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「なぜだ?」
自分がそう言った瞬間、四人は動きを止めた。
まるで時が止まったかのようだった。
「なぜって……家族の一大事なんだ。必死になるのは当然だろう」
アヴドゥルがそう言うが、その意味もわからず、自分は首を傾げた。
──家族なんて、大事にするものでもないだろうに。
「……まあ、協力はするさ。このまま死なれても寝覚めが悪い」
しくじったな、と思う。今ので一気にこいつらからの不信感を買っただろう。
最低でもビジネスライクを保てる程度には友好な仲を築かなくては、より近く、長く、細かく観察することはできない。承太郎や、ジョースター氏、アヴドゥルに花京院、そしてそこで倒れているホリィさん。全てタイプの違うスタンド。元から知らないことは嬉々として知りたがる傾向のある自分だ。できる限りデータを収集して、自分なりにまとめて体系づけたかった。
承太郎の視線がうるさい。きっと奴は自分の考えに少しは気がついているんだろう。あまり目立たないようにしていたとはいえ、三年間同じクラスだったからな。
「ジョースターさん、財団の人達が来るにはまだ時間がかかる。その間僕がホリィさんを看ています。僕のスタンドは看護師みたいなものですからね」
「あ、ああ。頼む……」
スタンドでも自分の筋力的にもホリィさんを抱き上げることは不可能なので、ジョースター氏にホリィさんを二階の部屋に運んでもらう。リビングを出ようとしたその瞬間、承太郎と目が合った。
「……」
「……」
だが、無言。
そのまま僕は視線を外し、ジョースター氏の後に続いて階段を登った。
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──なんだ、夢か。
また変な夢だ。多分。夢の内容なんて覚えてないからなんとも言えないけれど。
おれは眠気に任せて持ち上げては下ろしてを繰り返していた瞼を重力に従うままにした。
『起きーや、ジョルジョはーん!』
鳥が鳴く声が聞こえる。窓から射し込む光は心地のよい朝であると伝えていた。
(……こんな素晴らしい朝に、何が悲しくておれは自分のスタンドと朝チュンしてるンだろう)
『ワシだって何が悲しゅーてこんな男と同衾せなあかんねんはよ起きィ!』
「アイダァッ」
バシリと頭をはたかれる。こっちの物理攻撃は通じないのにスタンドの攻撃は受けるなんてずるいぜ!
「てっめ、何も叩くこたねーだろォ!? あと今本体のおれのこと〝こんな男〟ってムゴッ」
手なんだか鉤爪なんだかよくわからないが、顎と両耳の下、三点で口を無理やり閉ざされた。上下左右に頭を振って外そうとするも、ピッタリ動きを合わせてくるモンだから全く意味がない。
『起きてンなら早うしィや。せっかく眠気とおさらばできとるんやで?』
『全くだ。〝
「おっさん、〝急がば回れ〟って聞いたことねーの?」
スティールまでもが口を入れてくる始末。ガシガシと頭をかいたおれは、まずは洗面所を借りようと部屋を出た。
一階まで降りたところで、ジョースターさんが聖子さんを呼ぶ声が聞こえた。ズリズリとシーツを足に引っかけて引きずっている。ダンディでカッコイイ、なんて印象は撤回した方がいいだろうか。
「どうしたんですか、ジョースターさん」
ジョースターさんはおれに気づくと、手に持っていた物──ズボンをおれの目の前に掲げた。
「ホリィのやつ、わしのと承太郎のズボンを間違えたんじゃ。サイズが同じでも嫌なもんは嫌だってのに……。ホリィに訊かんとわしのズボンがどこにあるのかわからん」
18歳(数え年)と同じ締まった身体の老体とは。そう考え始める思考を無理矢理ストップさせ、おれも聖子さんに訊いておきますよと言ったら、ジョースターさんは「そっちの名前で呼ばなきゃ返事してくれないのかなァ」なんて子供みたいにポツリと呟いた。
「おはよう。よく眠れたかな。昨日はどうも顔色が悪かったが……」
「あぁアヴドゥルさん、おはようございます。顔色が悪かったのは……あれですよ。グロ苦手なんすよ。もう大丈夫なんで──」
そう言いかかったところで、キャラバンが何やらうずくまっているのを発見する。その手には鉄製のスプーンが握られていた。
「ああ? キャラバン、何持ってンだ?」
『ジョ、ジョルジョはん、あれ……』
おずおずと、キャラバンは指を居間に向ける。空いた引き戸の向こうには──誰かの指先が。細く、白いそれは、少なくとも男のものではない。それは──。
「ホリィさん!?」
アヴドゥルさんが聖子さんを抱き上げる。聖子さんの背には何やら植物のようなものが見えた。
「す、凄い熱だ……病気か?」
「はぁ!? 植物の生える病気があるかよ!」
おれがそう言うと、アヴドゥルさんは目を更に丸くして、聖子さんの服を脱がせる。普段のおれならマブイ大人のおねーさんのストリップに大変不本意ながらウブな反応をしてしまうだろうが、今は緊急事態。おれはキャラバンに氷水を作らせながら聖子さんの容態を伺っていた。
「透ける……! これは〝スタンド〟だッ! ホリィさんにも〝スタンド〟が発現しているッ!」
「スタンドが発現って……普通こんな高熱出すモンなのか?」
「そんなことはない……これはスタンドが害になっているんだ……」
スタンドは本人の精神力で操るもの。戦いの本能で行動させるものである。故に平和的な性格である聖子さんにはスタンドを操る力がなく、それがかえって害になっている──そうアヴドゥルさんは言った。
(それっておれの平和主義が実は嘘ってことになんのかよ〜〜!)
(皆心の奥には虎を飼ってるモンやで)
(おれの場合は鳥だったけどな……)
聖子さんのデコやら首やら脇やらに氷嚢を当て、キャラバンと脳内でそんな会話をしつつも聖子さんの体温を下げようとする。が、背後からとてつもなく恐ろしい気配を感じ、ぐりんと首を痛めるんじゃあないかと思うぐらいの速さで振り返った。
「JOJO……ジョースターさん……」
二人共やばい。怖い。背後から何かが漂っている。
「わ……わしの、最も恐れていたことが起こりよった……」
思わず承太郎に掴みかかり、ジョースターさんが声をもらす。
元々スタンドを使えていたアヴドゥルさんと違い、ジョースターさんやJOJOはDIOがスタンド能力を得たその影響でスタンドに目覚めたらしい。つまりジョースターの血縁者には同じように影響があるわけで。
当然、聖子さんにもDIOの影響──呪いとも言うべきだ──が働いたのだ。
「言え、〝対策〟を!」
JOJOがジョースターさんの手を掴み、言い放つ。
「ひとつ──」
──DIOを見つけ出し、殺すこと。
防衛本能として、抵抗としてスタンドが目覚めようとしているのなら、その脅威を取り払えば良い。
対策というか、対処としては完璧だ。原因をどうにかする。百点満点の答え。
「……〝殺す〟……」
(……ジョルジョはん?)
(いや、なんでもねーよ)
おれがぼんやりしているうちに、話は先に進んでいた。DIOの居場所を、JOJOがスタンドを使って突き止めたらしい。それは──エジプト。
「やはりエジプトか……いつ出発する? 私も同行する」
「花京院」
二階で寝ていたはずの花京院さん。いつの間にか降りてきていたようだ。ジョースターさんがJOJOに掴みかかったときに壁に押しつけてたから、その時に目が覚めたのかもしれない。
花京院さんは家族でエジプト旅行に行った時にDIOに襲われたそうだ。ジョースターさんがこのDIOの写真を念写したのは曰く一昨日のこと。花京院御一家の旅行が三ヶ月前だそうだから、それぐらいDIOは拠点を変えずにいるということだ。もしくは、エジプトから出てもすぐにとんぼ返りしていたか。
なぜ同行するのか、と訊いたJOJOに、花京院さんは昨日のお返しと言わんばかりに返した。キザな奴だぜ。
(ジョルジョはんジョルジョはん、どーするん? この流れやとジョルジョはんも一緒に行く流れになるで?)
(え、おれは……)
「さて……」
「……」
アヴドゥルさんが口を開く。全ての視線がおれに集中していた。
「君にも協力を頼みたい。今は一人でも多くのスタンド使いが必要だ。もちろん、強制はしないが……」
そう彼が言う。強制しないっつったってよ、こんな雰囲気じゃあ断れねーよなァ……。
たっぷりと間を取って、ゆっくりと口を開く。
「冗談じゃあねェ。そんな危ねー橋、ゴメンだぜ……。
──と言いてェところだけどな、このまま帰ったところで寝覚めが悪くなんのはわかってる。おれも同行しますよ。こんなスタンドで役に立てるかはわかりませんけど」
『こんなスタンドってなんやこんなスタンドって!』
「……あッ、あとォ、旅行費ぐらいは出してくれますよね?」
協力する、力を貸すと言った瞬間、心なしか部屋の食う気が和らいだ気がした。誰か医療の心得がある人を呼んだ方がいいのでは、とおれが言うと、ジョースターさんは慌ただしく部屋を出て行った。恐らく電話で病院かそこらに連絡するのだろう。
「やれやれだぜ……」JOJOが小さくこぼした。
「これからどんな目に遭うかも知れねえってのによ。どうやらてめーはかなりのお人好しのようだな」
「そうそう! おれって実はめちゃ良い人なんですよー!」
『……〝ここで不動産王ジョセフ・ジョースターに恩を売っておくのもアリかも〟って「あーあーあー聞こえねーなァ!」
おれの脳内思考をさらけ出そうとする鳥公の言葉を無理やり遮り、ボクちん何も悪いこと考えてませんよーっと言った笑顔を作る。
それを見ていたJOJOは帽子の鍔を引き(よく見ると口元が緩んでいる)、花京院さんはクスクスと笑い出した。
「花京院さんまで……」
「ノホ……いや、ね。花京院でいいよ。敬語も要らない。あまりにも、その、スタンドと仲が良いようで……ノホ、ホ」
「笑ってるじゃあねーかー! って、え、え? そんな笑い方あンの?」
そんなおれ達をアヴドゥルさんはどこか微笑ましいものを見る目で見ている。暫くしてジョースターさんが戻ってきて、数分後にあのSPW財団の医療部を名乗る人達がやって来た。どうやらSPW財団はジョースター家(プラスその血縁者)に多大な支援を行っているんそうだ。
聖子さんは二階の自室に運ばれ、おれは荷造りとか家族に暫くいないと伝えなさいとかで家に返された。花京院だっていっぺん家に帰ったほうがいいんじゃあないのか、なんておれの提案はその花京院に却下された。曰く「電車を使うから時間がかかるし、既に家出同然で飛び出して来ているから気まずい」だとか。財布は持ってきているから自分で購入して準備する、だと。金持ちめ。
庶民の金銭感覚が身に染みついているおれは大人しく空条家を後にした。
家への道を歩いていると、前方に陽射しを受けてキラキラと輝いている金髪が目に入った。恐らく通りすがりであろう女の子を熱心に口説いている。誰なのかと言えば当然、おれの兄ちゃんである。兄ちゃんのスケコマシっぷりは基本365日変わることがないのだ。寧ろ今日のような土日祝日の方が磨きがかかる。
「ジョルジョ! 昨日は大丈夫だったのか。空条の家に迷惑はかけていないだろうな」
口説きタイムは終わったのか、女の子と別れた後、兄ちゃんは真っ直ぐおれの方に向かって来た。
「メーワクなんてかけるわけがないだろ? おれだってガキじゃあねーんだぜ」
おれがそう言うと、どこか釈然としていないような顔で兄ちゃんは「そうか」と言った。
「あ、そうそう。おれ、ちょっと旅に出るから」
「そうか………………何だと!?」
「その準備をするために帰ってきたんだぜ」
歩いてるうちに家に着いたので、ノブを回してドアを開ける。予定じゃあ、親父も休みで、母さんも今日は道場を休みにしているはずだ。おれの予想通り、鍵はかかっておらず、中からは生活音が聞こえていた。
リビングには母さんがいて、優雅に紅茶を飲みながらなんかの本を読んでいる。静かにカップを置き、母さんの目がおれと兄ちゃんの方を向いた。
「帰りましたか……ジョルジョもいたのね」
「ただいまです。突然だけど、おれ、旅に出るからな。自分探しってやつ? イタリアに行く時には帰ってるから」
おれの言葉に母さんはさほど驚いた様子もなく、「そう」とだけ言った。
「……あなたも、ツェペリの血を引いているものね……」
そうしみじみと言う。そうだった。親父の旧姓は〝ツェペリ〟だ。今は〝金田〟を名乗っているけれども。
「少し待っていなさい」そう言って、母さんは自室(親父の部屋でもある。仲が良いからなのかよくわからんが、夫婦同室なのだ)に向かっていった。そしていつの間に部屋に行っていたのか、兄ちゃんが部屋から何かを持って出てくる。その〝何か〟は三角模様の細長いバンダナで、兄ちゃんの気に入りの中の一つでもあった。
「最高のプレゼントをやろう。ほら、手を出せ」
そう言いながら、兄ちゃんはおれの手を引っ掴み、バンダナを握らせる。
「ジョルジョ」
名前を呼ばれ、振り返る。母さんと親父が真剣な顔をして立っていた。
「旅に出るそうだな」親父の声色はいつになく真剣なものであった。
「親父……止めても無駄だぜ? もう決めたんだ」
「わかっている。さあ、これを持って行きなさい。お前には命を賭けて旅する理由がある!」
親父はシルクハットをおれに渡し、母さんはおれの首にマフラーを巻いた。
(まさか、おれがDIOを倒しに行くってバレてる?)
(キッパリ断言やしなァ)
(おれの身体に盗聴器が仕掛けられたりとか……)
(それはないやろ。多分、さすがに)
「──それと」
母さんの方に目をやると、普段つけているネックレスを外している所だった。光を受けて紅く輝くそれをそのままおれの手に乗せる。
「これをあなたに預けます」
母さんはなんてことないように言うが、このネックレスは母さんがとても大事にしている物のはずだ。おれの記憶の中で、常に身につけていたのだから。
「い、いいのかよ、これ。大事な物なんじゃあないのかよ」
「ええ。これはとても大事な物。だからこそあなたに預けるのよ」
そう言って、母さんは懐からタバコを取り出して火をつけた。くるりとおれに背を向ける。
「……必ず、帰ってきなさい。決して無理はしないこと」
「……はいッ」
荷物を軽くまとめて家を出る。カバンに入れたらキズがつきそうで、ネックレスはしまわれることなくおれの首元で揺れている。今はマフラーで隠れてるけど。
『なぁジョルジョはん、なんなん? そのネックレス。見た感じ重要アイテムッて感じやけど』
「さあな。おれは知らねー。でもあの母さんが大事にしてるんだ。重要アイテムなのは間違いねーよ」
空条家に着けば、長くはないが、黒塗りの、とっても高級そうな車が既に控えていた。どうやらおれ待ちだったらしい。
おれに気づいたジョースターさんは、すぐに人──多分SPW財団の人だろう──を呼んで、おれの荷物を車のトランクに積み込ませた。
「よし、これで全員揃ったな。なら、すぐに出発じゃ。行くぞ!」