TS 異世界最強主人公アンチ   作:バリ茶

17 / 26
何故主人公がアンチになったのかわかる過去話


回想 勇者のアンチ

 

 雲一つない晴天。新たな勇者の誕生にふさわしい、青空が広がる希望に満ちた天候。

 そんな陽気な天気の日に、勇者の適性を持つ子供たちは沈鬱な洞窟の入り口の前にいた。

 

 あれから経過した月日は、半年。

 この日、世界中から招集された適性持ちの子供たちは、聖剣をその手に掴むべくこのダンジョンに挑むのだ。

 

 希望の光である、勇者になるために。

 

 ダンジョンの入り口は全部で九つ。それぞれ子供たちが分かれて待機しており、解放の瞬間を待っている。

 僕は遅れて到着したため、一番人が少ない九つ目の入り口に行く予定だ。

 

 

 ──ふと、八つ目の入り口に待機している集団に視線が行った。

 

 見覚えのあるような姿が見えた気がして、ついそっちを見てしまったのだ。

 今まで生きてきた中で、血のように真っ赤な髪をしている人なんて、一人しか心当たりがなかったから。

 

 

「ぁ、あのっ!」

 

「……?」

 

 集団の後ろの方にいた、ローブを着ている人物に声をかけた。

 僕もよりも少し小柄で、周囲の体が大きな子供たちと見比べれば、ダンジョンに挑むのを疑われるような体格。

 

 話しかけてきた僕の声に反応してその人物は振り返った。

 

「って、アルトか」

 

「久しぶり!」

 

 予想通り、ローブの人物はラルだった。この赤い髪を見間違えるはずもない。

 ほんの少し驚いたような表情をしている彼女をみて、僕の顔は自然と綻んでしまった。

 

「アルトも勇者の適性持ってるんだったな」

 

「うん。……でっ、でも、僕は勇者になるために来たんじゃないんだ」

 

「は?」

 

 怪訝な表情をするラル。しかし、今のうちに話しておきたかった。

 ラルが勇者の適性を持っていることは、彼女が教会に預けられていたときから知っていたし、勇者になることも応援するつもりだ。

 

 

 そのつもりでここに来た。僕は彼女の助けになりたい。

 

 それにこの神秘の洞窟に来れば、もう一度ラルに会えると思った。

 だから、危険だから行くなと言っていた親を説得してまで、ここに訪れたのだ。

 

「ラルは強いから、きっと勇者にふさわしいよ。……僕にも、キミが勇者になるための手伝いをさせて欲しいんだ」

 

 彼女の綺麗な瞳を見つめながら告げた。

 

 

 すると、ラルは数秒ほど考えるようなそぶりを見せた後、小さく溜め息を吐いた。

 まるで僕に呆れているように。

 

「あのなぁ、お前の手伝いなんかいらねーよ。そもそも、俺は単独行動が得意なんだ。今日だって、一人でどう動くかを考えてからここに来た」

 

「……そっ、そっか」

 

「そうだ。………あー、もう! そんな顔すんなって!」

 

 彼女に拒否されて少し落ち込んでいると、ラルが僕の頬を両手で抓ってきた。

 

「ひ、ひはい(いたい)よ……」

 

「やる気出して、ちゃんと自分を守れ。明らかな上級の魔物は出ないだろうけど、それでもこの洞窟は危険なんだから」

 

 真剣なラルの雰囲気に圧されて、分かったとすぐに返事をした。

 

 浅はかな考えでダンジョンに訪れた僕を叱って、警告をしてくれた。相変わらずな彼女の優しさを感じて、少し嬉しくなってしまう。

 

 

 するとラルは僕の頬から手を離し、そのまま後ろに手を組んだ。

 そして僕から目を逸らしながら呟く。

 

「ま、まぁ? 聖剣のある最深部までちゃんと来られたら……そのっ、えっと……ゆっ、勇者になったあとの俺の手伝いなら、考えてやらなくも───」

 

「本当かい!?」

 

 予想外なラルの発言が信じられず、思わず大きな声を出して彼女に顔を近づけてしまった。

 その瞬間彼女がビクッとしたので、反省して二歩下がった。がっついてはいけない。

 

 

 僕はその場で拳を握って、ラルに向かって誓った。

 必ず最深部まで行ってみせる、と。

 それだけ言い残して、すぐさま九つ目の入り口まで走って行った。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 薄暗い洞窟の中を、ゆっくりと進んでいく。父親から渡された、遠距離攻撃が出来る特別製の剣を握り締めながら。

 

 そんな僕の隣には、もう一人──いや、二人の人物がいた。迷宮のようなダンジョンの中で偶然出会った、僕と同じ適性持ちの子供だ。

 

 出会ったのは、顔やお腹が少し大き目な少年と、彼を守るように付いてきている『ゴースト』だ。

 

 聞くところによれば、彼……トム君にも僕と同じ死霊使いの適性があるらしい。ゆえに超常の存在である幽霊を視認することができ、コミュニケーションも取れる、というわけだ。

 

 トム君を守っているゴーストは、数年前に亡くなった彼のお姉さんらしい。

 今回勇者になる為にダンジョンへ挑むトム君を見守る為に、彼のもとへ訪れたそうだ。

 

 

 トム君は気さくな性格で、道中会話をしながら進んでいる。

 幽霊さんに少し先まで安全を確認して貰ったので、今も談笑中だ。

 

「そんな立派な剣を使えるなんて、羨ましいぞアルト」

 

「はは、きっと十分に扱えているわけではなさそうだけどね……」

 

 それよりも、と言いかけて、彼の背後にいる幽霊さんに目を向けた。

 トム君同様に明るい性格の人なので、僕の視線に気がつくと笑って手を振ってくれる。

 

「君の方が羨ましいよ。まさか幽霊と一緒にダンジョン攻略に挑めるなんて」

 

「確かに心強いね。姉さんと一緒なら怖いもの無しさ」

 

 明るく笑うトム君のおかげで、自然と僕も笑顔になってくる。

 

 ラルとはまた違った安心感を与えてくれる人だ。

 

 

 ──すると、トム君の幽霊さんが僕たちを引き止めた。ちょっと待って、とそう言って。

 

 何事かと思い、先程までの緩みきった気持ちを引き締める。

 父さんから貰った剣を握り締め、洞窟の奥を凝視した。

 

 

 その瞬間、何者かがこちらに向かって駆け出した。よく目を凝らせば、そこにいたのは狼型の魔物だ。素早い四足歩行で、僕たちの方へ向かってきている。

 

「むっ! アルト、敵みたいだ!」

 

「大丈夫、僕に任せて」

 

 ずいっとトム君の前に出てから、剣を上に翳した。この特別製の剣は強く振ることで、特殊な衝撃波を発射することが出来る。

 

 幸い、魔物とはまだ少し距離がある。今これを放てば、完全に接近される前に倒せるだろう。

 

 

 狙いを定め、剣を構える。

 

「──今だっ!」

 

 そして剣を縦に振り降ろした。その瞬間、振り下ろしたその場から衝撃波が発生し、勢いよく前方へ飛んで行った。

 

 斬撃を伴う、衝撃波。一言で言えば鎌鼬(かまいたち)だ。

 

『ギャウッ!?』

 

 僕の未熟な振りでは正確にターゲットを斬ることはできなかったが、なんとか魔物の右前足の付け根部分を傷つけることが出来た。

 

 致命傷にはなり得なかったが、接近せずとも攻撃ができるという事実を魔物の頭に叩き込み、戦意を削ぐことには成功した。

 

 

 その証拠に近づいてみれば、魔物はブルブルと震えながら、力を感じられない目で此方を見ている。睨んでいる、というより怯えているように見えた。

 

 しっかりと攻撃できたことに安堵すると、横のトム君が僕の肩に手を置いた。

 

「凄いじゃないかアルト!」

 

「上手くいってよかった……あれで外したらかっこ悪いからね」

 

「ははは! ……っと、魔物はまだ生きてるんだったな。俺の武器は棍棒だし、トドメも任せるぞ」

 

 そう言って手に持っていた武器を腰のホルダーにしまい込むトム君。

 彼の言う通り、魔物はまだ生きているので、トドメを刺さなければ。

 

 

 ……実を言うと、僕は未だに魔物を殺した経験がない。

 

これまではまともに戦闘をしなかったのが理由なのだが、今目の前にはあと一刺しで殺せる魔物がいる。

 

 これも経験、相手はしょせん魔物。そう思って剣を振り上げた。

 

 

『グッ……グルゥ……』

 

「……っ」

 

 

 

 しかし、僕は剣をしまい込んでしまった。その様子を見て、トム君も動揺している。 

 

 魔物の怯えるような、懇願するような瞳を見つめてしまい、僕はコイツを殺そうとする気持ちを……殺してしまった。

 

 

 どうしても最後の一線が越えられずに立ち往生をしてたら、いつのまにやら魔物は消えていた。恐らく、隙を見て逃げたのだろう。

 

 自分自身に呆れかえってしまい、溜め息が出た。

 

「……情けないよね。魔物の命すら奪えないなんて」

 

 自嘲気味に苦笑いをして、肩を落とした。全くその通りだ。

 ここはダンジョン。余計な甘さなど、捨て去らなければいけないというのに。

 

 

 ──自分の行動に辟易していると、唐突に背中を叩かれた。犯人は考えるまでもなく、トム君だ。

 

「とっ、トム君?」

 

「その優しさ、大事にした方がいい。確かに魔物は倒すべき存在だが、命を奪わなくて済むなら、それに越したことはないと思うぞ」

 

「……そう、かな」

 

 励ましてくれる彼の言葉は嬉しい。

 あの魔物ももう人間は襲わないのではないか、なんて浅はかな思考すら浮かんできたところで、考えるのをやめた。もう切り替えよう。

 

 

 彼の言葉を心に留めておきながら、僕たちは再び歩き始めた。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 道中分かれ道があり、僕とトム君は別々の道を進んだ。

 少し名残惜しかったが、これは勇者になるための試練。いつまでも共に行動をしているようでは、僕や彼のためにならない。

 

 トム君は「どちらが先に聖剣を手にするか、競争だな!」と言い、張り切って分かれ道を進んでいった。

 彼は逞しい少年だと思う。僕の何倍も勇気があって、周りもしっかり見えている。

 

 僕が勇者を目指してここに来ていたなら、彼はきっといいライバルになっていたに違いない……そう思う。

 

 

 彼とは別の分かれ道を行った僕は、道中魔物と出くわすことはなかった。

 

 その代わりに沢山の仕掛けが用意されており、それを破壊したり解除するなどに武器を頻繁に多用したため、僕の剣は既に使い物にならなくなっていた。

 

 完全に折れてしまった剣は捨ててしまったので、無防備な状態で進むことを余儀なくされたのだが、魔物と遭遇することがなかったのは幸いだ。

 

 

 しばらく歩けば、少し先に眩しい光が見えた。どうやら、この先に行けば一旦洞窟から抜けられるらしい。

 

 そこで、冷静に状況を分析してみた。僕が進んだ距離や、事前に聞いていた話を考慮して考えてみる。

 その場で立ち止まり、ほんの少しの逡巡。少ない脳みそを回転させて、今自分がどの辺りにいるのかを計算した。

 

 

 そうして出てきた答えは、あの先が洞窟の『最深部』だというものだった。

 どうやらトム君と別れたあの道は、僕の進んだ方が正解だったらしい。武器もないので、ゴールに到着した安心感を余計に感じる。

 

 

 ……たどり着けた。僕は彼女との約束を果たせたんだ。

 

 きっとこの先には、ほかの子供たちよりも数歩先を行っていたラルがいるに違いない。

 父親から貰った武器があるとはいえ、僕でさえ辿り着くことができたのだ。彼女なら造作もないだろう。

 

 この先で、また会える。

 その高揚感から胸が高鳴り、出口へ向かう僕の足は自然と早くなっていく。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 一本道の洞窟を駆け抜けていく。走りながらも、自分の顔がニヤついているのが分かる。

 

 

 遂に彼女との約束を守ることができた。

 これできっと、勇者になったラルと一緒に旅をする事ができる。

 

「やった……!」

 

 無意識に口からこぼれる歓喜の声。感情が高まり、僕の足はさらに速くなっていく。

 

 ほどなくして、僕は薄暗い洞窟を抜け出た。

 

 

 洞窟の先にあったのは、緑が生い茂っているとても広い空間だった。天井がとても高く、光るクリスタルのようなものが空間全体を明るく照らしている。

 

 まさに『神秘の洞窟』という名にふさわしい最深部だ。空間内に漂っている神聖さを感じられるようなその光は、今までの洞窟内や外界とは違った異質の雰囲気を醸し出している。

 

 

 そして奥の方には、大きな剣が逆さに突き刺さっている、石造りの台座が見えた。

 青白い光を鈍く発しているアレこそ、噂に聞く『聖剣』で間違いないだろう。

 

「……あっ」

 

 少し高い位置にある台座へ向かう為の階段近くに、人影を発見した。

 

 

 使い古したローブを着込んだ、赤い髪の小柄な人物。間違いなくラルだ。

 やはり、僕よりも先に訪れていたらしい。周囲にほかの人影は見当たらないし、一人でここまで来たのだろう。

 単独行動が得意だという言葉は、強がりでは無かったということだ。

 

 一歩一歩、慎重に台座へと進んでいくラル。その様子を、固唾を呑んで見守る。

 ラルに声をかけるのは、彼女がその手に聖剣を握って勇者になった後だ。

 

 

 ついにラルが勇者になる。

 世界に一人だけの『勇者』が誕生する瞬間を、唯一僕だけがこの目で見届けることができる。

 

 その事実はさらに高揚感を湧きあがらせ、心臓の鼓動を早くしていく。

 

 さぁラル、今こそ勇者に───

 

 

 

『グルルァッ!!』

 

「──わっ!?」

 

 

 その光景を目の当たりにして、息が止まった。

 

 敬愛する赤髪の少女が聖剣をその手に握ろうとした瞬間、茂みの中から狼型の魔物が勢いよく飛び出してきたのだ。

 魔物はそのままラルに飛び掛かり、急に襲われた彼女は咄嗟に反応ができず、その場で魔物に押し倒されてしまった。

 

 

「………ぁっ、あぁっ……!」

 

 

 『それ』を見た瞬間、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。

 

 彼女を襲っている魔物の右前足の付け根に、見覚えのある傷がある。

 アレは間違いなく、僕が放った鎌鼬によって刻まれた傷だ。

 

 

 つまり、僕があの時見逃した魔物が、聖剣を掴む直前という『一番油断する瞬間』のラルを襲ったのだ。

 

 

 

「───」

 

 

 

 自分のせいで、ラルが襲われている。抵抗できない体勢で、今にも魔物に噛み千切られようとしている。

 

 

 僕のせいで。

 僕が甘さを見せたせいで。

 

 すべて、何もかも、自分のせいで。

 

 

 それを理解した瞬間、目の前が真っ赤になり、その場を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「………あっ」

 

 気が付いた時には、僕の前には胴体を真っ二つに切断された魔物の死体があった。

 石造りの床を血で真っ赤に染め上げ、もはやあの五月蠅い鳴き声を発することもない。

 

 横を見れば、そこには尻餅をついた状態のラルがいた。

 ぼーっとしてる場合じゃない、早く手を貸してあげなければ。

 

「ラルっ、大丈夫かい?」

 

 

 

 

「───くっ、来るなッ!!」

 

 

 

 大声で彼女に拒否されてしまい、僕は近づく足を思わず止めた。差し伸べようとした手も、いつの間にかおろしていた。

 

 

 強く叫んだラルは、僕のことを睨んでいる。

 眼尻に涙を浮かべながら、殺意が込められているような瞳で、僕を……いや、僕の右手に視線を向けている。

 

「……ぁっ」 

 

 ソレに気が付いた瞬間、間抜けな声が出た。

 

 彼女が睨みつけている僕の右手には、青白い光を放つ剣が握られていた。そしてその刀身には、魔物のものと思わしき鮮血がこびり付いている。

 

 

 

 そこで、ようやく僕は理解した。

 

 

 彼女を助けようと頭に血が上った僕は台座のもとへ駆けつけ、ほぼ無意識に聖剣を引き抜き、一度は見逃した魔物を躊躇なくそれで斬り殺したのだ。

 

 聖剣を握ってしまった。僕が、この手で。

 

 

 これでは───

 

 

「僕が……勇者に……?」

 

 言葉にした瞬間、自分が仕出かした事の重大さが分かった。

 

 君を手伝う。勇者になるのを応援する。自分は勇者になるつもりはない。

 

 そう言いながら僕は、彼女が手にする筈だった聖剣を、目の前で奪い去ってしまったのだ。

 

 

 ラルが僕を親の仇のように睨みつける理由も頷ける。

 彼女からすれば、僕はラルを騙したことになるから。

 勇者にならないという発言で彼女を油断させ、機を見計らって聖剣を奪った。

 

 ラルを助けるだけなら聖剣を引き抜く必要など無かったのだ。死角から魔物を蹴り飛ばして、ラルを立ち上がらせればそれでよかった。

 

 僕は武器を持っていないが、ここに一人で辿り着いたラルと協力すれば、傷を負った魔物ごときどうにでも出来た筈だ。

 

 だが、僕は聖剣を引き抜いた。彼女を襲う魔物を殺したくて、見逃した自分の過ちを正したくて。

 

 それは完全なる悪手。

 少しは残っていたかもしれない彼女の僕に対する信頼を、跡形もなく粉砕する愚かな選択だった。

 

 

 急にとてつもなく居心地が悪くなり、舌の奥がピリピリと痺れ始めた。

 過呼吸になっていき、動揺のせいで目の前の視界が揺らぐ。

 

 胸を抑え、その部分の服を強く握り締める。行き場を失った感情の波が、体中に広がっていくのが分かる。

 

 

 

 

「アルト、お前は……」

 

 軽く怪我をしている右肩を抑えながら立ち上がったラルは、聖剣から僕の目へと視線を移した。相変わらず眼尻に涙を浮かばせながら、人を殺せるような鋭い目つきで。

 

 

 あぁ、きっと怒号や罵倒の声が飛んでくる。僕のことを許さないのだと、正当な怒りをぶつけてくれる。

 ラルは血が滲むほど唇を強く噛んでいて、その様子を見れば彼女の憤激の感情を肌で感じられた。

 

 いっそ殺してほしい。……そうとまで思っているのに、何故か僕の口からは言い訳がましい声が出てきてしまう。

 

「ラル、あのっ」

 

 

「………そう、だよな」

 

「え?」

 

 最低な僕に激しい怨嗟の叫びが飛んでくることはなく、ラルは小さな震える声で呟いた。

 

 唇が震え、眉間が痙攣している。誰が見ても分かるように、彼女は自分の中にある今にも爆発してしまいそうな感情を、必死に抑え込んでいる。

 

「俺……お前に酷いこと、たくさん言ったもんなっ。嫌われてるなら……騙されたってしょうがない……」

 

「ちっ、違う!」

 

「恩知らずで、気が強くて、見当違いな期待をするような……馬鹿な人間だから……っ!」

 

 震えた声の節々に隠しきれない怒りの色が見える。頬を流れる悔し涙を拭うこともせず、俯いて体を震わせている。

 

 

「そんなつもりじゃなかったんだ! らっ、ラル、この聖剣は君に───」

 

「ふざけんなッ!!」

 

 聖剣を渡そうとした手を弾かれ、両手で思い切り体を突き飛ばされた。咄嗟のことに反応できず、僕はそのまま石の床に尻餅をつく。

 

 

 顔を見上げれば、憤りゆえに顔が歪んでいる少女がいる。僕を見下ろしながら、歯軋りをした。

 

 それを合図に、抑えていた感情は爆発する。

 

「どこまで俺を煽るつもりなんだ!? 聖剣を握ったその時点で勇者は確定するんだよ! お前だって知ってるだろッ!! もうお前の他の適性なんて消えてる!!」

 

「っ……!」

 

 ラルの剣幕に気圧され、もはや言い訳すら口から出ることはない。自分に出来ることは、彼女の憤懣をあるがままにぶつけられる事だけだった。

 

「………最初からこうするつもりだったんだな。だからわざわざ俺に声をかけたんだろ? 自分が姿を見せても警戒されない為に……」

 

 段々と声が小さくなっていくラル。程なくして、彼女は僕から目を逸らした。

 

 

 そして踵を返す様に僕に背を向け、憤りを感じる震えた溜息を吐き、この空間の出入り口へ向かって歩き出す。

 

 洞窟に戻る寸前に少しだけ振り向き、ラルは今一度僕を強く睨んだ。

 全ての怒りの感情が込められたその眼差しに圧され、止めることも立ち上がることも、僕には出来なくて。

 

 

「おめでとうアルト、お前の勝ちだよ─────馬鹿(ばか)ッ」

 

 

 吐き捨ててから、闇の中へと消えていく彼女を、呆然と見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 王国の中で死んだ魂たちが眠る、町はずれの巨大な共同墓地。

 オレンジ色の陽が世界を照らす夕刻でも、墓地に訪れている人間はそこそこ散見される。

 みんな僕と同じように、その手に花を持って供養しに来ているようだ。 

 

 少し歩けば、周囲の物よりも少し大き目な墓石の前にたどり着いた。

 そこには『ラル・ソルドット』の文字が刻まれており、毎週欠かさずパーティのみんなが手入れをしているため、他の墓石と比べても汚れは少ない。

 

 墓石が大きな理由は、単純に僕のわがままだ。遠くから見てもすぐ見つかるように、なんて安直な考えでこうした。

 

 加えて実はラルの墓石、大きいだけではなく材質も他の物とは異なる。特別な職人に作らせたもので、たとえ爆裂魔法が直撃してもそう簡単には壊れない。

 

 死後くらいは、何者にも侵されないまま安らかに眠って欲しいと思ったから。

 なかなか高値だったが、ラルを失ったあの時の僕は半ば錯乱状態で、金に糸目はつけなかった。

 

 とにかく丈夫で他の物とは違う墓石を作れ、なんて職人を脅したのも覚えている。とても勇者の言葉だとは思えないな。

 ……結局、ゴーストに家を叩き出されるまで、この墓には来なかったが。

 

 

 

 花を添え、墓石に少し水をかけた。そして持ってきた布で墓石全体を軽く磨く。パーティの皆も頻繁にやってくれているのでそこまで汚れてはいないのだが、どうしても自分の手でやりたかった。

 

 磨き終えた後、荷物を纏めてから、墓石の前に片膝をついた。

 そして祈るように手を組み、瞼を閉じる。

 

 

 

 ──ここへ訪れる度に、昔のことを思い出す。僕が彼女と出会った日のことや、聖剣を奪ってしまったあの日のことも。

 

 それから更に浮かんでくるのは、旅の道中での記憶だ。

 ラルが寝ている僕に水をかけたり、身に覚えのない僕の(嘘の)悪い噂をエリンに吹き込んだり……いろいろだ。

 

 きっと僕が勇者になったことが許せなかったのだろう。それゆえに、何度も旅の道中で妨害を仕掛けてきた。

 そうなったのは僕の責任だし、最初は甘んじて全てを受け入れようとしていた。

 

 しかしエリン達はあまりいい顔をせず、いつしか彼女の罠はパーティの皆に破壊され始めていた。

 

 正直言うと心苦しかった。彼女の怒りは、真正面から受けるべきだと思っていたから。

 それほどまでに、僕が彼女から奪った『勇者』とは、大きなものだったから。

 

 

 盗賊になる道を選んで、僕の旅を邪魔するようになったラル。

 ……それでも、やっぱり彼女は昔と変わらない、優しい彼女のままだった。

 

 迷いの森で離ればなれになった僕たちをワープの魔石で助けた。

 魔王軍に襲われている村の場所を教えてくれた。

 そして何より、分かりやすい罠でのダンジョンの道案内──しまいには、僕の命すら救ってくれた。

 

 

 僕が勇者であることは、彼女の意志を継ぐことでもある。

 若くして死んでしまったラルの分まで、僕は勇者を全うするべきだ。

 

 彼女から奪ってしまったこの聖剣と、それでも救ってくれたこの命で。

 

 

 だから。

 

 

「必ず魔王を倒すよ。……見ていてくれ、ラル」

 

 

 安らかに眠る彼女の前で、僕はそれを固く誓ったのだった。

 

 

 

 




幽霊:ちゃんと見てるぞ~(後ろでふわふわ浮遊しながら)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。