TS 異世界最強主人公アンチ   作:バリ茶

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魔王の遊びで世界が変わる【後編】

 真夜中にも拘らず、水上都市ゼムスは光に満ち溢れていた。

 

 街灯、建物の明かり、住民それぞれが手に持つ松明や魔法使いたちの光の魔法。

 それら全てが、勇者を見つけるための手段として用いられている。

 

 街にいる全ての人間が武器や明かりを持って、ゼムス中を駆け回りながら逃走する勇者を探しているのだ。街の中を逃げていては、もはや発見される事など時間の問題。

 

 

 ここから逃げる先としては王国中心街にあるアジトが挙げられる。

 

 しかしアジトへ戻るための転移石は荷物と共に宿へ預けてある。

 本来は祝勝会に赴くだけだったパーティの皆が、荷物を持っていないのは当たり前。

 そもそもこの状況ではとても取りに戻るのは不可能だ。

 

 ……それに、もしかしたら中心街の人間たちすらも、魔王の術中にはまっている可能性もある。

 そうなればアジトも安全ではない。ここまでされたら、全く人がいない山奥くらいしか避難先が無いのが辛い所である。

 

 

 

 そして今、とにかくゼムスを脱出することを目的として、俺たちは街の出入り口の門周辺の道を走っていた。

 

 所持している物はファミィが杖、ユノアが剣、勇者も聖剣と、ほぼ手ぶらに近い。

 宿にある大切なアイテムや現金などを回収したいところだが、まるで暴動が起きているようなこの水上都市の中へ戻るのは無謀だ。

 

 

 とにかく今は安全な場所まで逃げるしかない。

 その一心で走りながら出入り口の門に差し掛かったところで───急に体が重くなった。思わず、その場で立ち止まってしまう。

 

 それに気がついたパーティの皆は足を止め、ファミィが俺のもとへ駆け寄ってきた。

 

「ゴースト、どうしたの……!」

 

「いっ、いや、何かエリンちゃんの体が──」

 

 何故か自由に動かせない。

 そう言いかけた瞬間、後ろにいたアルトが叫んだ。

 

「今すぐ憑依を解くんだ!」

 

「えっ? ぁ、あぁ……!」

 

 焦燥感を感じるアルトの声に急かされ、俺は直ぐにエリンの体から抜け出した。

 憑依を解除したことで、急に自分の意識が戻ったことに混乱し、だらりとバランスを崩すエリン。

 

 そんな彼女をファミィがすぐさま抱き留め、強張った表情で声をかけた。

 

「エリンっ、どうしたの!?」

 

 焦りで額から汗を流しているファミィが、エリンの体を何度も揺さぶる。

 糸の切れた人形のように体重の全てをファミィに預けていた彼女は、数回揺らされた後に、ゆっくりとその瞼を上げた。

 

 

 ──見えたのは、紅く光る両目。それはまさしく今の街の住人と同じ特徴だ。

 魔王の術に堕ちてしまった何よりの証拠。

 

 つまり、健気なシスター少女は勇者に仇なす敵と化してしまった。それを理解した瞬間、思わず俺は身構えてしまう。

 

 程なくして、ファミィに支えられているエリンが小さな声で呟きだした。

 

「ゆう……しゃ、さま……」

 

「エリン!」

 

 彼女に名前を呼ばれたアルトは、すぐさまエリンの傍へと駆け寄った。

 

 駄目だ、今の状態のエリンに近づいたら──!

 

 

 

「行って……くださいっ、勇者さま……」

 

 

 

 直ぐにでもその手がアルトの首に伸びる──などと焦った俺の予想とは裏腹に、彼女はか細い声で『逃げろ』と告げた。

 

 彼女の手は抹殺するべき勇者の首では無く、アルトの手を握っている。

 震えるその手で、涙を流しているその瞳で、以前の彼女となんら変わらない優しい眼差しで、アルトに想いを告げている。

 

「殺したいですっ、あなたを殺したい……! うぅぁっ、ちがう、違う……! やだっ、生きて欲しい……っ!」

 

 瞼から溢れる大粒の水滴を頬に伝わせ、体を震わせながらガチガチと歯が音を立てている。

 

 望んでいない感情に突き動かされるなど、想像しただけでも恐ろしい。

 彼女は今、そんな得体の知れない恐怖と、必死に戦っているのかもしれない。

 

「お願いです……! どうか、どうか死なないで……っ!!」

 

 苦しみながらも、力強い声を絞り出した。

 

 自分の中に紛れ込んできた強大な殺意を、それでもと『勇者への想い』で押し殺している。

 醜悪な魔王の呪いを、心の底に残っている強き意志で抑え込んでいるのだ。

 

 

 普通の人間では到底出来ないような無茶をしてでも、勇者の命を案じている。

 その事には、当然アルトも気がついている。

 

 故に彼はエリンの手を握り返し、もう片方の手で彼女の頬にそっと優しく触れた。

 

「約束するよ。……必ず、生き延びてみせる」

 

「……はい」

 

 真剣な眼差しのアルトに告げられたエリンは、フッと優しく微笑んで……握っていたその手を離した。

 自分の信じた人に願いを告げることが出来て、彼女は満足そうに瞼を閉じる。

 

 

 それと同時に、エリンを支えていたファミィがアルトに声をかけた。

 

 よく見れば、彼女の瞳も完全に紅く染まる寸前だった。

 俺たちと一緒に逃げる時も、エリンが想いを告げる間も、彼女は静かにその苦しみに耐えていたのだ。

 

「街の人達の様子を見るに……恐らく狙いはアンタ一人よ。きっと私たちには見向きもしないでしょうね」

 

「ファミィ、もしかして──」

 

 ええ、と呟き、ファミィは手に持った杖を上に翳した。

 するとそこに二つの小さな魔法陣が展開され、それはエリンとファミィの体の中に溶け込むようにして、消えていった。

 

「この症状が進行してから直ぐに追うことがないように、睡眠魔法で眠って私たちはこの場に留まる。どのみちエリンを一人にはできないしね」

 

「何もできなくて……ごめん」

 

「気にしないで。ていうか、アンタはエリンが言ったようにしっかりと生き延びて、今回の黒幕をぶっ倒しなさい」

 

 完全に紅く染まった目を勇者に向けながら、ファミィはそう言って不敵に笑ってみせた。

 呪いに犯されながらも、彼女は最後まで余裕を崩さず、アルトの背中を押したのだ。

 

「あぁ、約束する」

 

 絆の力で呪いに抗ってみせた彼女たちの前で強く頷き、アルトは立ち上がった。

 

 するとファミィの瞼がゆっくりと落ちていき、彼女はバランスを崩した。

 エリンを抱えたまま倒れようとしたファミィを、アルトが咄嗟に抱き留めた。そして近くの建物の陰に、二人を仰向けで寝かせる。

 

「……行こう」

 

 眠る彼女たちを少しだけ見つめた後、アルトはそう呟いて走り出した。彼について行く形で、俺とユノアもその場を離れる。

 

 

 

 エリン、そしてファミィ。

 二人は間違いなく、勇者と強い絆で結ばれている唯一無二の仲間だ。あの行動で、そう確信できた。

 

 エリンはその想いを曲げることなく、ファミィは最後まで毅然としていた。

 勇者を迷わせない為に、自分たちが離れてもちゃんと戦えるように。

 誰も抗えない筈の魔王による呪いを、勇者を思う絆と精神力の強さだけで耐え抜いたのだ。

 

 

 ……とても敵わないな、あの二人には。

 

 魔王の慈悲なのか、幽霊だからなのかは分からないが、俺には呪いの症状が出ていない。

 

 しかし俺が彼女らと同じ状況なら、速攻でこの呪いの魔法に堕ちていたことだろう。

 

 アルトが彼女たちを仲間として迎え入れたのは、こういった強さも理由に含まれていたのかもしれない。

 

 

 世界を救うに足る、とても───とても強い女の子たちだ。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 決死の思いで水上都市を抜け出た俺たちは、周辺の森の中を駆けていた。

 とにかく人のいない場所へ、それだけを考えて移動している。

 今回の事をなんとかする為には、どうしても一旦落ち着ける場所が必要だ。

 

 

 ──そう思って、走っていたのだが。

 

「鬱陶しいな……!」

 

 目の前の状況を嘆き、ユノアが悪態をついた。

 

 

 俺たちは今、森の中の木が無いひらけた場所で、武装した大量の魔物たちと応戦していた。

 

 見える魔物たちは全て目が赤く光っており、彼らがここに現れたのは魔王の命令ですらないことに戦慄する。

 有無を言わさず、当たり前のように手足として仲間を使っているのだ。信じられないほど悪趣味な女である。

 

「くっ……」

 

「ユノア!」

 

 魔物の不意打ちを受けて膝をついたユノアのもとに、アルトが駆け寄ってきた。傷は浅いものの、本調子ではない為動きが鈍い。

 

 それはアルトにも言えることだ。少し前に魔王軍最強の男と戦った疲労や、その時に受けた傷の痛みが響き、どうしてもコンディションが悪い。

 

 

 しかしそこは勇者。ユノアのピンチを目の当たりにした為、彼女を守るべく聖剣の力を上昇させた。

 昂ぶる彼の感情に呼応するように出力が上がった聖剣の攻撃で、周囲の魔物たちは次々と屍になっていく。

 

 すぐにも魔物は殲滅される。それを理解した俺は、すぐさまユノアのもとへ駆け寄った。

 

「大丈夫か?」

 

「……ぁ、あぁ」

 

 苦笑いをしながら返事をした彼女の片目は、元の黒色の面影など消え去っていた。程なくして、もう片方の瞳も虹彩の色が変色を始めている。

 

 

 それに気がついたユノアは静かに息を吐き、剣を腰の鞘に納めた。

 そして正面に居る俺の目を見つめながら、優しく微笑む。

 

「すまない、私はここまでのようだ」

 

「謝るなって! そもそもユノアが庇ってくれてなかったら、今頃勇者は会場で首だけになってたし……!」

 

 気遣いではなく、事実だ。

 それに第一、今この瞬間まで魔王の呪いに抗っていたユノアは凄い。

 

 なおもアルトへの殺意を浮かべていないのは、賞賛の一言に尽きる。それほど彼の事を大切に思っているのだ。

 勇者パーティの誰もが、アルトへ信頼を寄せ、助けたいと思っている。

 それは俺にはない、大切な仲間への思いやり。そこまでの人望を勝ち取っているアルトが、少し羨ましくなるくらいだ。

 

 

「……ふふ」 

 

 不安げな表情でユノアを見ていると、彼女が小さく笑った。

 そっと右手を伸ばし、俺の肩に手を置く。

 

「ラル……」

 

「どっ、どうした?」

 

 何かを告げようとしているユノアの目は、段々と赤く染まっていく。しかしそれを彼女は、強い意志で静かに耐えている。少しでも気を抜けば、もう片方の眼も完全に染まってしまうほどに、見ているだけの俺にも魔王の呪いの強力さが感じられた。

 

 

 ユノアの瞳を、じっと見つめる。その優しい眼差しは依然と何ら変わっていない。

 それでもあと少し時間が経てば、この表情も勇者への憎悪に染まってしまう。

 

 そう考えただけで、俺の唇は震えだした。信頼する彼女がアルトを襲う所など見たくはない。

 でもこのまま、彼女をここに置いて逃げていいのだろうか。

 

 

 ……そうするべきなのは、分かっている。当然だ、エリンにもファミィにもそうして来たのだから。今すぐ彼女の前から姿を消すべきなんだ。

 

 だが、俺の中にある信頼と彼女への友情が、足を止めてしまう。どうしても、いま直ぐにこの場を走り出せない。

 

 

 そんな迷いが振り切れない俺を───ユノアが優しく抱擁した。

 

「ゆ、ユノア?」

 

 狼狽する俺の声に反応することはなく、ユノアは静かに息を吐く。

 

 抱きしめられている内に、胸に柔らかい感触と、確かな鼓動を感じた。

 俺を包むようにしている腕からは、彼女の体温が伝わってくる。

 

 どうやら触れてくれれば、幽霊でも温かさを感じる事ができるらしい。

 

 

 しばらく、そのまま何も言わないユノアの腕に抱かれ続けた。

 

 

 彼女が与えてくれるこの安心感は、焦る俺の心を徐々に落ち着かせてくれる。

 耳に当たる静かな息遣いは、いかなる時も毅然であった彼女を思い出させてくれた。

 

 呪いに蝕まれているこの状況でさえも、ユノアは正しく『騎士』だった。

 

「ラル……勇者を───」

 

 

 頼む。

 

 その言葉を聞いて、俺は強く頷いた。強く彼女を抱きしめ、何度も顔を上下させた。

 

「あぁっ、あぁ……! 勿論だ、アイツの事は任せてくれ!」

 

 力強い言葉で告げ、彼女を安心させたくてその言葉を何度も繰り返した。

 アルトの事は心配するなと、不敵な声で言ってみせた。

 

 

 すると、彼女の方から俺を離した。その目は瞳孔まで完全に赤く染まっていて、もう時間が無いことを悟らせる。

 

「……っ゛!」

 

 ユノアは自分の腰にある剣に伸びる右腕を、残った左手で咄嗟に握ることで抑え込んだ。右手を握りつぶしてしまう程に、その左手には力が込められていることが見て取れる。

 

 もはや意志ではなく、彼女の体が無意識に『最後の抵抗』をしているのだろう。

 自らの剣で、仲間を傷つけさせない為に。

 

 

 涙を流しながら未だに優しく微笑むユノアの気持ちを受け止め、俺はすぐさま彼女から離れてアルトの方へ向かった。

 

 既に魔物は全て倒しており、疲れたように息を吐いている。

 その彼の近くに、俺は懐から取り出した『トリデウスの隠れ家』へワープできる転移石を投げた。

 

 今にも襲い掛からんとするユノアから離れるには、もうこの手段しかない。

 トリデウスには「他の仲間を連れてくるのは駄目だ」と言われていたが、やむを得ない。

 

「ごめんっ、ユノア……!」

 

 石が割れて発生した人間サイズの魔法陣の存在を確認し、俺はアルトの服を掴みながらその中へと入っていた。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

「……で、ここへ来たと?」

 

「ごっ、ごめん。約束破っちゃって……」

 

 居間にある木椅子の上で溜め息をつくトリデウスに、頭を下げる俺。その傍らには、沈んだ表情のアルトがいる。

 

 今回のある程度の事情は、全てトリデウスに説明した。

 魔王の行動については彼もかなり引いていたが、あの方なら確かにやるだろうと呟いていた。

 

 

 トリデウスは魔王軍に残るのが嫌になって、この山奥の小さな小屋に逃げてきたのだ。

 そこで知人が再び魔王がらみの厄介事を持ってきたとなれば、溜め息の一つも出るだろう。

 

 しかし匿ってもらえそうな場所は、ここしかなかった。

 この山の周辺には人間はおろか魔物すら殆どいないので、隠れるにはうってつけだ。

 

 ……皮肉にも、最初からここへ逃げずにパーティの仲間を全員置いてきたことで、アルトを殺そうとする人間を連れ込むことはなかった。

 

 不幸中の幸い……そんな言葉も考えたくない。本当なら、仲間全員で一緒に居たかったのだから。

 

 

 頭の中で後悔を浮かべていると、トリデウスが声をかけてきた。

 俺にではなく、その隣の人物に。

 

「それにしてもお前……えぇと、勇者」

 

「……なにかな」

 

「今までゴーストが見えないまま、行動を共にしていたのか?」

 

 トリデウスの質問に、アルトは沈黙で返した。

 沈黙は、肯定。そう解釈したトリデウスは、再び溜め息を吐いた。

 

「呆れたのだ。見えない仲間を許容する勇者も勇者だが……」

 

 チラリと、俺に視線を向けるショタじじぃ。

 

「仲間に視認されてないって、相談しないお前もお前なのだ。言ってくれれば、ゴーストを視認化できるアイテムぐらい直ぐに提供できたのに」

 

 そう言いながら、トリデウスは近くの棚を漁り始めた。あれじゃないこれじゃないと呟きながら、ガラクタの様な道具をたくさん引っ張り出している。

 

 

 ……いや、その件に関しては、なんというか。

 

 確かに俺が見えていれば、やれることが増えていたかもしれない。

 ユノア以外にも視認できている人間が増えていれば、今回の騒動でも誰かが俺に適切な指示を出せた可能性だってある。

 

 紙に文字を書くか、ユノアに通訳してもらうことでしか皆とコミュニケーションが取れないのは、確かに悪手だったかもしれない。

 単純に時間のロスだし、仲間に視認させない利点など……正直ない。

 

 

 

 気にしていたのはアルトのことだ。もし仲間になったゴーストが俺だと分かれば、彼がどうなるのか分からなかった。

 

 俺のせいで挫折して、勝手に死んだ人間にむりやり鼓舞されて、また変に励まされて、長い間正体も隠された状態で……まって、ちょっと待って?

 

 俺めちゃくちゃ裏目に出るような事ばっかしてない? こんな事なら最初から正体を明かしとけば良かったのかな。

 

 確かにアルトが引きこもってる時に文面でそう告げるのはあり得ない選択だったかもしれないけど、トリデウスと知り合った後ならこの姿を見せることで強引に俺がラルだと証明できた。

 

 いや、でも……。

 

「なにやら考えているようだが、仲間にゴーストを置く以上視認できないことはデメリットでしかないのだ。……あぁ、これこれ」

 

 漁りながら話しかけてきたトリデウスは何かを見つけ、それをアルトに投げ渡した。

 受け取ったアルトは、その謎のブレスレットの様なものを怪訝な表情で見つめている。

 

「それを腕に装着すればゴーストを視認できるのだ。試してみるといい」

 

「……うん、わかった」

 

 さも当然の様に告げられたトリデウスの言葉に、アルトが素直に従って返事をした。

 

 

 

 ──え? あっ、え?

 

 ちょ、ちょっと待って?

 

 

「待て待て! ストップ! ちょっと待ってアルト!」

 

「お前の声は聞こえてないのだ」

 

 呆れたようにトリデウスが小さく呟いたが、それどころでは無い。

 

 そのブレスレットを腕に装着したら、俺が見えるようになってしまう。

 今まで隠していた幽霊の正体を、いとも簡単に暴かれてしまう。

 

 俺がラルだってバレたら……いや、どうなるか分かんないけど! このままあっさり知られちゃうのは良くない気が──

 

「あっ」

 

 俺の口から間抜けな声が出た。

 パチン、と音が鳴る。それはアルトが腕にアイテムを装着した、何よりの証拠。

 

 装着が完了した瞬間、黄色の小さな魔法陣が腕輪から浮かび上がり、アルトの両目に吸い込まれていった。 

 視認化の身体強化魔法が施されたことを確認したアルトは、すぐにキョロキョロと周囲を見渡し始める。

 

 

 そして首を左に向けた瞬間、彼を見ていた俺の視線と、アルトの視線が重なった。

 

 

「……」

 

 

「……ぁ、ぇっと……」

 

 

 何を言えばいいか分からず、言い淀んでしまう。

 そんな俺を見て、アルトは石のように硬い表情になっている。

 

 表情筋を動かさないまま、無表情で俺の目を真っ直ぐ見つめて動かない。

 

 数秒間そのままでいると、彼と目を合わせていることが気恥ずかしくなってしまい、無意識に目を右往左往させる。

 

 そのまま俺は少し口を閉じて黙り込んだ。

 

 

 ──しかし待てど暮らせど、彼からのアクションが来ない。

 その間の妙な空気のせいで居心地が悪くなり、小さく身じろぎしてしまう。

 

 落ち着かない。とても落ち着かない。なんだこりゃ。

 

「ぁの……アル、ト……?」

 

 恐る恐る小さな声をかけながら、上目遣いで彼を見た。

 

 

 

「───」

 

 

 

 その瞬間、アルトが白目を剥いて後ろにぶっ倒れた。

 

『わっ!?』

 

 それと同時に、俺とトリデウスの小さな悲鳴が重なった。

 

「きっ、急にどうしたのだ!?」

 

「大丈夫かアルトっ!?」

 

 

 二人して狼狽しながら、気を失ってしまった彼の傍へ駆け寄った。

 

 

 

 




勇者くん、情報量が多すぎて気絶

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