていて瑞希さんが頭のおかしいことを言っている、そう言いたいの?」
「いえ、そこまでは言ってませんが…。生きている人間を故人として扱うのはあまりに不謹慎では無いのか、と言っただけです。北沢さんもそのような冗談にまだ付き合ってるんですか?」
真壁さんも北沢さんもいい加減にして欲しいです。
言っていい冗談と悪い冗談くらい分かる年齢でしょうに。
そこまでプロデューサーを亡き者扱いにして楽しいでしょうか…。
あまりこのように思いたくはありませんが、このままだとお二人に嫌悪感が生まれてしまいそうです。
そんなことがあれば、ユニット活動だけでなく、ライブにも影響してしまいます。
そのようなことがあればプロデューサーが悲しんでしまいます。
それだけは本当に阻止しないといけないと思っています。
ですからお二人には早めにこのような冗談を辞めていただかないといけません。
「…あなた、本気でそう思ってるの?…だとしたらおかしいわよ…。」
「白石さん……。」
…その眼ですか。
お二人の眼、私を異常者と見ているようです。
なんなん…うちがなんかしたん…やめて…プロデューサー、たすけて…。
「……二人もうちをそういう眼で見るん…?なんなん、みんなそう。シアターのみんなもうちのことを異常者みたいに…。」
「ッッ! この際だからはっきり言うわよ!その通りよ、私たち全員があなたのことをそういう眼で見てるわ。だってそうでしょ? 死んだ人が生きてる?笑わせないで! みんな辛いのは一緒なの!それを乗り越えようとしているのになんでそれが分からないの!? そんなことプロデューサーさんが望んでると思う!? そんな妄想してる時間があるなら少しでもプロデューサーさんが望んだ私たちになるために努力すべきだわ!」
「…北沢さんいくらなんでも、それは言い過ぎです。白石さんだって、好き好んでやっているわけでは、無いと思います。…まだ処理できていないんです。混乱している彼女の前で、言うことではありませんが、お医者さんにも生活に大きな支障が出てないので、現在は様子見の対応で、と言われたはずです。」
二人とも何言ってる? プロデューサーが本当に死んでる? うちがおかしいん?でもだってプロデューサーは今もうちの隣に———。
「…そうかもしれません…そうかもしれませんけど! 本当にもういい加減にして欲しいんです! プロデューサー、プロデューサーって! もうプロデューサーが死んでから一ヶ月過ぎたんですよ!? 私は頭がおかしくなりそうです!!真壁さんだってそうでしょ!? 元はと言えば彼女が————。」
「ッッ!! 北沢さん…それはいけません。少し落ち着いてください。北沢さんの気持ちは、痛いほどわかります。ですがそれは言ったら、いけません。」
「でも!!」
「…でも、この世界にいる誰よりも、心に傷がついてるのは彼女です。ここは落ち着いてください。」
「……はい、分かりました。…感情的になってしまってすみません。今日は体調があまり良く無いので帰ります。」
「はい。それがいいと思います。」
こんな感情的な北沢さんは初めて見ました。
いつもならプロデューサーが仲裁に入ってくれるのですが……あれ?
「白石さん。今日は解散しましょう。あまりよく無いですがこんな状態でリハーサルは出来ません。今日は身体を休めて、また明日から頑張りましょう。トレーナーさんには、私から伝えておきます。」
…プロデューサーがいない?
さっきまで隣にいたのに…。
なんでおらんの?
うちをひとりにしないで。
ずっと一緒っていったのに、なんでなんでなンデナンデナンデナンデ。
「…わかりました。」
探さないと。
ずっと一緒って言ってたのに。
探さないと。
「お二人とも、先程は取り乱してしまい申しわけありませんでした。私も少し疲れていたようです。今日は帰って休ませていただきます。」
急がないと。
ダメなの。
“また”居なくなっちゃう…。
「……いつ元の紬さん戻るんでしょうね…。今の彼女をプロデューサーさんが見たら泣きますよ。」
「白石さんは強い子です。必ず戻ってきます。ユニットメンバーとして、彼女の友達として、待ちましょう。」
「はい…。」
部屋を後にする時お二人が何か言ってる気がしました。
そんなことよりプロデューサーを探さないと…。
昨日のアレ以降、プロデューサーに会えてません。
電話しても出ないなんて、大丈夫でしょうか…とても心配です。
それと昨日、真壁さんと北沢さんと話をしてから頭が痛いです。
どうしてしまったのでしょうか…体調管理には気を使っていたのですが。
でもそんなことよりプロデューサーが、プロデューサーがどこにも居ないんです。
どうしましょう…。
私は新参者なので気軽に連絡を取れる人が…。
…あの人なら今日もボイストレーニングをしに来ているかもしれません。
「桜守さん、少しお時間よろしいですか?」
「あら、紬ちゃん、いいわよ。どうしたの?」
私と桜守さんは同期なのでちょくちょく連絡を取っています。
なので他の人より相談しやすいです。
「少しお聞きしたいことがあるのですが、プロデューサーは今どこに居ますか?昨日から連絡が取れておらず少々心配になりまして。私が連絡しているのに繋がらないなんて、あの人は本当にダメな人です。」
桜守さんの眼が寂しそうな眼になりました。
どうしたんでしょうか…。
「……絶対に本人には言わないで、と言われました。ですがこれはもしかしたら私の役目なのかもしれません。」
「急にどうしたのですか??」
桜守さんは何を言っているのでしょう。
泣きそうな顔で私に何を伝えたいのでしょうか…。
「同期として、シアターの仲間として、あなたに伝えます。プロデューサーは死にました。もうこの世には居ません。」
「…またその話ですか?桜守さんもそのようなことをおっしゃるのですか?」
「いいえ、事実です。紬ちゃんは忘れているだけです。思い出してください。一ヶ月前あなたの隣でプロデューサーが死にました。」
私の隣でプロデューサーが…死んだ?
「いい加減にしてください!! なんでみなさんそのようなことをおっしゃるのですか! みなさん私を騙して楽しいですか!? プロデューサーを殺して楽しいですか!? うちは全然楽しくない!」
「そうやって現実から逃げようとしないで紬ちゃん。そうね、どこから話しましょうか。あれは紬ちゃんがプロデューサーさんと営業が終わって一緒に帰っている時の話ね。」
「…うちが、プロデューサーと、帰ってる…。」
「そうね、その時にある男性があなたとプロデューサーさんの関係を勘違いして凶行に走ったの。まだ思い出せない? 本当はもう思い出せてるでしょ?」
「……ッ!」
「 ………やっと、思い出せた?」
「……あ……あ。うち、うち……!!!」
桜守さんに言われて一部始終を思い出しました。
その日、私とプロデューサーは撮影の帰りでした。
仕事は大成功、多くの方に褒められとても興奮していました。
それがとても嬉しくて、プロデューサーに色々話しました。
プロデューサーはそれを笑顔で聞いてくれていました。
夕焼け空の下、二人並んで歩く男女の姿は、側から見ればカップルのようだったと思います。
気分が高揚してた私は、普段なら恥ずかしくて絶対にしないことをしたのです。
"手を繋ぐ"
プロデューサーは苦笑しながらも、私の手を取ってくれました。
すごく嬉しかった、こんな面倒な性格をしている私を拒否しないで受け止めてくれて。
路傍の石で終わるはずであった私の人生を、色鮮やかにしてくれた人。
いつか諦めていた子供の頃の夢を叶えてくれた彼のことが大好きだった。
幸せな時間もそれまででした。
TVに多く出るようになってアイドルとしてかなり有名になりました。
有名になるということは、ファンの方が増えるということです。
そのファンの中には常軌を逸したことを行う、過激なファンが必ず現れます。
私のそれは"ストーカー"という形で現れました。
それは私とプロデューサーさんが手を繋いで歩いているところを見ていました。
それはカバンからナイフを取り出し、凶行に及びました。
何騒ぎながらナイフを振り回し、私目掛けて一直線に飛びかかってきました。
それをプロデューサーが、身を呈して守ってくれました。
怖かったけど嬉しかった、自分を守ってくれる彼にますます恋しました。
しかし少女漫画みたいな世界はどこにも無かった。
プロデューサーは振り返って私にこう言いました。
「…紬、怪我はない?…大丈夫? 無事で良かった。」
と、口から沢山の血を流しながら…。
それだけではありません、よく見ると心臓の位置からも血が出ていました。
プロデューサーの血で染まる視界、何が何だかわかりませんでした。
そこからのことはあまり覚えてません。
病院で誰かから何か聞かれた気がしますし、聞かれてない気もします。
意識が曖昧で生きていて死んでいるような感覚でした。
ただ覚えていたのはプロデューサーが誰より楽しみにしていたライブの事だけ…。
「ああ…。あっ…。」
「紬ちゃん思い出した?…そうよ、プロデューサーさんは死んだの。」
うちの…うちのせいで……。
うちがあんな事しなければ……。
うちがアイドルにならなければ……。
「だからね、今から一緒にお墓に手を合わせに行きましょう? 大丈夫、みんなには一緒に謝りましょ?みんな許してくれるわ。」
それだけじゃない、みんなにも酷いことを…!!!
「うちのせいで…うちのせいで…あっ…ああ。」
「紬ちゃん?」
「あああああああああああああああああ!!!!!!!」
桜守さんの声なんて途中から聞こえなかった。
とにかく一人になりたかった。
誰も邪魔されない場所。
どこか、どこか…。
その場所へ足がひとりでに走り出す。
屋上、ここはプロデューサーがシアターに来て、初めて連れてきてくれた場所。
辛い時はここで景色を見ていると、自分の悩みが小さいって思えるって言ってました。
「プロデューサー、私にはそうは思えません。」
こんな景色よりプロデューサーの方がどれだけ大きい存在かわかりました。
「私が貴方を殺したんです、そんな私はこれからどうすればいいのですか?教えてください…。」
その景色は皮肉にも、あの日と同じ夕焼け空。
空は真っ赤に燃えていた、まるでプロデューサーの血の色のように。
「白石さん、そこは危ないですよ?こっち側に、戻ってきてください。」
私を呼ぶ声がする。
そちらを向くと真壁さん、北沢さん、桜守さんがいました。
「…真壁さん…、凄く綺麗ですよね?ここはプロデューサーが最初に私に教えてくれた思い出の場所なんです。」
「とても、とても綺麗ですよ。でもそっちは危ないので戻ってきてください紬さん。」
いつにも増して真剣な声で私を呼び戻そうとするお二人。
どうしたのでしょう…。
プロデューサーが教えてくれた場所ですよ?
危ないわけないじゃないですか。
「……紬ちゃん、そんなところは危ないから、こっちにおいで?」
そんなところ?
「そんなところとはどういうことですか、桜守さん。貴女にとってはそんなところかもしれませんが、私にとっては大切な場所なんですよ?」
「そうじゃないの! そういうことじゃ…もうどうすれば……。」
「白石さん、桜守さんはそういうことを言いたい訳ではありません。柵の向こう側にいると、危ないですと言いたいんです。」
「そうですよ、歌織さんが言いたいのはそっち側は危ないですよと言うことです。こっちに戻ってきてください。」
「…冗談ですよ、分かってます。少し意地悪をしたくなってしまっただけです。申し訳ありません桜守さん。」
ちょっと脅かそうとしただけですよ?
ですから泣きそうな顔をしないでください。
「そ、そうだったの…じゃあ紬ちゃん、早くこっち側に———。」
「それは出来ません、私はこれからプロデューサーのところに行きますから。」
「…白石さん、それはダメです。そんなことをしてもプロデューサーは喜びませんよ?」
真壁さん、何と優しい人でしょう。
こんな人殺しにもそんな言葉をかけてくれるなんて。
「そうかもしれません…プロデューサーはこんなことを喜ばないと思います。ですが…。」
「…ですが、どうしました?」
「プロデューサーを私が一人にしてしまいました。ですから私がプロデューサーのそばにい居てあげないといけません。」
そう、それが私の出した答え。
あの人はとても寂しがりなのは知っています。
ですから寂しくないように、誰かが一緒に居てあげないといけません。
「白石さん、もう一度、よく考えてください。プロデューサーに続いて、白石さんまで居なくてってしまったら…。」
さっきも思いましたが何と優しい心をお持ちなんでしょう。
私が皆さんのプロデューサーを殺したんですよ?
私なら絶対に許すことが出来ません。
「そうかもしれません。もしかしたらみなさんは、私のような人殺しを許してくれるかもしれません。ですが、自分が許せないんです。全部うちが悪いのに…。最初からあんなことをしなければ、こんなことにはならんかった………。」
「違いますよ、紬さん。紬さんはプロデューサーを殺してないです。」
北沢さん…分かっててそのような言葉を。
その言葉だけで…。
「北沢さん、ありがとうございます。その言葉だけで、私は救われます。あとはプロデューサーが救われれば解決です。罪滅ぼしと言っては聞こえがいいかもしれません。これは私の仕事だと思ってます。みなさんに会えて本当に良かったです。ここに居ない他の方にもそう伝えてください。プロデューサーと一緒に、みなさんの活躍を見てます。」
私は、私の知らない世界に来てひとりぼっちでした。
でも貴方が居たから頑張れました。
絶対に貴方を一人にはさせませんよ?
あの日、約束しましたからね。
健やかな時も病める時も常に一緒です。
ですから今そちらに行きます。
「白石さん!!」
「紬さん!!」
「紬ちゃん!!」
三人の声がどんどん遠ざかっていく。
代わりに聞こえてくるのはプロデューサーの声
"————。"
一人じゃ寂しいでしょ?
これからはずっと一緒ですからね?
その声の元に手を伸ばすと、私の意識は消えた。
読んでいただきありがとうございます。
稚拙な文章や言い回し、誤字脱字が多いと思います、ごめんなさい。
リクエスト等があれば書きます。