TS 異世界最強主人公アンチ   作:バリ茶

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ゴーストだけどシスターっぽいことするぞ

 ここは北の街、その市街地。建物や人が密集する街中で、大剣を携えた一人の大男が暴走していた。

 

 その尖った耳や紫色の体色を見れば、その男が魔物であることは容易に想像がつく。また、その剣捌きからは、彼が只者ではないという雰囲気が見て取れた。

 

 そしてその大男は大剣を真上に掲げ、耳を劈くような大声で咆哮した。

 

「我はファイアナイト──紅蓮を纏いし剣士であるッ! 魔王様の命により、進軍に先駆けて参上仕った!」

 

 叫びながら刀身に炎を纏った大剣を振り回すファイアナイト。その周囲には、彼を止める為に戦った衛兵たちが倒れ伏している。幸い死人は出ていないようだが、それも見せしめの為だろう。

 

 誰かの死体よりも、苦しむさまを見せつける方が恐怖心を煽れる。そんな醜悪な魂胆が透けて見える魔族の大男は、次々と衛兵や市民をその愛剣で蹂躙していっている。

 

 

 俺たちがこの街に到着した時、既に市街地は戦場になっていた。あのファイアナイトという大男が、北の街に向けて侵攻している魔王軍よりも早く、単身で街に攻め込んできていたのだ。

 

 その圧倒的な戦闘力の前に街の衛兵たちは手も足も出ず、また数少ない北軍の人間たちは城門前で魔王軍を迎え撃たなければいけない。

 

 もはや彼を止められるのは、今さっき街に到着したばかりの勇者パーティだけだ。

 

 

「ふははは! 貴様も我が魔剣の錆としてくれよう!」

 

「きゃあぁっ!」

 

 親とはぐれてしまったのか、黒髪の少女が道端で尻餅をついている。そんなか弱い少女に目をつけた悪辣な魔物は、彼女にその剣を振り下ろす──

 

 

 ガキンッ、と金属音が鳴り響いた。ファイアナイトの振り下ろした魔剣は肉を切り裂くことはなく、その斬り込みは勇者の聖剣によって防がれていた。

 

 間一髪で彼に守られた少女は、プルプルと震えながら細目で自分の前方を確認した。そして自分を庇った人間が勇者だと気づくと、彼女は涙目になりながら嬉しそうな表情に変わった。

 

「……あっ、ゆ、勇者様……っ!」

 

「エリンッ、その子を頼む!」

 

「はい!」

 

 間髪を容れずに剣を叩き込んでくるファイアナイトの攻撃を往なしながら、後方で待機していたエリンちゃんに指示を飛ばす。シスター少女はすぐさま少女の手を引き、安全なへ向かって駆け出した。

 

 これでこの場にいるのは紅蓮の騎士と、勇者に魔法使い。単純に2対1の状況に加え、片方が世界に選ばれた勇者となれば、その勝率はかなり高いはずだ。

 

 

「むうぅっ、勇者か。しかし! 我は一人ではない!」

 

「なにっ……!」

 

 ファイアナイトがニヤリと口角を上げて告げた瞬間、彼の後方に十数個の魔法陣が出現した。その色は赤──つまり転移だ。

 

 ほどなくして、魔法陣からは十人以上の大男が現れた。全員、ファイアナイトと同じように自分の体ほどある異常なサイズの大剣を帯刀している。

 

 ファイアナイトの部下か、もしくは同等程度の力を有する援軍……端的に言ってこの状況はヤバすぎる。

 

 ハラハラしながら見守っていると、ファミィちゃんが杖を前に突きだして叫んだ。

 

「ヒートエクスプロージョンッ!」

 

 その叫びと共に、剣戟を繰り広げている魔物騎士と勇者の奥で、大きな爆発が発生した。その爆発は援軍の魔物たちに直撃し、煙と爆風が巻き起こる。

 

 

「……なっ!」

 

 煙の晴れた爆心地を見た瞬間、ファミィちゃんが驚愕の声をあげた。

 爆発をモロに受けたはずの魔物たちは、多少の負傷はしているものの、全員が倒れることなく仁王立ちをしていたからだ。

 

 その様子を横目でチラリと確認したファイアナイトは、フッと鼻で笑った。

 

「あの精鋭部隊に傷を負わせるとは、やるな小娘! やはり勇者の仲間というだけのことはある……!」

 

「よそ見をするなぁ!」

 

 一閃。勇者の斬撃をまともに胸に受けた魔物は、少し怯んだ。確かにダメージは入ったようだが、見るからに傷が浅い。

 

 勇者が本調子ではないというのもあるが、あのファイアナイトとかいう男も相当強い。あの一瞬で体をうまく動かして斬撃を少し躱していた。

 

 勇者もそれは分かっているようで、悔しそうな声が漏れてしまう。

 

「くっ……」

 

「ふん、それに比べて貴様は……なんだ、その体たらくは。噂に聞く実力通りなら、今の一瞬で我に致命傷を与えることもできたはず」

 

「黙れ!」

 

 ファイアナイトの言葉に耳を貸さないように、すかさず聖剣で攻撃を続けていく勇者。その少しばかり焦っているような彼の表情とは正反対に、紅蓮の騎士は笑っている。

 

「はっはっは! これならば此度の侵略も容易い! おい勇者ぁ!!」

 

 ケラケラと笑い声を上げながら鍔迫り合いを続けるファイアナイトは、勇者に対して大声を張り上げる。

 

 

「魔王様から聞いたぞ! 貴様───大切な人間を見殺しにしたらしいな!」

 

 

「──っ!?」

 

 魔物の言葉を真に受けてしまった勇者は、一瞬の動揺……つまり隙を見せてしまった。その瞬間、ファイアナイトがその屈強な右足で勇者を蹴り飛ばす。

 

 勇者は抵抗できないままその攻撃をまともに受けてしまい、後方へ転がり倒れてしまった。

 

「勇者! ……っ!? くっ、邪魔な……!」

 

 不意を突かれてしまった勇者のカバーをしようとしたファミィちゃんに、勢いよく斬りかかってくる援軍の魔物たち。そんな状況では、バリアを張りながら自分の身を守るので精一杯で、とても勇者のカバーになど向かえない。

 

 ファイアナイトは倒れ伏している勇者へにじり寄る。当の勇者は彼を睨みつけているものの、その眼差しからは動揺や困惑が見て取れる。もはやポーカーフェイスをすることは不可能だ。

 

「勇者が聞いて呆れるな。大切に思っていた……守るべき存在を見殺しにするなど、聖剣が泣いているぞ」

 

「……うぅっ」

 

 悔しそうに唇を噛む勇者。眼尻には水滴が浮かんできている。

 

 

 

 ──おいおいなに泣きそうになってんだよっ、メンタルボロボロか!

 

 やばい、どうしようこの状況。ファミィちゃんは魔物剣士たちに囲まれてるし、勇者は精神的な部分を突かれて戦意が削がれている。しかもそろそろ魔王軍が来るだろうし、この場を解決してくれそうな頼れる助っ人はいない。

 

 あの、詰んでませんか? これ北の街占領されてしまうのでは……。

 

「オラッ!」

 

「ぅぐっ……っ!」

 

 追い打ちをされるようにファイアナイトに腹部を蹴られたアルトは、苦しそうな呻き声をあげる。横を見れば、ファミィちゃんが涙目になりながらボロボロのバリアを張って耐えている。

 

 こっ、これは所謂……ピンチというやつでは……。

 

 そんな様子を、指をくわえて見ているゴーストな女の子が一人。

 

 

 

 ───うっ、うぅ……! ああぁぁ! もう! 俺がなんとかするしかないのでは!?

 

 

 

「まずはファミィちゃんを……っ!」

 

 踏ん切りをつけて覚悟を決めた。

 俺はすぐさま飛び出し、崩壊一歩手前のバリアに大剣を振りかざそうとしている魔物に憑依(ポゼッション)した。

 

 体が水中に潜ったような感覚に囚われるが、時間が勿体ない。気合でなんとか一瞬で魔物の体に適合した。

 

 そして視界が鮮明になった瞬間、俺はファミィちゃんを背中側に庇うようにして後ろを向く。

 

「……えっ?」

 

 自分に剣を振り下ろす直前だった魔物が急に背を向けたことで、魔法使いの女の子は困惑の声を上げる。

 そんな彼女を守る為に、俺は大剣を握り締め、思い切り真横へぶん投げた。

 

「ぐぎゃっ!」

 

 その大剣は横に居た魔物の首に突き刺さり、一瞬で絶命に追いやった。……この剣強くね? ファミィちゃんはこれを何度も防いでたのか……やっぱすげぇよ、ファミィちゃんは(尊敬)

 

 

「──っ!? なっ、何事だ!」

 

 唐突な仲間の反乱に気を取られ、ファイアナイトがこちらへ首を向けた。

 この隙に、次はアルトに憑依だ。

 

 視界に映ったのは、自分ではない方向に目を向けているファイアナイト。隙ありー!

 

「おらっ!」

 

「うぐっ!? なっ、勇者、貴様……!」

 

 俺は聖剣をファイアナイトの胸に突き刺し、すぐさま引き抜いた。なんだかこれでも死なないような気がするが、奴は膝を地面についたし、暫くは動けないだろう。

 

「……なっ、なんだその眼の色は……! 貴様、一体何が──」

 

 なにやら魔物がごちゃごちゃ言っているが、無視だ無視。

 俺はすぐさまアルトの身体を離れ、ファミィちゃんの後ろにいる魔物に憑依する。

 

 

 ──その瞬間、憑依した体ではなく()()()()()()が、ズキンと強く痛んだ気がした。息が苦しくなり、頭が熱くなって視界が歪む。

 

 うぅっ、やっぱり連続憑依はキツイ……! なんとなくだけど、あと一人ぐらいが限界な気がする……っ!

 

「ふぅっ……! うっ、クッソ、負けてられねぇ……!」

 

「おっ、おい、どうしたというのだ?」

 

 俺に触れようとする魔物。まだ油断してる今がチャンスだ、我慢我慢!!

 

「くらえっ!」

 

「えっ──」

 

 雑に大剣を振り回し、近くにいた魔物の首を斬り飛ばした。

 すると魔物たちはざわめき、後ずさって俺から距離を離す。

 

 

 ズキン、と心臓がまた痛む。

 

「うぅっ……!」

 

 頭がクラクラして、吐き気の前兆を喉奥に感じる。苦しい、今すぐにでもこの身体を離れないと、死んでしまいそうだ。

 ……いや死んでるけど!

 

 心の中で問答しながらその場で立ち尽くす俺を見て、ファイアナイトが狼狽したような声で呟く。

 

 

「なっ、何者かがいる……!? 視認できない『何か』が我々を翻弄しているのか、もしくは催眠術の類なのか……っ!」

 

 正体はゴーストでーす!

 

 

 ──って、あ、もう無理。憑依解除!

 

「ゲホッ! ごほっ……うぅ、無理しすぎたかな」

 

 幽体のまま地面に膝をつく俺。

 しかし魔物たちからすれば、未だに自分たちの前には謎の脅威がある状態だ。

 

 するとファイアナイトは出血している自分の胸を抑えながら、意を決したように立ち上がった。

 

「我々の前には得体の知れない何者かがいる……。総員転移石を使って離脱しろ! このままでは全滅だ!」

 

(魔王様はこれの正体を知っていたのだろうか……サプライズがあるとは言っていたが。くっ、あの御方の心が読めない!)

 

 そんな号令を放った瞬間、誰よりも早くまずファイアナイトが転移で姿を消した。部下の安全を確認する前に帰るなんて、案外臆病なのかもしれない。

 

 ほどなくして、周囲にいた魔物や俺が憑依していた大男も、ワープしてその場を消えた。

 

 

 市街地の中央に残ったのは、膝をついて立ち上がれずにいる勇者に回復魔法をかける魔法使いと、疲れて地面に寝転がる幽霊少女だけだった。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 あれから数時間後。勇者パーティは市街地にある屋敷の中で休息をとっていた。

 

 ここに招いてくれた貴族のおじさんが言うに、魔王軍は北の街への侵攻を止めて姿を消したらしい。

 

 たぶんだけど、あのファイアナイトが俺のことをめちゃくちゃ大袈裟に報告したのだろう。実際はもう限界寸前で憑依とかできる状態じゃ無かったので、アイツが焦ってくれてて助かった。

 

 

 そんなこんなで現在。エリンちゃんとファミィちゃんは負傷した衛兵たちの介抱をするために、彼らが搬送されてきた一階の大広間に居る。病院は他の負傷者たちで手一杯で、傷の浅い者たちがここへ訪れたらしい。

 

 どうやらファイアナイトが残した傷跡は、俺が思っているよりも大きいようだ。

 

 そして勇者……アルトは───二階にある一室で椅子に座りながら落ち込んでいた。

 

 壁に聖剣を立てかけて、手を組んでうなだれている。まるで死人のような目をしていて、生気が感じられない。

 

 

 ……まぁ、今回ばかりは仕方ないか。街を救いに来たっていうのに、自分より格上というわけでもない魔物に負けてしまったのだから。しかも精神的に痛いところを刺激されて、心にも傷を負ってしまった。

 

 あの類の精神攻撃は、ナイーブになっている今のアルトには、一番してはいけないものだ。ファイアナイト……ひいては魔王の狙い通り、アルトは完全に戦意を失ってしまっている。

 

 

「どうしよう……」

 

 そんな彼の様子を、俺はドアからひょっこりと顔を出して覗いていた。よっぽど疲弊しているのか、アルトは部屋のドアすら閉めていないのだ。

 

 しっかし、困った。このままじゃアルト、完全に戦えなくなるぞ。完全に打ちのめされている今の状態じゃ、前みたいに無理矢理戦意を奮い立たせることなんてできない。

 

 最初にくじけた時よりも、一度立ち直ってから折れた方が、人間はダメージが大きいのだ。やっぱり駄目だった、もういい、そんな意志が脳内を支配してしまう。

 

 

「う~、俺は何をすれば……」

 

「あのっ、そこのゴーストさん?」

 

「……えっ?」

 

 唐突に後ろから声をかけられ、俺は吃驚して後ろを振り返った。

 そこにいたのは──この街に来てからアルトが一番最初に助けた、あの黒髪の少女だ。

 

 まさかとは思うが……ゴーストさんて。

 

「もしかして俺のこと、見えてるの?」

 

 動揺しながら俺が聞くと、少女はにっこりと笑って返事をした。なるべく、小さい声で。

 

「はい。実はあたしの母親が死霊使いで、可視化の術も教えてもらっているんです」

 

「そ、そうなんだ」

 

 そうなんです、と黒髪の少女が微笑みながら告げた。

 ……ということは、だ。死霊使いとかいわゆるネクロマンサーとか、魂を操るような連中は全員俺のことが見えるってことか。

 

 

 いや、そんなことより。

 

「えっと、何か用かな」

 

「……ご相談がありまして」

 

 そう言うと、少女は真剣な表情になった。思わず俺の顔も強張ってしまう。

 

 

「私に、憑依して欲しいんです」

 

「へっ?」

 

 少女からの提案があまりにも突飛な発言過ぎて、マヌケな声が出てしまった。

 何言ってんだ!?

 

「それってどういう……」

 

「実はあたし、母親の遠隔魔術で戦闘を見ていたんです。……そこで勇者様が、大切な人を亡くされたって聞いて」

 

 言いながら少し俯く少女。あの戦闘、全て見ていたのか。

 

 

 うぅ、そこに関しては、なんというか……。

 恥ずかしいというか、気まずいというか、よくわからない。

 

 だってそうだろ。さすがにあそこまで態度に出されたら、誰だって困惑するに決まってる。

 

 俺が思っている以上にラルという少女は、アルトにとって大切な人間だったらしい。それがどんな感情なのかは分からないけれど、少なくともただの腐れ縁ではないようで。

 

 そんなにも大切な人間を亡くして、しかもそれを自分のせいだと言われたら、あそこまで凹むのも頷ける。

 

 いやいや自惚れとかそういうんじゃない。だってアイツ、さっきから小さく「ラル……」って呟いてるんだもん! うるせーよバカ! ラルですよここにいますよー!

 

 

 俺は幽霊だからあいつに姿を見せることはできないし、でも筆談で『俺はラル・ソルドットの幽霊だぞ』なんて言ったら、逆上して聖剣でぶった切られるだろう。

 

 信じられるわけがないし、自分が大切に思っていた人間を騙る得体の知れない何者か、なんて嫌悪感が増すだけだ。

 

 ……もし俺に出来る事があるとすれば、それは彼に新しい心の支えを用意してやることだ。それはエリンちゃんでもファミィちゃんでもいいのだが、今の彼は仲間に見せられる状態じゃない。

 

 ほんの少しでも、アルトの心を癒してあげないとだめだ。今回ばかりは、先にあっさり死んでしまった俺の責任もあるだろうし。

 

 

「あたしでは、勇者様をお慰めすることはできません。仲間のお二人は今は多忙のようですし……でも、このまま勇者様を放っておいたら、取り返しのつかないことになる気がして……」

 

「……だから、君の体を借りて自分を憑依しているゴーストだと名乗ることで、自分たちを助けた『得体の知れない何か』を『新しい仲間』として勇者に認識させる……と」

 

 はい、と少女は小さく呟く。……かなり聡いなこの子。見た目より精神年齢が高そうだ。

 

「あのお二人とは長い間旅をなさっていたようですし、親しい人間ほど見せたくない素の部分もあると思うんです。でも、あなたなら、もしかすれば……と思ってしまって」

 

 殊勝な態度で提案してくれたそれは、俺からすればあまりにも魅力的だ。まるで断る理由がない。

 

「……うん、わかった。それじゃあ、遠慮なく君の体を貸してもらうよ」

 

 頷いた少女は目を閉じた。俺に憑依されるのをジッと待っている。

 そこで、俺は一つ思い出した。

 

「えっと、君の名前、教えてもらってもいいかな?」

 

「リンエル・モーノス──リンって呼んでください!」

 

「わかった。リンちゃん、ありがとうね」

 

 礼を告げた瞬間、俺は彼女の体の中へと入っていった。おそらく、今日できる最後の憑依だ。あれから時間は経ったので体調はそこそこ。しかし無理をし過ぎてはいけないので、憑依はこれ以降少し封印しておこう。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

「勇者、入るよ?」

 

「……キミは」

 

 俺の──いやリンちゃんの顔を見たアルトは怪訝な表情をした。まぁあの時助けただけの少女が急に部屋に入ってきた時の反応だと考えれば、不思議ではない。

 

 なのでここは素早く説明しよう。むりやり追い出されたら敵わない。

 

「俺はゴースト。お前らがポルターガイストって言ってた、アレだよ。今は同意の上でこの子の体を借りてる」

 

「ゴースト……なるほど、今日助けてくれたのも、キミなのか」

 

 そう言って力なく笑うアルト。その様子は先日のあの時とは同じようで、しかし異なっている。

 

 あの時はまだ少し余裕があった。自分が落ち込んで仲間に迷惑をかけている事を薄々理解するだけの、脳のキャパシティは残っていた。

 

 しかし今は、ゴーストと名乗る人間が現れても、全く動じていない。関心を示していないのだ。

 

 それほどまでに、失意の底に堕ちている。完全に挫折していて、すべてがどうでもよくなっている。

 不幸な自分に酔っている、というわけでもない。もはや彼の心は、空白のみ。

 

 

 な、なんとかしないと……!

 

 

「……あのさ、俺はお前の言う大切な人の事は……その、何も言えないよ。分かったような態度をされるのは、イラつくだけだよな」

 

 なるべく抑えめな声音で告げながら、ゆっくりとアルトの近くへと歩いていく。なるべく、ゆっくり。

 

 そうして彼の前に、ようやく立った。椅子に座っているアルトは顔を俯かせていて、俺の顔を見ようともしない。

 

 でも、今の彼に強く当たってしまったら、立ち直るただ一つの希望も摘み取られてしまう。

 

 

 だから、俺は。

 

 

 あうぅ、緊張する……! 拒否されたらどうしよう、俺も幽体になってコイツと一緒に引きこもるか!?(グルグル目)

 おっ、落ち着け。これからすることに失敗したら、もうおしまいだ。だから失敗はできないし、やるしかない!

 

 意を決した俺は、そっとアルトに手を伸ばす。……しかし、ビビって思わず手を引っ込めてしまった。

 

「えっと、だから……そのっ」

 

 俺があたふたしていると、アルトが静かに呟いた。生気の無い、世捨て人のような灰色の声で。

 

「……もう、いいよ。僕は大丈夫だから、下にいる二人を手伝ってもらえると助かる」

 

 

 相手を気遣うようなその言葉に、もはや悲しみの感情すらも込められてはいなかった。

 俯いているので、彼の表情は窺えない。

 

 しかし、このままじゃ駄目だと、改めて実感させられた。今のアルトは、たとえ魔物に襲われたとしても、自分の命すらも天秤にかけることはないだろう。

 

 グッと唾を飲み込んだ。そして目を見開き、覚悟を決めた。

 

 

 

 俺は両手を伸ばし、アルトの頭を抱きしめた。椅子に座った彼の頭は、ちょうどリンちゃんの胸辺りに来ることになる。

 しかし、これでいい。彼の耳がこの胸に触れる事こそが、俺の狙いだ。

 

「……聞こえるかな、この音」

 

 優しく、静かに告げる。しかしながら、アルトからの返事はない。

 構わず続ける。……めちゃくちゃ恥ずかしいので、本当は返事の一つでも返してほしいけど。

 

「リンちゃんの心臓の鼓動だ。生きてるって……分かるだろ」

 

 抱きしめながら、後頭部を優しく撫でる。鬱陶しくならないように、ほんの少しだけ。

 そして包み込むように、俺の顔を彼の頭に近づける。頬や首筋がアルトの髪の毛に当たって、少しくすぐったい。

 

「おま───きっ、キミが救った命だ。キミが勇者だからこそ、リンちゃんは今、生きてる」

 

 今はお前とかなるべく強い言葉は使わないように……。

 アルトは未だ、俺に抱きしめられるがままだ。抵抗されないのは実に好都合。……ていうかリンちゃん、ごめん。あとで謝ります。

 

 

「キミが勇者として生きてきたのは、決して無意味じゃないよ。こうして救われた命がある」

 

「………僕は」

 

 アルトがか細い声で呟いた。ほんの少しだけ、彼の心に響いたらしい。

 たっ、畳み掛けるぞー!

 

「キミに大切な人がいたように、キミのことが大切な人もいるんだ。エリンちゃんも、ファミィちゃんも。………ぉっ、俺も……」

 

 死ぬほど恥ずかしい。うあぁぁ! 早く終わらせないと俺が持たない!

 

「みんなキミに生きて欲しい。──本当に、本当に辛くなったら、勇者だって辞めてもいいよ」

 

 

 

「だから。だから………生きて」

 

 

 ダメ押しにギュウっと強く抱きしめる。彼を離さないように、安心感を与えるように。今だけ俺はシスターさんだ。

 勢いでやったけど、どうかな……? 彼が何も言わないので、俺も無言でそのまま抱擁を続ける。

 

 

 数分間、俺はそのままでいた。優しく頭を撫でながら、彼を抱きしめ続けた。

 

 ……気がつけば、腕の中からすぅすぅと寝息のような音が鳴っていた。考えるまでもなく、アルトが眠ってしまったということが分かる。

 

 身体的にも精神的にも、相当疲弊していたのだろう。しかしあんなに思い詰めていた彼を眠らせたということは、俺がしっかりと安心感を与えられていたということになる。正直、安心した。

 

 アルトはこのまま椅子で眠ることになるが、過酷な地域で野営してきた彼なら、この程度はどうってことないはず。

 

 机の上に畳んであったタオルケットを手に取り、それを広げてアルトの上半身にそっとかけた。風邪を引かれてはたまらない。

 

 

 静かに部屋を退出し、そっとドアを閉めた。

 そして一瞬の静寂の後、深呼吸をする。何度も、何度も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!!!

 恥ずかしかったぁ!!!!!

 

 

 

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