オレの同僚は高嶺の花だ。
誰も手が届かない、高い崖の上に咲いたクチナシの花。
いろんなやつが彼女のことを死神だとか悪魔だとかいう。
そのどれも間違ってはいないと思う。
だがオレにとっての彼女は。
彼女は天使だ。
Rayleonard社クリミア駐屯部隊は3つに大別できる。
一つ目はインフラ整備、建設などを行う工兵部門。
二つ目は資源輸送、兵站、補給などを執り行う輸送部門。
三つ目はそれらの部門の護衛やクリミア内の警察活動、正規軍への軍事指導などを行う軍事部門。
オレは三つ目に所属する軍事オペレーター。
そしてこの部隊Linksの指揮官が彼女、悪魔、死神、天使なんて呼ばれているアリシア・レイレナードだ。
若干23歳の彼女だが、渡り歩いた戦場は数知れず。
13歳の頃から武器を手に取り戦い続けている。
レイレナードの姓からも分かる通り、彼女はこのRayleonard社CEOの娘だ。
ではなぜそんな彼女がこのような戦争の世界を渡り歩いているのか。
具体的なことはよく知らない。
長い間彼女を見てきたが、表の理由はともかくとして精神的な理由はさっぱりわからない。
ただ一つ正確なのは彼女の家庭環境は最悪の一言につきるらしいということだけだ。
さて、なぜオレがこんなにも彼女について詳しいのか。
それは別にオレが彼女のストーカーだからではない。
10年間共に戦場を渡り歩いてきたからだ。
最初に彼女と出会ったのはクロアチアで起きた人質事件だ。
彼女は人質となっていた。
ユーゴスラビア紛争、特にボスニア内戦に強く関与していたRayleonard社に対する旧セルビア人グループによる報復だ。
もちろん彼女の父親には膨大な身代金が要求されたが、それに対して行われたのは人質の命を危険に晒す可能性のある殲滅作戦だった。
当時その殲滅作戦に参加していたオレは、セルビア人民兵の死体を優しく抱き寄せて泣いているアリシアと出会った。
その姿は鮮烈的過ぎて、今でも脳裏に焼き付いている。
それからアリシアが家族の元に帰ることはなかった。
オレたちの部隊と共に世界を旅することを彼女は望んだ。
我々の上司、彼女の父親はそれを否定しなかった。
以来彼女は戦場の中に身を置き続けている。
一度聞いたことがある。
なぜ戦場に身をおくのかと。
「私は誰かの天使になれない。だけど、見つけたいものがあるからよ」
そう言っていた。
意味はよくわからない。
だが、何か目的があるのだと言うことはわかった。
オレに取ってはそれだけでよかった。
早朝。
この街の朝は暗い。
そして起きるときに決まって聞こえてくるのは雨が窓を叩く音。
そこまで雨の多い地域でも無いはずだが、長い間太陽を見ていない気がする。
寝床から起き出して、食堂へと向かう。
まだ飯の時間では無いが、コーヒーを飲むにはちょうどいい。
食堂に向かう途中、廊下を歩いていると誰かの息遣いが聞こえてくる。
トレーニングルームからだ。
覗いてみればアリシアがいた。
「やあアリシア。おはよう。コーヒー飲むか?」
「ハロークルセイダー。いただくわ」
彼女は汗をタオルで拭いながら、小さくハニカム。
「今日は冷えるぞ。あと服着なさい」
彼女は忘れていたと言わんばかりにブラだけの上半身にパーカーを羽織った。
「アリシア、またロシア正規兵と揉めただろ?」
「あんなの揉めたうちに入らないわよ。あいつら私の尻を触ったの。だから触り返しただけ」
「義足で顎を蹴り上げるのは触るとは言いません」
アリシアはオレの前だと少し子供っぽくなる…らしい。
部下に言われて初めて気がついた。
アリシアはオレにとって娘でもあり妹でもあるような存在で、彼女にとってもオレは父であり兄のような存在なのだと思う。
「そういえばYoutubeみたよ。椿ちゃんだっけ?まさかゲストでアリシアと紅がでるなんておもってなかった」
「あの子に言いくるめられてね。まあ可愛い後輩のためだから」
「なるほどね。動画面白かったよ。コメント欄でも人気でてたじゃんアリシアと紅。ファンとかできるんじゃない?」
「人殺しだって知ったらそんなやつらいなくなるでしょ」
お互い同時に煙草に火をつける。
「来週から日本へ行くんだろ?」
「そう。極東部隊が4つも案件抱えているらしくて。人数が足りない分の極東、ユーラシア兵器運搬部門の商談の護衛」
コーヒーを口に運ぶ。
お互いにブラックだ。
「極東、ユーラシア兵器運搬部門ってことはレスター・ビヤークネスの部隊か。ということはオルレア嬢にも会えるんじゃないかい?」
「どうだろう。オルレアは昔のクライアントだけど、ここ数年直接あってないわ。SNSでは連絡取り合っているけどね」
灰を落とす。
二人で一つの灰皿。
「紅も一緒に日本か?」
「そう。見知った腕利きが欲しいし、紅も日本に帰りたがってるのよ」
「じゃあこっちがむさ苦しくなるな」
「仕方ないでしょ。レスターには貸しを作っておきたいし、それにクルセイダーが残ってくれるなら私も安心できる。私のいない間の留守をお願い」
「おいおい。これでもお前よりはキャリアが長い。SAS舐めるな」
「元でしょ。コーヒーありがとう」
いつものサイドテールに髪を結び直し、彼女は出ていく。
10年でようやく、少し登れた気がする。