TS 異世界最強主人公アンチ   作:バリ茶

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魔王の遊びで世界が変わる【前編】

 勇者パーティが滞在している水上都市ゼムス。

 

 その美しい水の都は今まさに、戦火の渦中にあった。

 

 

 今日の今朝方、ゼムスの周辺地域に突如として魔王軍が出現したのだ。

 上空に巨大な転移魔法陣を生み出した魔王軍は、その陣を通して魔物の大群と共にその姿を現した。

 

 魔王軍出現にいち早く気がついた俺がファミィに知らせ、それを聞いた彼女が他の魔導士や魔法使いたちと協力し、街を覆う巨大なバリアを生成。

 

 そのバリアで魔王軍の侵攻を一時的に食い止め、ギルドの冒険者たちや街の衛兵、ゼムスに駐在している王国軍等の戦闘準備の時間を稼いだ。

 

 バリアが破られる頃には非戦闘員である住民の地下への避難なども完了しており、ゼムスに居る戦える全ての人々は一丸となり、真正面から魔王軍と激突していくこととなった。

 

 

 

 大規模戦闘が開始されてから、約半日。

 

 なぜか特攻気味な魔王軍の行動パターンはかなり読みやすく、統率のとれた王国軍が中心となって対処した結果、戦況は圧倒的にゼムス側が有利になっていた。

 

 残る魔王軍は街中に散らばった知能が低い魔物たちと、恐らくリーダーであろう身長三メートルの巨大オーク……タイタン将軍のみだ。

 

 戦術や作戦も持たないまま暴れるだけの魔物たちはゼムスの衛兵や王国軍の兵士たちだけで対処は可能。

 つまりあとは残る冒険者たちや勇者パーティが目の前の将軍の首を取れば、ゼムス側の勝利だ。

 

 

 ……なのだが、予想以上にタイタン将軍が手強い。

 

 彼は巨大な棍棒を振り回すだけではなく、器用に魔法や他の武器を駆使することで、十数人いるであろう冒険者たちと互角に渡り合っていた。

 

 戦況的には圧倒的にこちらが有利な筈だ。

 しかし、この場に置いては将軍が優勢とさえ思えてしまう程、彼が強すぎるのだ。

 

 

 彼と戦っていたベテランの冒険者たち、その殆どが地に伏せている。

 

 

 今タイタンと戦えているのは、救護の為に街中を駆けまわっているエリン以外の勇者パーティの面々、なんとか立っている魔法使いの男が一人、そして先行して応援に来てくれた騎士団副団長のザッグさんだけだ。

 

 タイタンは俺を視認できていないようだが、存在を感づかれたらあっという間に消されてしまいそうな雰囲気を感じる。

 彼の使用できる魔法のレパートリーは、ここで確認できただけでも相当の数だ。

 

 もしかしたら対ゴースト用の魔法も持っているかもしれない……そう考えて、ほぼ戦闘力が皆無な俺は戦うべきではないと判断した。

 

 彼のように強靭な精神を持った者は憑依も拒否できるので、最早俺は傍観する他に選択肢などなかった。

 

 

 

「はぁ……はぁっ、人間もなかなかやるようだな」

 

 手の甲で汗を拭いながら告げるタイタン。その様子を見るに、体力の消耗自体はしているようだ。

 

 しかしこちらも満身創痍。唯一の勝ち筋は聖剣による致命的な一撃くらいなのだが、どうしてもタイタンの身体に聖剣の刃が届かない。

 

 それどころか奴は皆の攻撃を避けながら、器用にもアルトに確実なダメージを与えている。

 

「だが勇者……貴様、もう立っているのがやっとだろう」

 

「……くっ」

 

 

 何度も斬撃を捌かれながら反撃されているアルトは、勇者といえども人間。スタミナが化け物なタイタンと違って、そろそろ限界だ。

 

 アルトとタイタンの戦闘力自体は互角に近いのだが、あちらは歴戦の勇士で、こちらは聖剣を手にしてまだ五年ちょっとの若造。

 

 有り余る聖剣の力でなんとか喰らい付いているものの、どうしても『ここぞ』という時のバトルセンスにかなりの差がある。

 

 

 アルトの剣は届かず、タイタンの棍棒は届く。

 

 それがほんの少しのダメージだとしても、蓄積されていけばそれは強力な一撃にも等しい。塵も積もれば山となるとはこの事だろう。

 

 確実にダメージを与えているタイタンにはまだ余力があり、防戦一方なアルトは疲労困憊で限界寸前。

 

 

 このまま拮抗状態が続けばアルトが負けてしまうことなど、火を見るよりも明らかだ。

 

 

 ……しかし、こちらは一人ではない。

 

「ファミィさんっ、これを!」

 

 アルトに襲いかかっている将軍の激しい連撃をユノアとザッグさんが防いでいる一方、ボロボロで最早戦えない状態の魔法使いの男が、ファミィに小さな小瓶を手渡した。

 

 緑色の液体が入った小瓶を渡されたファミィは、それを見た瞬間目を疑ったような表情になる。

 

「アンタこれ……魔力増強剤!? 家数軒は建てられるほど高価なもの、どうやって……」

 

「全財産つぎ込んで借金もして手に入れたものです!」

 

 男が笑顔でそう言った瞬間、ファミィの顔が引きつった。

 

 そこらへんの宝物より何倍も価値が高い上に、多額の借金してまで手に入れた代物をポイッと渡されたら、そりゃね……。

 

 

 魔力増強剤はその名の通り、人体に循環する魔力を活性化させて強化するものだ。

 魔法を使うために消費する魔力が強力なものであれば、当然発動する魔法の効力も高まる。

 

 ファミィほどの高位の魔法使いが強化された状態で放つ魔法なら、あのタイタンに明確な隙を作ることもできるかもしれない。

 

 

 そんな希望が見えてきたが、当のファミィは魔力増強剤の使用を躊躇している。渡された物の価値が高すぎるのと、それが相手の全財産にも等しいので、その気持ちはわかる。

 

「それじゃアンタ、これが無くなったら……」

 

「いいんですよ、この水上都市が無くなる方が嫌ですから!」

 

 眩しいほどの笑顔でファミィを諭す魔法使いの男。

 きっとそれは強がりなのだろうが、彼なりに考えた最善手なのだろう。

 

 

 魔法使いの熱意に圧されたファミィは、目を閉じて深呼吸をする。

 数秒間それを続けた後、覚悟を決めた彼女は目を開け、瓶のフタを開けて中身を一気に飲み干した。

 

 その瞬間、ファミィの体から緑色のオーラの様なものが発生し始めた。これはきっと魔力が活性化している証拠だ。

 

 自分の体に起きていることを再確認したファミィは、魔法使いに微笑んだあと、すぐさま杖を構え直して前に翳した。

 

 

「増強剤をくれたお礼に……とっておきの爆裂魔法を見せてあげるわ!」

 

 得意げな表情で告げたファミィが呪文の詠唱を始めた。魔法に疎い人間には理解できない謎の言語で、まるで経を唱えるかのように素早く言葉を発している。

 

 ファミィは宣言通り、かなり強力な爆裂魔法を使うのだろう。その証拠に詠唱している彼女の足元には、太陽の様に眩しく光る魔法陣が展開されている。

 

 

 この強烈な一撃を受ければきっとタイタンも堪えるはず。

 しかしこのまま魔法を発動すれば、彼の周りにいるアルト達三人が巻き添えになってしまう。

 

 故に俺は、唯一自分の声が届くユノアに向かって大声で叫んだ。

 

「ユノアー! 爆裂魔法を使うから二人を退避させてくれーっ!」

 

「──っ、承知!」

 

 俺の言葉を聞いた瞬間にユノアは剣を腰の鞘に戻し、足元に魔法陣を展開させた。

 

 その魔法陣はユノアの両脚に吸い込まれるようにして消え、次第に彼女の脚が黄色く発光し始めた。

 

 黄色の陣は肉体強化。効力の持続時間がかなり短い代わりに、一時的に身体能力を大幅に上昇させる魔法だ。

 

 そしてそれが脚に吸収されたということは、ユノアは脚力強化の魔法を使ったということ。

 

 

 元から驚異的な身体能力を持った女騎士の、更に強化された脚力。

 ありきたりな言葉で言えば───めちゃくちゃ速い。

 

「フッ──」

 

 その場を踏み込んだユノアは目にも止まらぬ速さで、それこそ矢が発射されるような速度で駆け出す。

 

 そしてタイタンと交戦している副団長と勇者の二人を、光の速さで掻っ攫っていった。

 

 

 突然目の前の敵が姿を晦ましたことで、タイタンが狼狽する。

 彼ほどの戦士ならば、警戒していれば駆けるユノアを目で追えたかもしれないが、不意打ちとなれば話は別だ。

 

「……なにっ!?」 

 

 そして彼はこちらを見た瞬間、驚嘆の声を上げる。しかしながら、気づくには遅すぎた。

 

 既にファミィの詠唱は終了している。

 杖を差し向けられたタイタンに、もはやその場から離脱する時間も手段も残されてはいない。

 

 

「──爆裂ッ!!」

 

 

 その言葉の瞬間、タイタンの腹部がキラリと光る。

 すぐさま光った箇所に魔法陣が展開され、その大きさは一気にタイタンの全身を包むほどまでに膨張。

 

「くっ──」

 

 攻撃の意図を理解した将軍が交差させた両腕を顔の前に持ってきた瞬間、魔法は起動した。

 

 

 まるで雷鳴の如く、耳を聾するかの様な炸裂音が響き渡り、灼熱の嵐が巻き起こる。

 辺り一面に肌を焼くような熱風が広がり、爆発の衝撃は地震を思い出させるほど地面を揺らした。

 

 

 あっ、この強烈すぎる爆裂魔法じゃ、倒れている冒険者たちにも危害が及ぶのでは……なんて今更考えたが、よく見れば先程まで周囲に倒れていた冒険者たちが一人もいない。

 

 

 ……うそだろ。

 もしかしてユノア、あの短時間でアルトたちだけじゃなく、周りの倒れてた人たちも担いで避難させたのか。

 

 周りの事を考える前にユノアに伝えちゃったのは俺だけども、それでも迷わずファミィが爆裂魔法を放ったのは……必ず皆の避難を間に合わせるという、ユノアへの信頼があったから、かもしれない。

 

 俺の与り知るところではない話だけど、勇者パーティには彼女らにのみ通ずる絆というものが存在するらしい。

 咄嗟のことでも迷わず仲間を信じて行動するなんて、俺にはとてもできない行為だ。

 

 

 勇者パーティの年長者二人に舌を巻きながら、煙の奥へと移動した。俺は幽霊だから煙の中だろうと平気なので、爆心地の様子を見に行くことが出来るのだ。

 

 奥に見えたのは、片膝をついているタイタンだった。棍棒を握っていた筈の右手は、魔法が直撃した腹部にあてがわれている。 

 ついにあの将軍が膝をついた──そう喜ぼうとした瞬間、何者かが煙の中へ突入した。

 

 

「はぁァァッ!!」

 

 

 その叫び声が聞こえた瞬間、それとは別の人物の呻き声が耳に入ってきた。

 次第に煙は晴れていき、何かが起きたその現場がハッキリとこの目に映る。

 

「うぅ゛っ……!」

 

 呻き声の正体は……タイタンだ。その屈強な胸板には、青白く輝く聖剣が突き刺さっている。

 刺し込まれた聖剣を力強く握っているのは、当然勇者であるアルトだった。

 

 どうやらアルトは、爆裂魔法がタイタンに効いているかどうかを確認する前に、攻撃をしかけたらしい。

 

 

 もしタイタンにさほどダメージが入っていなかったら、アルトは強烈な反撃を喰らってダウンしていたかもしれない。

 

 それでもこんな大胆な行動に出ることが出来たのは、ひとえにファミィへの信頼があったからだろうか。

 

 もしかすれば勇者パーティの強みは、なによりもこの揺るぎない結束力なのかもしれない。どれにしても、俺には無い強さだ。

 

 

「これで……終わりだ」

 

「うぐぁっ……!」

 

 静かに告げたアルトは聖剣を引き抜き、タイタンはうつ伏せに倒れた。

 

 

 聖剣による、致命傷。

 

 この戦いの勝者は、見事にその唯一の勝ち筋を打ち込んだゼムス側であることは、疑いようもない。

 

 

 アルトがトドメを刺したことが分かった瞬間、ファミィと魔法使いの男は力が抜けたようにヘナヘナとその場で座り込んだ。

 ユノアとザッグさんは未だに毅然としているが、その目には倦怠感と少しの安心の色が見て取れる。

 

 当のアルトは……限界を超えていたようで、直ぐにその場で倒れ込んでしまった。蓄積したダメージが体を蝕み、強制的に意識がシャットダウンしてしまったらしい。

 

 彼に近づいてみれば息は聞こえるので、眠ってしまっただけだと分かる。もう殆ど敵は残っていないし、このまま寝かせてやればいいか。

 

 

 

 

 ───ふと、タイタンの方を振り返った。まだ少し意識があるらしく、小さく何かを呟いている。

 

 

 

「……っ、なぜ……わたしは、こんなっ……ところに……」

 

 

 

 聞こえてきたその言葉は、呪詛でも悪足掻きでもなく──疑問だった。

 

「……はっ?」

 

 彼の発した言葉の意味が理解できず、俺は唖然とした。

 

 タイタンが何を言っているのか、全く分からない。彼の疑問の言葉は、俺の中に更なる疑問を生まれさせた。

 

 

 彼を見つめていると、次第にタイタンはハッと何かを察したような表情に変わる。

 

 そして彼は瀕死の状態にもかかわらず……小さく笑った。

 

「……ははっ……あぁ、そうか」

 

 そんな彼の傍まで、密着するレベルまで近づいた。声が小さくて、ここまで来なければ聞こえない。

 どういうことなのか。疑問を理解するには、彼の言葉を聞かなくてはならない。

 

 

 何だ。なぜ記憶が飛んでいる。一体何を察したんだ。

 

 

 

 

「おそろしい……あぁ、おそろしい………まおうさま、あなたは、なんとおそろしい───」

 

 

 

 

 か、た。

 

 

 

 小さくそれだけ呟き、史上最強の敵であったタイタン将軍は、瞼を開いたまま息絶えた。

 諦めたような乾いた微笑みのまま、脈打っていた心臓の鼓動を止めた。

 

 

 目の前の巨大オークの亡骸を前にして、俺は何も考えられなかった。

 

 勝利の喜びも、傷ついた者への気がかりも、彼の発言の意味すらも考えることが出来ない。

 

 脳内に残ったは、ただ一つの単語のみ。

 

 

 

 

 ───魔王。

 

 

 

 




報告:魔王がウォーミングアップを開始しました

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