咀嚼する音がする、ゴブリンり屍は、つい先ほど殺されたばかりだとわかる、そのゴブリンの死体を彼は食べていた。
死体のゴブリン達の中には鎧や武器を持っている者もいた、だが、開いた嘴は、それを砕きながら飲み込んでいく。
尻の付け根から尾のように伸びていた黒い蛇は、今は舌をちょろちょろと出しながら血を嘗めていたが、それに飽きたのか、今度は大きく口を開き、死体を丸呑みにした。
「もういいんじゃないか」
鷲頭が声をかけると蛇は、もう少しと答えた。
「この世界の知識を少しで取り入れなければ」
「人を食らった方が早いと思うが」
「二人とも、御飯は食べた」
離れた場所から近づいてくる足音と声に、その生き物は首を向けると、あと少しと答えながらゴブリンの死骸を食べ続けた。
「血の臭いって結構、臭いのね」
「ゴブリンの体臭だよ」
蛇が大口を開けて笑うと、女はゴブリンの死体を見た、汚いものを見るような目つきだ。
「ところで二人とも、噂になっているんだけど、何かしたの」
女が顔を顰めたのはゴブリンの匂いのせいかもしれない。
「ああ、この数日、街中を歩き回った、冒険者を一人、二人ばかり、遊んでみた、力を試したのさ、結果として我々の存在ははっきりした、異質だ」
「それは、あたしもなの」
返事はなかったが、女は聞き返す事はしなかった。
自分だけが人間の姿をしている、だが、かっての仲間達は皆が魔獣や獣の様な姿をしているのはゲーム内の時の影響のせいだと思っている。
ゲームでパーティを組んでいた頃の記憶を引き継いでこの世界に居るという事実を、この数日で改めて実感していたのだ。
「ところで、アタシの立ち位置って何かしら」
その時、足音がして木々の間から黒い毛並みの狼が現れた。
「王だ、おまえは」
その言葉に女は、ええっと声を漏らした、だが、嫌がっているようには見えない。
「前だってそうだったろう、補佐は俺たちがする」
また、王の役か、でも、その方が次ごうがいいかもしれないと女は思った。
皆が自由に動けるからだ、前のときもそうだった、女がリーダー的存在だと相手も油断をするのだ。
「四人で何ができるかなあ、ゲームだからって、のんびりしているのもつまらないわよね、でも、田畑を耕したり、スローライフとかは正直、堪えるわ」
この世界では肉体などないも同じだ、自分の仲間達もだ、ゲームで知り合ったのだが、サーバーが突然の不具合を起こして、この状況に陥っている。
死んでいるのか、生きているのか、現実世界か、そうでないのか。
「世界征服なんてどうだ」
最初に、それを言い出したのは狼だ。
「この世界の冒険者をとっちめるというのは、何だか威張っていて虫が好かねえ」
「いじめの鬱憤晴らしかよ、タケシ」
「あのなあ、魔獣退治をして、国が平和なのは自分たちのお陰だって威張っているんだ、見ているだけで嫌になったわ」
蛇は舌を、ちょろちょろと出しながら、井の中の蛙だよと、どこか忌々しげに呟くのは勝手の仕事のせいかもしれない。
「警官にだって悪い奴はいるんだよ」
「冒険者か、そういや、性病の奴がいたな、面白かったぜ、発病していなかったが、まあ、気の毒なことだ」
「医者の何とかってやつか」
「カズキさんは、どう」
「ゲームの続きがしたいと思っている、楽しかった」
四人で集まり、パーティーを組んで、それまでゲームなんて知らなかった自分に、初めて会った仲間達は色々な事を教えてくれた。
レベル上げとか、興味ないんだ、ゲーム内で死んでもプレーヤーのレプリカントはいくらでもいるし、ちょっと飽きてるかな、以前知り合った行きずりの冒険者らしくプレーヤーに教わって、ゲーム内の事はあらかたわかった。
色々なプレーヤーと知り合い別れて、そして今、残ったのは四人。
しかも、どういうわけか、ゲーム内でログアウトもできない状態になっている。
互いの素顔、性別もわからない、いや、そんな事はどうでもいい、ただ、この世界で繋がっているという事が、事実であり真実なのだ。
四人のプレーヤーが、現実の異世界に降り立った、それも実体と能力を持ってだ。
神は混乱した、彼らの能力、それは元々ゲーム内のものだ、使用制限があった筈だ。
ところが、この数日でその能力が変わってきているのが見てとれる、成長ではない、まさか、この世界で進化しているのか。
【おまえは、モニターだ】
誰かが囁いた、この世界で見聞きした事を彼らに伝えるのだ。
ああ、そうだ同じではないかと神は思い出した、自分も同じだ、以前はプレーヤーだったと。
そして、繋げるのが、自分の役割だと。
西の森に大型のリザードマンが現れた、しかも、ゴブリンをも一緒だという話を聞いてギルドマスターは驚いた、大型の魔物が、ゴブリンを使役している事実が信じられなかった。
森の近くには小さい村もある、今から冒険者達を集めて急がせても間に合わないかもしれない、犠牲は出るだろう、だが放っておくわけにはいかない。
村人達は言葉もなく、その光景を見守っていた、というのも自分たちはあまりにも無力すぎて、その場にとどまっていることしかできなかったのだ。
恐怖に足がすくんで、子供や年寄り、女だけでなく男達も、初めて見る光景に言葉をなくし、見ている事しかできなかった。
ジェイコブと少年は狼の背に乗った女性の姿をただ、呆然と見ていた、女の隣にはグリフォンの様な不思議な生き物が地面に座り込み、女に話しかけている。
リザードマンとゴブリンの群れはアンデットの一団を前にして勝つこともできず、あっという間に死体の塊となった。
この夜の出来事は、あっという間に街に広がり、アンデットを使役して村を作った一団は城へ招かれる事となったのは当然ともいえた。
一人の女とグリフォン、黒い毛並みの狼の他にアンデットが二人、城の広間に現れたとき、皆が息を呑んだ。
黒髪の女は美人で従えている獣も普通でないことは一目でわかる。
それにアンデットは見たこのない服、スーツ、異国の服を着ていて帽子まで被っている。
何故、アンデットが、このような場所に堂々と来るのか、場所を弁えると言うことを知らないのか、不満げな眼で睨みつけている者もいたが、中には畏怖の眼差しを向ける者もいた。
得体が知れないと思ったのかもしれない。
「この度は村を救ってくれたこと、感謝している、其方らに褒美を取らせたいと思うのだが、望みはあるか」
王の言葉に、しばしの沈黙の後口を開いたのはアンデットだ。
「そんなものは望んではいない、しかし、無力な平民が命の危険に晒されているとき、この国の冒険者や城の騎士達の対応は遅すぎないか」
アンデットが喋った、この事実に広間は急に静かになった。
「褒美か、其方の首だと言ったらどうする」
笑うアンデットに、王の顔色が青くなったが、それはすぐに別の表情に変わった。
「まあ、それぐらいにして、アジュール」
この時、初めて女が口を開いた。
「悪気はないんです、許してあげて下さい」
にっこりと笑う女の笑顔に国王は軽く咳払いをしながら、ああと頷いた。
これが始まりなのか、まるで、三流の猿芝居を見ている様な感覚を覚えながら、自分の頭の中で、これからの筋道をたてた。
レプリカントを送り込む必要がある。異世界という現実に、プレイヤー達の残像を送りこむのは簡単だ、問題はその後だ。
世界は広く、大きくなりすぎた、少しでも管理しやすいように縮小しなければならない、その為には必要だ、異界の人間が死んで、そのことで自分を責める様では弱すぎて頼りにならない。
善でも悪でもない人間が必要なのだ。
「私は王なんです」
王に向かって女は、にっこりと笑った。