食事を終え、店を出る頃にはお互いにある程度落ち着いていた。
周りの客からの生暖かい視線がしんどかったことを除けばだが。
「は〜っ、もう……恥ずかしかったあ」
「俺も……それより美樹、次はお前の番だけど何するか決まってるのか?」
「もちろん!ズバリそれは……ウィンドウショッピング!」
美樹がドヤ顔でズバッと言うが、それを聞いた俺のテンションは正直微妙だった。
「ウィンドウショッピングってなんも買わないで店見るだけのことだろ?それ、面白いのか?」
「まあ、騙されたと思って。ほら、行こ!」
「お、おい!?」
美樹に手を引かれて走り出す。まあ美樹が自信たっぷりに言うんだ、俺の知らない何かしらの魅力があるんだろう。そう思ってついていく、それに、こいつと一緒なら多分どこで何をやっても楽しい。そんな気がした。
そんなことを考えているうちに、大きめのショッピングモールにたどり着く。食品、衣服、書店、CDショップ、それにフードコートにゲームコーナーと大体の物は揃っている便利な場所だ。徒歩で通える距離にあることから、俺含めた見滝原の生徒もよく利用する場所だ。
「ところで言い出しっぺの美樹よ、何か見たいものとかってあるのか?」
「う〜ん、言い出しっぺなんだけど特別なにか決めてるわけでは……あ」
歩きながら話していると、とつぜん美樹がCDショップの前で足を止める。
「しまった、いっつも通ってたからここ来るのが完全に習慣づいてた……適当に歩いてたらなんか自然にここの前来ちゃった」
「ああ、上条の見舞い品買う時か……」
そういやCD買う金って決して安くないはずなんだけど、こいつどこからCD代捻出してたんだろ。上条の見舞いにはけっこう頻繁に来てたみたいだし、多分だいぶ無理してたんだろうな……。
「……やっぱ凄いわお前」
「な、何よ突然」
「なんでもない。それよりどうする、折角来たし入るか?」
「そうだね……せっかくだから見に行こっか」
こうしてCDショップの中に入ることにした俺たち。店頭では今をときめく人気アーティストの曲が流れている。ん?この曲……なんか聞き覚えがあるな。それも昔じゃなくて、つい最近の話。これは……。
「もしかしてこれ、さっきの映画の主題歌じゃないか?」
「えっ、これそうなの!?あ〜、寝てたから聴けなかった〜!」
「そういやお前スタッフロールで寝てたっけ……そういや聞いてなかったけど、美樹ってどんな音楽が好きなんだ?」
「どんな音楽、かぁ……クラシックも漁ってるうちに聴くようになったけど元々好きだったのはやっぱりJ-POPかなあ。特に誰が好きってわけでもないんだけど、テレビで流れる歌とかはけっこう覚えてるんだ」
「お前耳いいんだな……そうだ、クラシック聴くんならこれとかどうだ?実戦空手道とクラシックを合わせたまったく新しいバンドがあってさ」
「それ空手関係あるの!?」
その後も適当に店内をうろつき、お互いにおすすめの音楽を教え合ったり、ちょっとヘンなCDを見つけてわいわい言ったりしていた。
ひと通り店内をぐるりと一周したところで店を出て、次の目的地を探す。
「いやー、色々見て回るのも案外面白いもんだな。普段あんまりこういうことしねーから新鮮だった」
「でしょ〜?それじゃ気分も乗ってきたところで、次はあそこ行ってみようよ!」
美樹がびっと指を差した先には、季節のコーディネートを身に纏った複数のマネキン。服飾コーナーだった。
「服か〜、いわゆる定番ってやつだな。すごくデートっぽい場所」
「それにウィンドウショッピングっていったらコレでしょ!ほら、行こ!」
美樹に誘われるがままに服屋に入る。正直ファッションのことは分からないし、さして興味もない。だが、美樹がどんな服に注目するかは気になった。
「あ、見て見て伊吹!これ可愛くない?」
「うん、似合ってるんじゃないか?」
「ホント?じゃあコレは?」
「それも似合うと思う」
「コレとかは……」
「似合うな」
美樹が次々と見せてくる服に感想を述べていくと、最初はウキウキだった美樹がどんどん微妙な表情になっていく。
「も〜、さっきからずっと似合う似合うしか言ってくれないじゃん。他になんかないの?」
「悪いな、気の利いた感想言えなくて……でも全部似合いそうなんだからそう言うしかないだろ、でも一つ言うとしたら無難かな……持ってくる服の系統ぜんぶ似てるし」
「そうかな〜?」
そう、美樹が持ってくる服はどれもカジュアルで動きやすい服。活発な美樹らしいっちゃらしいチョイスだ。だがそれじゃ普通すぎる。
「もっと普段着ないような服も見てみようぜ。ほら、コレとか似合うんじゃないか?」
俺が手に取ったのは純白のワンピース。美樹が自分じゃ絶対選ばなそうな、でも着たら絶対似合うんじゃないかと俺が思った服だ。
「えぇ〜っ、あたしはこういうの似合わないよ……こんなんもっとスタイル良くて綺麗な人が着るやつじゃん」
「いやお前スタイル良くて綺麗だろ、着たら絶対似合うよ。いやどっちかっていうと綺麗より可愛いか……とにかく、絶対似合う。俺が保証する」
「か、可愛いって……そんな、あたしに限ってそれはないって。あはは……」
美樹は誤魔化すように笑顔を浮かべる。言葉の端にはなぜか自身のなさがにじみ出ている。美樹のやつ、何故か自分が可愛いって自覚を持ってないようだった。だから俺はさらに言葉を重ねる。
「いーや、お前がいくら否定しても可愛いからな?そりゃ俺も意識し始めたのは最近だけどさ……楽しそうにしてる姿とか、悲しんでる顔とか、恥ずかしがってる顔とか。寝顔とか……お前のいろんな顔見てきたけど、どんな時も全部可愛いんだよ」
「あぅ……」
美樹が赤面して俯いてしまう。俺も恥ずかしいことを言っている自覚はあったが、こればっかりはどうしても言っておきたかった。こいつ、自分の魅力に対する自覚がなさすぎる。
「い、伊吹……もうダメ、耐えらんない……!」
美樹は俺の手を掴み、すたすたと早足で服飾コーナーを抜け、さらに店の外に向かう。そしてすぅ、と息を吸い込み……。
「恥ずかしすぎるんだよ、ばかーっ!」
「うおっ!?」
大音量で叫ぶ。美樹の顔はもう真っ赤っ赤だ。俺は驚いてびくっと跳ねてしまう。
「もー、あんた一回のデートで何回恥ずかしい思いさせるつもりよ!こんなんじゃ心臓が持たないって……!」
「な、なんかすまん……」
「それに何が一番気に食わないって、あんたが恥ずかしいこと言う時っていちいち嬉しいんだよぉ……もう、なんなのさ……伊吹ぃ」
語尾が弱々しくなると思ったら、今度はおもむろに頭を俺の胸に押し付けてくる。今度は俺が赤面する番だった。
「み、美樹?」
「ねぇ伊吹……あたしのこと、可愛いってほんとに思ってるの?」
「そりゃ当たり前だろ、そんな事で嘘ついてどうすんだよ」
「……じゃあ、ぎゅってして」
心臓が早鐘を打つ。絶対に美樹にこの音が聞かれている。それは俺だって望んでしたいことだ。だがしかし……いくらなんでも往来でそんなことをする度胸は俺にはない。
「と、とりあえず場所変えよう、な?」
・・・・・・
美樹の手を引きながら歩く。盛り場から離れて人通りの少ない場所まで来ても美樹は何も喋らない。さっきの一件からどうも様子がおかしい。
「なあ、美樹?一体どうして突然あんなこと言い出したんだよ。俺がへんなこと言ったのが理由だったら謝る」
「ううん、伊吹は何にも悪くない。あたし変なの……どうかしちゃってる」
理由はわからないが、美樹の精神はまた不安定になっているみたいだった。美樹はこういう時、つらくっても無意識に隠そうとしてしまうクセみたいなものがある。
「もしかして、体調崩したとかか?それなら今日は解散したほうが……」
「やだ、行かないで!」
「え?」
「まだ、離れたくない」
美樹の手は、震えていた。
「おい美樹、本当にどうしたんだよ……」
「……怖いの、今が幸せすぎて、現実感なくて……ホントは今見てるのが夢なんじゃないかって。こんな世界ほんとは存在しなくて、起きたら全部なくなっちゃうんじゃないかなって。だから」
美樹が手を払い、思い切り抱きついてくる。その力はぎゅっと強く、ちょっとやそっとでは離れそうになかった。
「感じたいの、伊吹がここにいるって……夢なんかじゃないって、少しでも感じたい」
そういう事だったのか……でも、幸せすぎて現実感がないっていうのは俺にも当てはまる話だ。ただ美樹は俺と違ってほんの最近までどん底の精神状態だったため、その落差があまりにも大きすぎるのかもしれない。俺は美樹のことをぎゅうっと抱きしめ返す。
「大丈夫だ美樹、俺はここにいる。だからお前も……消えたり、いなくなったりしないでくれ。どんなことがあっても無事で……いてくれ」
不安なのは、俺も同じだった。美樹は、命のやりとりをしなければならない宿命を背負っている。次の日にでも、目の前からふっといなくなってしまう事だって多分あるのだろう。それは、とても恐ろしくて。今まで考えないようにはしてきたけど、美樹に共鳴して俺の不安まで噴出してきてしまう。
……だから、美樹の温かさを肌で感じているとすごく安心する。確実に今この瞬間、美樹はここにいるって思えるから。でも、これはあまり良くないことなんじゃないかな、とも思う。お互いに依存しているこの状況は。
「……少し、歩かないか?連れて行きたい場所があるんだ」
・・・・・・
目的地に着く頃には、すでに夕方になっていた。
俺が連れて行ったのは、見滝原が一望できる小高い丘。景色の割に知名度が低く、少なくともここで誰かに鉢合わせたことはない。いわゆる穴場、秘密の場所ってやつだ。
部活を辞めて気が滅入ってた頃にはよくここに訪れていた。
「すごい……」
茜色に染まる見滝原の街を見て、美樹が独り言のように呟く。
「いい場所だろ、ここ。誰にも言うなよ?」
「……なんで、ここにあたしを連れてきたの?」
「んー、単に一番好きな場所だから連れて来たかったってのもある。ここの景色を見れば少しは癒やされるかなって……ムードもいいしな。こういうのもデートっぽいだろ?」
俺はそう言って美樹に笑いかける。すると美樹の表情もどこか柔らかくなり、やがてくすくすと笑い出す。
「ふふふっ、そのデート遊びまだ続いてたんだ」
「はははは、記憶力いいだろ?」
そんなやりとりをしているとお互いになんかおかしくなってしまって、二人揃って笑い出す。それが落ち着いたところで、俺は話を切り出した。
「なあ美樹。俺はお前のことを信じてる。絶対にどこにも行かないって、次も無事で会えるって。だからさ……美樹も俺のことを信じてくれないか?」
「信じる?」
「ああ。お互いの存在を肌で感じるってすごく心地いいことだったけど……ずーっとそうしているわけにもいかない。それにそうしてなきゃ不安って思うのは相手のことを信じきれてないからだと思うんだ。だから、俺は信じる」
「伊吹を、信じきれていない……」
「ああ。俺は夢なんかじゃなくて確かにここにいる。勝手に消えたりなんてしない……それを信じてもらえないか?美樹」
美樹がハッとする。そして溜め息を一つつくと、何かの決意を秘めた表情になっていた。
「はー……伊吹。そこまで言われちゃ、信じないわけにはいかないでしょ。わかったよ、信じる!だから伊吹、あんたもあたしを信じてくれる?絶対にどこにも行かないって、無事に返ってくるって」
「ああ、当然だ」
「……ありがとう。ねえ伊吹、あたし一つ決めたことがあるんだ」
「なにを?」
「あたし……ワルプルギスの夜と戦う」
ワルプルギスの夜――その名を聞いて、一瞬心臓が止まる。聞いた話では天災に匹敵する強さを持った怪物。美樹がどれくらいの強さなのかは分からないが、おそらく勝算は薄いであろう。なのに、なんで――
「……なんで急に戦おうとなんて思ったんだよ。佐倉と暁美さんもいるだろ」
「その二人でも勝てないかもしれない。そうしたら見滝原が吹き飛ばされちゃう。大切なこの街が、ここに住んでる大切な人たちが」
眼下に広がる見滝原の街を見ながら美樹が言う。その眼には、先ほどの不安げな顔とは違う意志の光が灯っていた。
「あとで後悔だけは絶対にしたくないんだ。もしあたしが戦わずに無事だったとしても、大切な誰かが死んじゃったら一生後悔すると思う。それだけは絶対したくないの」
「後悔したくない……それって」
「ふふっ、あんたに影響受けちゃったみたい。そのせいで後悔する生き方はしたくないって思うようになっちゃった。正直今でも怖いけど、伊吹があたしを信じてくれるなら……百人力でしょ?」
「美樹……」
どちらも、俺の言ったことだ。その考えが間違っているとは思わないが、それが美樹を危険に赴かせる後押しになってしまうのはとても複雑な気分だった。
「……もう、そんな顔しないでよ。信じてくれるんでしょ?」
「それは、そうだけど」
「そんなに心配してくれるんだったらさ、一つお願いがあるんだ」
「お願い?」
「伊吹……キスして。そうしたら、頑張れるから。絶対に帰ってこれると思うから、だから――」
その言葉に俺は言葉を返さず――その代わりに唇を重ねることで返答した。
思慕、信頼、無事を祈る気持ち……言葉にすることが出来ずに溢れた気持ちを込めて。