結局昨日はあんまり眠れなかった。そのせいもあって、待ち合わせ場所に三十分も早く着いてしまう。我ながら浮かれ過ぎなんじゃないか……なんて思っていると。
「よ、ずいぶん早いね伊吹……ふわぁ〜あ」
待ち合わせ場所には美樹が既にいた。あいつはこちらに手を振りながら大きなあくびをかます。
「お前こそずいぶん早いけど。美樹お前……ちゃんと寝た?」
「正直言うと、今日楽しみで寝付けなくってあんまり……っていうか伊吹、あんたも目の下にクマできてるよ」
「ああ、実は俺も同じ理由であんま寝れなくて……」
「あはははっ、あたしたちは遠足前の小学生かっての!デートっていうからちょっと緊張してたけど、今ので力抜けちゃったよ」
「はははっ!そうだよな……緊張するなんて、俺達のガラじゃないよな。それじゃ、行くか!」
「おうっ!」
美樹と手を繋ぎ、街へ繰り出す。昨日とは違って、ごく自然に手をつなぐことができた、
「ところで、どこに行きたいか決めてるの?アンタが先攻だけど」
「勿論!まずは……映画館ってのはどうだ?」
「いいね、デートっぽい!行こう!」
俺と美樹のデートプラン。それはお互いが考えた「デートっぽいこと」を持ち寄り、片っ端から試すという特殊なものだった。デートというより、そういう遊びといったほうが近いか。
そういうわけで、早速映画館へ向かう。観るのは最近大人気のハリウッド映画だ。老若男女あらゆる層に人気らしい。
クラスでも時たま話題にのぼるため、ちょっぴり気になっていた。それは美樹も同じだったため入るときも乗り気で、俺達は意気揚々と映画館に入っていった。ところが映画が始まって少し経った時点で、俺は映画館デートの落とし穴に気づく。
映画館はデートの定番コースみたいなイメージがあったが……映画を見ている間は、話せない。相手の顔を見ることも出来ない。これが盲点だった。そこにもう一つ、問題がある。いい感じに暗い劇場と座り心地のいいシート。これらが俺の眠気を助長してくる。
ああ、こんなことなら昨日ちゃんと寝とけばよかった。でも、だめだ。眠気が、どんどん、強くなってくる。やばい。まぶたが、だんだん、落ち――
・・・・・・
「……はっ」
目が覚める。どうやら眠ってしまったらしい。幸いというべきか、まだ映画は続いている。
映画の方はちょうどこれから盛り上がりどころ、といった感じだった。少し睡眠をとったことで目も冴え、その後は映画に集中することができた。しかし、最初の方の内容が飛んでいるためキャラクターがイマイチ掴めなかったり、ちょくちょく内容に置いて行かれてしまう時があった。
その辺りの理解不足でちょっとしたモヤモヤを残しながら、映画が終わる。それにしてもクライマックスシーンの迫力は凄まじかった。今度改めてちゃんと観たいな……。
スタッフロールが終わり、劇場が明るくなる。美樹の方を見てみると……スヤスヤと幸せそうな寝顔を浮かべていた。
「おい美樹、映画終わったぞ」
「……ふぁぇ?」
美樹のことを肘で小突くと、間抜けな声を出しながら目を開ける。起きた直後でまだ状況が理解できていないのか、辺りをきょろきょろと見回す。そして……。
「あ、あぁぁぁぁっ!映画終わっちゃってる!そんな〜!」
「ふ、くっ……あははははははっ!!」
ものすごく残念そうな美樹の姿を見て、俺は爆笑してしまった。まあ、俺も人のことは言えないんだが。
「笑いすぎだっての!大体アンタも最初寝てたろ!」
「いてっ」
美樹にぺちんと頭を叩かれた。寝てたのは普通にバレていた。
結論。どうも俺たちに映画館デートは向いてないらしい。
・・・・・・
「も〜……こんなことなら昨日ちゃんと寝とけばよかった……」
「ははは、俺も。最初が抜けてたせいで内容イマイチ入ってこなかった」
映画を観終わる頃にはちょうどお昼時になっていたため、近くのファミレスに入って適当に何か食べながら一息つくことにした。デートで行くような洒落たレストランに入るか少し会議になったが、中学生の財布には厳しかったため取りやめになった。
「ったく、アンタも人のこと笑えないじゃん……あ、そうだ!」
美樹はなにか閃いたようで、ぽんと手を叩く。一体何を思いついたんだ?
「伊吹って最初で寝て途中で起きたわけじゃん?あたしは最初の方見てたけど途中で寝ちゃったわけじゃん。これ、二人の話をすり合わせれば映画の内容全部わかるんじゃないの!?」
「そ、それだぁっ!お前天才か〜!?そうそう、俺主人公がなんでマグロ人間になってたのか分かんなくて、それずっと気になっててさ……」
「えっ、主人公マグロ人間になってたの!?あー、じゃあ走らないとロクに呼吸ができなくなる体質になったのって伏線だったのか〜!」
そうして、しばらく映画トークで盛り上がっていた。その甲斐あって、お互いに映画の内容をだいたい理解することができた。二人共寝ていたタイミングがあったために抜け落ちている部分があるのが惜しまれる。
「あ〜、それにしてもクライマックスシーンは映像で見たかったな〜、悔しい!」
「俺も序盤の面白そうなシーンはちゃんと映像で見たかったな……お互い見てないシーンもあるし。なんならもっかい見るか?」
「いや、そのうちレンタル始まったら一緒に見ようよ。そのほうが気軽だしお財布にやさしい」
「そうだな……しかし一時は映画館選んだの失敗だったかと思ったけど、コレはコレで案外楽しかったよな」
「そうだね、なんだかんだ言って映画の話すっごいしたし。めいっぱい満喫したって言っていいんじゃない?」
そう言って美樹は笑う。こいつは本当に表情豊かだ。一緒にいて楽しい、退屈しない奴。ほんの数日前までは真逆の印象だったのに。
「不思議なもんだな」
「何が?」
「いや、ほんとに最近まで仲悪かったのに、今こんなことしてることがだよ」
「それもそうだね……うーん」
美樹はしばらく思案した後、こんなことを言った。
「それって多分、あたし達がお互いのことちゃんと知ったからじゃないかな。こないだまではちゃんと落ち着いて喋ったことあんまり無かったからお互いのヤなところばっかり目についたけど、今はいいところも知ってるから。ヤなところだと思ってたのが、実はいいところだったりね」
そう言われると、不思議と腑に落ちた。俺が美樹に惹かれたのも接する上でこいつの事を知っていったからだ。一生懸命で一直線で、一途に頑張れるやつ。でも、繊細で傷つきやすいところもあって……確かに喧嘩してた時は気づく由もなかった。
知ったから、か……そうだな。だから美樹のこと好きになったんだもんな。
「……ふ、不意打ちは卑怯だよ……」
「え?」
「伊吹……全部声に出てる」
「へっ……!?」
美樹は顔を覆っている。耳が赤い。恐らく顔の方はもっと真っ赤になっていることだろう。そして、恐らくそれは俺も同じ。俺は一体なにをやってるんだ。頭からぷしゅうううっと湯気が出ていてもおかしくないくらい顔が熱い。
「……あたしも、アンタのこと大好きだよ……伊吹」
「なんで今それ言うんだよぉ……」
「えへへ……すっごい恥ずかしい事言われたから、お返し」
俺は顔を見られないようにテーブルに突っ伏す。今俺はとても人様に見せられない顔をしている。恥ずかしくて仕方がないのに口角だけはどうしようもなく上がってしまっている。嬉しさをまるで隠し切れない。でも仕方ない、だって、大好きな奴に大好きだって言われて嬉しくないはずがないんだから。
結局俺達は二人揃って、注文した品が来るまでお互いの顔を見ることが出来なかった。