あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!
『黒い円柱を大量に頭に付けたアラブもしくはアフリカ系の男の夢を見たとおもったら、パソコンが独りでに喋り、〝スタンド〟とか言う胡散臭いの化身みたいな奴がおれに憑いていた』
な……何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何があったのかわからなかった……。頭がどうにかなりそうだった……。幻覚だとか夢オチだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ……。
もっとカオスなことの片鱗を味わったぜ……。
「カッツォ!」
思わずベッドを殴ったおれは悪くない。うん。
おれは金田ジョルジョ。現在高校一年生の16歳。身長は172cm。父親はイタリア人。母親はイギリスの血が入った日本人。それと大学生の兄がいる。
父親は大学教授。西洋考古学をやってるらしい。この間両親の部屋に入ったらなんか『石仮面の破片』ってラベルが貼られた石っころがあった。利用価値は知らん。母親は道場の先生をやっている。おれや兄ちゃんも修行(この平和なご時世にこんなワードが出ることがおかしいけど)に無理や──ゲフンゲフン、自主的にやらさ──ゲフンゲフン、したことがある。『波紋法』とか言う、発祥はチベット奥地のものらしい。仙道とも言うそうだ。兄ちゃんは日本人が想像する外国人のイメージまんまと言うか、超絶イケメンパツキンのスケコマシである。学部は……何だったか忘れた。インテリアデザインとかだったかな。
どうしておれがわざわざ説明口調でこんなことを考えているのかというと、端的に言うと精神を落ち着かせる為だ。波紋の呼吸も並行して行っている。傍らに控える緑の布を纏った黄土色の鳥のスタンド(名前は〝キャラバン〟。おれ命名。ネコドラくんみたいな二頭身)と、親父から譲り受けたポケッタブルラジオ(スティールと名乗る謎の幽霊が今朝方取り付いた曰くつき)から不満げな声が漏れた。
『ジョルジョはんもう起きよーや。ワシもうお腹ペコペコやねん』
『早くリビングに行ったらどうだ。家族が不審がるぞ』
「お前らのせいだよエセ関西弁のトリドラくんにラジオ鉄郎!」
またベッドに拳を叩きつける。うっかり波紋の呼吸をしたままだったのでベッドに
寝起きの回らない頭でそんなことを考えていたおれは、ドスドスと全く隠す気のない足音に気がつかなかった。このジョルジョ、16年間の生において一生の不覚ッ! 足音の持ち主は一言も声をかけずにドアを開け放った。
「ああくっそ、変な夢見たせいでこんなことにィィ「おいジョルジョいい加減起きやがれ!」ィー!!! ……ハッ!」
そこでおれは今の体勢に気づく。おれは今、ベッドの上で胡座をかいている。布団からは出ずにだ。両手で頭を抱えつつ。それはいい。問題はおれの下半身の方。いきなり声(機械音)を発したポケッタブルラジオを、とりあえず音が部屋の外に漏れないようにおれは掛け布団の下に突っ込んだ。丁度おれの股ン所に。そこで要らんミラクルが発生。たまたまラジオはおれの股に立てかけられて、ラジオの角は掛け布団を押し上げた。ここまで言えば誰だってわかるんじゃあないだろうか。おれの股ぐらを視界に入れ、見事に誤解なさった兄貴殿は、生暖かい笑みを浮かべ、妙に優しげな声でおれに話しかける。
「……まあ、何だ。生理現象だからな。ちゃんと後始末して、洗濯もしておけよ。それと布団も直すんだぜ」
そう言って兄ちゃんはそっ閉じしていった。
「ちょ、違ッ、ご、誤解だぜ兄ちゃん! おれはそんなガキじゃあねーッ!!!」
おれの必死の弁解も虚しく、兄ちゃんの足音は遠ざかる。
『……ま、生きてるウチにはこーいうこともあるってことやで』
「お前らのせいだろーがッ!」
『私は悪くない。そもそも私をここに入れたのは君だろう』
わかってるわ八つ当たりだよチクショウ。
寝間着から着替えて寝癖をある程度直し、顔を洗ってリビングに向かうともう朝食ができていた。親父も兄ちゃんももう食い始めていた。親父は今日は休み。今日は前々から楽しみに取っておいたワインを兄ちゃんと一緒に開けるんだとか。兄ちゃんの方も今日は全休らしい。そのくせ朝早くに起きるとはご苦労なことである。おれなら絶対真っ昼間まで寝てるぜ。
朝食を食べ終えちまえば、あとは歯を磨いて出発するだけ。今日はメシを食い始めるのも遅かったのでもう時間ギリギリだ。自室でカバンをひったくるように持つと、ベッドの上からノイズ混じりの声がした。
『ラジオを持って行きなさい。わざわざ私がこちらに移った意味がないだろう』
(正直持って行きたくないンですけどー……)
『しゃーなしやでジョルジョはん』
そこ、おれの考えを読まない。
スティールの取り憑いたラジオ──もう面倒だからスティールと呼ぼう──をカバンに入れ、玄関に早足で向かう。靴を履くところで、キャラバンが急におれに話しかけてきた。スタンドはスタンド使いにしか認知できない(らしい)ので、いきなり話しかけられたり姿を現したりしてうっかり驚いちまったときには周りから変な目で見られそうで嫌なのだが、この似非関西弁のスタンドは、テレビでよく見る飴玉を飴ちゃん言うオバチャンのようにそんなことは歯牙にもかけないのであった。
『ジョルジョはんジョルジョはん。あんさん、ちゃんとワシの能力、わかっとる?』
朝起きたら脳内に説明書っぽいのがインストールされたと小声で言えば、ならええんやと返ってくる。その後、別に声に出さへんでもわかるで、とか言われたのがムカついた。早く言えよソレわざわざ周囲に聞こえないように独り言すんのって恥ずかしいんだぞ。
「……なあキャラバン」
『なんやジョルジョはん』
「どうしような、これ」
おれは路上に転がってるリーゼント数人と、浮遊していたマトリョーシカの残骸(推定十体分)を指さした。
──事は数十分前に遡る。
家を出た瞬間、いきなりいかにもな不良野郎が絡んできた。目ン玉がぐるぐるしてて、ヤベーおクスリでもやってんのかって感じ。思わずおれはそいつを殴り倒した。波紋を込めてだ。たまたま殴っちまったのが頭で、脳ミソ揺らした上に波紋を流しちまったのは悪いと思っている。でもこれは正当防衛ってやつだぜ。
取り敢えず意識を失った不良を歩道の端に寄せ(おれはまだ他人に治療のための波紋を流す加減がわからんのだ)、さて気を取り直して学校行くかと一歩を踏み出した瞬間。
マトリョーシカが飛んで来た。
いやマジで。ホントマジ。ふざけてなんかねーよ。いやホント意味わかんねぇ何で紐もついてないのに飛んでんの? しかも何で直線又は放物線軌道じゃないの? っていや違う直線ってそういうことじゃないカクッて空中で曲がるなァァアア!!!
逃げてもなぜかマトリョーシカは追ってくる。しかも数増えてる。そしてラリパッパな不良がワラワラ出てくる。珍しくイライラが最高潮に達したおれは、キャラバンにいくつも瓶詰めコーラを生成させ、それの蓋をしている王冠を波紋を使って撃ち出した。空になったビンは不良を殴るのに再利用。これが節約ってやつだぜ(違う)。
そんでもって今現在に戻るのだが、もうおれの気力は限界だった。正直家に帰りたい。ちなみに家から出てまだ三十分も経ってない。ゾンビが如くずりずりノロノロと通学路を歩く。後始末に関しては、マトリョーシカの残骸はキャラバンが物質生成の材料にすると言うので四次元袋(おれ命名)に流し込み、不良共はもうめんどくさいからそのままにした。多分誰か救急車呼ぶでしょ。
「あーあーやだよー。疲れたよー。お家帰りてーよー」
『ガマンやでジョルジョはん。ちゃんと高校行かな卒業できひんで』
「わかってるよーめんどくせェんだよー」
そもそもどうしてスタンドごときが「学校」なんて知ってるのか。おれの頭に浮かんだ疑問にはすぐに答えが返された。曰く、『ワシはジョルジョはんのスタンドやで? 本体の記憶を持ってるのは当然や』とのこと。なるほどわからん。
そんなこんな、グダってるうちに学校に辿り着く。おれは教室へは向かわず、保健室へと足を進めた。ただ絆創膏を貼って欲しかっただけのことだ。絆創膏ぐらいワシが作れるで! なんてキャラバンは言ったが、コイツはわかってない。おれの目的は「絆創膏を貰う」んじゃあなく、「絆創膏を貼って貰う」ことなのだ。さっきので怪我したのは右手の甲。おれは右利き。後はわかるだろ? そうキャラバンに脳内で言い聞かせれば『そんなんわしが貼ったるで』とか言われた。その手があったか。
……まぁ、ここまで来たらもう保健室に行くけど。もう目の前なのだ。カラカラと音を立てながらドアはスライドしていく。
保健室には黒い熊さんがいた。
……や、やれやれ。おれとしたことが、一瞬あの「JOJO」と遭遇しちまったせいでブルっちまったぜ。いやホント、あの人威圧感スゲーよなァ……。デカいし。
⿴⿻⿸
「しィつれェしまァーす」
そんな間延びした声が耳に入る。承太郎はチラリとそちらに目を向けた。
少々癖のある赤毛の男子生徒。特に知った顔でもない。早々に承太郎は彼への興味をなくした。──しかし、すぐにそれは警戒を伴って復活する。
(あれは……スタンドか?)
男子生徒の背後、1m程の黄土色の、二頭身の鳥。本体であろう男子生徒に何やら話しかけているが、当の男子生徒はそれを無視している。その鳥の声は承太郎にも聞こえたが、保健室の奥にいるサボり共や養護教諭には聞こえていないようだった。それが承太郎が抱いた疑念を確信に変える。知らず、承太郎の視線は彼に釘付けになっていた。
「センセー、絆創膏を貼って貰いに──」
──来ました。そう続いたであろう言葉を遮って、部屋の奥から野太い悲鳴が上がる。悲鳴の上がった方を見れば、ベッドに寝転んでいたサボりの片方が片目を押さえてもがいている。もう片方は養護教諭から離れようとベッドの上で後ずさっていた。
インクが飛び散るのも構わず、養護教諭は万年筆を振り乱す。そのペン先は軽くひしゃげ、蛍光灯の明かりを赤く反射させていた。
「JOJOォ……あなたはまさか万年筆に見えるなんて…………言わないわよねーーッ!!」
⿴⿻⿸
(うっげぇぇぇ……)
現在地保健室。おれはドン引いてました。何にって? 保健の先生のエキサイトっぷりにだよ。スティールがおれにも戦え言うてるけど正直ムリだ。不良の片割れが目からなんかよくわかんない汁をピュッピュッさせてるのを見ちまったせいでおれの精神ライフはもうゼロなんだ。
明らかに正気じゃあない先生は、今JOJOと取っ組み合っている。ヤベーよなんであんな熊みてーな奴と互角に張り合ってんだよ……オエッ、ダメだあの不良の目ン玉の状態想像しちまった吐きそう。
『ジョルジョはん。コレコレ』
いつの間に出てきたのか、キャラバンがハンカチを持ってくる。もしゲロった時にはこれで拭けってことか? 意外と優しいンだな。
そんなおれの思いはすぐさま打ち砕かれた。
『
わたしの
……さ、殺害予告やんけ!? しかもキャラバン、おめーが作ったのじゃあねーのかよ!!
っつかどっからツッコめばいいんだこれ!? 全部(まさかのビックリマークまで!)手縫いの刺繍だしご丁寧に漢字全部にフリガナふってあるし! あとフルネーム教えちゃっていいのかよ花京院典明さん!? これ警察に突き出して指紋が一致しちゃったら終わりですよ!?
何でかはわからんが首を振ってこの殺害予告ハンカチの差出人であろう花京院典明さんを探す。その際、先生の足に何か緑色の帯っぽい物がまとわりついているのが見えた。
「……んん? なぁキャラバン、あれって……」
『スタンドだな』
「うおっ、おめーにゃあ訊いてねーよスティール!」
お、何か騒いでるうちにちょっと精神ライフが回復した気がするぞォ! JOJOの方を見れば、頬に万年筆が刺さってはいるがまだ持ち堪えている。今のうちにおれが遠くから波紋を流せばイケる! どれで波紋を伝えるかは置いといて、取り敢えず先生は意識を失うはずだ。(その後の後遺症に関しては何とも言えんが。)
そう思って足を踏み込んだ瞬間、妙に低いクセに通る声がした。
「その通り……」
窓にやけにキザったらしく男が座っている。マジでキザだな兄ちゃんでもこんなことしない……しない、かなぁ? 男が持っていた操り人形を弄ると、先生は万年筆をぶっ刺す手にさらに力を込めた。JOJOは頬の傷を厭わず万年筆の猛攻から脱出し、顔を自由にさせると、先生と熱いbacioを交わす。どこからともなくドキューンって音がした……ってお前かよキャラバン。よくそんな音が出る銃作ったな。
JOJOが口を離したかと思うと、全体的に紫色な強そうな人影が現れる。そいつは何やら緑色の光ったの(恐らく花京院(推定)さんのスタンドと思われる)を咥えていた。まさかJOJOもスタンド使いだったのか?
そのままJOJOは咥えたものをズリズリと先生の口から引きずり出す。緑色で筋があってまるで光ったメロンって……メロンはそんな色じゃあないだろJOJO。あとJOJOさんスタンドの力強すぎやしませんか。花京院(推定)さんのデコがへこんでますよ。
「引きずり出したことを……」
さすがにデコがへこんでんのは辛いのか、弱々しく花京院(推定)さんは口を開く。
「……後悔することになるぞ……JOJO」
それをJOJOは強がりだと言うが、おれは緑色のスタンドの手から謎の液体が垂れ始めたのを見逃さなかった。それはJOJOも同じだったようで、さらにスタンドの力を強めようとする。
花京院(推定)さんが何かをするその直前。一瞬の隙をギリギリおれは逃さなかった。
「波紋、水鉄砲ォー!!」
「やれやれ……助かったぜ。ところで、てめーは誰だ? まさかDIOの手下じゃあねーだろうな」
「……
おれがそう答えると、JOJOはフンと鼻を鳴らした。花京院(推定)さんを肩に担ぎ、そのまま保健室を出る。……それも、窓から。
「おい」
「ひゃいィッ!?」
あ、すげー情けねーモンを見る目で見られた。しょうがねェだろJOJOいちいち怖ェんだよ。
「てめーも来い。このままフケるぜ」
「え! ……あっ、ま、待てよ!」
少なくとも60キロはあるであろう男子高校生(多分)を肩に担ぎ、かつその重みを全く感じさせない速度でJOJOは歩く。歩幅の関係もあり、出遅れたおれは駆け足で後を追わなければ追いつけなかった。
「待てって言ってるじゃあねーか! あとおれはおめーでもてめーでもねえ! 金田ジョルジョだ!」
走ってJOJOの後を追いながらそんなことをJOJOに言う。閑静な住宅地に、我らが高校のチャイムとおれの声が響いた。
無言。ただただ無言。JOJOは特に用がなければ喋らないタイプのようだ。それにつられておれも口を開かなかった。始めの方はキャラバンが一人(一羽?)喋ってJOJOに話しかけたりもしていたのだが、一度JOJOに(本人はそんな自覚はなかっただろうが)睨まれて、それからすっかり口を閉ざした。今では出てきてすらいない。
JOJOの斜め後ろをおれは歩いていた。行先は知らない。おれはただ目の前の2m弱について行くだけだ。気絶した花京院さん──JOJOが今朝この人自身が「花京院典明」と名乗ったと言ったので(推定)は外された──の足がJOJOが歩くごとにぶらぶら揺れた。
「……なーあJOJOセンパーイ。いったいどこにむかってるンですー?」
言った! ついに言ったぞ! おれは恐怖に勝った!
(随分みみっちい恐怖やなァ)
(うるせェぞキャラバン)
知らず下がっていた視線を上げる。半分はJOJOの背中に塞がれていたが、残り半分の視界にはかなりご立派な日本家屋が飛び込んで来た。思わず、足が止まる。
「……おい」
ビックゥゥ!! 思っきし肩を跳ねさせたおれをJOJOはすげー情けねーモンを以下略。
「……何してんだ。行くぞ」
スタスタとJOJOは歩いていく。その後を慌てておれはついて行った。
「お、お邪魔しまー「きゃあああああ!」ァす……」
空条と表札のかかった引き戸をくぐり、靴を脱いでJOJOの家にお邪魔する。スタスタとJOJOが疲れた様子も見せずに歩いていたからか、床に花京院さんの血が落ちることはなかった。
廊下の角を曲がり、めちゃくちゃ豪勢な中庭が見えた頃、ルンルンな鼻歌が聞こえてきた。恐らくJOJOの身内で、かつこの家の住人であると思われる。「お邪魔します」と挨拶だけでもしておこうと顔を出した瞬間、上機嫌な鼻歌を奏でいた声は絶叫を上げた。
かなり若々しく可愛らしい。随分親しげにJOJOに話しかけているので、恐らくJOJOのお母さんだろうとアタリをつけた。しかしJOJOは女性には目もくれず、ぶっきらぼうに要件だけ聞いて奥へ足を向ける。さすがに重かったのか花京院さんはドサリと廊下に落とされた。
「えっ、ちょっとJOJOセンパイ! 花京院さんはどうするンですか!」
「それぐらいてめーで運べ」
先程床に落とされたときの音を想像し、反射的に「嫌っすよ」と声が出る。その瞬間、ギロリとJOJOの鋭い眼光が向けられた。
「……運びます」
波紋の呼吸をしておけばなんとかなるだろ、うん。なんせ脱臼の痛みを和らげるくらいですし? おれのその言葉を聞いているのかいないのか、スタスタとJOJOは廊下を進んで行った。
「……あっ」
パチクリと、大きな目を瞬かせて女性がこちらを向く。凄い可愛らしい。JOJOの親でなかったら割と……いや、かなりドストライクゾーンだ。
「ねえあなた、もしかして承太郎のお友達?」
「うぇっ!? は、ハイッ」
咄嗟に頷く。この男の人をボコッて拉致った仲ですとは言えなかった。
「きゃー! 承太郎がお友達を連れてくるなんて! きゃー!」
「えっ、いや」
両頬に手をやってきゃーきゃー言うって、しかもそれが可愛いらしいって、マジで凄いな! 可愛い!
「あっ、あたしはホリィ! 聖子って呼んでね! お茶も後で持って行くわ!」
そう言いながらホリィさん──聖子さんは奥にトタトタと消えていく。一息ついたおれは、よっこいせと大分ジジくさい掛け声と共に花京院さんを持ち上げ(かなり重い)、奥の間へと物理的に足取りを重くして向かった。(ここでどの襖を開ければいいか数分迷ったことは言わないでおく。結局キャラバンに部屋の中を見てから開けてもらった。)
部屋の中には三人の男がいた。一人はJOJO。そして高齢の外国人男性に、歳はわからんが黒人男性(すごく今朝の夢に出てきた人に似てる)。ただ座っているだけなのに威圧感が凄い。中を覗いたキャラバンが半泣きになる訳だ。
「遅かったな」
JOJOがおれに顔を向けてそう言った。それにつられて老人と黒人男性もこちらを見る。別に悪いことをした訳でもないのに責められているように感じた。
「わ、悪ィーかよ。おれはJOJOセンパイと違って非力なんだぜ」
『せやせや! 花京院はん持ち上げんのにだってジジくさい掛け声出さな持ち上げられんのやで!』
「そんなこと言わんでよろしい!」
おれの背に隠れたまま茶々を入れるキャラバンの頭をバシリとはたいた──のだったのが、おれの手は何にも当たることなく、ただ空を切っただけだった。
キャラバンに大きめの布を出してもらい、畳の上に敷いたその上に花京院さんを寝かせる。仰向けになっているからか、前髪が横に流れて生え際の部分が顕になった。
「これはッ」
JOJOとおれ以外の二人が顔を顰める。二人曰く、これは〝肉の芽〟と言って、脳ミソに刺さってDIOに心酔するような気持ちを起こすンだとか。ピクピク蠢いているのが気持ち悪い。
「残念だが……こいつはもう助からん。あと数日のうちに死ぬ」
「そ、そんなァ」
JOJOが手術で摘出しろと言うが、それもできないらしい。肉の芽が動いて摘出する際に脳に傷をつけてしまうそうだ。
「この肉の芽は生きているし死ぬことはない。じきに脳を食い尽くすだろう」
「そ、そんじゃあ、この人はもう死んでしまうってことですか?」
「そうなるな……」
一気に重くなった部屋の空気。日常的に行なえと言いつけられている波紋の呼吸すら辛くなりそうだった。
「な、何か方法は──」
「言っただろう。もう手遅れじゃ」
そんな中、黒人男性の声が響いた。
「何をするんだ、JOJO!」
見れば、JOJOがスタンドを出して花京院さんの肉の芽を引っこ抜こうとしている所だった。
「じじい! 俺に触るなよ。こいつの脳に傷をつけずに引っこ抜くからな……」
JOJOがそう言っている間、肉の芽から触手が出てきてJOJOの手から顔にまで突き進んでいく。皮膚と筋肉の間を進んでいるのか、触手の形がくっきりと浮かび上がっている。凄い見てて気持ち悪い。こめかみ近くまで触手が到達したというのに、JOJOはピクリとも動かなかった。そのまま肉の芽を引っこ抜き、触手も引っこ抜く。
「
バチリと、電気が走るような音。老人が放ったものだった。肉の芽は溶けるように消えていく。おれは思わず彼を凝視した。なんせ家族以外の波紋法の使い手に初めて会ったのだ。物珍しいにもほどがある。
なぜ自分を助けたのだと訊いた花京院さんに、JOJOは自分にもわからんと言って振り向かずに部屋を出ていった。カッコイイ。
先程から俯いて動こうとしない花京院さんの顔を覗き込めば、その目には水の膜が張っていた。
「花京院さん、泣いてンの?」
おれがそう訊くと花京院さんは目をゴシゴシ擦って涙を拭ってしまう。頭から流れている血も目に入ってしまい痛そうに目をつむっていた。
『あーあーあー。そりゃ拭いもせんで垂れ流してるからやで』
「ほら、花京院さん、こっち向けよ。治しますぜー」
ぐいと半ば無理やり顔をこちらに向けさせる。こめかみの辺り──ちょうど切り傷ができていた所に手のひら全体を当て、できる限り優しく波紋を流す。指先とか、肘の先っちょより手のひら全体から流す波紋の方が力が弱くなるとは兄ちゃんの言だ。ホースがなんだの、圧力がどーだの、勉強なんて絶対したくないおれは小難しい理論は全く聞いてなかったが。
「それはッ」おれが波紋を流すのを見て老人が声をもらす。どうしたのか? と聞くと彼は声を詰まらせてしまった。
それからすぐに聖子さんが顔を出す。どうやらお茶自体はすぐに用意できていたのだが、入るタイミングを見失っていたらしい。聖子さんの提案により、おれと花京院さんも夕食をご一緒することになった。
「わしはジョセフ・ジョースター。ホリィの父親じゃ。承太郎の祖父になるな」
「私はモハメド・アヴドゥル。ジョースターさんとは三年来の友人だ」
「おれは金田ジョルジョです。そンでこっちが──」
『キャラバンやでー。ジョルジョはんのスタンドや』
JOJOは「俺は自己紹介なんて必要ねえだろ」と言って口を閉ざした(正確には閉ざしてないけど)。黙々と聖子さんの作ったご飯を食べている。ちなみにこの場に花京院さんの姿はない。聖子さんが「大怪我していたんだから安静にしてなきゃダメよ!」と二階の客間に連れていってしまった。今頃はお粥か何か、消化の良い物を食べているんじゃあなかろうか。
あれよあれよとなぜだかお風呂まで提供してもらい、いつの間にかJOJOの家に泊まることになっていた。電話を借りて家に連絡した所(兄ちゃんが出た)、JOJOの名前を出した瞬間に妙ちくりんな声を上げていた。理由は知らん。
聖子さんなのかチラホラ見た使用人さんなのかは知らないが、用意された部屋に向かう途中。不意にジョースターさんに呼び止められた。
⿴⿻⿸
自宅への連絡を終えたのか、二階へと上がろうとする少年をジョセフ・ジョースターは呼び止めた。
少し黒みがかった赤髪。顔立ちや名前からも、純日本人らしさは感じられなかった。そんな少年は、こちらを振り向いて不思議そうな顔を浮かべる。その傍らには少年のスタンドも姿を表していた。独立した思考を持つからか、随分と自己主張が激しいらしい。
「少し、話をせんか?」
ジョセフがそう言うと、少年──金田ジョルジョはニコリと笑って了承する。随分と警戒心が薄いのかとも思ったが、彼のスタンドであるキャラバンは本体の足に隠れるようにしていたので本心を隠しているだけかとも感じられた。
考えるのは、なぜこの少年が波紋法を使えるのか、ということ。発祥はチベットの奥地。それから何があったあったかはよくわからないが、自身の師である──また母親でもあった──女性の代には既にヴェネチアに修行場を構えていた。発祥の地に閉じこもっているよりも少しは多くの人に伝わったとは思うが、元々その存在は秘されていたもの。この極東の地に伝わっている可能性は低いと思われる。(よく日本や中国のコミックで見るような〝気〟の概念を考えるとそうとも考えきれないが。)
少年の呼吸に気を配れば、安定こそしていないが、確かに波紋の呼吸をしている。その疎らさに若かった自分を思い起こし、知らずジョセフは苦笑いを浮かべた。
⿴⿻⿸
「へー! ジョースターさんも波紋使えるんですねー! 世界って狭いなァ」
そう言いながらキャラバンに作ってもらったラムネをぐいと飲む。ジョースターさんにはお茶を渡した。ペットボトルなのは申し訳ないが。
なんでもジョースターさんはお祖父さんが波紋使い(何かめっちゃ才能あったらしい)で、しかもお母さんも波紋使い(しかもかなりの使い手)だったものだから、才能が遺伝したのと、赤ん坊の時にお母さんの波紋の呼吸を無意識のうちに真似していたこと、それらによって生まれつき──正確には物心つく前から──波紋を使えていたそうだ。うーんおれと似てる。おれや兄ちゃんも親父と母さんの呼吸が影響してガキの頃から波紋を使えるようになってたらしいし。
「わしも驚いたぞ。まさかこんな所で波紋使いに会うとはな」
「おれが波紋使いを自称したら間違いなく母親や兄にどやされますけどね」
きさまなんぞ波紋使いの下の下、その名を名乗ることすらおこがましい! と何度言われたことか。(そして何度修行だなんだといたぶられたことか。)
『やーホント、ジョルジョはんのオカンマジ怖いでー! べっぴんやのに殆ど笑わんもん』
「マジそれな。激マブなのによー……よく親父も母さんとくっついたぜ……」
ふとジョースターさんを伺えば、何やら遠い目をしている。何かあったのかと問えば、何でもないと返された。
「そう言えば、ジョルジョ君はハーフか何かかな? 名前の響きからして……イタリアじゃろう」
「お、よくわかりましたね! 親父がイタリア人だったんですよ。ちなみに母親はイギリス系日本人。親父は日本に帰化してるンで、国籍だけなら立派な日本人ですけどね」
「そうかそうか。……所で聞きたいのだが、そのお父さんの家名は何じゃね?」
ぱちくりとおれは瞬きをした。親父の家名なんて初めて訊かれたからだ。もっとおれが小さかった頃に一度だけ親父の若い頃やイタリアでの暮らしを尋ねたこともあったが、それもおれにとっては遠い昔。親父のファミリーネームなんてもう忘れてしまった。何かTから始まっていたような違ったような、そんぐらいしか覚えていない。
ということを伝えると、ジョースターさんはどことなくガッカリしたような感じだった。そんな顔をされても困る。
それからまた当たり障りない話をして、おれが噛み殺しきれずにあくびをもらした所でジョースターさんとの夜のお茶会(お茶を飲むとは言ってない)はお開きになった。夜分遅くまでスマンな、とジョースターさんは言っていたが、おれの方がお邪魔している立場なので何にも言えない。取り敢えず大丈夫ですよーとだけ言っておいた。あれ、でもここって空条さん(JOJOのお父さん)の持ち家っぽいしジョースターさんもお邪魔してる立場かね?
『あんま考えごとしてると寝れなくなるでー? あと禿げるで』
「そんな心配しなくてもおれはいつでもどこでも寝ちゃう不便体質なので問題ないっての。あとおれは禿げねェ、絶対に」
『慢心はアカンでジョルジョはん』
「慢心じゃあねーから確信だから」