お互いがお互いの身体を離した時には夕日は既に落ちかけ、空が暗くなり始めていた。
「……帰るか」
「……そだね」
どちらともなく歩き出す。俺は歩きながら、横目で美樹の顔を見る。
すると美樹は視線に気づいたのか、不思議そうな顔をする。
「どしたの?」
「いや……その……俺達……恋人同士になったんだなって」
「こいびっ……!そう、だね。付き合ってんだよね、あたしたち」
そんなやりとりを交わすだけで、かあっと顔が熱くなっていくのを感じる。美樹も耳まで真っ赤になって下を向いてしまっている。ちょっと喋っただけで、美樹が隣にいるってだけでなんでこんなにドキドキするんだ。ちょっと前までは普通だったのに。
ふとした拍子に、俺の指と美樹の指先が触れ合う。すると、美樹はびくっとして手を遠ざけてしまう。一連の動きで美樹がどうしたいかなんとなく察し、思い切って美樹の手をぎゅっと握った。
「あ……!」
美樹がぱっと顔を上げ、こっちを見る。なんだかどうしようもなく照れくさい。
「……俺がやりたかったから、こうした。嫌か?」
俺は目を合わせること無く、ぶっきらぼうにそんなことを言うのが一杯一杯だった。
「嫌なワケないじゃん……あたしも、こうしたかった」
そう言って、美樹は俺の手をぎゅっと握り返してくれた。
美樹の手は温かい。その温もりが心地いい。こうして手を繋いでいると、なんだか心まで温かくなるような、穏やかな幸福感のようなものがあった。
それにしても……こいつとこんな関係になるなんて、数日前までは想像もしなかった。
「なんでだろ……手を繋いでるだけなのに、すっごく安心する。伊吹が隣にいるってハッキリ感じられるからかな」
「俺もそうだ……不思議だな、ただ手を繋いでるだけなのに」
「……あたし、思うんだ。もしあの夜伊吹に会ってなかったらどうなってたんだろう、って。まどかとも仲直りできなかったし、恭介のことも吹っ切れなかった。それに勿論……あんたとこうやって手を繋ぐこともなかった。そうなってたらあたし、間違いなく今よりも荒れてたし……ソウルジェムももっと濁ってた。もし完全に濁りきってたら、その時あたしはどうなっちゃってたんだろうって……!」
美樹がぶるりと身を震わせる。怯えている。美樹は今まで何でもないように振舞っていたが、やはり本当はまだ不安定なんだと思う。俺は美樹の手を握る力をぎゅっと強くする。
「でも、そうはならなかった。大丈夫だ、今は俺がいる……まあ、俺に出来る事っつったら励ますことくらいだけどさ」
「ふふっ……どうしてかな、伊吹がついてるって想うだけですごく心強い。これから先何があったって大丈夫だと思えるんだ」
「――無事だってのはほむらから聞いてたけどさ……ちょっと見ねーうちに、ずいぶん幸せそうな顔するようになったじゃねえか」
突然、そんな声をかけられた。声のする方に目を向けると、赤髪のポニーテールが立っていた。歳は俺達と同じくらいだろうか。だがそんな奴と知り合った覚えはない。美樹の知り合いか?
「杏子、だったかな。なんで……なんでアンタがここにいんのよ、よりによってこんな時に」
「カレシとデート中のところわりーな、さやか。ところで隣にいるのはあのボーヤじゃないみたいだけど」
「色々あったのよ、色々ね。恭介のことはちゃーんと正式に吹っ切ったから」
「……なあ、美樹。もしかしてお前の魔法少女仲間?」
「仲間になった覚えはないよ、根本的に考えが合わないし。ただ同じ魔法少女ってだけ」
美樹が吐き捨てるように言うと、赤い子がギッ、と歯を噛む様子が見えた。しかしそれは一瞬の事で、取り繕うように元の表情に戻る。
「ま、そーゆーこと。それにしても、一度きりの願いを遣うまで惚れてた男を諦めて彼氏作るなんてねえ。大方、手頃なところで妥協したってトコかい?」
歯に衣着せぬ言い方に思わずむっとして言い返そうとするが、それより先に美樹が口を開く。
「取り消せ」
「あ?」
「取り消せって言ったんだよ。あたしはコイツが一番いいって思ったから、恭介以上に隣にいたいって思ったから一緒にいるんだ。それをよりにもよって妥協だって?何にも知らないくせに知ったふうな口聞くんじゃないわよ」
美樹は指輪を宝石に変え、臨戦態勢になる。赤い子はその様子を見て溜め息をつきながら肩をすくめる。
「……わかった、わかったから落ち着けって。別にアンタと喧嘩するために来たんじゃないんだからさ。取り消すよ、今の言葉。ったく、アタシの心配は余計なお世話だったってわけだ」
「心配?あんたアタシの心配なんてしてたの?」
「……アンタさ、ただでさえ落ち込んでたんだ。その上あんなヤケクソみてえな、ボロボロになるような戦い方してんの見せられて気にならねえほうがおかしいっての」
赤い子は憂いを帯びた表情で話す。嘘はついていない、心の底から心配していたような声色に感じた。
なんとなく、悪いやつじゃないような気がした。
「そりゃあの時はすっごく落ち込んでた、やけっぱちになってたのも認めるよ。でも今は違う、伊吹のおかげで立ち直ったから」
美樹が笑顔でそいう言うと、赤い子は口に加えていたスティック菓子をぽろりと取り落とす。それに気づいて慌てて拾い直すと、心底驚いた表情でまくし立てる。
「あ、アンタが!?どんな魔法を使ったんだよ、いったい!?」
「魔法って大袈裟な……ただ話を聞いて、相談に乗った。それだけだぞ」
「励ましたり慰めたりもしてくれたね」
「そんなことで……」
「そんなことって言うけど、意外とそうしてくれる人っていないわけよ。まず魔法少女の話なんて荒唐無稽すぎて普通の人には相談できないし、他に一番相談できるのはまどか。まどかは話よく聞いてくれるし、すごく優しいんだけど……優しすぎるからあたしが強く出ちゃうと何も言えなくなっちゃう事があって。同じ魔法少女であるアンタはそもそもの価値観が違いすぎるしとても相談なんてできないって思った。キュゥべえはもう絶対に信用出来ないし、転校生に至ってはもう論外」
「うぐっ」
ショックを受けたような顔をする赤い子。二人の間になんとなく流れる険悪なムードが耐えられなくなりつい口を挟んでしまう。
「な、なぁ。価値観が違いすぎるって言うけど、具体的にどう違ったんだ?そんな邪険にすることもないだろ」
「こいつは利己的すぎんのよ。こいつなりの事情があるのは理解するけど、でも受け入れられない。自分のために人を見殺しにしたり、人のものを盗んだりするのは」
「そういうお前は他人のために無理しすぎなんだよ、大事なのは自分だけだろうが。そういうとこが見てらんないんだよ」
「利己的すぎるか……でも、それってそんなに悪いことか?」
「伊吹、もしかしてコイツの肩持つわけ?そもそもアンタだって人助けするじゃん」
「そういうわけじゃないけど、前に言っただろ。俺は最終的に自分が満足するために人助けするんだよ。美樹にも心当たりあるだろ?お前の願いで上条が元気になったとき、どんな気持ちになった?」
「それは……嬉しかった」
「だろ?それに大事なのは自分だけって言ってるけど、あの赤い子も美樹のこと心配して気にかけたりしてたみたいだし、本当は仲良くしたいんじゃないか?」
「なっ!?」
ぼん、と赤い子の顔が赤くなる。恐らく図星なんじゃないだろうか、これ。
「え……そうなの?あたしに昔話とかしてくれたのも、もしかしてそういう?」
「……悪いかよ」
蚊の鳴くような、消え入りそうな声で赤い子が言う。
「……そうなんだ」
「美樹、やっぱり仲良くなれそうな気がしてこないか?」
「うーん、でもやっぱり人を見殺しにしたりするのは見過ごせないよ……」
「そこはお互い不干渉でいいんじゃないか?赤い子に人を助ける義理は無いし、赤い子だって美樹が人助けするのを止める権利があるわけでもないだろ」
「そう言われると、そうだね……ねえ杏子、一つだけ確認してもいいかな」
「な、なんだよ」
「あたしはこれからも、使い魔を狩ることをやめない。アンタに手伝ってくれとは言わないけど、せめて止めないでほしい……それだけ聞いてもらえないかな」
「それくらいなら、しょうがねえ……だから、その……これからはよろしく、頼むよ」
赤い子が右手を突き出す。おそらく、握手を求めているのだろう。美樹はにこりと笑顔で赤い子の手をぐっと握り返す。
「うん。よろしく、杏子」
どうやら一件落着したみたいだ。険悪なムードって同じ空間にいるとしんどいからな。美樹が他人に敵意を向けているところもあまり見たくないし。丸く収まってくれてよかった。ほっと胸を撫で下ろしていると、赤い子から声をかけられる。
「感謝するよ、さやかのカレシくん。アンタがさやかとの間を取り持ってくれて」
「美樹のカレシくんってのはなんかむず痒いからやめてくれ、赤い子。俺には伊吹ちひろってちゃんとした名前があるんだ」
「あたしも赤い子じゃなくて佐倉杏子だよ。それじゃ、デートの邪魔して悪かったね二人とも。それじゃまたな」
そう言って佐倉は立ち去っていく。斜に構えているわりには可愛げのある奴だった。美樹との相性も実はそんなに悪くないんじゃないかと思った。
「仲直りできてよかったな」
「仲直りっていうか、和解っていうか……そういや結局杏子のやつ、何しにきたんだろ」
美樹がそう言うと佐倉が何かに気づいたのか慌てて踵を返し、こちらに駆け戻ってくる。
「わ、忘れてた!そういや教えとかなきゃいけない事があったからさやかに会いに来たんだった!」
「教えとかなきゃいけない事?」
「近いうちに……ワルプルギスの夜が来る!!」
実はアニメ本編だとさやかちゃんって一回も杏子のこと名前で呼んでなかったりするんですよね