「おっと、すいません」
「こちらも。他所を見て歩いていたわ。ごめんなさい」
街で一人の女とぶつかってしまった。
女はそう謝るとタバコを吸いながら歩いていく。
すれ違いざま、タバコの匂いに混じって花のような匂いが混じっていることに気がつく。
これはさっきの女の匂い?
「クチナシの香り?」
誰にいうでもなく、そう呟いた。
「どうしたルーキー」
前を歩いていた曹長が振り向いて声をかけてくる。
「ああいえすいません。あの人とぶつかってしまって」
そう振り返りながらいうと、あの女の後ろ姿が目に入る。
長い藍色の髪をサイドテールにまとめ、所々にマゼンタのメッシュが入っている。
耳にはピアスがいくつもつけられており、さながらメタルが好きな女という風体。
背にはスリングでKar98kの現代改修型だろうか?ボルトアクションライフルを下げている。
そこまではこのクリミアでは珍しくもない。
私の目を引いたのはその女の足だ。
まるでSFに登場する改造兵士のような義足。
メカメカしい金属製の義足は、パット見パラリンピックの100m選手がつけている競技用のものに似ている。
「義足…?」
「ん?ああ…」
曹長は一息ついたあとに煙草に火をつけてから話し始める。
「ありゃRayleonardのアリシアだな」
「Rayleonard?」
「ルーキーは聞かされていないのか?この辺の治安維持、インフラ整備を本国から請け負っているPMCだよ」
「ああ、聞いたことがあります。欧州第一位のPMCですよね」
曹長の口から紫煙が吐き出され、そうだと頷く。
「あいつはアリシア。Rayleonardクリミア復興特別対応課実働部隊Linksの指揮官だよ」
「詳しいんですね曹長。ということは味方のPMCオペレーターですか」
曹長は少し苦笑いしながら続ける。
「ああ、ちょっと前に共同作戦があった。まああとはうちの若い何人かがバカやらかしてな」
「ああ、確かに彼女美人でしたもんね。義足には驚きましたけど、それ除けばかなりの上物じゃないですか。とくにこの街じゃ貴重でしょうし無理もないですね」
「何だルーキー。お前もアリシア狙ってんのか?」
曹長は意地悪く笑いながら尋ねてくる。
「別にそんなんじゃないですよ。客観的な意見を述べたまでです」
「そうか。まあ一応言っておくぞ。アリシアはやめておけ。あの女からは死人の匂いがする」
「死人の匂い?」
私は訊き返した。
「ああ。Rayleonardはな、女性オペレーターがそこそこいるんだ。あのアリシアもそうだし、あとはベニ・アオイとかいう日本人のオペレーターもいる。そこまではまあそんなこともあるだろうで片付けられるだろ?でもな、Rayleonardの幾人かはヤバイんだ」
「ヤバイ?」
「ああ。さっきもいったベニってやつもあのアリシアもそのヤバイ奴らの一部だ」
言っている意味がよくわからない。
「ヤバイってどういう風にヤバイんです?とんでもない技術とか射撃の腕持ってるとか、早撃ちが得意とか?」
「もちろんそれもある。腕っぷしも強いし、銃の腕も一級品だ。だがな、本当にヤバイのはそこじゃない」
「あいつらな、人を殺す時笑ってやがるんだよ。それも笑顔って感じじゃないんだ。口角が釣り上がって、眉が下がる。なんていうかな。悪いことをやっていて、それが無事バレずに完遂できたときの笑みって言えばいいのか?とにかく普通じゃない」
笑っている。そう曹長が行った時、背筋に薄ら寒い汗が伝った。
「人を殺す時だけじゃない。戦場に入った時、自分がピンチな時。相手の頭に鉛玉ぶち込む時。いつでも笑ってやがる」
「俺はあのアリシアと何回か共に作戦を行った。そんときにゾクリと冷や汗がでたよ」
「そりゃあ笑いながら人を殺せるやつなんて不気味ですよ」
「いやそうじゃない。あのアリシアっていう女は普段は機械か仮面のように無表情なんだ。誰と話していても、本を読んでいてもいつも無表情の仮面が張り付いてやがる。だがな、戦場に入った瞬間、ニヤリと。ゆっくりと笑い始めるんだ」
曹長の言葉の続きを待つ。
「あいつらは敵と認識した相手に容赦がない。レジスタンスも、正規兵も関係ない。少年兵も親を殺され悲しみで落ちている武器を手にとった少女も関係ない。等しく笑いながら殺すんだ。作業みたいに。機械みたいに。胸に一発、頭に二発。きっちり撃ち込んでいく」
「俺は軍歴は長いが、アイツラのようにはなれないし、なりたくもない。俺たち軍人はあんな悪魔にはなってはいけない。だからルーキー、気をつけろよ。アリシアに近づきすぎると、お前も死人に足を引かれるぞ」