ーー才能
それは、この破軍学園に入学してすぐに序列として評価された。俺の幼馴染である刀華はなんと主席入学だった。入学式に代表の言葉を述べる彼女を俺は静かに見つめていた。
『すげ』
成績優秀、容姿端麗。刀華は注目の的だった。でも、それこそ昔は俺も刀華に負けまいと必死になって剣を振ったし、俺の中の熱い何かがそれをやめさせなかった。ガキの頃は何だかんだなんでも出来る気がしていたんだ。でも高校に入ってから段々とではあるが俺と刀華には距離が生まれていた事は確かであり、俺はそれをしっかりと感じていた。
さらに衝撃なのは、刀華はあの南郷寅次郎に剣を教えてもらっていたと知った時である。正直に言うと悔しかった。頭を下げて稽古を見学させてもらった事もあった。段々と力をつけていく刀華を見て彼女との距離が開いていく様な気がした。
『フ……ッ!』
でも、俺の熱は冷めなかった。悔しさが俺に刀を振らせたのだ。刀華が稽古をしてる倍、剣を握りしめた。焦っていた。滾っていた。そして、熱かった。この衝動に従っていれば俺は何処にでも行ける気がしていた。正直に言うと自主トレーニングをしている時間は苦痛ではあまりなかった。反復、反省、調整はなんとなく心地よかったのだ。
『刀華、七星剣舞祭ベスト4おめでとう』
2年に上がり、刀華は遂に結果を残した。率直なことを言わしてもらうと嬉しかった。刀華が努力しているのは知っていたし、俺が練習相手にもなったし、応援もした。ついには彼女の試合を見て鳥肌が立った。
そして同時に俺は練習では超えられない高い壁があると知った。
俺は七星剣舞祭の代表にする選ばれることはなかった。強さに直結する総魔力量は並以下で、魔力操作は得意であったが操作する魔力が無い。総合Eランクのそこら辺にいる量産型学生騎士だ。俺の見ていた夢が覚めた気がした。そして……同時に、熱も冷めた。
*
「ハァ……ハァ…ッ!クソ……!」
俺はその日の夜、遂に自主トレーニングを終えた直後仰向けに倒れた。
「空が……遠い……」
夜空に手をかざしながら思わずそんな言葉がもれる。夜空が今日は綺麗でこのまま寝てしまいそうだ。熱が冷めてからも俺は惰性でこのトレーニングは続けている。まあ、もともと好きなのだ、反復と調整は。やればやるだけ後から付いてくる。……とは限らないが。なんだか……うん、気が紛れる。
「……」
「今日はもう終わり?」
「うわっ!?」
急な出来事だった。星空の下で肩で呼吸をしていたら、なんと俺の視界にいきなり刀華の顔がヌッと出てきたのだ。
「刀華……?」
心臓が口から出そうだった。先程までは周りには誰もいないはずだったが….…
「疲れたでしょ。お風呂沸いてるよ」
「……」
そうだった。そう言えば昨日から刀華と俺は同じ寮部屋……
俺は起き上がり、刀華はテクテクと寮へと足を踏み出した。えっ。いやいや、俺の秘密の……って程では無いが自主トレーニングを初めて見らたんだぞ?その反応って薄くないか。
「……もしかして、俺がここにいるって知ってたのか?」
瞬間、刀華はピタリとその足を止める。そしてこちらを振り返った。
「知ってたよ」
その時の刀華の顔を俺はまだ見た事がなかった。何時となく真剣な表情をしていて、その視線から来る圧に俺は押さえつけられた。
「もう、そんな稽古はやめた方が良いよ。自分に嘘をつき続けるなら」
「……は?」
突拍子も無くそんな声がでた。しかし、心臓を貫かれた。その証拠に俺は汗が噴き出し、身体は固まって刀華から目をそらすことさえできなかった。
「アオ君、今言わなきゃ多分ずっと言えないから言うね」
「……」
瞬間、先程までは程よく吹いていた風が急に止んだ。
「目をそらさないで……!アオ君のやりたいことは何……?」
「っ……
「そんな事をしなくても分かるよ。昔からの仲なんだから」
「俺は……」
「正直に答えて……熱が冷めてとか惰性でとかで人はこんなに頑張って毎日毎日剣は振れないよ……!」
俺は捨て子だった。正直、親の顔も覚えてないし怒りも悲しみも余りなくて気がついたら孤児院で集団生活を送っていた。
平凡だった。周りからとくに期待もされなかった。争いもないし不自由だってなかった。でも、強烈に力に憧れたんだ。親もおらず愛情を誰からもそそがれずに育っていった俺は承認欲求に飢えていたのだ。
『俺、なんのために生きてんのかなぁ」
そんな時、俺の目の前に刀華が現れた。彼女は心身ともに強くて、高校に上がってからも気高くて強くて、おれはそんな皆から慕われ認められるようなーー
「刀華みたくなりたかった……!」
「っ……」
「いつからか気づいたんだ。強ければ皆んなこちらを振り向く。頑張っていれば誰かが振り向いてくれるそう思っていたけど違ったんだ……結果が出なければ、何も変わらないっ……!」
「それは違うよ……!!!」
「……え?」
いやいや、俺は今まで才能主義の中で結果を出すチャンスを与えられずに足踏みしていた自分を正当化しようと自らの熱を殺していたのを刀華は見破って、俺に自分に嘘をつくなと言いながら、それは違うって言うのは一体どう言うことだ?
「いや……結果はとても大事だよ。私は綺麗ごとを言うつもりはない。稽古だって目標を持ってこそ。でも、私はその事を”違う”と言ったわけじゃない。魔力量と言う運命に抗って、コツコツと剣を振る健気な君に私は惹かれていったんだよと言う話なの……」
「は……いや、それはつまり……」
「君に振り向いた人間が一人此処にいるよ」
沈黙が、暫く流れた。刀華は一体俺に何を伝えたかったんだろうか。……いや、互いに大体は伝わったと分かっていた。証拠に、刀華の耳は少し赤かった。
「……いろいろとありがとう刀華」
「いや……わ、私も今言うつもりじゃあなかと……」
「でも、ごめん今は答えられない」
「……今は?」
俺は静かに刀華を睨んだ
「刀華……俺がお前を超えた時まだその気があるんだったら今度は俺から伝えに行く」
体の底から熱が湧いてきた。いつぶりだろうか、この滾りは。
「おかえり、アオ君」
刀華も、鋭い目つきをしながらもどこかと嬉しそうな顔をしていた。
思えばこの日が俺の色の無い日常が激動の異常へと変わる第一歩だった。
はい。刀華は昔の熱き彼の魂を呼び起こすことに成功しました。段々とこの呼び覚まされた熱が彼を狂わせていきます