TS 異世界最強主人公アンチ   作:バリ茶

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魔王さま大暴れ回


魔王の遊びで世界が変わる【中編】

 

「ふぅーっ……落ち着くなぁ」

 

 時刻は夜、場所は噴水広場。

 そこにあるベンチに座りこんで軽く伸びをしてから、ため息と共にそんな言葉が出てくる。

 

 周囲に人影は見えず、噴水広場が静かな場所だということに安堵した。

 

 

 

 二日前にタイタン将軍を倒したアルトは、水上都市ゼムスの英雄となっていた。

 

 街の人からは拍手喝采の嵐、共に戦った者たちからは尊敬の眼差し……と、アルトも結構勇者らしくなってきたように思える。

 

 そして今日は祝勝会だ。かなり面積が広い酒場に兵士や衛兵に冒険者、戦闘に参加したほとんどの人が集まってどんちゃん騒ぎをしている。

 

 当然勇者パーティは主役なので、祝勝会の会場ではもみくちゃにされていた。人気者は大変である。

 

 俺はというと、笑い声だか叫び声だかで騒がしい会場に居座るのが嫌になったので、ここまで逃げてきた。

 もともと俺が見えるのは一部の人間だけだし、いてもいなくても変わらないだろう。

 

 

 ベンチに腰掛けながら、ふと夜空を見上げた。

 そこにあったのは無数に煌く星々と、夜の街を優しく照らしている月だ。

 

 幽霊ゆえに眠らない体なので、いつも夜は空を眺めていた。

 

 しかしながら、今日見るこの夜空は、いつも以上に輝いているように見える。どうやら俺も少し、勝利の熱に浮かされているらしい。

 

 

 しかし未だにタイタン将軍との戦いは、この目に焼き付いている。

 

 本当にとんでもない奴だった。一人で十数人を同時に相手して、尚且つ優勢に戦況を運ぶなど規格外すぎる。

 

 敵ながらあっぱれ、なんて言葉が思い浮かぶくらいだ。

 

「あの将軍、めちゃくちゃ強かったなぁ……」

 

「魔王軍のなかで一番の実力者だからね~」

 

「はぇー、将軍の名は伊達じゃなかったんだな……」

 

 その将軍の名に恥じないほどの力……勝てたのは正直、運の要素もあったかもしれないな。

 

 

 ───ん?

 

 

「えっ?」

 

 ふと、右へ顔を向けた。

 そこにはいつか見た、ニコニコ笑顔な白髪の少女が。

 

「こんばんは!」

 

 まるで友人の様な気さくな挨拶をかけられ、俺はつい反射的に──

 

 

「こっ、こんばんは……?」

 

 

 普通に、返事をした。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 いやいやいや、どういう状況だこれ。

 

 騒がしい会場の外に出て夜風に当てられていたら、いつの間にか魔王と仲良く隣に並んで座っていた。何を言ってるのか分からねえと思うが……いや本当に何これ?

 

 冷や汗をかきながら狼狽する俺とは対照的に、魔王は飄々とした態度で足をぶらつかせている。

 

 戦いに来たわけじゃない、とは言っていた。

 

 しかし、それなら何が目的なのか。

 

「あの……魔王?」

 

「んー?」

 

 おずおずと声をかけてみると、肩まである透き通るような白い髪を揺らし、血の如く赤い瞳を俺に向けた。可愛らしいその顔は、少し不気味さをも感じさせる。

 

「戦うつもりじゃないなら……何しにここへ来たんだ」

 

 なるべく落ち着いた声音で質問しながら、少しずつ左にずれて彼女との距離をゆっくり離していく。

 

 走り出して急に離れたら焦って攻撃されるかもしれないし、無視を決め込むのも怖い。

 

 なるべく魔王を刺激せずにこの場を離れることができればいいのだが、なかなか難しそうだ。今は彼女の話し相手になる他ない。

 

「えへへ、何だと思う~?」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべながら告げる魔王は、体を左右に揺らしている。

 

 その様子はさながら、誕生日プレゼントなどの大事なサプライズを隠す友人や家族のようだ。

 

 彼女の要領を得ない発言に怪訝な表情を示せば、ふふふと嬉しそうに笑いやがる。

 

 俺たち一応、国家間の戦争レベルで対立してるような関係だと思うんですけど……キミご機嫌すぎない? 

 

 

「聞きたい? ねぇねぇ」

 

 俺の肩を指でつんつんと突く白髪少女。

 

 この距離感の近さは、限定メニューを販売していたあの喫茶店にいたカップルたちを彷彿とさせる。ようするにウザったい。

 

「ラルちゃんがどうしても知りたいならぁ……教えてあげてもいいよ?」

 

 どうする? と続けて俺の顔を覗き込んでくる魔王。

 

 透き通る白髪と月明かりに照らされた色白の肌も相まって、一瞬彼女が美しく見えた。

 こうして見れば、外見は綺麗な人間の少女だ。……血液の様な真紅の眼を持っていなければ、だが。

 

 この世界の人間の瞳の色は茶色か青くらいだし、瞳孔はみんな黒色。

 虹彩どころか瞳孔まで真っ赤な目を持った人間など存在しない。

 

 その事実が「彼女が魔物」であることを再認識させてくれる。見た目や態度に流されそうになってはダメだ。

 

 

「どうしても知りたい……教えてくれ」

 

 それはそれとして、目的は聞かなければ。見栄を張っている場合ではない。

 胸の中にある悔しさを噛み殺しながら、彼女に頭を下げる。

 

 数秒間それを続けていると、不意に魔王がベンチから立ち上がった。

 

「うーん、っよし、わかった」

 

「え?」

 

「頼まれたから教えてあげるよ」

 

 顔を上げた俺に、優しく微笑む白髪の少女。

 その赤い瞳で見つめられ、思わず固まってしまう。

 

 そんな俺に構わず、彼女は右手を上げて自身の顔の横まで持ってきた。

 

 そして怪しげに握りこまれた右手は、中指と親指の内側が重なっている。

 それはまるで『指パッチン』をする前のような形。 

 

 

 

 ───ほどなくして、彼女は右手の指を鳴らした。

 

 俺たち二人以外には誰もいない静寂の空間で、パチンッ……と小さな音が響く。

 

 

 

 

「はい、終わり!」

 

 そう言って両手を後ろに組んだ魔王は、満足げな顔をしていた。  

 唖然とする俺の表情を見て「ふふっ」と小さく笑っている。

 

 

 ……は?

 

 なに、どういうこと。

 

 ここに来た理由を聞いたら、急に指パッチンされて「終わり」だと言われた。全く意味が分からない。

 

 

 たまらず、彼女に問いただす。

 

「おっ、終わり?」

 

 疑問を含んだ俺の復唱を聞いた魔王は、さも当然の様な表情をする。

 

「うん、そうだよ。私が()()()()()()()()()ところ、ラルちゃんに見て欲しかったんだ」

 

「……魔法?」

 

 さっきの指パッチンが?

 詠唱もせず、魔法陣も展開せず、ただ指を鳴らしただけで『魔法の発動』をしたっていうのか? 何をバカな。

 

 

 ……あー、いや、まて。だめだめ。こんな風に固く考えちゃ駄目だ。もっと柔軟にいかないと。

 

 

 相手は人類を脅かす魔王軍のボス。

 

 幽霊である俺を当然のように視認し、気配もなく隣に現れるような奴だ。むしろ指を鳴らして魔法を発動するなんて、出来ない方がおかしいまである。

 

 そもそも『魔王』だぞ。ぶっちゃけて言えばこの世界のラスボスだ。下手すりゃ一番強い。

 そんな奴がやる事に毎回驚いているようじゃ、とても体力なんて持たない。

 

 

 どうやったのかとか、何故できたのか、とかじゃないんだ。

 

 何をやったのか。それを考えるべきだ。

 

「……っ!」

 

 逡巡する思考は我に返り、急いで周囲を見渡した。

 既に発動したのなら、何かが起きているはずだ。

 

 

 すると、唐突に魔王が声をかけてきた。

 

「あっ、ここに居ても分からないと思うよ」

 

 そう言いながら怪しげに微笑む彼女を見て、急に得体の知れない恐怖が浮かび上がってくる。

 何なんだいったい。ここに居ても分からないなら、何処になにをしたんだ。

 

 大きな音は聞こえてこないから、爆発などの広範囲の攻撃魔法ではない筈。

 なら召喚? それにしたって、少数の召喚なんてどこにしたのか見当もつかない。

 

 まるで何も分からず、つい魔王の様子を窺った。

 

 そのままジッと見つめていると、次第に彼女は恥ずかしそうに笑った。

 

「え、えへへ……そんなに真っ直ぐ見つめられると、ちょっと照れちゃうなぁ」

 

 ほんの少し赤くなって俺から目を逸らす白髪の少女。どうやら彼女は自分から相手を見つめるのは平気だが、相手から仕掛けられるのには弱いらしい。めちゃくちゃどうでもいいなこれ。

 

 

 ……以前は敵である俺を勧誘、今回は魔法の披露。

 ここまで来れば分かるが、魔王は相当に酔狂な性格だ。

 

 たとえ敵であろうとも見境なく接し、味方であっても気に入らなければ洗脳する。

 二日前のタイタン将軍の様子を見れば、そんなことは直ぐに分かった。

 

 

 あの水上都市侵攻は、完全なる魔王の独断だ。

 

 主な兵士に簡単な洗脳を施して『とにかく街を破壊しろ』なんて吹き込んでいたとすれば、彼らがほぼ特攻気味で作戦も何も無かったことにも納得がいく。

 

 魔王軍で一番の実力者であるタイタン将軍ですらも、仲間に指示を出すこともなく、ただアルトを執拗に狙っていた。

 

 将軍とまで呼ばれる者が、そんな安直な行動をするとは思えない。あれほどの実力者となれば尚更だ。今考えれば、彼が洗脳状態だったからだと断定できる。

 

 

「……ねぇねぇラルちゃん、いま難しいこと考えてない?」

 

「へっ?」

 

「あはは、自覚なかったんだ。すーっごく眉間に皺が寄ってたよ」

 

 相変わらず飄々とした態度の魔王。今の俺と違って、彼女は余裕たっぷりだ。

 

 

 ……先程考えたように、魔王は酔狂な人物だ。

 

 もしかすれば、俺が助言を求めたら教えてくれる可能性がある。

 いつまでも俺がここで足踏みをして事が進まなければ、彼女としても『面白くない』かもしれない。

 

 今回の水上都市ゼムスへの侵攻にどんな思惑があったのかは知らないが、あれもきっと何か意味があって行ったことだと思う。

 

 作戦無しの負ける未来が濃厚な戦いなど、俺ならしたくないし面白くない。

 ならば、アレは布石だと考えるのが妥当だ。

 

 

 ……大規模戦闘後の、建物はボロボロで人も疲れ切っている街。

 しかも祝勝会までしてるこの状況、彼女からすればまさに狙い時といえる。

 

 

 彼女の指パッチンで、既にヤバい事が起きている。そんな気がしてならない。

 

 たまらず俺はベンチから立ち上がり、彼女の前で両手を合わせた。

 

「頼む、何かヒントくれ!」

 

 その言葉を発すると、魔王は「え~」とつまらなそうな声を上げた。

 

「お願い!」

 

「……うーん」

 

 図々しく懇願する俺を前に、右手を自分の顎に添えて少し考えこむ魔王。

 

 しかし案外時間はかからなかった。まぁいっか! なんて呟いて彼女は口角を釣り上げる。  

 

 

「ヒントをあげるとすれば───ラルちゃん、今すぐ祝勝会の会場に向かった方がいいよ」

 

 

「……え?」

 

「早く行かないと間に合わないかもねっ♪」

 

 満面の笑みで告げる魔王の顔は、いたずらが成功した子供の表情そのものだ。

 

 その顔に少しムカついた俺に、彼女は更に言葉を続ける。……その、あまりにも無邪気な笑顔のまま。

 

 

「きっとすっごく楽しいよ! ラルちゃんもいっぱい楽しんでね!」

 

 

「───っ」

 

 

 ある種の狂気すら感じるような眼差しで目を射抜かれたままその発言を聞いた瞬間、俺の全身に鳥肌が立った。

 

 そしてその恐怖は、一瞬にして焦りへと変貌する。

 

 祝勝会の会場へ急げ、その言葉を思い出した俺は、すぐさま空を飛んでその場を離れた。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 死に物狂いで空を飛び、道中邪魔な建物を全て透過しながら会場へと向かった。

 

 既に止まっている、あるいは存在するかも分からない自分の心臓が、激しく脈打っている様な感覚を覚える。嫌な緊張感を腹の奥に感じ、妙に息苦しい。

 

 指先が痺れるように震えだし、嫌な想像が脳内を駆け巡った。

 それをなるべく考えないようにしながら、全速力で飛んでいく。

 

 

 次第に、暗い夜の街でひときわ眩しい光を放つ、大きな建物が見えてきた。道中の障害物を全てすり抜けて来たおかげか、かなり早く会場に到着することができた。

 

 そのまま建物へ近づいていくと、まるで祭りで神輿を担いでいる人たちの掛け声ような、大人数の人間による叫び声が聞こえてくる。

 

『──せっ!』

 

 いまいち聞き取りづらいが、彼らは短い言葉を何度も連呼しているようだ。

 近づいていくにつれ、その言葉はより鮮明に聞こえてくる。

 

 

 そして建物を透過して会場の中へ足を運び───目を疑った。

 

 

 

『殺せっ! 殺せっ! 勇者を殺せっ!!』

 

 

 

 尻餅をついて唖然としているアルト、そんな彼の首元に剣の先端を突きつけている副団長のザッグさん、その二人を一定の距離を保ちながら取り囲んでいる数百人の群衆。

 

 副団長の剣は少し動かせばアルトの喉に突き刺さってしまいそうな距離にあり、その剣を動かせと群衆は口をそろえて叫びながら急かしている。

 

 

 

 ───なんだ、これは。

 

 

「アルトっ!」

 

 すぐさま彼の傍まで駆け寄り、近くにあったワインの瓶を副団長に向かってぶん投げた。

 

「むっ?」

 

 瓶の投擲は躱されたが、副団長は数歩下がったので一時的に距離は取れた。

 突然の攻撃もなんなく避けてみせた副団長が、訝しんだ表情で呟く。

 

「これは……ゴースト殿ですかな? 勇者の首だけが目的なので、邪魔立ては遠慮して頂きたいのですが──」

 

 言いかけた瞬間、彼の周囲に突風が発生した。

 

 突然吹き荒れた強風でも副団長は動じることなくその場に足を留めた……ものの、彼の後ろにいた野次馬は抵抗する間もなく風に吹き飛ばされた。

 

 

「勇者っ!」

 

「お怪我はありませんか!?」

 

 近くの人混みを掻き分け、ファミィとエリンが傍まで来てくれた。ファミィの手には杖が握られているので、先程の強力な突風は彼女による魔法だろう。

 

 二人が傍まで来たことでアルトは我に返り、すぐさま立ち上がった。

 彼の視線の先には、何故か勇者を討ち取らんとする騎士と化してしまった副団長がいる。

 

 アルトは困惑しながらも、彼に声を投げかけた。

 

「ザッグさんっ、いったいどうして……!」

 

 その言葉を聞いた副団長は、呆れたような溜め息を吐いた。

 剣先を此方に向け、アルトを睨みつけている。そしてそのまま、口を開いた。

 

 

「世界を救わなければいけない勇者が、魔王軍に後れを取って瀕死寸前……その影響で周囲の冒険者たちを巻き込み、あろうことか大量の怪我人を出したのですよ」

 

「そっ、それは……」

 

「責任を取って貰わねば。今すぐ死んで頂けますか?」

 

 言い終えた瞬間、副団長が斬り込んできた。

 

 

 しかしその刃は別の剣に遮られ、アルトに届くことはなかった。

 

 アルトの前に飛び出して副団長の剣を受け止めたのは、険しい表情をしているユノアだ。

 その人を殺せるような眼光で副団長を睨みつけながら、見た目とは正反対の静かな声音で問いかける。

 

「ザッグ殿っ、此度の侵攻はゼムスの総力を挙げてようやく対処できたものです。そんな戦争まがいの戦闘の責任を勇者一人に課すのは、お門違いというものでは……っ!」

 

 言い終わると同時に思い切り剣を振り上げることで、彼との鍔迫り合いを強制的に終わらせるユノア。

 

 少し後ずさった副団長は、俯いて「くくっ」と小さく笑った。その不気味な様子に、パーティ全員が困惑する。

 

 

 程なくして彼は、以前の温厚な副団長からは想像もできない、醜悪な笑みを浮かべて叫んだ。

 

「そうかもしれませんねぇ! あぁ、しかしながら……見逃せません。必要なのですよ、勇者の首が。殺さなければいけないのですよ、困りましたねぇ゛ぇ゛……!」

 

 しわがれた声で叫びながら、左右に眼球を行き来させる副団長。

 

 ……どうみても普通の状態じゃない。

 

 そこで漸く気がついた───副団長の目が()()。周囲を見渡せば、殺せ殺せと叫んでいる群衆の瞳も赤く光っていることを理解した。

 

 

 

 

 まさか、これか?

 

 魔王が指を鳴らして発動させた魔法が、この事態を引き起こしたのか?

 

 他人の思考を書き換えて『勇者を殺さなければいけない』と、そんな洗脳を……あの指鳴らし一つで、これほどの人数を。

 

 そんな、そんなことが。 

 

「……あっ」

 

 魔王の思惑に感づいた瞬間、エリンが妙な声を上げた。

 

「えっ?」

 

 何事かと思い、彼女の方を向く。

 

 

 

 そこにいたエリンは──片目が『赤く』なっていた。

 

 

 その光景を見た瞬間、心臓を鷲掴みされたような感覚に陥った。

 同時に、脳内に想像したくなかった考えが過る。

 

 そして頭に浮かんだその思考は、自然と声になって漏れ出た。

 

 

「……まさか、パーティの皆すらも……」

 

 

 あの白髪の少女は、魔王。敵も味方も関係ない。自分が楽しむためなら、誰であろうと支配下に置いて使う。

 そんな女が、心底楽しそうな表情で発動させた魔法だ。パーティの皆は大丈夫だなんて、生易しい考えを持っていることが間違いだった。

 

 

 彼女はアルト以外の、全ての人間を洗脳したのか?

 

 

「いやぁっ、うぅ……っ!」

 

 エリンが苦悶の声を漏らす。泣きそうな顔で胸を両手で抑えながら、その場で膝をついてしまった。

 

 

 彼女が洗脳に耐えることが出来ているのは、神に仕えるシスターだからなのか、それともアルトへの思いが強かったからなのか。

 

 

 いずれにせよ、今彼女は洗脳に必死に抗っている。

 駄目だ、エリンを敵に回すのも、このまま会場に残すのも──!

 

「ユノアっ、ファミィと一緒に逃げ道を作ってくれ!」

 

 そう叫んだ瞬間、俺はエリンに憑依した。このままじゃエリンは歩くこともままならない。この場から離脱するには俺が体を動かさなければ駄目だ。

 

「承知した! ファミィっ、逃走経路の確保だ!」

 

「なっ、なんなのよぉ……! あー、もうっ、取り敢えず了解!」

 

 返事をしたファミィが杖を上に翳し、ユノアの剣に緑色の光を発生させた。

 

 その瞬間、ユノアが正面に剣を振り下ろす。

 

「むぅっ!?」

 

 ユノアが剣を振り下ろしたことで、先程とは比べ物にならないほど強力な突風──もはや竜巻を彷彿とさせるレベルの強風が吹き荒れ、正面にいた副団長はおろか周囲の冒険者や兵士たちをも吹き飛ばした。

 

 飛ばされた彼らは建物の壁に叩きつけられたが、程なくして起き上がる。

 そして各々武器をその手に持ち始めた。副団長の処刑ショーを楽しみにしていた彼らに、火をつけてしまったらしい。

 

 

 だが正面の道は確保できた、このまま進めば会場を出られる。

 

「私が殿(しんがり)を務める! ファミィは先行して道を!」

 

「はいはい!」

 

 杖を片手に握って走り出すファミィ。

 

 それを確認した俺は、未だに困惑の色が抜けきっていないアルトの尻を強めに蹴り飛ばした。

 

「いだっ!?」

 

「ぼーっとしてんなバカ! 逃げるぞっ!」

 

 

 

 後ろはユノアに任せ、そのままアルトの手を握り、彼を引っ張るようにして俺はその場を駆け出した。

 

 

 

 

 

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