「泊まっていいかって、お前……」
「変なコト言ってるのは分かってる。でも、今は帰りたくないから。アテに出来るの、あんたしかいないんだ」
「〜〜っ」
他意はないのは分かってる。家に来いといった俺もそうだが、こいつも大概なんじゃないだろうか?
しかしここで断ることは、イコール弱ってるこいつをふたたび雨の中に放り出すことを意味する。それは流石にできない。
「……でも、流石にマズいんじゃねえか?家出して男の家に泊まるなんてよ。そこだけ聞いたら最悪だぞ」
「それはまあ……ばれなきゃセーフ的な?それにアンタとなら万が一のこともないだろうし」
「ずいぶんハッキリ言うんだな」
「アンタのそういうとこは信頼してるからね」
「褒められてんのか、それ……?」
「珍しく褒めてんだから素直に受け取れっての。ところで、早速なんだけどシャワー借りていい?ちょっと落ち着いたら、びしょ濡れなの気になってきちゃって」
「別にいいけど、女物の着替えとか持ってないぞ。そこはどうすんだ?」
「あー、なんか適当に貸して?」
「お前さあ……さっきも言ったけど、仮にも異性同士だぞ?俺ら」
「いーじゃん少しくらい、あたしは気にしないから」
「しょーがねえなあ、適当に見繕って置いておくからとっとと入って来い」
「はーい」
そんなやりとりを交わしたのち、美樹はぱたぱたと風呂場に向かっていく。
俺はクローゼットからTシャツとジャージの替えを引っ掴み、風呂場に置いてやる。下着は知らない。何も言わなかったんだからあっちでなんとかするだろ、多分。
……それにしても、いくらなんでも警戒が緩すぎないか。さっきも言ったが、仮にも異性だぞ?さっき少しだけ意識しちまった俺がバカみたいじゃないか。上条相手にはあんなにしおらしく引っ込んじまうのに、極端というかなんというか。
そう、アイツの好意は上条に向いている。どのみち少しばかり俺が意識したところで何も起こらない。何も変わらない。――何も、変わらないんだ。
……また、思考がおかしな方向に行っちまってる。さっきからどうもおかしい。俺も雨に打たれすぎておかしくなっちまったのか?それとも……いや、やめよう。
まあとにかく、軽口が叩ける程度に元気が出てよかった。上条の件と鹿目さんの仲直りがまだ残っているが、アイツならなんとかなるだろう。少なくとも、さっきまでの少しでも目を離したら消えてなくなってしまいそうな儚さはなくなったと思う。一安心したら、一気に気が抜けてしまって……急に、眠気が……。
・・・・・・
――美樹さやか
「あー、サッパリした」
伊吹が置いてくれた服に着替える。下着は……どうしよ、考えてなかった。
ちょっと濡れてて気持ち悪いけど、このまま着けるしかないか……。
なんにせよ、今まで沈んでた気持ちごと洗い流したようにスッキリした。伊吹には感謝しなきゃ。
……まさか、アイツに感謝する日が来るとは思ってなかったけど。ずっとアイツの事、能天気で無神経でバカなだけだってばっかり思ってた。でも、違った。
アイツは人の痛みに寄り添うことが出来る人間だったんだ。それも、心の底から。だから恭介も心を許してたんだと思う。こいつに妬くなんてお門違いな話だったんだ。もちろん、仁美にも。よく考えたら仁美はまだ『告白しようと思う』って言っただけで、付き合ったわけでもなんでもない。あたしが勝手に腐って、先を越されるって思っただけで……なにも妬く要素なんてなかった。仁美が普通の人間で、あたしが魔法少女だってこと以外は。
正直、まだ整理はできていない。あたしの魂の在処があんな石ころだってこと。もう死んでるようなもんなんだ、ってこと。
でも、伊吹はハッキリ言葉にして言ってくれた。「お前はお前だ」って、人間なんだって、力強く断言してくれた。
そうやって思考に耽っていると、どさり、と物音が聞こえた。何の音かな?とリビングに出てみると……伊吹が床に倒れていた。
「伊吹!うそ、大丈夫!?」
何か大変なことが起きたかと思い、慌てて駆け寄る。
そして伊吹から聞こえる、すぅ……すぅ……という音で我に返る。
「寝息……こいつ、こんなところで寝てるよ」
指で頬をつんつんとつつく。起きる気配はない。
どうやら、本格的に寝てしまっている。
たぶん、コイツも疲れてたんだ。雨の中にあんな長い時間いて、あたしの話にずっと付き合ってくれて……。
「……ふふっ、気の抜けた顔」
あたしは、恭介が好き。それは今でも変わらない。変わらない、はずだった。
でも、なんで――
「……こいつのこと考えてると、胸が苦しくなってくるんだろ」
いくら考えても、胸の痛みの正体はわからなくて……いや、本当はなんとなく心当たりがあったんだけど……認めたく、なくて。
わざと異性として意識してないような仕草をして自分の心を誤魔化そうとしたけど……やっぱり、ダメで。
本当は今でも、ずっと心臓がドキドキしていて。本当に、認めたくないけど。あたしは、こいつに――
「……ばか……」
それは、自分に対して。
「ばか……」
それは、あたしの内心なんてまるで知らないで寝てるこいつに対して。
「……ばか、ばか、ばか」
恭介のこと、あんなに好きだったハズなのに。こいつに、ちょっと優しくされたくらいで――
……ううん。ちょっと、じゃないのは分かってる。こんなにあたしの心に寄り添ってくれた存在を、あたしはまどかの他に知らない。
恭介は、あたしがずっと背中を見つめ続けてるだけだったから。憧れだったから。
伊吹の存在が、心の中でどんどん大きくなっていくのが止められない。認めたくない。悔しい。その悔しさは、何に対して?
あたしは、どうしたいの?こんな時まで優柔不断で、答え、出せなくって。
「……あたしって、ほんとバカ……」
今のあたしに後悔しないような生き方なんてのは、どうやったって出来そうにない。