車から降り、指定された場所へと向かう。
海が見えるテラス。
寒いが快晴の上、休日なこともありそれなり以上の人で賑わっている。
レスターはいつものスーツ姿。私達オペレーターはRayleonard社軍事部門の礼服を身に着けている。
真っ黒なコートに赤いラインが走るそれは、軍隊の礼服とよく似ている。
こういうところがRayleonardが他のPMCと比べて軍隊的だと言われる所以だろう。
本来Rayleonardは民間軍事事業よりも運送とエネルギー分野がメインなのだが、
まあそれらは密接に結びつくものであるし、業界の人間の多くは複合軍需企業として認識してるだろう。
テラスに出ればすぐにOmerの面々が目に入った。
これだけ人で賑わっていても、屈強な外国人が何人もいれば浮くものだ。
まあ私達は彼らの比ではなく浮いているが。
アルゼブラ、ユディス、その他に3名の姿が確認できる。
アルゼブラは白いジャケットに青いシャツ、黒のスラックスという比較的フォーマルな格好。
ユディスはいつもどおりの白シャツにアクセサリーに見せかけた手甲。
タイトスカートという出で立ち。
私達の姿を確認したアルゼブラが手を振りながら声をかけてくる。
「やあMrレスター。お久しぶりです」
「お久しぶりですMrアルゼブラ。アフガニスタンでの兵站トライアル以来ですね」
お互いに握手する。
ユディスはその奥で微笑みながら私と紅に手を小さく振ってきた。
手を上げてそれに答える。
「さて、早速ですが仕事の話をしましょう」
「ええ。御社、Rayleonard社から送られてきた内容は読ませていただきました。東南アジアルート分割案ですか。『両社の対立のすきを付かれ、第三社の介入を許すのが互いにとって最も不利益。であれば明確な分割を行い、より良い競争関係を築きましょう』要約するとこんなところですか。正直少し驚きました。Rayleonardであれば実力で我々を排除することも可能でしょうに」
アルゼブラは口元に笑みを作りながら、しかし全く笑っていない目のままそういった。
それに対するレスターもいつもの笑顔の仮面を貼り付けたまま答える。
「いやいや。我々は企業です。帝国主義時代の国家ではありませんよ。まあ正直な所、Rayleonardが独占してしまっては他社から疎まれるのは明確です。それはそちらも同じところでしょ?我々の対立はお互いにとって不利益しか生みません」
レスターは笑顔のまま、そう言い切る。
だがその目はこれっぽっちも笑っていない。
紅はこういう場が退屈なようで、かもめを見ながらコーヒーを啜っていた。
「確かにMrレスターの言う通りです。この提案は我々にとっては非常にありがたいものです。ですが…」
皺の深く刻まれた眉間にさらに深い皺を刻みながらアルゼブラは続ける。
「分割ルートが5:5なのはいったいどういうことなのでしょう。これまでの東南アジアルートの占有度合いは3:7。あなた方にとっては不利益なのでは?」
フフーフとレスターが笑いながら言葉を返していく。
表情は相変わらずの笑み。
味方でありながら掴みどころがないとしか言いようがない。
「Omerからの妨害がある3:7よりも不可侵条約を結んだ上での5:5の方が利益があるだけですよ――まあもちろんそれだけではありませんが」
レスター口角を釣り上げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「そうこなくては――」
アルゼブラの表情も優しい叔父様といった雰囲気から一転、邪悪という言葉がこれほど異常に似合うものは無いというほどの笑みを浮かべた。
なんで交渉難度が上がったほうが楽しそうなのだろうか…。
「東南アジアエリア南東に位置するC共和国。その地方都市の一つが2週間前に音信不通になりました。現地政府がクーデターを危惧し、諜報員を派遣しましたが72時間以内に連絡は無し。それに対し、政府は箝口令を発令。情報統制下で陸軍一個中隊を派遣。だが部隊は意味不明な絶叫を送信してきた後に連絡が途絶。事態を重く見た政府は、国軍にこれ以上の損害が出ることを恐れ、我々に依頼を行ってきたのです」
「なるほど。我々に東南アジアルートの一部を譲る代わりに、それを手伝えと。しかし何故です。御社のアジア展開戦力であれば地方都市の一つ程度手こずることもないでしょう」
わかっているくせに。そう目では返しつつも、レスターは言葉として説明する。
如何に腹が読めようとも、言葉にしなくては存在していないのと同義だ。
それをレスターもアルゼブラも重々に理解している。
「他のアジア地域を空っぽにするわけにはいきませんよ。それにこの作戦にはただの兵士は使えません。C共和国政府とRayleonardに密接なつながりはありませんでした。では何故彼らが我々に依頼を行ってきたのか―――米国デルタグリーンの仲介があったからです」
その場にいる"わかっている”者たちの目が変わる。
私も、紅も、ユディスも、他の一部オペレーターも。
「……神話的存在の関与が疑われると?」
「ええ。デルタグリーンの話ではまず間違いなく黒だと。カロテキアという旧ナチスSSの残党のメンバー数名が現地入りしたのを確認しているようです」
アルゼブラは顎を抑えてしばし考える。
ユディスと紅に目を向けてみれば、先程までの表情はどこへやら。
鋭い目つきへと変貌していた。
「わかりました。本社へと連絡しましょう。契約成立です」
「そういっていただけると信じてましたMrアルゼブラ。ではこちらにサインを。作戦につきましては明後日の1900詳しい話をと思いますが、いかがでしょう」
「構いません。ではこれにて。少々忙しくなりそうなので」
「わかりました。Mrアルゼブラ、今回はありがとうございました。お気をつけて」
「そちらも、Mrレスター。ではまた後日」
ユディスに目礼で挨拶を送る。
Omerの面々が完全に見えなくなってから、煙草に火をつけた。
予想以上に厄介な事態に巻き込まれることになりそうだ。
「さあ!ということで紅!アリシア!手伝ってもらうよ!大丈夫!もう口座には報酬を振り込んでおいたよ!」
「「それって選択権は無いってことじゃない!(じゃねーか!)」」
紅と勢いよく声が被った。
全くこのレスターという男は。
だが神話がこの表世界に侵食することを見逃す訳に行かない。
信用しているくせに試すような真似をする。
だからオルレアに怒られるのよ。その言葉は胸にしまい込み、今後の予定について話を開始した。