私達の世界はくそったれだ。
先進国の人々は欺瞞の平和を応需し、第三世界の人々が割を喰う。
いや、先進国の人々だってその日生きるのが精一杯の人もいるだろう。
社会が発展した代償に新たな苦しみに苛まれてる人もいる。
だがそれでも。
少なくともいつ頭の上に爆弾が降ってくるのかを心配する必要はない。
いつ壁を銃弾が貫いてくるのか怯えることはない。
私には、それがひどく幸せなことだと思える。
私の生まれは極東の島国、日本だ。
さきの世界大戦で荒廃したこの国も、今では世界で有数の経済大国。
治安の良さは折り紙つき。
生きる人々の多くが命の危機に貧することもない、平和な国家。
だけど。私はこの国を好きにはなれない。
なんというか、不気味なのだ。
生きるために皆仕事をする。
それは至極当然だ。
だけど。この国ではそれが逆転してしまっているような気がするのだ。
昔、家を飛び出して知識欲のままに世界を旅した長姉の気持ちも今ならわかる気がする。
きっと彼女にとってこの国は窮屈だったのだ。
私も姉と同じく、家族を残してこの国を出た。
大学在学中、幾度となく米国の射撃場へと足を運んだ。
射撃と旅行は私にとっての趣味。
アニメを見るとか、プラモデルを作るとか、そういうのと同じ。
大学の語学は英語を専攻していたし、何より先輩の教え方がとてもうまかったので英語圏で困ることはなかった。
海外旅行で最大のネックは何かと問われると、80%の人は言語だと答えるらしい。
その点で言えば私の海外へ出るハードルなど微々たるものだった。
あの背の小さい白髪の先輩には感謝している。
まあとにかくも私は良く米国の射撃場で銃を撃っていた。
ハンドガン、ライフル、ボルトアクションライフル、ショットガン、撃てるものはなんでも撃った。
別にその時は明確な目的があったわけじゃない。
ただ、サッカーをするとかバスケをやるとか、ゲームで遊ぶとか。
私にとってはそれと同じ感覚だった。
何度も足を運ぶうちに顔見知りも多くできた。
たまたま会ったアメリカ陸軍の伍長とか、元SEALsのインストラクターのおっさんとか。
彼らにとっては日本人の小娘が良く来ていることが珍しかったらしい。
私は行くたびに射撃を彼らに教えてもらった。
今思い返せば、ただで世界有数の特殊部隊の元隊員から教えてもらうなどとんでもない幸運に見舞われたのだと感じる。
彼らに教えてもらったのは射撃だけではない。
誘われて格闘術の練習会にも参加させてもらった。
これも特に明確な目的があったわけじゃなくて、幼い頃からやっていた空手の延長線上のつもりでやっていた。
まあ有り体に言えば射撃も格闘も好きなのだ。
アニメや漫画が好きですというのと同じ。それだけ。
さて、そんな私だがそれを実際に使う機会が訪れてしまった。
大学の卒業旅行で滞在していたフランスのパリ。
そこで私はISISのテロに巻き込まれた。
友人と見に行ったオペラ劇場。
突如としてホール内に銃撃が鳴り響き、一瞬にして地獄と化したのだ。
人質として囚われ、最悪の状況だったが、一つだけ幸運なことがあった。
偶然にも人質の中に元英国SAS隊員が混じっていたのだ。
拘束三日目。
元SAS隊員、クルセイダーが主軸となり見張り役だったISISの兵士を奇襲し反抗を開始した。
反抗といっても実態は逃走劇。
人質を開放することを最大目標とした撤退戦。
本来であれば動かぬことが最善なのだろうが、ISISがフランス政府に行った要求がとても通るものには思えなかったのだ。
GIGNの現指揮官の処刑と政治犯の開放、中東地域からの即時撤退など飲めるはずもない。
それに―――最初の襲撃の時点で友人は死んでしまっていたから。
私とクルセイダーが殿を努め、劇場からの脱出は成功した。
二人で殺したISISの兵士の数は23人。
不思議と、人を殺すことへの忌避感はなかった。
それは友人を殺された事による復讐心からなのか、いまでもわからない。
実戦はド素人といえども、私に技術を叩き込んだのはもとアメリカ海軍特殊部隊NAVY SEALsの隊員。
その時、実戦を経験したことのないが、世界最高レベルの師匠に教え込まれた私と、実戦だけを経験している民兵との技術格差を実感した。
フランス政府からは感謝状を送られ、メディアは英雄と称える。
フランス当局に保護される直前、元SAS隊員で私と共に銃を手にとったクルセイダーという男が名刺を渡してきた。
『もし、君が望むのであればそこへ連絡してくれ』
そう言って。
名刺には『Rayleonard』という社名と彼のコールサインである『Crusader 』の文字。
それにQRコードと電話番号が記されていた。
その時には意味がよくわからなかった。
どういう会社なのかも彼は伝えなかったし、なぜそんなことを言うのかも理解し得なかった。
結局、私は日本に戻った直後にそこへ連絡した。
大学に戻った私を待っていたのは、圧倒的な孤独だった。
誰もが私を恐れた目で見る。
誰もが私を忌避する目で見る。
その時にわかったのだ。
クルセイダーがああいった理由が。
私はもう元の世界には戻れないのだと。
家族は味方してくれた。
紅は何も悪くないよ。私達は知っているよ。そう言ってくれた。
大学でも唯一一人だけ態度を変えずに居てくれた人が居た。
白髪の小さくて可愛らしい、でも凄い芯の強い先輩。
――正直紅が何をしようが、何をやってようがどうでもいいのよ。私にとっては可愛い後輩。私は私と弟に害を為さない限り、紅の味方よ。
少ないながらもそう言ってくれた人たちが居たおかげで、私は救われた。
だから。今までの日常と決別する決意ができたのだ。
それからクルセイダーの推薦で入社試験を受け、Rayleonardに入社した。
アリシアと出会い、仲間と出会い、戦場を渡り歩き、神話的事象を喰い破って今に至る。
私は蒼井紅。
数少ない日本人女性の民間軍事会社オペレーターとして、戦場を闊歩する戦争屋だ。